クリスマスにサンタから可愛い妹を貰った@なすび【前編】
今の時間が気になって、僕は無意識にコートの内ポケットに手を伸ばす。
しかしそこには僕の求めていた物はなかった。
そうだ、質に出しちゃったんだ。
僕のコートの内ポケットにはいつも親からもらった懐中時計をしまっている。
銀色の時計で、細かい花の模様が彫られている骨董品だ。
すぐ時間が狂うし壊れやすいなどの理由で使いづらいのだが、古くて価値がありそうなもので、なおかつ格好いいから僕はその親からもらった懐中時計を大切にしていた。
しかし、その時計も先日質に出してしまった事に気付いた。
時計を確認するときはいつも内ポケットの時計を取り出していたので、癖になっているのかもしれない。
今日は、十二月二十四日。
クリスマス・イヴだ。
町は綺麗な照明に包まれて大量のカップルが恋人とお互いの愛を確認しあっていた。
僕もその中の一人だ…………数時間前までは。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ここは電車の中。
彼女に振られ、一人寂しく電車で借りているアパートに戻ろうとしている最中だった。
クリスマス・イヴだというのに、電車はいつも通り通常運行している。
天井には広告が吊るされており、その下には吊革。
座っている僕の前の吊革にも、スーツをきた男性が掴まっている。
会社帰りのサラリーマンだろうか? クリスマス・イヴなのにご苦労さんですね。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
彼女に振られ、独り身になった僕。
今日はクリスマス・イヴ。
ああ、人生最悪なイヴだ。
それもこれも……僕の彼女が……いや、なんでもない、もう終わった事だ、諦めよう。
✝
ここで小話
クリスマスあるある。
①サンタがいないと知ってしまった時のショックは今でも忘れられないトラウマになっている。
✝
赤石相。
これが僕のフルネーム。
二十歳のフリーターで、家賃四万五千円のアパートに一人で住んでいる貧乏青年。
そんな僕にも半年前の六月に彼女が出来た。
可愛いとか綺麗とか、そんな感じのいわゆる「美形」ではないが、よく笑って仕草が小動物みたいで守ってあげたいと思わせるような彼女だった。
そして、なにより彼女はとても綺麗な黒髪をしていた。
指ですくと、スーッと心地いい感触が指に伝わる、よく手入れのされた長い黒髪を持った女性。
そんな彼女と僕はクリスマス・イヴにデートする約束をした。
日本人で、イヴにデートしないカップルは滅多にいないだろう。
そんな誰が作ったのか分からない常識に則って僕も彼女とデートの約束をした訳だ。
もちろん、僕は彼女のためにクリスマス・プレゼントを用意した。
と、言っても、僕はアルバイトでなんとか生活を食いつないでいる貧乏青年なので、金銭に余裕はない。
だけどプレゼントはあげたい。
そう思った僕は、近所の質屋に行って親からもらった懐中時計を質に出した。
思ったより安かったが、彼女のプレゼントの買う分には十分な金額が手に入った。
僕はそれで櫛を買った。
彼女の綺麗な髪に合うような、高い櫛を買った。
正直僕は櫛に詳しくないので、女性が買い物するような店で見た目がよくて値段が高いのを買ったのだが、それでも喜んでもらえると思った。
ついでに、質に出した懐中時計だが、契約した期限内に借りた金を返せそうにないので、金を払うのはあきらめ、いつか金が貯まった時に買い戻そうと思っている。
誰かに買われなければの話だが。
その櫛を持って僕はデートに行った。
もしかすると彼女はプレゼントに僕の懐中時計に似合うチェーンをプレゼントしてくれるかもしれないという、ロマンチックな予想をしたりもした。
タイトルは忘れたが昔そういう童話を読んだのだ。
クリスマスにお金がないから時計を売って櫛を買った男と、同じくお金がないから髪を売って時計の鎖を買った女の話。
ま、その予想は見事裏切られ、それ所かもっと酷い結末が待っていたのだが……。
僕が彼女との待ち合わせの場所に到着したとき、彼女は既にそこにいた。
僕は待ち合わせ時間の三十分前に来たのに、既にいた彼女を見て一瞬嬉しくなった。
しかし、その気持ちはすぐに消滅した。
彼女は、僕の知らない男性と一緒にいたのだ。
「その人は誰?」
「あ、相君やっと来た」
彼女は僕を見て、いつも呼んでいるように「相君」と僕に言った。
「えっと……その人は……?」
僕は彼女と一緒にいる見知らぬ男性の事が気になったので、まずその事について彼女に言及した。
すると、
「あ、これは私の新しい彼氏」
「え?」
一瞬、彼女が何を言ったのか僕には理解出来なかった。
それ所か、頭の中が真っ白になった。
「いやー、やっぱりさ、顔がいいだけで金持ってなくてしかも一緒にいてもつまらない男といるより、金持ってる人の方がいいかな~と思って」
「え……?」
彼女は確かに日本語を使っていたのだが、その時の彼女はまるで外国語……というかもはや宇宙人の言葉を使っているような気がした。
それだけ頭が混乱していて、彼女の言葉が理解できなかったのだ。
いや、理解したくなったのが、正しい表現だろうか。
「つまりさぁ、てめぇはもういらないんだよ」
