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Noisy Toy Present!  作者: なろうサンタクロース協会
Noisy Toy Present!
5/30

ノエル・デ・ワーカー@猫野銀介

「だぁぁぁ……終わったぁ!!」


 僕はパイプ椅子にドサリと腰をおろし、机に突っ伏した。

 アルバイトである後輩が「先輩~休んでないで片付け手伝ってくださいよぉ~」と言っているのが聞こえてきたが、「泣き言を言うなぁ~」と机に向かって言う。


 

 今日はクリスマスイヴ。ここ最近クリスマス商戦のせいで多忙の多忙を極め、疲れはピークに達していた。ようやく解放されると思うと、思わず安堵のため息がこぼれる。まぁ、明日もやってくるわけだが……一時それは忘れよう。色々もたなくなるから。


 

 僕は高校を卒業してからアルバイトとしてこの店に就職した。専門学校に行くという手もあったけど、あえてこっちの道を選んだ。後悔は……ない。

 はじめの頃は雑用ばかりだった。レジの前に立ち、掃除やら何やらやっていた。正規社員として採用されてからはいろいろやらせてもらえるようになり、今ではケーキ作りに関わらせてもらっている。


「でも、この忙しさだけは変わらないのかぁ」


 思わずこぼれた言葉は、自分でも驚くほど疲れがにじみ出ているような重々しさだった。十歳位年をとったようだ。でも、今の生活は充実している。大変だけど、楽しいからいい。……でもやっぱり大変。




 この時期は泊まり込みで仕込みやら何やらをするのはパティシエにとっていつもの事。

 しかしそれは、若いパティシエ達にとっては大きな問題でもある。現に今も「彼女との待ち合わせがぁぁぁ!!」と言う悲鳴に近い声が聞こえてくる。そして、「腐れリア充爆発しろ」と言う物騒な言葉が心から漏れ出しているのは言うまでもない。

 クリスマスは若者を二分する魔法の言葉だ。



「リア充爆発しろ」組……ではなく、「リア充爆ぜて下さいお願いします」組である僕は、外はイルミネーションが綺麗なんだろうなぁ、とボンヤリ考えた。でも、独り身の男がわざわざ見に行くなんて悲しすぎる。イルミネーションの周りには高確率でカップルがたむろってるから行かない、絶対行かない。


「先輩、終わりましたよ奢ってください」

「後輩、うるさいぞ僕にたかるな」


 ドヤ顔で僕の前の席に座った後輩の頭を、近くにあった雑誌を丸めて叩く。パコォンという良い音が響き、後輩は「酷いですよぉ」と言いながら頭をさすった。僕はそれを無視して雑誌を元の位置に戻す――が、すぐさまそれをゴミ箱に投げ捨てた。ガゴン、という音がして、ゴミ箱が揺れる。だが、倒れる事はない。我ながら素晴らしい力加減だ。

 ――ちょっと誰ですか、こんな人目に付く場所にいかがわしいモノを置いたのは? 女性陣に見つかったら一番近くにいる僕が疑われるじゃないですかっ!

