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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
16/100

久々の更新〜♪

書きだめしてました笑


加世は動かしやすくて好きです。

あたしにとっては新しいキャラかもなぁ、なんて。


読んでくださっている方、感謝します!





******




その夜、あたしはなかなか眠れなかった。



小さな小屋のようなあたしの家。

父と母は三年前に亡くなって、今ではあたしと弟のふたり家族というわけである。

弟はまだ八歳。

あたしがしっかりしなくちゃならない。

それを喜助に話してやると、彼は感心したような表情になった。



『へぇ!偉いなぁアンタ。おれも両親いないが、アンタみたいにしっかりしてないぜ』

「え!?喜助のご両親も亡くなっているの?」

『ああ』


意外だった。

山賊の会話から、この人は貴族かもしれない、いや、天狗かもしれないだなんて思ったけれど……

やはりちがうのかもしれない。

どうしても気になって、なぜ上等な着物を着ているのか尋ねてみた。

すると彼はなんでもなさそうに、

『ああ、盗った』

と言う。



泥棒?

山賊と変わりないじゃないか!



『馬鹿。おれは侵入者からいただいた。だから悪くない』

侵入者?

いったい喜助はどんな生活を送っているのだろう。

いまいち彼の正体がつかめなかった。




そんなこんなで家に着くと、心配していた弟が走ってきた。

うらやましいくらいサラサラの髪に、丸い眼、どこか愛くるしい顔をした男の子だ。

肌が白いせいか、はたまた血行がよいせいか、頬はいつも紅潮していた。



「お姉!遅いよぉー」

「ごめん、ごめん」

抱きつく弟をさとし、あたしは喜助を紹介する。

「この人は喜助。お姉ちゃんを山賊から助けてくれたのよ」

弟はじっと喜助を見つめる。

観察するように、その目は喜助を舐め回した。

喜助は小さなあたしの弟を、半ばおもしろがるように見ている。

「それで、こっちがあたしの弟の空弥クウヤ

『空弥か。よろしくな』

空弥はまだじっと喜助を見ていたが、やがてそっと口を開いた。



「喜助、お兄と呼んでいい?」

空弥は目を輝かせている。

両親が死んでから、あたし以外でこんなに好意を露にした人はいなかった。

喜助は空弥に気に入られたらしい。

当の彼はちょっと驚いていたが、やがて頷いた。



『加世、お前はいくつだ』

「十四」

『じゃあおれが加世の兄だな』

そう言ってニカッと笑う。

「お兄は何歳なのっ?」

『えー忘れたな』


喜助は真剣な顔だった。

やはり狂ってるのかもしれない、この人は。


『五百年以上は生きた気がするなあ』

「……」

「お兄すごーい!」


狂ってるのかもしれない。

けれどもしかしたら、彼は自分のことを秘密にしたいだけかもしれない。

そう思うと、すこしだけ悲しかった。




「さ、そろそろ寝よう」

雑魚寝することになるけれど。

あたしは弟を寝かしつけ、喜助に自分の布団を譲ろうとしたが、彼は気にしないみたいで、部屋の隅に横になった。

「おやすみ」

『ああ』

目を閉じる。


しかし、あたしはなかなか寝つけない。

喜助の存在感はものすごく大きいと思う。

だから、変に意識してしまって、眠気はすっかり飛んでいった。


どうしよう……

明日は《仕事》があるのに……

仕事のことは喜助にバレないほうがいいかしら?