ここで、彼女と一緒にいる知らない男性が口をはさんできた。
「てめぇはこいつに捨てられたの、分かった? もうお前は用済みなんだとよ。お前より俺と一緒にいる方が楽しいんだってよ」
「じゃあ……なんで僕をここに呼んだの?」
ショックで今にも倒れそうだった僕だが、辛うじて、その質問を口にする事は出来た。
「え? 君のその絶望する顔が見たかったからだよ?」
彼女は当たり前のように、そして物凄いいい笑顔でそう言った。
その瞬間、僕の心は大きく傷ついた。
赤石相。
二十歳。
クリスマス・イヴに、彼女に振られて、現在彼女なし。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
②高校生ぐらいになるとクリスマスプレゼントは手袋とかマフラーになる。
✝
彼女に振られた僕は、一人寂しく電車で借りているアパートに戻ろうとした。
そして、これからどうやって生きていこうかと心配になった。
実の所、現在所持金はほぼ零に近いのだ。
この電車賃を使ったら、もう明日の昼食すら食べられないぐらい、つまりほぼ零円しか持っていないのだ。
アルバイトは三日前クビになったし、携帯電話は先々月解約したし、家賃も二ヶ月滞納してるし、ガスと電気とお湯止められて今水しか出ないし。
そろそろ水すら止められそうだし、つうか大家に来月の家賃払えないなら出て行ってもらうって言われてホームレスの一歩手前だし、実家とはもう二年も連絡取ってないし。
僕から「恋人」を取ったら、殆ど何も残らない事に気づいて、絶望した。
そんな、何も持ってない僕は、一人、明日の生活すら厳しい事に絶望して、かと言って何も出来ない事を恥じながら、電車でアパートまで戻っている。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
一定のペースで車内が揺れて、ガタンゴトンと音がする。
ふと、前に吊革に掴まっているスーツを着た中年男性の方に視線が動いた。
その男性は、冊子を広げて、その中の記事を読んでいるようだった。
背の高い男性だったので、座っている僕は、男性が何を読んでいるのか確認出来た。
どうやら小説の情報誌のようで、表紙には黒髪の女性が写っていて、どうやら二十九歳で有名な小説の賞を取ったらしい、僕は小説を読まないからその凄さがよく分からないのだけど。
そして、次に目をやったのが、表紙の隣にある……つまり裏表紙に印刷されている、今月の占いコーナーと書かれた記事に目が行った。
僕は六月一日生まれの双子座なので、自然と双子座の欄を探した。
そして、双子座の欄には『今月は人生でベスト3に入るような不幸が訪れるでしょう。回避する方法はありません。諦めましょう。なお、血液型がO型で二十代前半の男性だった場合、最悪死にます。死相が出てます』と書かれていた。
「……………………マジ」
内容があまりにも恐ろしい記事だったので、恐怖で口に出してしまった。
僕は、現在二十歳の男で、血液型はO型の「Rh+」だ。
やっべ……僕そろそろ死ぬわ。
しかも的確に内容が当たってるし。
その記事を読んだ瞬間、僕は恐怖で身がすくんだ。
いや、たかが占いの内容じゃないか……と僕は思ったが、今日彼女に振られるという大きな不幸が訪れ、占いの内容があまりにも僕に似ていたので、それがデタラメな占いとはとても思えなかったのだ。
僕は、その記事の内容を忘れようとその冊子から目をそらした。
何か別の物を読もうと、電車の天井につるされている広告に目をやった。
「っ⁉︎」
しかし、そのに書かれていたのは、
『死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます』
という不吉な文字列。
慌てて広告から視線を外し、隣に座っている人が読んでいる本を除く。
なんでもいいから「死の予言」を忘れられるような文章が読みたかった。
だが、隣の人が読んでいる本に書かれているのは、
『死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます』
見開き二ページにぎっしり埋めつくされた「死にます」という文字。
次に止まる駅を告げつ電光掲示板にも『次は……「死にます」……』という文字が流れ、逆となりに座っている老人が来ているトレーナーにプリントされた文字が「死にます」で、上に誰かが置いて行った新聞にも死にますと大きな文字で書かれていて……
脳みそいっぱいに流れ込んでくる大量の「死にます」という文字。
気付くと僕は気を失っていた。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
③ケーキはクリスマス後にセールで値引きされるまで待つ。
✝
目が覚めると、そこはまだ電車の中だった。
前に立っていたスーツを着た男性はもういなくて、隣で本を読んでいる人もいなかった。
僕は慌てて今何駅にいるか電光掲示板に目をやった。
しかし、まだ僕が下りる駅ではなかった。
安心した。
そして、同時に、何を見ても「死にます」としか読めなくなった僕の可笑しい症状も治った事に気づき、また安堵した。
きっと、夢だったのだろう。