 ムッとしながらテーブルに肘をつくと、後ろから可愛くない悲鳴が聞こえてきた。


「あぁぁぁっ!! 俺の雑誌がぁぁぁっ!!」

「…………煩いっ」


 僕は首だけ動かして振り返る。僕がさっきR十八モノの雑誌を捨てたゴミ箱の前に、立ち尽くしている赤いコートを着た白髪の……いや。やや銀髪に見える灰色の髪の人がいた。


「誰だよっ!? 俺の大事なモノを捨てたのはぁぁっ!!」

「大事なモノって……はぁ」


 呆れてモノも言えなくなり、深いため息をついた。それが聞こえたのか、ゴミ箱の前の奴がガバッと僕の方を振り返る。


「テメェか? 俺のモノを捨てたのは?」

「そんなものをこんな所に置かないで下さい。中学生の方がよっぽど隠すのが上手です」


 するとその人は僕のところまでやって来て、いきなり胸ぐらを掴んできた。ギラギラした目が僕を捉えて離さない。


「何するんですかっ!?」


 キッと睨み返せば、その人は『興がそれた』、と言う表情でパッと手を離した。


「まぁいいさ。もうここに用はない。邪魔したな」


 そう言うなり、その人はゴミ箱から雑誌をつまみ上げ、さっそうと去って行った。何だったんだ、いったい……。

 静寂に包まれていた部屋は一変し、またガヤガヤと賑やかになる。僕は襟を直し、パイプ椅子に座った。パイプ椅子はミシッと悲鳴をあげるが、僕は気にしない。


「先輩、大丈夫ッスか?」

「ん。問題ないよ」


 少し心配そうにしていた後輩に笑いかければ、「なら良いッス」と笑い返された。

 と同時に。僕の胸ポケットの中で携帯が震え出した。確認すれば、「彼氏依存症バカ」という文字。

 こんな時に……一体姉さんは何を考えているんだ?

 ため息をつき、いやいやメール内容を確認すれば――。




 ――彼氏プラス友人とクリスマスパーティーなう(笑)




 ご丁寧に全員が満面の笑みでピースサインをして豪華な料理を囲んでいる写真のオマケ付き。


「死んでしまえリア充、僕のために死ね」

「先輩怖いっ!真顔でそんな事言うなんて怖いっ!!」


「キャラが違うっ違うぅぅっ!?」と叫んでいるのを無視して、携帯を乱暴に閉じる。

 神経を逆撫でして何がしたいんだ、まったく。


「リア充キエロ」

「リア充ハゼロ」

「リア充ナンテ糖尿病ニナッチマエ」


 僕がブツブツ物騒な呪いの言葉を吐き出していると、


「どうしたハジメ? 随分ご立腹じゃないか」

「あ、店長! お疲れ様です!!」


 僕が最も尊敬している人物。この店の店長が現れた。


「おう、おつかれさん。そんな事よりハジメ。お前今日早く上がって良い日だぞ?」


 早く帰って休めよ、と僕の肩を叩き、そのまま店の方へ行ってしまった。僕は荷物をまとめ、出口へ向かった。



 店を出たあと、スーパーで買い物をし、そのまま帰路についた。はち切れそうになている重いビニール袋を片手に下げ、ブラブラ夜の街を歩く。道にはうっすらと雪が積もっていて、一歩進むたびにキュッキュッと鳴く。

 僕が滑らないよう意識しながら歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声がした。僕ではないだろう。そう思って黙々と歩みを進めていたが、今度は肩を叩かれた。


「おい! ハジメ!! 糞真面目!!」

「え……?」


 慌てて振り返れば、中学からの親友がにやけっ面で僕を見下ろしていた。デカイ……相変わらずデカイ。


「あれ? H県の大学に行ったんじゃないの?」

「ゔぁーか。今日はクリスマスイヴだぞ?」


 こいつには確か、高一から彼女持ちだった。まだ破綻していないとすれば……。僕は思わず目を細める。


「なんだ。腐れリア充か。僕まで腐りそうだから近寄らないで」

「相変わらず辛辣だな、お前」


 そう言って苦笑いする親友を無視して、僕は再び歩き始める。ノロケ話は結構ですから糖尿病になりそうなんで。


「おい待てよ、久しぶりに会ったっていうのに」

「どうせ僕は非リアぼっちですよ~リア充はイチャイチャしてやがれこの野郎」


 僕が少し足を早めれば、負けじと追いかけてくる。しばらくそうやって歩いていたが、僕はふととある店の前で足を止めた。


「おわっ!?」


 慌ててブレーキをかけた親友が何やら言っているが、僕にはよくわからなかった。今頭の中にあるのは目の前の物だけだ。


「……欲しい」


 ショーウインドーの中にあるのは、綺麗な銀時計だった。見るからに高そう。僕は恐る恐る値段を見て、すぐに逸らした。どうやったらこんなに高くなるんだ?


