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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
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第一章 蠍雨

ここから第二部がはじまります!

*これは、第一部から三年ほどたっています・・・のはずです。

すこし雰囲気は変わりますし、

ちょっと『彼』がたくさん出てきますので笑


ではどうぞ〜♪



〜カラスノムスメ〜











小さな頃から変わらない。


あれは鴉の娘の屋敷。




産み落とされた鴉の子。

小さな小さな鴉の子。





あたしは知ってるその屋敷。



訪れてくる鴉の娘。
















【第一章 蠍雨】



******




たしかに、こっちのはず。

はじめての道を、あたしは小走りに急ぐ。

もう空は赤みがかり、すぐに燃えるような夕焼けの到来を告げているようだ。

風はなくて、ただ秋の名残を感じさせる木々が覆い茂っている。

この季節、すぐに闇が訪れるはずだ。



あたしは焦っていた。

今日は弟と久しぶりに山に探索に来たのだ。

いつしか木の実採りに夢中になってしまったあたしは、先に弟を帰してひとりで山をうろうろしていたというわけだ。

怖い、ひとりは怖い。

こんなに奥まで来るつもりはなかったんだ……



――山には噂があったから。




山の奥にいくな。

鴉の子にさらわれる。


暗がりへいくな。

鴉の子に食べられる。


屋敷に近づくな。

鴉の子に殺される。



二度とは戻ってこれなくなるぞ……






恐ろしい、鴉の子の噂。

思い出しただけで、ゾクリと背筋が凍る思いだ。

ふるふると頭を振り、あたしは半ば走るように道を進む。


どれくらい歩いただろう?

すでに暗くなり、辺りの様子などちっともわからず、途方に暮れてしまった。

絶対、迷った。

泣きたくなる。

お化けも獣も鴉の子も出ないでねぇー!



『――ギャッ!!!』



ん?とあたしは小首を傾げる。

今、なんかを踏んでしまった――柔らかい、なにかを。

しかもそれは、『ギャッ』と言ったのだ。

ガラガラした声だった。

恐ろしさのあまり、動けなくなってしまい、あたしは踏んだままの足をどかすことさえしなかった。



『おい、貴様殺されたいのか』



すると、イラッとした感じで、あたしの足の下のなにかは口をきいた。

あわてて足をどけると、ようやっとそのなにかを見とめることができた。



――きれい。



まっくろなどこまでも深く、透き通った瞳に、長い蔭を落とす睫毛、すらりとした鼻、ほっそりした頬……

黒い肩まで伸ばされた髪を揺らし、その《なにか》であった《人》は口を開いた。



『……この姿も、久しいなぁ』

「えっ?!」

よくわかんない。

思わず聞き返したが、彼は面倒くさそうに手を振っただけだった。

『気にするな小娘』

は?という表情になってしまう。

この人はあまりに失礼だ。


「あなたに小娘呼ばわりされる筋合いはないわ」

『アンタに踏まれる筋合いもないけどね』


ちょっと機嫌を損ねたのか、彼は眉をひそめて言う。

なんだか威圧感があって、身体がビクリと反応する。

本能はすぐさま逃げるようにあたしに告げているみたいだった。


「……ふ、踏んでしまったことは謝るから」

『当たり前だ、人間』

男はさも愉快だとでもいうように豪快に笑うと、すっくと立ち上がった。

十八、二十歳くらいだと思う。

なのに、ものすごく偉そうである。

踏まれたことだって自分が寝転がっていたのが悪いのに!

すぐに謝ったことを後悔したが、あたしはもうこの人に関わりたくなかったので、軽く会釈してその場を去ろうとした。



「あたし急いでいるから。さようなら」

踵を返し――その途端、ぐいっと袖をつかまれた。

『小娘、助けてやるから、オレサマをしばしお前の家に置いておけ』

ニカッと笑って彼は言う。

八重歯が出て、なんだか幼さが隙間見える。

それは人にお願いする態度などではなくて、もはや命令に近かった。

びっくりして呆れて物も言えずにいると、彼はなにを勘違いしたのか、さらに深みのある笑みを浮かべた。


『お前は利口だな。おれに助けてもらえるなんて、滅多にないぞ』

助けてもらえる?

なにから助けてもらわなければならないと言うのだろう。

この人は狂ってる。

極力関わりたくなんてない。

悪いが断ろう……



そう思い決断までに至ったので、あたしは口を開いた。

だが、すぐにそれは閉じられた。

やっと、彼の言っていた『助けてもらえる』という意味がわかったから。


あたしたちは五人の男たちに囲まれていた。

彼らは手に刃物や太い木の棒など、武器をもってじりじりと間隔をせめてくる。

気づかなかった。

それくらい、気配がなかったのだ。



『山賊かぁ〜小せぇなぁ』

カカカッと笑って、あたしの隣にいる彼は言う。

こんなときに笑えるなんて、どういう神経しているのよ!