彼女に振られてショックで精神がすり減って、あんな夢を見てしまったのだろう。
そう思うと幾分気分が楽になった。
安心して、座っているシートに深く背中を預ける。
そこで、一度、大きなあくびをして、目に溜まった水分をふき取る。
そこで、視界がクリーンになった事で、僕は反対側に座っている少女の存在を視界に捉えた。
反対側のシートに、中学生程度の少女が座っていた。
いや、ただ座っているだけなら僕も気にしない。
でも、その少女が美少女だったら、男性なら思わず見つめてしまうだろう。
軽くウェーブした長髪に、整った目、鼻、口。
まだ子供なのだが、成人している僕が見ても十分に魅力的に思えるぐらい美形の少女だった。
綺麗というより、可愛いという要素の方が強い美少女で、スマートフォンで何かの記事を読んでいるようだ。
そして、整った容姿以上に目が行ったのは、彼女の下半身だった。
冬だというのにハーフパンツを履いていて、残りの足の部分を隠すように白と紫の横縞模様ニーソックスを履いていた、隠し切れていない絶対領域から見える白い太ももを見ていると、だんだん僕の男としての本能が芽生え、少女に発情してしまった。
「っ……⁉︎」
僕は慌てて少女の足から視線を外す。
危ない、僕はロリコンじゃないぞ。
中学生程度の女子にエロい事考えるなんて……と反省した。
きっと彼女に振られて疲れているのだろう。
僕は心を整理し、そして再び少女を見た。
一瞬危なかったのにそれでも二度見してしまうほど、少女は魅力的だったのだろう。
ロリコンではない。
少女の綺麗な一対の瞳は熱心にスマートフォンの画面を追っていて、僕の視線には気づいていない。
それを確認すると、僕は再び少女の白い太ももを見始めた。
紫と白の横縞模様のニーソックスから覗く絶対領域。
その白い太ももは何度見ても魅力的で、僕の性欲を高めようと不思議な魔力を放っている。
帰ったらこの太ももを思い出して自慰行為をしようと思ってしまった。
ロリコンじゃないのに。
ロリコンじゃないと言っているのに、僕は少女の太ももから視線が外せない。
少女が僕の視線に気づいている可能性を心配した僕は、一度太ももから視線を外し、少女の顔を見た。
しかし少女は未だスマートフォンの画面に意識が行っている。
安心した僕は、一度深呼吸をして再び少女の太ももに視線を合わせる。
あえて全て見せず、ニーソックスで隠す所がエロい。
パンツとソックスから見えるやわ肌は、今にも席を立って触ってみたいと思わせるような重力を持っており、僕の理性を壊そうとする。
視線を外せばいいことなのに、視線を外す事が出来ない。
まるで少女の太ももを見ていないと窒息してしまうような感覚になり、維持でも少女の太ももを見つめる僕。
まばたきするのも惜しいぐらいに熱心に、まぶたに焼き付けるように、彼女に振られた事も忘れて僕は少女の太ももを見る。
ここで見れるだけ見ておかないと絶対にいつか後悔するような気がして、僕は周りの視線も気にせず少女の太ももを見続ける。
やがて、僕が下りなければならない駅に電車が止まった。
僕はこのまま少女が下りるまでずっと少女の太ももを見たいと思っていたのだが、それでもなんとか少女の誘惑を振り切って、扉が閉まる寸前に僕は駅のホームに降りた。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
④ミニスカサンタなんて迷信だ。
✝
改札を出てこれから歩いて帰ろうと思っている僕を始めに待ち構えていたのは、雪だった。
白く、脆く、儚く、冷たい……雪。
無数の雪が、空から落下する。
すでに結構降ったようで、地面は白く積っていた。
ホワイト・クリスマスだ。
しかし、今日彼女に振られた僕にとって、クリスマス・イヴの雪は素直に喜ぶ事が出来ない。
むしろ、傘を持っていない僕にとって、この雪は迷惑以外の何物でもない。
僕は冷たい雪が降り注ぐ中、傘も差さずに帰路に付いた。
冷たい。
十二月の冷気にプラスして、雪という天候が僕の体温を更に奪う。
電車の中である程度温まっていた僕の体温は、数分歩いただけで今にもしもやけになってしまいそうなほど冷え切ってきた。
手袋をしていないため、手が冷たい。
コートのポケットに手を突っ込むが、この安物の薄いコートでは寒さは殆ど凌げない。
薄いコートを貫通し、解けて水になった雪が僕の肌を濡らす。
頭に積る雪。
手で払うのも面倒なぐらいに、雪は強い。
そのうち、意識が朦朧としてくる。
やばい、倒れそうだ。
実の所、もう三日も碌な食事もとっていない。
このままでは本当に倒れそうだ。
アパートに帰っても、薄い古びた毛布しかないし、お湯は止められたので暖かいシャワーを浴びる事も不可能だ。
家に帰っても大したメリットがない事に気づき、どうしてアパートに向かっているんだろうと、そんな疑問が頭に浮かんだ。
あのままずっと暖房の利いた電車にいればよかった、とまで思える。
アパートより電車の中の方が快適という、意味不明な結論を出してしまった事に更に絶望し、体も限界が来たようで、僕は倒れてしまった。
ドサリ、と僕は正面に倒れる。
急に体が動かなくなり、視界もぼやけてくる。
倒れた場所はどこだろう? あとどれくらいでアパートに付いたのだろう?
