クリスマストーカー@ばうあー
「あ、姉ちゃん」
キッチンから自分の部屋に帰ろうとする私を、弟の奏太が呼びとめた。
なみなみと注いだコーヒーをこぼさないように、ゆっくりと振り向く。茶色というよりも白に近い色合いのコーヒーは、家族からカフェオレじゃないかと言われ続けている。だが、私は一貫してコーヒーだと主張している。高校生にもなってコーヒーが飲めないなんて恥ずかしいし。
「なに?」
「クリスマスの日、僕出掛けるからさ。いつものクリスマスパーティーは二十四日にしてくれない?」
思わず持っていたマグカップを落としそうになった。
うちは両親と私、それに奏太の四人家族。それなりに仲も良く、行事や誕生日は家族でパーティーして祝うのが毎年の恒例だ。あと一週間に迫ったクリスマスも、当然盛大にやる予定なのに。
「……なんで急に? 奏太、クリスマスはいつも家でダラダラしてたじゃない」
「と、友達と遊びに行くだけだよ。とにかくクリスマスは僕居ないからね」
言いたいことだけ言って、奏太は部屋に引っ込んでしまった。……怪しい。とっても怪しい。
もともと、奏太は引っ込み思案なはずだ。女子っぽくは無いが、何となくふわふわしている。本人はインドア派なだけだって言ってたけど。
とにかく、これまでは行事に予定が入っていたことなんて無かったのだ。
「……ていうことがあったんだけどさ、どう思う?」
翌日の昼休み、私は友達に相談を持ちかけていた。
お弁当をつつきながら相談を聞いてくれているのは朱里と碧。二人とも親友と呼べる間柄……だと私は思っている。
「考えすぎでしょ。友達と遊びに行くだけじゃないの? ほら、クリスマスって色々イベントとかあるじゃない」
朱里はサバサバとした性格の気のいい子で、私みたいに小さなことでくよくよしたりしなさそう。姉御肌っていうんだろうか、友達の相談にもしょっちゅう乗ってるし。
「……デート?」
こっちは碧。物静かだけど、ボソッと核心をついてきたりするから気が抜けない。あとはたまに毒を吐いてる……気がする。あ、たまにじゃなくていつもかも。
「やっぱり考えすぎなのかなあ……ちょっと碧、怖いこと言わないでよ」
「あれ、詩織ってブラコンだったの?」
朱里がからかうように言ってくる。
「ち、違うわよ。単純に、いつも家でダラダラしてる弟が出かけるって言ってたから気になっただけよ」
「……奏太くんってなんか可愛いよね」
そういえば、碧はうちに何回か遊びに来たことがある。奏太は出不精だから、友達を家に呼んだときは顔を合わせることが多い。碧や朱里みたいによく遊びに来る友達とは顔なじみのはずだ。
「まさか碧……奏太のこと狙ってるの?」
こんなに身近に敵がいたとは。
これからは家に呼ばずに外で遊んだほうがいいかもしれない。ブラックリストに追加しておこう。
「ブラコンじゃん」
呆れたように朱里がつぶやく。
さて、こういうときの何時もの言い訳は。
「……ただの姉弟愛よ」
それからクリスマスまでの日々は、上の空で過ごしていた。
ベタに電柱にぶつかったり、授業中当てられて「ほへ?」て答えて爆笑されたり……。
元から不思議ちゃん扱いされてないこともなかったから、あんまり不審には思われなかったのが救いかもしれないけど。
朱里にも言ったが、私はブラコンではない。姉弟仲が良いことは認めるが、奏太を愛しているってほどではない。奏太が好きなだけだ。
……何が違うのかというツッコミは受け付けません。
時は流れ、ついにクリスマス当日。
駅前広場、時計台の下。家を出たときには降っていなかった雪がちらつきはじめ、このままだと綺麗なホワイトクリスマスになりそうな空模様。時刻は十時前。
家を出た奏太の後をつけてきた私は、駅前で友達と合流したのを見届けて、家に帰ろうとした。
