バイト、やりませんか
だめだ…どう考えてもこれは異常のレベルだろ。
跡形もなく空気中へと砕け散ったコップの水を眺めながら神楽はそんなことを考えた。
小さな頃はこの能力が人と違うということが分からず自慢気に近所の子供たちに見せびらかしていた。
当然不気味な子供として周囲の人々から恐れられ、家族ぐるみで嫌がらせを受け、引っ越した回数は7回にも及ぶ。
ここまでくると、よく両親も中学卒業まで俺を一緒に住まわせてくれたものだと思う。
「ダメだ、もう寝よ。」
新品のまだ慣れないベットは幸いにも神楽に嫌な夢を見せることは無かった。
翌朝、神楽はまだ自転車を購入していないということもあり早い時間にめを覚ました。
といっても7時半に出れば十分に間に合うので6時に起きたのは少し早すぎる気がしないでもない。
仕方がないので朝食を軽く済ませると、簡単に着替えて共同スペースへ向かう。
まだ、テレビが届いていないので、パソコンでニュースを見ようと思ったのだ。
時間が早いせいか、共同スペースには誰もいなかった。
パソコンの前に腰を掛けて2,3分すると、
「よう、早いな!」
と背後から声をかけられる。
振り返るとオーナーがタバコの代わりとでも言うように棒つきキャンディをくわえながら立っていた。
「今日は徒歩ですので。」
「そうか。そういえば、お前は高校生だったな。なんかやりたいことはあんのか?」
唐突な質問の切り返し。
「いえ、特には。強いて言えば生活費を稼ぐためにバイトをしようかと…。」
その言葉を聞いてオーナーがにんまりと笑う。
正直嫌な予感しかしない。
「そーかそーか。バイトねー。…俺、ちょっと良い話し知ってるよ。」
「お断りします。」
神楽はオーナーのにやけ
顔が変わらないのを見て無表情のまま即答する。
「まぁ、そう言うな。これ資料だ。」
オーナーはそのまま1枚の紙を押し付け満足げに去っていった。
紙は求人広告で、カフェwonderと書かれていた。
「なんだ、意外と普通じゃん。」
結局オーナーに貰った求人広告はバイト先候補として部屋の机に置かれ、手早く準備を整えた神楽は少し早めだがそのままアパートを出ることにした。
案の定、学校にはかなり早く着いてしまった。
登校2日目では当然ながらやることもない。
教室もきっと人はいないだろう、そう思って扉をあけると。
「おっはよ!達海!アパート出るときは会わなかったな!」
朝から異常なテンションを振り撒く一に神楽は開けた扉を閉めたい衝動にかられた。
「お、おはようございます。」
一のせいで気づかなかったが教室には既にもう1人、女子生徒が来ていた。
「神楽君だよね?あ、私は和泉 梗子。よろしくね。」
手元に本があるところを見ると割りと大人しい性格の子であると察することができそうだ。
「よろしく。」
名前はなぜか覚えられていたのでいつもよりさらに短い挨拶となる。
「あぁー、達海ったら、女の子の前ではもっと笑わなきゃ。それともクールキャラ路線か?」
いきなりそんな突っ込みを入れられ、神楽は何を訳の分からないことをと、冷たい視線を送る。
「一君が張りきり過ぎて早く来ちゃったのは聞いたけど、神楽君はどうしてこんなに早くに?」
和泉が尋ねる。
「何でと言われても、早く起きたからとしか…。それにここら辺の土地勘も無いから。」
「そうなの?じゃあ、今度案内しようか?私は地元だし。」
「えーー!俺も俺も!!」
一が横から飛び出てくる。
「うーん、俺はもう少しバイトとか決まって生活が落ち着いたらにするよ。」
「えー、達海も行こーよー。」
「バイト?あてはあるの?」
一は完全スルー。
和泉も思った以上によくしゃべるタイプのようだ。
「一応アパートのオーナーにカフェwonderとか言う店の広告を貰った。」
それを聞いて和泉が驚いた顔をする。
「えっ、すごーい!!あそこって地元の子はイケメンカフェって呼んでてバイト応募してもなっかなか、店長のお眼鏡に叶わないんだって。…でも、私的にはスッゴく神楽君に合ってると思う!!!」
何だか、急に和泉のスイッチが入りバイト先をごり押しされる。
「おーい、俺は無視されて悲しいぞー。」
一の控えめな叫びは、再び完全にスルーされた。