それも分からない。
冷え切った体。
何も入っていない胃袋。
ぼやける視界。
だんだん、眠たくなってきた。
ああ、雪山で遭難した時によくある「あ、眠くなってきた」「馬鹿野郎寝ちゃだめだ」ってやつだな、これ。
でも、今の僕にはここで眠ってしまう事を妨害するパートナーはいない。
雪の上という最悪な寝床なのにもかかわらず、何故か、ぐっすりと眠れそうな気がした。
永遠に。
それも……いいかもしれない。
彼女に振られて職もなくしてアパートも追い出されそうなホームレスの一歩手前の状態だ。
このまま……眠るように死んでしまったもいいかもしれない。
僕は、このまま起き上がる事も諦め、眠る事を受け入れた。
このまま死ねれば、それはきっと幸せな死にかたなのだろう。
眠る瞬間、電車の中で見た、「死にます」という最悪な占いコーナーの記事を思い出した。
なんだよ、あれ、夢じゃないのかよ……。
そしてもう一つ。
「死にます」という占いコーナー以外にも、向かい側のシートに座っていた中学生程度の可愛らしい美少女の姿も思い出す。
そして、雪のように白い太ももを思い出す。
そうか、あれは……死ぬ前に最後に慈悲で見せてくれた神様の心遣いなのかもしれない。
ありがとう神様。
僕は心の中でそう言って……意識を手放した。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑤クリスマスが誕生日だとクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントが一纏めにされてしまうという悲しい子供時代。
✝
目が覚めると、そこは自分が借りているアパートだった。
あれ? どうしてだろう? 僕は道端で倒れて眠るように死んだはずなのに……。
疑問を頭に残して起き上がると、そこが自分の部屋ではない事に気づく。
始め、シミの付いた木造の天井を見た瞬間自分の部屋と錯覚してしまったようだが、ここは、ただ自分の部屋と同じような天井というだけで、自分の部屋ではないようだ。
じゃあ……ここはどこだろう。
コートが脱がされ、暖かい羽毛の毛布がかけられた体を起こす。
誰がやってくれたのか分からないが……すごく暖かい。
「あ……起きたんですね」
僕が目を覚ました事に気付いたこの部屋の住人だと思われる人間が、安心したように僕に声をかける。
どうやらその声の持ち主が、路上で倒れている僕を助けてくれたらしい。
でも、僕はあそこで死ぬ予定だったのだから、ありがた迷惑かもしれない。
いや、この暖かい羽毛の感触を感じ、やはりあそこで死ぬのは勿体ないと考え直し、やはり助けてくれた事に感謝する。
僕は、助けてくれたと思われる人の声のした方向に視線を向ける。
「よかった……死んでなくて」
僕を助けてくれた人は、女性だった。
厳密に言えば、少女。
もっと詳しく言えば、美少女。
中学生程度の整った容姿の少女だった。
どうやら、こんなまだ性器に毛も生えてないような幼い中学生程度の少女が僕を背負って自分の家まで運んでくれたらしい。
「あれ……愛……?」
「えっ?」
僕は、どういう訳か、意味不明な言葉を今言ってしまった。
少女はその僕のつぶやきに反応して首をかしげている。
僕は何故こんな事を言ってしまったのだろう? と恥じながら、改めて少女に声をかける。
「えっと……あなたが、僕を助けてくれたんですよね?」
「あ、はい。そうです」
少女は僕の質問に答えた。
可愛らしい声だった。
アニメキャラクターのようなソプラノボイス。
「ありがとうございます」
僕は素直に感謝した。
そして、その少女を見て、僕は記憶に何かが突っかかるのを感じた。
その可愛らしい少女は、ハーフなのか、茶色の瞳をしていて、茶色の髪をしており、背中まで伸びた茶髪は、美容院でやってもらったのか、それとも天然なのか、綺麗にウェーブしていた。
暖かそうなパーカーに寒そうなハーフパンツを身に付けており、寒そうなパンツを補うように、紫と白の横縞ニーソックスを履いていた。
そう、何かがつっかかる。
そうだ、電車の中でいた美少女だ。
その少女の服装は、僕が先ほど電車で見た少女と酷似していた。
いや、もはや同一人物だろう。
どういう偶然か、僕を助けてくれた少女は、僕が先ほど発情した少女と同一人物だったのだ。
「あなたは……さっき電車の中にいた?」
「え?」
「いや……なんでもないです」
ここでそんな事を言っても、なんの意味もない事を悟り、言いかけた言葉を喉に押し返す。
一瞬喉が詰まった。
「…………」
「…………」
そして、今さっき出会ったばっかの僕と少女では、会話も続くはずもなく、居心地の悪い沈黙が訪れる。
十秒ほど沈黙が続き、お互いに気まずいと思ったのか、少女が僕に改めて話しかけた。
「えっと、あなたはどうしてあんな所に倒れていたんですか?」
「ええと……なんと言って説明すればいいのか?」
僕は、少女の質問に分かりやすく説明する方法が思いつかなかったので、今日の出来事を始めから説明する事にした。
彼女と一緒にデートする予定だった事。
しかしその彼女に振られてしまった事。
彼女のためにプレゼント買ってもうお金に余裕がない事。
そしてここ数日食事を殆どしていない事。
そして今日遂に力尽きて倒れた事。
それらの事を全て少女に説明した。
「へぇ……それは災難でしたね」
