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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第一部 鴉の姫
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******






わたしは感嘆の声をあげ、しげしげと自身の指にきらめいている《それ》を見つめた。

とてもきれいだ。

喜助からもらったピアスと同じくらい、大切なものにしよう。



「夜呂、ありがとう」

指のきらめきをながめながら、わたしは彼に礼を言った。

彼はとても小さな指輪を、わたしの小指にはめたのだ。

それはぴったりで、わたしの指の中できらめいていた。


「これは兄さんの形見なんだ」

小さくほほえむと、夜呂はゆっくりと話した。

「おれを逃がすとき、兄さんがくれたんだ。兄さんは母さんからもらったって言ってたんだ」

なつかしそうに語る彼を見やりながら、すこし不安になる。

「わたしがもらってもよいのか」

「もちろん。それは魔除けなんだ。小指につけるための、特殊な魔除けだよ」

夜呂は邪気のない笑みでそう言うと、わたしの小指で光を放っていた、銀色の指輪に手を走らせた。



「迎えにくるから、それまで持ってて」



どこか大人びたような彼。

固い決意がその眼に宿っている。

本当におもしろい奴だよ、夜呂は。




「夜呂、そろそろ行こう」

高安が声をかけると、夜呂は名残惜しそうに屋敷を見やった。

風が吹き抜けた。

夜呂のまっくろな髪が、サワサワと揺れ、わたしの心をくすぐる。

今や、彼らは別世界の生き物のようだと、ふと思う。

夜呂は農民の格好こそしてはいないが、高安はすっかり鎧を身につけていた。

漆黒に光るその鎧は、はじめて彼に会ったときに着ていたものだ。

まだ夜呂の命を狙う輩がいるかもしれないということで、高安はまたおとりのようになるのだとか。



でも、それだけではないように感じた。

これはきっとケジメなのだ。

この屋敷と出逢い、そして別れを新たな出発にするために。



「すこし歩くが、山を抜ければ馬を準備してあるからな」

高安が夜呂に言う。

高安の部下が、屋敷の領域に入らないところまで迎えにきているらしい。

「姫、世話になった」

鋭いまなざしに、かすかなあたたかさをたたえて高安はわたしに言った。

はじめて、彼から名を呼ばれた。

「お前も元気で」

そっと微笑する。

こいつはよくわからなかったけれど、夜呂に対する敬意の思いだけはよくわかった。

彼は夜呂に必要な人。



「……姫」

ふいに呼ばれ、わたしは彼を見る。

まっくろな瞳がわたしを見つめ返す。

「夜呂、また逢おう」



また会える。

夜呂のことを、もっと知りたいから。



クスリと笑うと、わたしは静かに踵をかえした。

屋敷に戻ろう。

寂しさを噛み締めよう。

小指には約束の印がきらめいているのだから。



後ろで、非常にゆっくりと歩を進めた音がした。

夜呂と高安は、ふたりの世界に帰るのだ。

ふたりの世界はどんなところなのだろうと、わたしはひっそりと考えてみる。


海というものを見てみたい。

城というものを見てみたい。


いつかわたしも目にすることができるのだろうか?



すっかり気配がなくなってから、わたしは振り返った。

もちろんそこには人影などない。

在るのは、静寂のみ。

夜呂の笑顔も、高安の鋭いまなざしも忘れはしない。

きつく目をつむり、そう誓う。





また、逢える。






わたしはまっすぐに屋敷へ足を進めた。


















『――マヨナカさま』



はっとして、わたしは辺りを見回した。

自分の耳を疑う。

今……だれかマヨナカさまと言わなかったか?



ずっと気になっていたんだ。

はじめて高安と夜呂が屋敷に足を踏み入れたとき、烏が言った言葉。



――マヨナカさまだ――


マヨナカさまとはだれだ?



わたしはそんな風に呼ばれたことは一度もないし、ましてや夜呂と高安が互いにそう呼んでいたこともなかった。

烏はだれに対してそう言ったのだろうと、頭のすみにひっかかっていた。


「だれかいるのか」

屋敷の手前まできて、目を走らせた。

が、烏の気配はひとつもなく、ひっそりとしていた。

喜助が今日は一日出かけると言っていたから、それに大半の奴らが付き添ったはず。

けれど、残った奴らは屋敷にいるはずなのに……


不気味だった。

ここには屋敷とわたしだけ。

屋敷とわたしはひとつ。

だから、わたしなしでは屋敷は存在できない。

……わかってた。



《最奥の間》で闇を知ったとき、わたしは屋敷と通じあえたのだ。

けれど、本当にそうなのかといつも疑っていた。

もし、屋敷の存在にもわたしが関わっているのだとしたら、最奥の間にもなにか関係があるのではないか。


そっと屋敷に手をのばし、触れてみる。

屋敷がすこし、震えた気がした。

すると――




『マヨナカさまが来る。きっと、く……来る』




一瞬だった。

でもわたしはこの耳で聞き、この目で見た。

か細いその声は、烏のものなどではない――屋敷から発せられたものだった。

まさかと思ったが、屋敷はさらにつづけた。



『彼はきっと連れてくる。彼こそは導き者……尊い人』



彼?

どういうことだ?



『マヨナカさまが来る。マヨナカさまだ……マョ、ナカ……さ……』



そう言うと、その声はゆっくりと眠るように沈んでいった。

わたしは今目の前で起こった出来事に唖然として声もでない。

屋敷が口をきくだって?

そんなのはじめてだ。

ただわかったのは――屋敷が一瞬わたしから離れたということ。

わたしとひとつのはずの屋敷が意志を持ったということ。


……まずい、な。

こんなことははじめてだ。



ドクンと心臓は悲鳴をあげ、喉はカラカラに渇いてきた。

どうやら屋敷は静まったようではあるが、言いようのない胸騒ぎで苦しくなる。



マヨナカさまとは?

屋敷を造った虎狼の人とは?

わたしと屋敷の関係は?

最奥の間の真実は?



……夜呂と高安とわたしは……




出逢う運命だったのかもしれない。




空を仰いだ。

そこはまぎれもない、夕闇の迫りを感じさせながら流れていた。

わたしは夜呂からもらった指輪をしている指に手を重ね、そっと静かに目をつむった。








わたしは――鴉の姫。








*第一部 完*










以上第一部終了しました。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!


二部もどうぞ、よろしくお願いします。^^

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