そんなことを考えていると、深く唸るような声がした。




『……毒のニオイがする』




ひっそりと響くその言葉に、一瞬身がすくんだ。

『血のニオイもする……加世、隣の小屋からだな?』


どうしてわかったんだろう。

あたしは彼の鼻に度肝を抜かれた。

やっぱり彼はただ者じゃないわ。


『お前の生業か』

あたしが黙っていても、喜助は気にすることなくそう言った。

あたしは返事の変わりに、そっと起き上がって彼の視線を捕える。

片膝をたて、また彼も座っていた。

その眼はただまっすぐにあたしを見つめてくる。



「……悪いことじゃないわ。すべては幼皇さまのために」

なんだか責められているみたいになる。

いつの間にかまばたきすらできなくなる。

『別にどうこう言わねぇよ。ただ、意外だっただけ』

喜助の目はとても底知れなくて、なんでも見透かされそうで、あたしは無意識に自身の肩を抱いていた。

『アンタ、毒を扱うんだな。いいじゃないか』

冗談混じりのように笑う喜助。

それでもあたしは、どうしても自分が悪いことをしているみたいに感じてしまう。

いつもどこかに負い目を感じていたのは事実。

幼皇さまのためと言われたって、人を殺す猛毒を扱う。

そして人に売る。

汚い人間のようで、本当はいやだった。



でも、生きていくにはこれしかないから。

たった十歳前後の子供たちが生き抜くには、これしかなかったから。

体力も金もあるわけではないあたしには、毒の知識しかなかったのだ。

これを能力として誇らなくてどうする。

そう、自分に言い聞かせてきたのだ。

たとえ、あたしのつくった毒が人を殺したとしても。




目がしらが熱くなり、あわてて唇を噛みしめる。

「明日も仕事が早くからあるの。だから、空弥のことよろしくね」

そう言って、あとは喜助の顔も見ることなく無理矢理眠りについた。





喜助とともに暮らして三日がたった。

彼はあたしの仕事にとくに干渉もせず、怖がりもしなかった。

軽蔑も。


無関心というよりは、自由を心から愛しているみたいだと思う。

自分は自分で他人は他人。

そう割り切っている気がした。



今日は空弥と喜助に町に買い物を頼んだ。

ふたりはすっかり仲良くなって、呆れるくらいベタベタしている。

空弥がこんなになつくなんて、めずらしい。

喜助のどこか幼いところが、警戒心というものを皆無にするのかもしれない。



あたしはひとり、隣の小屋――仕事場に足を運んだ。

そろそろ……幼皇さまから注文がくる時期だから。

と思っていると、呼びとめられた。


「サソリ」


あたしの異名――仕事名だ。

声の主を見ると、やはり彼がいた。

覆面姿の、気配のない人間。

声だけが異様にうつくしい人間。

幼皇さまの使者――トカゲだ。

もちろんこれも仕事名であろうが、あたしは彼の本名など知らない。



「お久しぶり」

短く応え、あたしは小屋へと誘った。

するすると衣を引きずるようにして、トカゲは無言で小屋へと入る。

はじめこそ気味悪いと思ったが、今ではそうでもない。

ちょっと独特な人間なのだ。


「いつものを頼む」

トカゲはつぶやくようにそう言うと、ドカッと小屋の端にある丸太に腰かけた。

小屋はとても狭く、暗い。

奥にはたくさんの薬草などがあり、あたしはそれらを混ぜあわせたり煮込んだりして毒にする。


「三日はかかるから、町の宿にでも泊まるといいわ」

棚を見回り、薬草を調べながら言うと、トカゲは不思議そうに声を発した。

「なにか不都合でもあるのか」

「たいしたことじゃないの。ただ、客人がいるだけよ」

何気ないつもりでそう言ったものの、すぐに後悔した。

トカゲはあきらかに警戒したようで、顔を隠しながらも鋭い声音だけは異様に響かせた。

「客人とは……仕事のか?」

「まさか!山賊から救っていただいた、命の恩人よ!」

あわてて言葉を並べ、必死に誤解をとこうとしたが、トカゲはなかなか信じようとしない。

ずいっと立ち上がり、あたしの耳に口を近づけて声をことさらに低めて言った。

「お前は幼皇さまの忠実なシモベだ。裏切りは死を意味するからな」



ぞっと悪感がする。

その響きに、冗談さなんて欠片もないのだ。



空恐ろしくて口を開けずにいると、やっとトカゲはもとのように丸太に腰を下ろした。

彼こそ幼皇さまの忠実な僕。



幼皇さま――ここより西の国の大王さまのこと。

各国に重圧をかけ、だれも逆らえないようにしており、実質のこの世界の権力者。

逆らってはならない人。

神に近い存在。



震えだす肩を小さく抱きしめ、あたしは涙をこらえながら作業にかかる。

怯えてはだめだ。

あたしは空弥を守るのだから。

トカゲの視線が刺さってくるようで、痛くて、あたしは恐怖に駆られる。

それでも――


この手を血に染めたって、あたしは引かない。

この仕事から、手を引かない。

生きることに執着してなにが悪い。



恐怖という呪縛を振り切るように頭を左右にゆさぶり、あたしは薬品に手を伸ばし、仕事にとりかかった。



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