少女は、僕を可愛そうな、心配してくれているような慈愛に満ちた目で見てくる。
それは憐れみの感情も含まれているのかもしれないが、プライドが大して高くない僕は特に気にしなかった。
僕の命を助けてくれて、僕の話を一生懸命聞いてくれるというだけで、悪い気分はしない、むしろ感謝していた。
いくら感謝してもしきれないぐらいに。
そして、お互いに、まだ自己紹介をしていない事に気付いた。
お互いに同時に気付いたようで、「はっ」と声をあげて、自己紹介をする事にした。
まずは僕から名乗る事にした。
「今さらですが、僕の名前は赤石相です。助けてくれてありがとうございました」
「私は小鳥遊小鳥と言います」
「たかなし、ことり?」
少女の名字と名前が、随分珍しい物だったので、僕は思わず少女の名前を反復してしまう。
少女は、自分の名前が珍しい事を自覚しているようで、補足を加えてくれた。
「『小鳥が遊ぶ』と書いて『小鳥遊』です」
「珍しい名字ですね」
「ええ。初見の人にはよく言われます」
「小学校の時、進学するたびに担任の先生に間違えられてます」と笑い話のような感覚で少女……小鳥遊小鳥は言った。
「遊」を中心にして左右の文字を入れ替えても「小鳥遊小鳥」。
でも、語呂がよく覚え易く、響きも綺麗だったのだ、僕は少女の名前が気に入った。
「小鳥遊さん……良い名前ですね」
「赤石さんは年上ですので、敬語はいらないです」
「でも命の恩人に……」
「むしろ敬語を使われると気分が悪いんです。すいません」
少女、いや、小鳥はそういう。
向こうがそう呼んでくれというのなら、僕はそれに従おう。
それに、敬語は使いなれていないから僕もムズムズしていた。
敬語を使うのに慣れていない僕と、敬語を使われるのに慣れていない小鳥。
お互いの利害が一致した。
「じゃあ、改めて。小鳥、助けてくれてありがとう」
「いえ、もうお礼は十分に聞いたので、そんなに言わなくても大丈夫ですよ」
そして、お互いに打ち解けられた気がして、僕は笑った。
小鳥も笑った。
僕は、明日からどうやって生きていくのかも忘れて可愛らしい少女と楽しいお喋りを続けていた。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑥クリスマスの朝は終業式なので、枕元にあるプレゼントを開ける前に学校に行かないといけない小学生のはかなりの苦痛を味わう。
✝
「ところで……」
綺麗にウェーブした髪と、整った容姿、白く魅力的な太ももを持った美少女、小鳥遊小鳥と楽しい会話を三十分ほどした時、僕は、この部屋に来て、ずっと思っていた事を言う。
「もしかしてここって……まさか小川荘?」
小川荘というのは、僕が借りているアパートの名前。
家賃四万五千円の築四十年の木造建築。
僕が目を覚めた時、ここが自分の部屋だと錯覚してしまった時といい、この部屋の内装がどこか自分の部屋と似ている所といい、もしかするとここは僕が住んでいるアパートと同じなのではないかと思ったのだ。
「え、ええ。そうですよ」
小鳥は「よく知ってますね」と、驚いたように答える。
「いや。実は僕もここに住んでるんだよ」
「そうだったんですか! 凄い偶然ですねっ!」
小鳥は、子供のように(いや実際に子供だけど)、目を大きく開けて運命のような偶然を驚き嬉しそうな笑みを浮かべた。
小鳥の話が正しければここは小川荘の「203号室」。
僕の借りている「201号室」の二つ隣だ。
僕らはずっとすぐ近くに住んでいたのだ。
しかし、お互いに顔を合わせた事がない。
物凄い偶然だった、いろんな意味で。
「ネームプレートもないし、人が住んでいる気配もないから……空き部屋なのかと思っていたよ」
「ああ、いえ。プレートを張るとセールスの人が来る可能性もあるし、そういうの追い払うの苦手なんで……なるべく人が住んでないように見せているんです」
小鳥は、あえて空き部屋と思わせているように暮らしている理由を答えた。
そして、それと同時に僕は、「何故中学生程度の少女がこんな所で一人で暮らしているのだろう?」という所に疑問を感じた。
ここは、トイレ、風呂、キッチンを除けば、人一人しか住めないような「1K」構造だ。
必然的に小鳥はここで一人暮らしをしている事になる。
そして、か弱い少女がこんなセキュリティが低い所で一人暮らしをしている事を心配に思った。
しかも、僕はここで最悪な発想を思い浮かべてしまった。
少女が、たった一人でこんな所に暮らしている。
そして、僕は今、その少女と二人っきりでいる。
つまり、今なら僕は少女を襲っても助けを呼ぶ事が出来ない。
僕は可愛らしい少女を好き放題出来る訳だ。
電車の中でずっと触ってみたいと思っていたニーソックスから覗く太ももが触り放題なのだ。
それ所か、もっと凄い事も出来る。
でも……そんな事はしない。
僕はロリコンじゃないし(何度も言うが)、ロリコンじゃないし(何度でも言うが)、命の恩人に対し、恩を仇で返すような人間性も持っていない。
そして、逆にこんなことも思った。
つまり、今、このアパートで少女が一人で暮らしている事を知っているのは僕だけだ。
つまり、この少女を守ってあげられるのも僕だけだ、と。
この可愛らしい少女を、守ってあげたい……と、僕は思った。
そしてそして、
僕はこんな事も思った。
いや、これは思ったというより、始めからずっと思っていた、気になっていた、事なのだろう。
