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久々の更新〜♪
書きだめしてました笑
加世は動かしやすくて好きです。
あたしにとっては新しいキャラかもなぁ、なんて。
読んでくださっている方、感謝します!
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その夜、あたしはなかなか眠れなかった。
小さな小屋のようなあたしの家。
父と母は三年前に亡くなって、今ではあたしと弟のふたり家族というわけである。
弟はまだ八歳。
あたしがしっかりしなくちゃならない。
それを喜助に話してやると、彼は感心したような表情になった。
『へぇ!偉いなぁアンタ。おれも両親いないが、アンタみたいにしっかりしてないぜ』
「え!?喜助のご両親も亡くなっているの?」
『ああ』
意外だった。
山賊の会話から、この人は貴族かもしれない、いや、天狗かもしれないだなんて思ったけれど……
やはりちがうのかもしれない。
どうしても気になって、なぜ上等な着物を着ているのか尋ねてみた。
すると彼はなんでもなさそうに、
『ああ、盗った』
と言う。
泥棒?
山賊と変わりないじゃないか!
『馬鹿。おれは侵入者からいただいた。だから悪くない』
侵入者?
いったい喜助はどんな生活を送っているのだろう。
いまいち彼の正体がつかめなかった。
そんなこんなで家に着くと、心配していた弟が走ってきた。
うらやましいくらいサラサラの髪に、丸い眼、どこか愛くるしい顔をした男の子だ。
肌が白いせいか、はたまた血行がよいせいか、頬はいつも紅潮していた。
「お姉!遅いよぉー」
「ごめん、ごめん」
抱きつく弟をさとし、あたしは喜助を紹介する。
「この人は喜助。お姉ちゃんを山賊から助けてくれたのよ」
弟はじっと喜助を見つめる。
観察するように、その目は喜助を舐め回した。
喜助は小さなあたしの弟を、半ばおもしろがるように見ている。
「それで、こっちがあたしの弟の空弥」
『空弥か。よろしくな』
空弥はまだじっと喜助を見ていたが、やがてそっと口を開いた。
「喜助、お兄と呼んでいい?」
空弥は目を輝かせている。
両親が死んでから、あたし以外でこんなに好意を露にした人はいなかった。
喜助は空弥に気に入られたらしい。
当の彼はちょっと驚いていたが、やがて頷いた。
『加世、お前はいくつだ』
「十四」
『じゃあおれが加世の兄だな』
そう言ってニカッと笑う。
「お兄は何歳なのっ?」
『えー忘れたな』
喜助は真剣な顔だった。
やはり狂ってるのかもしれない、この人は。
『五百年以上は生きた気がするなあ』
「……」
「お兄すごーい!」
狂ってるのかもしれない。
けれどもしかしたら、彼は自分のことを秘密にしたいだけかもしれない。
そう思うと、すこしだけ悲しかった。
「さ、そろそろ寝よう」
雑魚寝することになるけれど。
あたしは弟を寝かしつけ、喜助に自分の布団を譲ろうとしたが、彼は気にしないみたいで、部屋の隅に横になった。
「おやすみ」
『ああ』
目を閉じる。
しかし、あたしはなかなか寝つけない。
喜助の存在感はものすごく大きいと思う。
だから、変に意識してしまって、眠気はすっかり飛んでいった。
どうしよう……
明日は《仕事》があるのに……
仕事のことは喜助にバレないほうがいいかしら?
