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『どうかしたのか』
そんなふうに訊かれ、あたしはちょっと戸惑う。
なんだかもやもやした気持ちのまま、それはなかなか晴れることがない。
……それはきっと、トカゲのせい。
彼はあたしの仕事部屋、つまり隣の小屋に寝泊まりすると言って聞かなかった。
食糧もなにもいらない、仕事道具には一切触れないと約束したので、仕方なく泊めてやることにした。
もっとも、彼の言うことに逆らう気などもともとない。
それはあたしの身にも危険が及ぶだろうから。
喜助はいつものように隅でうずくまるようにして寝た。
空弥はもうすっかり喜助に気をゆるしたのか、すぐにぐっすりと眠ってしまった。
あたしも眠ろう……そう思って目を閉じた瞬間、手があたしの肩を抱き寄せた。
ぎょっとして声も出せずにいると、あたたかなぬくもりが強くあたしを抱きしめる。
「あ……ちょっ、なにするの!」
あわててそれだけを言ったものの、あたしを抱きしめたままの彼、喜助は無言でそっとあたしの首筋に顔をうずめてきた。
彼の吐息がそこにかかり、甘い痺れがくる。
一気に頬は熱を帯び、心臓はただごとではない悲鳴をあげる。
隣では空弥が心地好さそうに寝息をたて、隣の小屋ではあのトカゲがいるのに……
どうしよう?!
というか、どういうこと?!
そんなふうに考えていると、耳元にやさしい彼の声が落ちてきた。
『――なぜ見張られている?』
……え?
びっくりして彼の顔を見ようとしたが、強引に顔を抑えられ、また抱きしめられる形となる。
『喋るな。怪しまれる……』
喜助はなおも鋭い響きを持った声で言う。
怪しまれる?
見張られている?
『覆面男が先程からずっと見張っているのだ。あれは敵か?』
覆面男、という言葉ではっとした。
たしか、トカゲはあたしが客人がいると言ったら警戒していた。
小屋に寝泊まりするということは、あたしが怪しくないか見張りをするということだったのか……
ゾクリと悪感がして、あたしはぬくもりがほしくて喜助を抱きしめかえした。
恐い――恐い恐い恐い!
『殺るか』
静かに、まるで『寝るか』とでも言うかのように、喜助はさらりと言った。
しかし、ここで不自然な行動をとれば幼皇さまに逆らったも同然。
あたしは首を小さく振って、唇を噛み締める。
喜助の顔はよく見えなかったが、彼も小さく頷いた気がした。
それよりも、やっぱり喜助はすごい。
トカゲはいつも気配がなくて、ときどき人形じゃないかと思うことだってある。
それなのに喜助は、今彼が見張っていると見破ったのだ。
トカゲだって幼皇さまの使者だ……たぶん、かなりの忍なんだと思う。
喜助って何者?
「……喜助――」
『あーごめんごめん!』
いきなり喜助はあたしを放し、やや大きめの声を出して笑った。
『人肌が恋しくてさ〜。でも心配するなよ。お子様には手を出さないから』
ニカッと八重歯を見せてそう言うと、彼はまたもとの部屋の隅で寝転がった。
――すごい。
喜助ったら、怪しまれることなく事を片付けてしまったではないか。
あたしもわざと頬を膨らます。
「冗談でもやめてよ。心臓に悪いわ」
喜助はニヤリと口の端をつり上げ、小さくおやすみとつぶやくと、すぐに寝てしまった。
あたしも目を閉じながら、トカゲの警戒をどうやって解こうかと思案した。
今もどこかで見張っているのではないかと思うと、変に怖くて寝つけなかった。
見張られている。
怪しまれている。
――殺されるかもしれない。
トカゲは従順すぎる使者であり、凄腕の忍でもある。
すこしでも幼皇さまの非になるようなことがあれば、利益にならないことになれば、あたしを殺すなど容易いことなのだ。
あたし……サソリが毒を扱い、幼皇さまに献上していることは極秘。
あたしの毒は幼皇さまだけのもの。
この猛毒は他のだれにも知られることは赦されないから……
守らなくちゃ。
生きなくちゃ。
まだ、死ねない。
死にたくない。
あたしは深呼吸し、目を強く閉じた。
怪しまれちゃいけない。
ここで崩れるわけにはいかない。
あたしは……空弥を守るから。
父母のぬくもりを、あたしよりも空弥は知らない。
満足に村の子供たちと遊ぶこともしらない。
幸せなんて、欠片も知らないかもしれない。
それでも――空弥はいつも笑ってくれるから……
あたしはその笑顔に報いたい。
強く、ありたい。
強くそう思い、再び硬く目を閉じる。
部屋には空弥の吐息だけが、心地好さそうに響いていた。
これから一ヶ月くらい更新はかなり遅め。
下手したらできないカモ・・・です。
すいません、見捨てないでくださいませ笑