「えっと……この部屋の半分を埋めつくすように並んでいる……綺麗にラッピングされた箱の山は何?」
そう、この、小鳥遊小鳥が住んでいるこの部屋には、ただでさえ狭い部屋なのに、その部屋を更に狭くするように、大量の箱が積まれていたのだ。
大きさは大小さまざま、どれも綺麗にラッピングされて、山のように積み重なっていた。
「ああ……これですか」
小鳥は、ちょっと困った顔をする。
どう説明すればいいんだろう? という顔に見える。
そして、何かを決心したような顔をし、「これは誰にも言ってはいけませんよ」よ僕に念を押すようにそう言い、衝撃的な答えを述べた。
「私……実は日本の、この地域を担当するサンタクロースなんですっ!」
十二月二十四日。
クリスマス・イヴ。
僕は、本物のサンタクロースに出会った。
本物のサンタクロースは、僕がずっと予想していた人物像とは、大きくかけ離れていたのだけれど……。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑦サンタがいると知っていても、物置きの奥にクリスマスプレゼントが用意されているとちょっと悲しい気持ちになる。
✝
「私のお母さんはサンタクロースだったんですよ、でも二年前に引退して、唯一の後継者だった私がサンタクロースに就任したんです」
小鳥はそう言った。
その話はいささか信憑性に欠けるというか、なんとも馬鹿らしい、空想めいた発言だった。
でも、この綺麗に透き通ったブラウンの瞳は、嘘をついているとは思えないし、実際に大量に積まれているプレゼントだと思われる箱を見ると、嘘だとは思えなくなっていた。
むしろ、信じたいと思っている僕がいた。
こんな馬鹿らしい話なのに。
サンタクロースなんて、小学生の時に存在しないと知ってしまった僕にとって、こんな話信じられる訳がない。
でも、やっぱり、だからこそ、僕は小鳥の言った言葉を信じたいと思った。
「そうなんだ、凄いね」
「…………」
僕が思った素直な感想を告げると、小鳥はきょとん、と不思議そうな顔をして僕を見た。
「え? 何かまずい事言った僕?」
僕は今のさっき何か不自然な事を言っただろうか?
「いや、なんといいますか……普通に信じるんですね、赤石さんは」
「信じるよ。小鳥が嘘をついているなんて思えない」
「どこから来るんですかその信頼は?」
「なんとなく……かな?」
もしくは……彼女に振られ、夜道に倒れて、死ぬ覚悟をしていた僕を、可哀そうだと思ったサンタさんが、僕を助けてくれた……という状況なら、まさにピッタリだと思ったからだ。
もしそれで助けてくれたのがサンタさんじゃなかったらむしろ不自然だと思えるくらいに。
「小鳥を初めて見たとき、サンタさんだと思ったんだよ。死にかけている僕を助けてくれる物好きな存在は、女神様かサンタさんしかいないと思ってね」
僕がそう言うと、小鳥は可笑しそうに笑った。
そして、
「でも、赤石さん、あなた……私を見たとき、『愛』って言いませんでした?」
と言った。
「ん? 言ったっけ?」
そういえば、言ったような気がする。
すくなくとも、「絶対に言ってない」とは断言できない。
なぜなら、その「愛」という言葉は僕にとって、ただの「単語」ではなく、もっと大切な意味のある言葉だからだ。
「もし言ったのなら……それは、僕の妹の名前だね」
「妹さんがいるんですか?」
興味ありげに、小鳥は僕の言葉に耳を傾ける。
「うん、生きていれば……今は十八歳だね」
「生きていれば……?」
僕の言った言葉を完全に理解できず、曖昧に首を傾げる。
そう、生きていれば……十八歳。
「そうだねぇ……僕の妹はね、十年前に……死んだんだよ」
僕の妹、赤石愛は、十年前……死んだ。
僕の前で、心臓を貫かれて、血飛沫を上げ、何が起こったのかも理解できずに、八歳という幼い年齢でこの世を去った。
「えっと……すいません、事情も知らずに……辛い過去の事を言わせてしまって」
「いや、いいよ、そんな悲しい顔しないでよ。小鳥は悪くないもの」
小鳥は、申し訳なさそうに顔を俯ける。
小鳥は悪くないのだから、そして、死んだ妹も悪くない。
どちらかと言えば、僕が悪い。
小鳥を死んだ妹と間違えたのも、小鳥が死んだのも。
「小鳥が、死んだ妹とよく似ててね……意識が覚醒したばっかだったから間違えてしまったんだよ」
「わ、私と似ていたんですか……」
「うん、小鳥に似て、とても可愛い少女だった」
「…………」
「可愛い」という単語に反応して、小鳥は頬をうっすらと桃色に染める。
照れているのだろうか。
顔が熱くなった事が分かるのか、顔を俯かせて僕に見えないように髪で隠す小鳥。
その仕草を見ると、小動物みたいで僕の心臓は大きく跳ねた。
「妹が生きていれば……きっと小鳥ぐらいの大きさにはなっていただろうな」
いや、妹が生きていれば妹は十八歳だから小鳥よりも成長しているか、小鳥は中学生ぐらいに見えるし。
そして、それに連結して、中学生でサンタをやっている小鳥はかなり凄いんだな、という事も思った。
サンタの事情はよく分からないが、やろうと思えば女子中学生でも出来るらしい。
「と、いうか……本当に君は妹に似ている」
「…………」
小鳥は、未だ顔を俯けて桃色に染まった顔を隠している。
そんなに照れているのだろうか?
それとも、恥ずかしいのか?
