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第一話 

 「(……あれ、俺は何して…?)」


陽斗は目を開いた。そして見ていた天井が我が家のものでないと知り、ドキリと心臓が跳ねる。

 陽斗は記憶を探っていく。しかし、まるで先程の記憶が強制的に削除されたように、その一部分だけがポッカリと隙間を空けている。何だか不愉快な気持ちになって、陽斗は叫んだ。


「オギャアアアアアアア……?」


盛大に叫びだした割に、言葉尻が萎んでいき、最終的に疑問形になっていた。

勿論陽斗の反応は正しい。先程まで日本語を不自由なく喋っていたのだから。

今現在何を喋ろうとしても叫び声にしかならない状態に動揺しない方が、おかしいのだから。


「(ど、どうなってる? なんだ、俺は思いっきり叫んだけど、流石にあんな情けない声を上げたつもりはないぞ…? いや待て、そもそも何であんな高い声で叫んでいるんだ? どう考えても赤ちゃんのそれに近しい感じが……)」


その時だった。

ドタドタ、と忙しない足音を立てて一人の女性がこちらに向かって一直線に走ってくる。


「(げ…!)」


思わず苦い表情をしてしまう陽斗、当然と言えば当然である。

しかし、女性が近づき、その輪郭から何からがハッキリしてくると、思わず見蕩れていた。


「(…外人サン?)」


その容姿は、どう見ても日本人のものではなかったからだ。

 薄いベージュ色の綺麗な髪の毛を肩まで伸ばし、優しげな微笑を湛えた表情、見つめると吸い込まれてしまいそうな美しい碧眼。顔立ちだけで分かる、完全に相手は外国人だ。


それと同時に理解不能な現状が余計に複雑怪奇な様を呈し、陽斗はもう幾分も使ってない頭を使う。


「(……俺の記憶がないってことは、多分失神か何かで倒れたってことだ。そして何故かは分からないが俺は外人さんの家に運ばれ、治療を受けているのだろう。そして、麻酔か何かの副作用で今の俺は言葉を紡ぐことが出来ない…。この外人、ホームドクターというヤツか? クソ、ワケ分からん…)」


必死になって陽斗は考え続けた。だが、女性の一言でその考えは無意味だったと知る。


「あら、起きちゃったのね。そんなに泣かないで頂戴、私の可愛い可愛いリンゼ」


「(り、リンゼぇぇぇ?)」


どうしたんだコイツ、頭おかしいんじゃないのか。

思わずして陽斗はその言葉が口を突いて出てしまった。


「あうあうあ?」


「どうしたのかなぁ~? お腹空いちゃったのかな?」


「(ちげえよ! その中二病ネームを撤回しろって言ってんだよ! てか何者だよアンタ!)」


それと同時に、その女性は陽斗を悠然とした態度で抱き上げた。

まるでショベルカーが砂を掬い取るように、あっさりと、呆気なく。


「(……どんな馬鹿力してんだ)」


陽斗はもう呆れてしまった。勿論、陽斗は今自分が幼児化していることに気づいていない。

物凄くあっさりと抱え上げてしまうものだから、陽斗は何とはなしに体を見た。

すると。


「お、オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!???」


もう形振り構わず叫んでいた。

当然である。なぜなら。


幼児用のツナギのような上下が繋がった服装に身を包んだ、小さな体に変形していたのだから。






◆   ◆   ◆







 それから数日が過ぎた。


「(全く、どうなってんだ…)」


「はーい、リンゼちゃん。ミルク飲みましょうねえ~?」


「(クソ……。何で俺が…うぐ……生温い…)」


リンゼこと陽斗は、その後大人しくして経過を見守る事にした。

 

 その間に幼児なりに収集した情報から、陽斗はまず自分が赤ちゃんになっている事に気づいた。そして二つ目に、この女性が陽斗の母親であることに気づいた。因みに、この女性の名前はミュレアというらしい。そして第三に、ここはどうやら地球上の場所ではないという事に気づいた。


陽斗自身、自分の幼児化した姿を見て、薄々気づいていたのだ。

ここが、俗に言う異世界だと言う事に。


「(…確かに、消えてしまえばいい!! とか大口叩いたけどよ、これは悲惨じゃねえか? まさか十九歳にもなって生温いミルクを飲まされて、オムツの取り替えもさせられて、俺と十歳も変わらない女性の腕の中で抱かれてるんだぞ? 赤ちゃんプレイってレベルじゃねえ、嫌がらせだコレは)」