……だが、心配が杞憂だったことにほっと安堵のため息を吐きながら、最後にもう一度だけ振り向いた私は見てしまった。
奏太が友達に手を振って駅構内に消えていくのを。
慌てて追いかけると気づかれるので、逸る気持ちを抑え、十分な距離をとって進む。
さっきの友達とはただ単にすれ違っただけらしい。危うく早とちりするところだった。
電車をやり過ごしてしまったようだが、あまり焦った様子は無い。時間に相当余裕を持っているのだろうか。ますます奏太らしくない。
電車に乗り込んだのを確認して、隣の車両の端に陣取る。
窓越しに覗き込むと、イヤホンをつけて音楽を聴いているようだ。
すぐに曇ってしまう窓をハンカチで拭きつつ、奏太を見失わないように見張る。周りから奇異の視線で見られているような気がするが、そんなことは大した問題じゃない。
奏太終点の三つ前の駅で降りた。終点は大きなターミナル駅だが、この駅はそれほどでもない。最寄り駅よりは全然都会だから、色々あるけどね。
映画館にカラオケ、ボーリング。アミューズメント施設は一通りそろっているが、行事の日でもそこまで極端に混みあってはいない。
そう、この駅は穴場のデートスポットなのだ。
改札を抜けた奏太は、柱にもたれて待っていた女子と合流したようだ。
遠目でしかも向こうを向いているのでよく見えないが、奏太よりは年上に見える。小柄な奏太よりも十センチくらい高いかな。ちょうど朱里くらいだろうか。どうでもいいけど、私と奏太の身長はほとんど同じくらいだ。二人ともなかなか成長期が来ない。
あ、歩き出した。ショッピングモールに向かうようだ。
暖房の効いた店内に入ると、二人は真っ先に服屋に向かった。
きゃっきゃと楽しそうに服を選んでいる二人をマネキンの陰から観察する。
ふと、試着しようとした女子がこっちから見える鏡に映った。
……え、朱里⁉︎
そもそもは、見張っていたのがばれると色々まずいから、陰から観察するだけのつもりだった。でも、相手が知り合いとなれば話は別だ。
奏太がトイレに立ったタイミングを見計らって、朱里の背後からそーっと接近する。
まさに声をかけようとしたとき、後ろから肩をたたかれた。
「姉ちゃん、何してるの?」
振り返ると、そこには奏太の姿が。
「……ちょ、ちょっとお買い物に来たら朱里を見かけてですね、あの、その」
焦りすぎだろ、私。
慌てている私を見てにやにやしてから、奏太はからかうように続けた。
「姉ちゃんが一人で買い物? ふーん、珍しいこともあるもんだね」
「そういう気分の時もあるのよ」
……我ながら苦しい言い訳だ。
「ねえ、あたし忘れてない?」
置いていかれていた朱里が、おずおずと声を掛けてきた。人の弟とデートしているところがばれたというのに、全く悪びれていない。
「ふあ……あ、朱里、奏太と何してたの?」
「奏太くんと映画見に来ただけだよ。チケットが余ったって誘われてさ」
……え?
「なんでお姉ちゃん誘ってくれなかったの?」
自分でも突っ込むのはそこじゃないと分かっていたが、つい口から本音がもれた。
「R指定のホラーだよ? 姉ちゃん見れる?」
「……うん、無理。なーんだ、てっきり奏太が誰かとデートするかと思ってついてきたのに、そんなことだったのね」
気まずい沈黙の後、朱里と奏太は顔を見合わせて同時につぶやいた。
「あー」
「やっぱりね」
二人から向けられた冷たい視線で、私は全部しゃべってしまったことに気付いた。
「……すみません、邪魔者は引っ込みます」
「ね、姉ちゃん」
とぼとぼと帰ろうとする私を、奏太が呼びとめた。
「……なに?」
「明日暇だからさ、一緒に遊びに行こう?」
一日遅れでも、奏太と一緒なら最高のクリスマスになるかもしれない。
ガタ落ちだった私のテンションは一気に上昇した。
「うん!」
……やっぱり私、ブラコンかもしれない。