「その茶色の髪も、瞳も……僕の妹に似ている……綺麗な髪と目だ」
「…………」
「綺麗」という言葉を聞いて、小鳥は一瞬「びくり」と大きく跳ねる。
褒められるのが、そんなに嬉しいのだろうか。
でも、いくらなんでも顔を赤くしすぎだと思う。
様子が可笑しい、もしかすると体調が悪いのかもしれない。
「えっと……だ、大丈夫?」
「だ、大丈夫でふぅ」
顔を両手で隠して、そんな言葉が漏れてくる。
全然大丈夫に見えないけど。
「赤面症なんです」
「何それ」
「顔が赤くなりやすいんです……」
恥ずかしそうな顔で、恥ずかしそうにそういう。
「コンプレックスなんです、だからそんな言葉言わないでください」と手で顔を隠しながら小鳥は言う。
暫くして、小鳥は気持ちが安定したのか、顔も元に戻し、数回深呼吸して、さっきと同じように整った顔を僕に見せた。
「すいません……さっきは取り乱してしまい」
「いや、構わないよ」
「それと……もし、迷惑でないのなら……赤石さんの妹さんの話を聞かせてくれませんか?」
「僕の妹の話? 聞きたいの?」
「はい。私と似てて、生きていれば私ぐらいの年齢って聞いて、少し興味が出てきました……あ、いや、話したくないならいいです」
「いや、話すよ」
時計に掛けられていた時計が、ふと視界に入る。
現在時刻、午後十一時二十分。
そろそろ、クリスマス・イヴが終わる。
明日の朝には、全国の子供達の枕元に、サンタクロースからのプレゼントが届いているだろう。
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ここで小話
クリスマスあるある
⑧「サンタさん、今年インフルエンザだって」「ふざけんなクソ親父」
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僕の祖母は、ドイツ人の女性だった。
写真で若い時の写真を見せてもらったが、綺麗なブラウンの髪と瞳を持った人で、若い頃の祖父と一緒に写真に写っていた。
着物姿の祖母は、ヨーロッパ人の顔立ちと全然マッチしてなくて不自然だったけど、二人とも幸せそうに笑っていた。
その二人から生まれた女の子が僕の母親だった。
そして、僕の母親は僕の父親と結婚して僕と妹を産んだ。
僕と妹はハーフの母親から生まれたので、血流的にはクォーターという扱いらしいが、僕は父親の遺伝子を強く受け継いだため、黒髪と黒目で完全に日本人の顔つきだった。
対する妹は、母親の遺伝子が強かったようで、綺麗な茶色の髪と目を持って生れてきた。
別に羨ましいとは思わなかったが、妹が回りと違う外見をしているので、兄として少し誇らしかった。
僕達兄妹は、世間一般でいう兄妹よりも仲がいい兄妹で、休日はよく二人で近所の山に遊びに行っていた。
細い手足で、ぷにぷにとした柔らかい肌をしていた人形のような妹だったが、中身はアウトドアというかお転婆というか、外で遊ぶのが好きな子だった。
十二月だというのに、休日には外で遊びたがっていた。
僕も妹に付き合っていたので、十二月でも外で遊びまわっていたけど。
僕と妹で遊ぶ場合、たいていの場合、遊びの舞台は近所の山だった。
意外と大きな山で、実家が田舎だった事もあって、夜中に山頂に行くと星が綺麗なのを覚えている。
それはともかく…………。
僕と妹はその広い山に遊びに行くのが習慣になっていた。
そこで何をするかと言えば、宝探しだったり虫取りだったり秘密基地作りだったりさまざまで、その日、つまり妹が死んだ日は、宝探しをしていた。
広大な山の中で変わった物を集めるのだ。
当時幼かった僕と妹にとって、空き瓶や欠けた茶碗すらも、大切な宝物だった。
それを集めて、妹と作った秘密基地に隠すのだ。
そして、その日妹は、宝物と言って、とんでもない物を持ってきた。
「お兄ちゃん、見て見て、凄いの拾った」
そう言って、妹は手に、黒と茶色で装飾されたとある物質を持ってきた。
それは……拳銃だった。
「うおぉ! 凄い!」
当時十歳の僕と八歳の妹にとって、拳銃と言うのはテレビの中だけの存在で、まだガキだった僕は、その拳銃というおぞましい物質の恐ろしさなんてこれっぽっちも知らず、ただ格好いい物を拾った、という軽い認識でしか拳銃を見る事が出来なかった。
妹は、テレビで見た知識で、物騒な事に拳銃の引き金に指を掛けて、引き金を引こうとしていた。
それは、すなわち銃弾を打ち出す行為と同じな訳で、そんな軽い気持ちでやっていい行為ではないのだが、当時小学生である妹にとって、拳銃の恐ろしさを理解するのは難しい話であった。
「あれー? これ偽物だねー」
しかし、妹がいくら引き金を引いても、銃口から銃弾出てくる事はなかった。
「おかしいなー」と言いながら、片目を瞑って銃口を覗き込んでみたが、銃弾が打ち出される事はなかった。
僕も妹もその拳銃が偽物だと分かり、心底がっかりした。
しかし、偽物だろうと珍しい物には変わりなかったので、それを秘密基地に持って帰る事にした。
「愛、僕にもそれ貸してよ」
妹の名前を呼んで、妹から拳銃を受け取る。
銃口を僕に向けて拳銃を渡す妹。
それは、刃の部分を相手に見せてハサミを渡す事以上に危険な事であった、拳銃を扱う人間なら絶対にしない、してはいけない渡し方だった。