あたしは足がガクガク震えてきた。

金目の物なんて持ってない。

きっと山賊たちに、あたしは着ているものをはぎとられるのだ。

それしか金にできないだろうから。


『なぁ、アンタの名は?』

彼は山賊など目に入っていないかのように問う。

本当にびっくりしてしまう。

『おれは喜助だ』



――キスケ。



彼、喜助は笑みを浮かべながらそう言った。

あたしは怖くて口も開けないのに、死ぬかもしれないのに、喜助ときたらこれから祭がはじまるかのように、ワクワクしている。



「おとりこみ中悪いが、あんたら怪我したくなかったら、その着物をすべて脱いでもらおうか」

はっとする。

山賊のひとりが、低い声でそう言った。

刃物がキラリと不気味に光る。

「娘は奴隷でもすればいいんじゃないか?」

なんてとんでもない会話も聞こえてきた。

さらにあたしたちとの距離を詰め、山賊たちの会話は喜々としてきた。

「女はおれたちでいただこうぜ」

「男は着物脱がして殺すか?」

「あいつの着物、かなり上等じゃねぇか!」

「もしかして、どこぞの貴族サンなのかもなぁ〜」



貴族?

あたしはびっくりして喜助を見やった。

たしかに、濃紺に金色の星の刺繍のある、とても上品なものを身につけている。

山賊たちの持つ松明に照らし出された喜助は、とても気高く見えてしまった。



『おれを脱がす?』

喜助は低い唸るような声を出す。

『馬鹿言うな。失笑。貴様らは身のほどしらずだ』

邪気の混じったような笑みを浮かべ、彼はため息をついた。

「おいおい坊や?丸腰でかなうのかな?」

山賊の言葉を受けて彼を見ると、たしかに武器らしきものはひとつも持ってなかった。


まさか、ハッタリじゃないでしょうね?

急に心配さが倍増してきた。


奴隷もいや!

服を取られて真っ裸になるのもいや!

死にたくもない!


ただあたしは彼の様子をうかがうしかなかった。

が、当の彼はくるりと振り向くと、



『なぁ、ところでアンタの名はぁ?』



とにっこりしながら尋ねてきた。

よくわからない。

この人、もしかして人間じゃないのではないかと思う。

だって尋常じゃないもの。


『名は?』

重ねて尋ねてくる喜助に、あたしは脱力しきって言う。



「――加世カヨ


それを聞いてにっこり笑った喜助と、山賊の頭らしき人がしゃべったのは、ほぼ同時だった。



『……いい名』

「殺れ!」



ばっと襲いかかってきた男たち。

手には揺らめく不気味な光。

あたしは悲鳴もあげず、ただ仰天してしまった。


喜助はニッと笑うと、ぴょんと身軽に跳ねて攻撃をかわす。

次に振りかざされた刃をものともせずによけ、男の顔面にするどい拳をお見舞いした。

そのまま後ろにいた男に蹴りをやり、いっきにひとりを巻き込んで三人が倒れてしまった。

その姿はまるで――まるで天狗。


うめく彼らを跨ぎ、喜助は余裕の笑みを浮かべて口を開く。



『まだやる?おれ今機嫌いいから、許してやってもいいよ』

グッと詰まる残りふたりの山賊に、喜助は高らかに笑った。

『もちろん半殺しだけどッ』

その黒い笑みに圧倒され、黙っていた山賊の頭らしき男が口を開いた。

「まいったよ。アンタ腕いいなあ」


恐れているわけではなく、宝を見つけた喜びなのかもしれない。

その山賊の頭はおもしろそうにつづけた。

「アンタの着ているものは、とても高価なものだ。だけどアンタはただの貴族ではないと見える」

男は松明をかざした。

そこではじめて彼の顔が見えた。

色の抜けた茶色がかった髪、こんがり焼けた肌、丸い眼に薄い唇、線が細くて、とてもじゃないが山賊には見えなかった。


「ボクは虎徹コテツ

なにを企んでいるのか、山賊はにっこり笑って名乗った。

今から半殺しにするぞと言われて、うれしそうに名乗るなんて、こいつも普通じゃない。

虎徹の後ろにいた残りの山賊が、そのときはじめて口をきいた。

ごつごつした筋肉流々の身体に、気味悪く落ち窪んだ顔のその男の声は、低くしわがれていた。


「お頭、こいつきっと狐か狸だ。こいつの強さはただモンじゃねぇ気がする」

虎徹はそれを聞いて軽く笑う。

「ボクはカラス天狗みたいだと思ったよ」



カラステング?



やっぱり喜助は天狗みたいだ。



『フン。お前気に入った。おれは疲れた。早く寝たい』

「半殺しはお預けか。こちらとしてはありがたいね」

軽く笑うと、虎徹は倒れている仲間を担ぎはじめる。

喜助もニヤッと笑い、あたしの手をとった。

この人は、いつの間に山賊の頭と打ち解けたりしたのよ。

本当によくわからないんだから。



見回すと、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。



『さ、アンタの家に帰ろうぜ。ものすごく眠りたいんだ』




喜助はなおも愉快そうに笑った。







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