「お前、相変わらず高級品に一目惚れするよなぁ」

「審美眼があると言って欲しいね」


 ちなみに、前回一目惚れした物は万年筆だ。その前は包丁、さらにその前は食器。どれも素晴らしい逸品だった。残念ながら全てにおいて失恋してしまったが……。


「僕みたいな一般ピープルには到底叶わぬ恋だよ」

「物じゃなくて、人間に恋しろよな……」


 その後、彼女と合流するという親友と別れを告げ、僕はまっすぐ家に向かう。途中リア充と何度もすれ違ったが、その度に「わざと肩をぶつけてやろうか?」「足でも踏みつけてみようか?」という考えが脳裏をよぎった。挙句、クリスマスツリーを見た時には、「椵木(もみのき)ってよく燃えるのかなフフフフフッ」などと考えていた。しかし、考えるだけ。僕は残る人生を棒に振るつもりはさらさらない。


 それからもうしばらく歩けば、見慣れたマンションが見えた。僕はそのままロビーへ入り、鍵を使ってドアを開けた。ちょうど居合わせた管理人さんに軽く挨拶をし、自分のポストを確認する。数枚の広告に茶色の封筒が入っていた。広告は無視して茶封筒の宛名を確認すれば、両親の名前が黒いインクで丁寧に書かれている。


「メールで済ませれば良いのに、まめだなぁ」


 僕はそれをビニール袋に突っ込み、自分の部屋である七階の五百三十七号室へ向かった。エレベーターを待つのがまどろっこしく、脇にある階段を駆け上がっていく。七階についた頃には、うっすらと汗をかき、息は上がっていた。

 五百三十七号室の鍵穴に鍵をねじ込み、回せば、ガチャっという音と共にドアが少し開いた。僕は器用に肘でドアを押し開け、中へ滑り込む。電気がついていないため、薄暗い。僕はそんな中難なく靴を脱ぎ、リビングへ入る。そして電気を点けた。目が暗闇に慣れ始めていたせいか、眩しく感じる。思わず目を細めた。


 殺風景なリビングを抜け、キッチンへ行く。そして、ビニール袋の中身を冷蔵庫に移し替えた。空に近かった冷蔵庫は、腹八分目ほどになる。そこから一本の缶ジュースとポテチを取り出し、僕はリビングに戻った。

 リビングには小さめだが、コタツが鎮座している。僕はコタツにすっぽり入り、テレビの電源を入れる。どこもクリスマススペシャルばかりだ。しかも、リア充を満足させるような。

 結局僕はファミリー向けのクリスマス映画を見る事にした。宣伝の隙に風呂にお湯を沸かし、コタツにリターン。プシュッと缶ジュースのプルタブを引けば、プシュッと中身が飛び出てこようとして、失敗する。続いてポテチの袋を開けたが、こちらも大惨事には至らなかった。少し、威勢が良いやつも数枚あったが……。

 僕がポテチを口に放り込んでいる間、テレビの中の少年は家を泥棒から守るべく家をからくり屋敷に変身させていた。缶を傾ければ、胃のあたりが冷やっとする。ココアにした方が良かったかもしれないな。僕は密かに後悔した。


 映画は中盤に入り、さらにレベルの高い罠が仕掛けられていく。僕は虚ろな目で時計を見た。

 ――ジャスト九時。


「……ダメだ。このままだとガチ寝する」


 僕はあくびをかみ殺し、モゾモゾとコタツから這い出た。テレビは付けっぱなしにして、キッチンに立つ。今日は早く上げてもらえる事がわかっていたから、『試作品作りin自宅』を計画していた。昨日生地は焼いてしまったので、後は飾り付けだけ、という状態。


「ブッシュドノエル……成功しますよ~に」


 柏手を打てば、パンパンと乾いた音がした。

 僕は近くの椅子に引っ掛けてあった前掛けを着て、引き出しからボウルやら泡立て器やらを取り出す。そして、目の高さに合わせて料理本を立て掛けた。


「生地は昨日焼いたから……次はクリームか」




 ――――ガゴッ!!



 突如ベランダから聞こえてきた不可解な音に、僕は硬直した。何だろう……鳥にしては大きい音がした。まさか、泥棒!?

 僕は泡立て器を握ったまま、流石に匍匐前進(ほふくぜんしん)は無理なので、しゃがんでベランダの方に近付く。そろそろ移動している間にも、何やらガサゴソ音が聞こえてきた。思わず泡立て器を握り締める。テレビの中の少年は、徹底的に泥棒をやり込めている真っ最中。