しかし、それは偽物だという事を僕達は知っていたし、本物だったとしても、子供の僕達にはそんな心配りは出来ない。
実際に手に取った拳銃が、思った以上に重たかった。
それが本物だと錯覚してしまう程に。
しかし、妹が引き金を引いても銃弾が出なかったので、それが本物だとは思わなかった。
僕は、軽い気持ちで、テレビで見た刑事のまねをして、銃口を妹に向けて、「ばーん」と言いながら引き金を引いた。
「ばーん」
しかし、「ばーん」と言ったはいいが、その声は、それ以外の大きな音で、かき消されてしまった。
その瞬間、一輪の命が散った。
銃弾が打ち出される――ダアァァン――という音。
振動によって肩に痛みが走る僕の肉体。
物凄い勢いで打ち出された銃弾は、妹の心臓を斜めに貫き、その奥にある木の幹に埋め込まれる。
妹の胸から溢れ出す血液。
血液を全身に送り出す機能を持っている心臓は、その機能が故に物凄い勢いで血が妹の肉体から漏れだす。
健康的なほんのり赤い妹の肌はどんどん青白くなっていき、僕にとっての妹という存在はこの世から消えた。
つまり、この拳銃は本物だったのだ。
非力な少女にとって、その引き金は簡単には引けない重さを持っていたようだが、僕にとっては、それくらいなら軽い気持ちで引けたらしい。
確かに少し力を入れたが、それは偽物だと思っていたからやった事であり、妹を殺すつもりなど全くなかった。
僕は、妹を殺した。
なんの躊躇いもなく、全く抵抗もなく、それこそ、缶ジュースのプルタブを開けるような感覚で、妹を殺した。
しかし、誤解しないで欲しい。
僕は、妹を殺すつもりなど全くなかったのだ。
僕は、暫く何が起こったのか理解出来なかった。
暫くして、ようやくこの拳銃が本物で、僕が妹を殺したという事が理解出来た。
「ああ……これ、本物だったんだ」
そして、この死体をどうしようかと思った。
そして、困った。
泣きそうになった。
妹が死んだからではなく、親に怒られるかと思ったからだ。
いくら十歳の僕だろうと、人を殺してはいけない事ぐらい知っている。
だから、困って、泣きそうになった。
股間の辺りがきゅーっと、締め付けられるような感覚がして、どうすればいいんだろうという気持ちになった。
それは、学校にいる時にしょんべんを漏らしてしまった時の感覚と似ていた。
逆に言えば、僕は妹を殺しても、しょんべんを漏らしてしまった程度としか問題視していないのだ。
ただ、怒られる、と思い、やばい、と思った。
思った。
そして、考えた。
どうすればいいか?
そして、考え抜いた結果が……
「埋めるか」
だった。
冷たくなり、重たくなった妹を引きずって、秘密基地まで連れていく。
妹を引きずった事により、ヘンデルとグレーテルのように、通った道に血の印がついてしまっていた。
でも僕はそんな事は気にもせず、スコップを使い、秘密基地の隣に穴を掘った。
人間一人は入ってしまうであろう穴を、掘り、そこに妹を入れて、妹を殺した拳銃も埋め、秘密基地にしまってあった、僕と妹のガラクタのような宝物も一緒に穴に埋めた。
妹がいない今、もうこの秘密基地には来ないだろう。
だから、もうこの秘密基地はいらなかった。
故に、もう宝物もいらなかった、だから一緒に埋めた。
妹を埋めた後、秘密基地に置いておいた僕の替えの衣服を取り出し、血で汚れた服と取り換えた。
そして、今度はこの血で出来た真っ赤な道をどうすればいいかと考えた。
このままでは、妹がいないと心配になった家族がこの山に来て、この血の道を発見するだろう、そして血の道をたどり、途絶えていたここにたどり着き、掘り返しでもしたら、妹の死体が発見されてしまう。
これは困った。
しかし、幸運な事に、その問題も簡単に解決した。
天が味方したようだ。
空から、大量の水が降ってきた。
大雨だ。
ざーざーと降り注ぐ雨が、地面に着いた血の刻印を洗い流す。
そして、僕の体についた血なまぐさい臭いも流れていった。
そうして、全ての証拠を隠滅した僕は、何食わぬ顔で実家に帰った。
妹は、行方不明という事でその晩に警察に捜索届を出したが、警察が証拠を見つける事は出来ず、そのまま妹は行方不明という事で……戸籍は抹消された。
当時の僕は、もう妹と遊べないのか、としか思っていなかった。
僕は、大切な妹の命を奪い、僕が人を殺してしまったという、己の大きな罪に気付いたのは……それから五年後の、中学三年生の時であった。
しかし、いまさら悔やんでももう遅い。
死んだ妹は帰ってこないし、五年も経ってしまえば、何をすればいいのかも分からない。
ただただ、何も出来ず、ただただ、妹に謝る事しか出来なかった。
僕は妹を殺した。
なんの躊躇いもなく、全く抵抗もなく、それこそ、缶ジュースのプルタブを開けるような感覚で、妹を殺した。
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ここで小話
クリスマスあるある
⑨「シカって十回言って」「シカシカシカシカシカシカシカシカシカシカ」「サンタクロースが乗ってるのは?」「トナカイ」「ソリだよばーか」
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