第三章 指輪
【第三章 指輪】
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黒い鳥たちは、すぐさま暴れだした。
鋭い嘴をつきつけ、飛び回り、敵の攻撃にすばやく対応する様は、目を見張るものだった。
中でも、喜助は異様なまでも華麗であった。
刃をかわし、宙に舞い、はばたく。
見とれるほど妖美であった。
夜呂と高安は、半ば茫然としてつったっていた。
ただただ彼らの動きに目を奪われるばかりだった。
残虐さが、美しく見えてしまうのは……
一種のまやかしのようなものなのだろう。
辰迅たちはすぐさま悲鳴をあげ、刀をぶんぶん振り回すものの、それはあっけなく空を切るばかりだった。
やがて、喜助の鋭い鳴き声とともに、大柄な男がうめき声をあげて膝をついた。
目からは大量の赤いものが流れていた。
「夜呂、見るな」
あまりの光景に、高安は顔を歪める。
彼の声で我にかえった夜呂は、すぐに別のこと――姫のことを思い出した。
「姫!」
彼女はぐったりと横たわっていた。
紅い血が広がり、鉄のにおいが鼻をついてくる。
目がくらみそうになる。
「これは毒矢だ」
高安がゆっくりと言って、矢を抜こうとする手をとめた。
たちまち傷が広がることに気づいたからだ。
どうしようもなく、うろたえるふたりのもとに、一息つけに喜助が戻ってきた。
嘴は血にぬれていた。
『ああ、人間、おれが取る』
そう唸ると、喜助は嘴に矢をはさみ、スッときれいに引き抜いた。
たちまち傷が広がり、ドクドクとおびただしい血が流れだす。
烏はちょっと首をかしげ、それからガラガラした声で呼びかけた。
『姫、姫。お前は死んでしまうのか?』
――姫を殺したやつは許さない。
姫を傷つけたやつは容赦しない。
だって姫は屋敷の主。
『いつまで寝ているんだ。姫はまだ目覚めてない。早く……』
あとの声はよく聞き取れなかった。
やがて、喜助は再び宙に舞った。
『さ、姫を屋敷に運んで』
喜助と入れ替わりに朱楽が飛んできた。
面倒くさそうに嘴をカタカタ鳴らす。
夜呂も高安も、姫を見て驚き、唖然とし、ほうけてしまった。
矢がつきささった傷は、跡形もなく消えていた。
夜呂は今一度、喜助の飛び去った方向に目を向けてみたが、そこにはもう烏の姿はなかった。
辺りは血のにおいにつつまれ、辰迅たちの生きていた証は消滅して、その気配さえないようだ。
静かに無表情のまま、夜呂は姫の顔にふれた。
白く、どこまでも優美で気高い、姫だった。