 すると次の瞬間、いきなり窓が勢いよく開いた。そこには一人の赤い奴がいて……。


「よっこらせっと……ったく。寒ぃにもほどがあるっての……お? お前がこの部屋の主? チーッス」


 堂々と入ってきた。しかもわざわざ挨拶までして。僕はあいている方の手でポケットに入っている携帯を取り出し、小学生でも知っている短いダイヤルをプッシュする。


「……もしもし? 警察ですか?」

「ってちょっと待てぇぇぇ!!」


 赤い奴は慌てて僕から携帯を取り上げようとする。しかし、突きつけられたクリーム付き泡立て器に一旦停止した。


「あぁん? なんだよ不法侵入者? 大人しくお縄になりやがれ」

「違ぇっ! オレはサンタ!! みんな大好きサンタさん!!」

「もしもし? 不審者に襲われt「待って下さいお願いします!!」……ちぇっ」


 僕は警察の『どうかしましたか?』という質問に、「すみません。友人の勘違いだったみたいで」と謝り、電話を切った。

 改めて不法侵入者の顔を見れば、何処かであった事があるような気がした。相手も同じらしく、「必死になって何かを思い出そうとしています」という顔をしている。しばらく見つめあっていたが、不法侵入者が先に声を上げた。


「って!! よく見たらさっきの捨て魔じゃねぇか!?」


 捨て魔……。その単語で思い出したのは店でのやり取り。


『誰だっ!! 俺の大事な物を捨てやがったのは!?』


「……そう言う君は、さっきの変態」

「変態言うんじゃねぇよ。お前だってああいった類の雑誌くらい読んだことあるだろ?」

「無いよ。興味ないからね」

「お前……ホントに男か?」

「失敬な」


 と泡立て器をさらに近付ければ、いやそうな顔で仰け反った。

 そんな不法侵入者を見てふと思った。こいつ、よりによってどうして僕のところに来たのだろうか? まさか……ストーカー!?


「やっやっぱり警察に電話s「ちょっと待てお前今なに考えてた!?」触るなストーカーっ!!」


 思いっきり腕を前に突き出せば、泡立て器がストーカーの顔めがけて直進する。


「ストーカーっておい!! 俺はそんなんじゃねぇ!!」


 ストーカーはギリギリのところでそれを躱す。が、少し遅かったのか、泡立て器が右頬にかすった。そこにできたてホヤホヤの白い道が出現する。ストーカーと目が合った。僕らは数秒動きを止める。しかし、その静寂はストーカーの怒号によって破られた。


「テンメェ人の話聞きやがれぇぇぇぇ!! 俺はストーカーじゃねぇっつってんだよ!!」

「うっ恨みを晴らそうとついて来たんだろ!?」

「んなわけあるか!! 俺だってそれくらいはわきまえてるっての!!」


 そうは見えない、という言葉を飲み込み、口にチャック……はできないため、 頬の肉を噛んだ。口は災いのもと。うん、堪えるんだ僕。

 そう思っていたが、次の瞬間その誓いは破られた。


「ちょっとなんで勝手にコタツに入ってるの!?」

「煩ぇな外は寒いんだぞ」


 お前も入れや、と言うストーカーに何様のつもりだと思いながらも渋々従う。僕も寒いし。


「いきなり押しかけて悪かったな」


 僕がモゾモゾとコタツに入った後、ストーカーは少し申し訳なさそうな表情で口火を切った。


「せめて……玄関からにしてよ」

「いや、だって俺サンタだし? 窓とかから入るのが常識だし?」

「……バカにしてるの?」

「いや、俺は本物のサンタだから! ……ってそんな冷たい目で見るなよっ」


 自分がサンタだと言うなんて……精神病なんだろうか?


「第一、サンタは白いお髭が素敵な優しげなおじいさんなんだよ? 君みたいな若いのがサンタなわけないじゃん」


 すると自称サンタは呆れたと言うようなため息をつく。


「いいか? サンタってのは一杯いるんだぜ? ソリがあるといえど、たった一人でプレゼントを配るなんて無理だ。一つの国に最低十人いるぜ? ちなみに日本には千人以上いる」

