その彼女の結末は
由利ちゃんは最強という話です。
私は今は人生最大の窮地に立たされている。
目の前でつまらないことを延々語る彼女は同じ会社の原田由利さんで、私の恋敵だ。
仕事は出来るみたいだけど、愛想がなくて、私服もこの前ちらっと見たらめちゃめちゃダサくて、正直女としては私の完全勝利だなって密かに思ってた。
なのに何でこんなに気圧されてるんだろう。
会社帰りに呼び止められて近くのカフェに入ってからもう30分。
原田さんは他愛ない話を続けていて、正直帰りたいんだけど、何故かそれに付き合ってしまっている。
「そう言えば、魚住さんってこの前の飲み会に行ったんですよね」
唐突に告げられた言葉にコーヒーカップを持つ手が震えて、中身が少しソーサーに零れる。
「私、あの日は仕事に大きなミスが発覚して、終電間際まで仕事してたから、結局行けなかったんですけど、魚住さんは行ったんですよね」
知ってる。
だってそのミスは貴女が飲み会に来ないよう私が意図的に仕掛けたものだから。
「そういえばあの日はようやく仕事を終えて駅に向かっている途中に携帯に知らないアドレスからメールがきまして、それを開いたら凄く面白い画像が写っていたんです。気になりますか?気になりますよね?」
気にならない。
そう叫んで店から出ていきたいのに、私の意志に反して首は縦に振られる。
「これなんですよ」
彼女はバッグの中なら茶封筒を取り出し、中身を一枚一枚丁寧にテーブルの上に並べていく。
それは紛れもなく私が送った画像で、自身でプリントアウトしたのだろう。
「これ、凄くよく撮れてますよね。この写真を見て私が祐介と別れるって思ったんですか?」
突然確信を衝く質問に一瞬息が止まる。
「随分遠くから撮られてるのに貴女の顔も祐介の顔もバッチリ写ってて、疑われないって本気で思ったんですか?協力者は誰ですかね?営業の佐々木さんですかね?」
淡々と協力者の名前まで言い当てられて、何とか緊張を紛らわそうと既に冷たくなったコーヒーを一口飲む。
「何が…目的?」
「実際私はこの写真に惑わされて彼と別れようとしましたけど、今では婚約者ですから、そこは別にいいんです。
それに正直貴女には同情してるんです。誘った男がベッドの上で他の女の惚気を延々としゃべるなんてプライドズタズタですもんね。
だから私個人的には貴女がしたことも貴女のこともどうでもいいんです」
「じゃあ何でこんな…」
そこまで言いかけて慌てて自分の口を塞ぐ。
「こんな…ことするのか、ですか?それはですね、貴女が彼を傷つけようとしたからです」
そう告げる顔に先程までの微笑はどこにも浮かんでいなくて、はっきりとした怒りが見て取れた。
「見た目は軽そうにみえて結構祐介って真面目なんです。それをお酒の力で無理矢理なんて…。
貴女には彼がそんなこと平気でできちゃう人に見えたのかもしれませんが、私は彼を傷つける人はたとえ誰であっても絶対に許しません。
祐介が好きなら正々堂々と勝負するべきでした。
私のこと女として侮っていたなら余計にそうするべきでした。
そうしたらこんな席設けなくてよかったんです」
彼女はまたバッグの中から封筒を取り出した。
先程のより随分大きいそれは中に書類が入っていて、私の前にまた一枚一枚丁寧に並べる。
「これ、貴女が私のパソコンに不正にアクセスした証拠です。
同僚のパソコンに不正にアクセスして、あまつさえ大事なデータに手を加えるなんて会社に知れたらどうなるかぐらい貴女にもわかりますよね」
「……最低」
「そっくりそのままお返しします」
彼女は書類と写真を丁寧に一まとめにして、私の目の前に置く。
「会社を辞めろなんていいません。ただ金輪際私と彼に関わらないで欲しいんです。
祐介、貴方を見る度に自分のしたことを後悔して辛そうな顔をするから、見てられなくて」
水野君のことを思い出しているんだろう。
その顔はびっくりするくらい優しげでこんな顔次のも出来るんだと素直に驚いた。そう言えば水野君もいつものかっこいい雰囲気からは想像もつかないくらい甘い蕩けた表情で彼女の自慢してたっけ。
きっと正々堂々勝負したって相手にさえしてくれないんだろうな。
そう考えたら急に全て虚しくなった。
水野君と2人きりになるために随分小細工して、佐々木にだって色目を使って、なのに何の成果も得られず、こんな女に追い詰められてる。
悔しくて悔しくて涙が滲む。
だけど私の最後のプライドとしてこいつの前で泣くわけにはいかない。
「次の異動願いで申請を出すわ。北海道か沖縄か、とにかく貴女達の前には2度と姿を見せない。これでいい?」
意識して冷たい声を出せば、目の前の彼女はニコリともせずに立ち上がると深々と私に頭を下げた。
「ありがとうございます。
写真も書類も他にはありませんから、それはどうぞ御自由に」
伝票を持った彼女は颯爽とその場を立ち去っていく。
その姿が店から出ていくのを見つめてから、写真と書類をまとめてビリビリに破る。
私だってちゃんと彼が好きだった。
やり方は卑怯だったけれど、こんな幕引きを望んでいたわけじゃない。
彼と2人で写った唯一の写真を破りながら、自分の浅はかさに涙がこぼれた。
「祐介」
「何ー?」
「私がずーっと守ってあげるからね」
「えっと……よろしくお願いします」