藤村の信念
皐月は自身がマネージャーであることを孝哉に告げる。だが、孝哉は昨日の時点では皐月どころかマネージャーすら見かけておらず、皐月に問い返す。
「あれ、そうだったっけ?」
「昨日は野手組の練習を見てましたから、氷室くんは投手でしたよね、あとから行きますので監督によろしくお願いします」
皐月は昨日孝哉が見かけなかった理由を話すと、改めて孝哉に伝言を依頼した。孝哉が部活に向かうのを確認した皐月は吉永や春香とともに掃除を再開した。
うららかな放課後、野球部以外にも他の部活の声が響く。そこには、新入生の一人一人に(建前上は)平等に与えられた青春の前奏が奏でられている。孝哉もまた、その前奏を奏でる一人であった。
部室に入ると、多くの男子が着替えている。明城学院野球部は現在では衰退したとはいえ、元名門なので設備自体はかなりいい。シャワー室が備えてあったり、ロッカー室も本格的である。ロッカー室には、すでに新入部員の分がきっちりと割り振られていた。新入部員たちはそれぞれのスペースで身支度を済ませ、グラウンドへと向かった。藤村がグラウンドで待機している新入生のもとに1人の部員を連れてやってくる。
「よーし、集まってるか。これより、上級生の部員たちを紹介する」
藤村はそう言って横に並んでいる部員の紹介を始める。
「俺の隣に並んでいるのが、主将の三田裕介だ。野手の中にはすでにあっている奴もいるかもしれないが、投手組はほとんどが初対面だろう」
「ほとんど監督に言われてしまったが、改めて主将の三田だ。半年足らずの間ではあるがよろしく」
藤村が三田を促すと、三田は自己紹介の後、礼をする。新入部員たちも三田の礼に反応して素早く礼を返す。その後、藤村は三田を練習へと返し、新入部員たちに話し始める。
「最近はゆとり教育の影響で野球人気が低迷している。だが、野球を通じて学べることは社会に出てからも多いに役立つことは心に留めてもらいたい」
藤村の主張では、サッカーやバスケはポジション毎の区切りが曖昧で目立つチャンスがほぼ平等に与えられる。だが、野球は打順やポジション毎に細かく役割を与えられ、ポジション毎の格差もあることを指摘していた。しかし、社会に出れば、組織のために役割をこなすことの場面が圧倒的に多く、その点で野球はサッカーやバスケよりも教育的なスポーツであると藤村は考えていた。そして、藤村はこうまとめる。
「野球部で試合に出るためには、自分にできることをアピールし、役割を勝ち取らなければならないが、それは社会に出てからも同じことが言える。よって、この野球部では世間でよく言われるような1年生は雑用オンリーなんてことはないし、役割さえ勝ち取れば1年生も試合に出れることは保証する。それでは、各自アップして練習に励んでほしい」
藤村の一声でやる気を出した一年生たちはウォーミングアップをはじめて練習へと溶け込んでいった。