世の中の「赤ちゃんプレイヤー」に初めて陽斗は敬意を評した。

それと同時に、陽斗は自分の行動範囲の限界を知った。


 ミュレアは専業主婦で、ミュレアの夫カザエルは宮廷騎士団に務める副団長らしい。この世界、陽斗が聞いた名前ではオールドギリスと言うが、この世界における『四大国家』の一つの傘下に属する、アルドレアという地域に陽斗達は住んでいる。四大国家の宮廷騎士団における副団長は途轍もなく偉い職業らしく、陽斗的な解釈によるとハリウッドスターのようなものらしい。


そして、ミュレアが家事で目を離していても、陽斗は遠くまで動くことは出来ない。

 まず体型からしてそうだが、這って進むしかない為、そもそもからして行動範囲が狭い。加えて、ミュレアは元宮廷魔術師という事もあり、人間を魔力の塊として認知出来る。今では滅多に魔法を使う事はないが、周辺の人間を感知する程度なら宮廷魔術師じゃなくても出来る初歩の技らしく、ミュレアによって陽斗の行動範囲はほぼゼロに近しい。


「(つまり、ベビーベッドの上でゴロゴロするしかないわけか。今思えば赤ちゃんって軽くニートだよな。まぁ、自立した意識が無いから違うのかも知れないけど)」


ゴロゴロと寝返りを打ちながら、暇な時間はとにかく色々考えていた。

これからの事。今までの事。この世界の事。そして、空羽や家族の事。


「(帰りたい、とは思わないけど、いつまでもこの世界に居るわけにもいかないだろうしな)」


その上、今は情報を大量に収集出来ない。断片的なものですら、集めるのが困難なのだ。

つまり、黙ってミュレアの行動に従うしかないわけである。


「(……まぁいいさ。後五年もすれば多少は動けるだろうし、それまでは比較的這って歩いてでも体を動かして、鈍らないようにしておこう)」


現在オールドギリスは基本的に安全で平和な風潮が漂っている。

 かつては戦争をし合った仲なのだが、今は手を取り合い仲良くやっていこうと心機一転したらしい。それでも、この世界の三分の一以上に魔獣達が原生している。故に、どこの家の子供であろうと、最低限の戦闘スキルを持ち合わせていなければ生きていけない。ミュレアによれば、七歳から国営の小さな騎士団に応募出来るようなので、せめても体が動ける状態の年齢からは、鍛錬を積みたい。


陽斗は明確な人生プランを練っていく。

だが、それでも圧倒的に時間が余り過ぎていた。


「(ミュレアの抱っこタイムの時に、少し家を案内してもらおうか。広いからまだどんな感じか分かってないしな)」


抱っこタイムとは一日の家に幾度も行われるミュレアとの触れ合いの時間である。

 基本的にオムツの取り替えや、ミルクを飲ませたりする時間だ。それ以外としては、抱っこしたままリビングをうろうろ彷徨ったり、時折外に出て新鮮な空気を吸わせたり、とミュレアの気まぐれによって大分行動パターンが左右する。


生後三日のリンゼこと陽斗だが、多少は何をしたいかを伝えれるようになってきた。

精一杯腕を伸ばして行きたい方向を示せば、ミュレアは素直に連れて行ってくれる。

陽斗はその習性(?)を利用して、周辺の情報収集を試みたわけである。


「(さて、そろそろか)」


「リーンーゼーちゃんっ!」


「(このノリは大分うざったい。そして俺は男だ、え…っと男だよね?)」


思わず幼いながらに股間部を見やり、ほっと胸をなで下ろす。

これで性別まで転換されていた場合、陽斗はホモかゲイの道しか歩めなかった、もしくは百合。

ミュレアは愛情が溢れんばかりの満面の笑みで陽斗を抱き抱える。


「さぁて、今日は何処いこうか~?」


「あうあ…!」


「ん? 二階、かな?」


「ばう!」


「そっかそっか、二階かぁ。行ってみようね~」


「(作戦成功だ。そして勢い良く言葉を出そうとするとどうしても「ばう」になってしまうな…。何だか犬になった気分だ。クソ……ペットプレイってレベルじゃねえぞ)」


今日も今日とて陽斗らしく、変態的趣向をお持ちのプレイヤーに敬意を評したのだった。



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