そんなことを考えていると、深く唸るような声がした。
『……毒のニオイがする』
ひっそりと響くその言葉に、一瞬身がすくんだ。
『血のニオイもする……加世、隣の小屋からだな?』
どうしてわかったんだろう。
あたしは彼の鼻に度肝を抜かれた。
やっぱり彼はただ者じゃないわ。
『お前の生業か』
あたしが黙っていても、喜助は気にすることなくそう言った。
あたしは返事の変わりに、そっと起き上がって彼の視線を捕える。
片膝をたて、また彼も座っていた。
その眼はただまっすぐにあたしを見つめてくる。
「……悪いことじゃないわ。すべては幼皇さまのために」
なんだか責められているみたいになる。
いつの間にかまばたきすらできなくなる。
『別にどうこう言わねぇよ。ただ、意外だっただけ』
喜助の目はとても底知れなくて、なんでも見透かされそうで、あたしは無意識に自身の肩を抱いていた。
『アンタ、毒を扱うんだな。いいじゃないか』
冗談混じりのように笑う喜助。
それでもあたしは、どうしても自分が悪いことをしているみたいに感じてしまう。
いつもどこかに負い目を感じていたのは事実。
幼皇さまのためと言われたって、人を殺す猛毒を扱う。
そして人に売る。
汚い人間のようで、本当はいやだった。
でも、生きていくにはこれしかないから。
たった十歳前後の子供たちが生き抜くには、これしかなかったから。
体力も金もあるわけではないあたしには、毒の知識しかなかったのだ。
これを能力として誇らなくてどうする。
そう、自分に言い聞かせてきたのだ。
たとえ、あたしのつくった毒が人を殺したとしても。
目がしらが熱くなり、あわてて唇を噛みしめる。
「明日も仕事が早くからあるの。だから、空弥のことよろしくね」
そう言って、あとは喜助の顔も見ることなく無理矢理眠りについた。
喜助とともに暮らして三日がたった。
彼はあたしの仕事にとくに干渉もせず、怖がりもしなかった。
軽蔑も。
無関心というよりは、自由を心から愛しているみたいだと思う。
自分は自分で他人は他人。
そう割り切っている気がした。
今日は空弥と喜助に町に買い物を頼んだ。
ふたりはすっかり仲良くなって、呆れるくらいベタベタしている。
空弥がこんなになつくなんて、めずらしい。
喜助のどこか幼いところが、警戒心というものを皆無にするのかもしれない。
あたしはひとり、隣の小屋――仕事場に足を運んだ。
そろそろ……幼皇さまから注文がくる時期だから。
と思っていると、呼びとめられた。
「サソリ」
あたしの異名――仕事名だ。
声の主を見ると、やはり彼がいた。
覆面姿の、気配のない人間。
声だけが異様にうつくしい人間。
幼皇さまの使者――トカゲだ。
もちろんこれも仕事名であろうが、あたしは彼の本名など知らない。
「お久しぶり」
短く応え、あたしは小屋へと誘った。
するすると衣を引きずるようにして、トカゲは無言で小屋へと入る。
はじめこそ気味悪いと思ったが、今ではそうでもない。
ちょっと独特な人間なのだ。
「いつものを頼む」
トカゲはつぶやくようにそう言うと、ドカッと小屋の端にある丸太に腰かけた。
小屋はとても狭く、暗い。
奥にはたくさんの薬草などがあり、あたしはそれらを混ぜあわせたり煮込んだりして毒にする。
「三日はかかるから、町の宿にでも泊まるといいわ」
棚を見回り、薬草を調べながら言うと、トカゲは不思議そうに声を発した。
「なにか不都合でもあるのか」
「たいしたことじゃないの。ただ、客人がいるだけよ」
何気ないつもりでそう言ったものの、すぐに後悔した。
トカゲはあきらかに警戒したようで、顔を隠しながらも鋭い声音だけは異様に響かせた。
「客人とは……仕事のか?」
「まさか!山賊から救っていただいた、命の恩人よ!」
あわてて言葉を並べ、必死に誤解をとこうとしたが、トカゲはなかなか信じようとしない。
ずいっと立ち上がり、あたしの耳に口を近づけて声をことさらに低めて言った。
「お前は幼皇さまの忠実な僕だ。裏切りは死を意味するからな」
ぞっと悪感がする。
その響きに、冗談さなんて欠片もないのだ。
空恐ろしくて口を開けずにいると、やっとトカゲはもとのように丸太に腰を下ろした。
彼こそ幼皇さまの忠実な僕。
幼皇さま――ここより西の国の大王さまのこと。
各国に重圧をかけ、だれも逆らえないようにしており、実質のこの世界の権力者。
逆らってはならない人。
神に近い存在。
震えだす肩を小さく抱きしめ、あたしは涙をこらえながら作業にかかる。
怯えてはだめだ。
あたしは空弥を守るのだから。
トカゲの視線が刺さってくるようで、痛くて、あたしは恐怖に駆られる。
それでも――
この手を血に染めたって、あたしは引かない。
この仕事から、手を引かない。
生きることに執着してなにが悪い。
恐怖という呪縛を振り切るように頭を左右にゆさぶり、あたしは薬品に手を伸ばし、仕事にとりかかった。