「マジで……」

「ああ。千個以上の家があるんだ。みんな血のつながった親戚だぞ」

「サンタ一族……恐るべし」


 続いて僕が「トナカイも一杯いるのか?」と聞こうと口を開く。しかし、パクパクさせるだけで終わった。


「ぎゃははははっ!! 何この泥棒バッカじゃね!?」


 呑気に映画鑑賞してますが……サンタが。大口開けて笑い転げていますが……サンタが。今日はクリスマスイヴなんですが……サンタ。


「ところで『サンタ』くん。君こんなところでゆっくりしていて良いのかい?」


 わざとらしく咳払いしてからわざとハキハキ大きな声で言う。すると笑いすぎて涙目になった若いサンタが僕を見た。


「そうそう! その事で助っ人を探してたんだよ!!」

「……なんで僕なのさ?」


 もしかして、選ばれし者とかそう言う奴だろうか? と内心テンションが上がる。しかし次の言葉によって僕の心中は南国から北極へ大変身をとげた。


「甘い匂いがするなぁ~と思って入ったらお前がいたんだよ。誰が好きで野郎の家にくるか。甘い匂いがしたから綺麗な姉ちゃんがいるんだと思ったのによ!!」

「知らないよそんな事!!」


 サンタが築き上げてきたイメージが崩れていく。僕は白い目で自称サンタを見つめる事しかできない。さらに次の瞬間、それは侮蔑の目になった。


「……あわよくば風呂場を覗けたのに」


 風呂場って……覗き見!? 変な情景が頭をよぎる。なんて奴だ。僕は少し赤くなる。


「はっははは破廉恥めっ! このド変態!! 僕のうちから出ていけぇぇっ!!」

「なんで純情少年やってんだよ!? ってか覗き見は男のロマンだ!!」


 ドンッとコタツを叩く。堂々とそんな事を言うなんてよっぽどの変態だ。絶対にそうだ。


「僕はこんな変態の助っ人をするのは御免だっ!! 悪いが他をあたってくれ!!」

「おわっ!? 押すなよ押すなって!!」


 僕は無理やり変態サンタをコタツから引きずり出し、玄関へ押す。警察呼ばれるよりマシだと思えよ。


「頼むっ頼むから手伝ってくれよ!!」

「嫌だって言ってるだろ!?」

「俺たちがやらないとプレゼントを配れねぇんだよ!!」

「…………は?」


 僕は思わず固まった。僕の攻撃が中断され、サンタは僕の方を真剣な面持ちで見据える。


「最近日本の……俺以外のほとんどのサンタが仕事しねぇんだわ。挙句逃げ出して遊び歩く奴まで出てくる始末……。俺は脱走サンタをひっ捕まえて連れ戻さなきゃならねぇ。でも数が多すぎて一人じゃできねぇのが現実。不本意だが、一般人に手伝ってもらう事にした」


 先ほどと打って変わり暗く沈んだ調子のサンタに、僕は呆気にとられる。どっちが本当の彼なんだろうか?

 僕は一番始めに引っかかった事を尋ねた。


「なんで、プレゼントを配れなくなるんだい?」

「サンタが全員そろわねぇと、プレゼントに手が出せねぇように魔法がかかってんだよ」

「魔法……?」


 にわかに信じがたいが、サンタがいるあたり本当かもしれない。


「だから、頼む。手伝ってくれ。子供たちの夢を……守るために!!」


 そのカッコよすぎる言葉に、僕は承諾せざるを得なかった。目の前ではサンタが隠す事なくガッツポーズをしている。


「やったぜ! あ、俺はサンタ=クレイグ=マグナスってんだ。よろしくな!!」

「僕は、ハジメ」


  サンタ……マグナスはニカッと爽やかな笑みを浮かべた。




「……ねぇ」

「あん?」

「こんな格好しなきゃダメ……なの?」

「当ったり前だろ? サンタの助っ人なんだから」


 僕は早速後悔していた。誰がサンタコスをして歩かされると思う? 普通思わないだろ?


「似合ってるぜ、超カワイ~」



 僕はマグナスに連れられ、近くにある大きなデパートにいた。マグナス曰く、ここにサンタが数人いるらしい。サンタはお互いの位置を察知できるとか。詳しい場所まではわからないらしいが。


 僕は無言でニヤニヤしているマグナスの顔面に拳をめり込ませる。ギャーギャー騒いでいるのを放置し、マグナスと同じような赤いコートを探した。

 そう簡単に見つかるわけないか。しばらく歩き回った後、僕はフードコートのイスに座る。マグナスも僕に続き、僕の正面に座った。いつのまに買ってきたのか、その手にはサンタ型のドーナツと蛍光色なメロンソーダがある。僕が呆れ顔で見ると、「やんねーぞ」みたいな顔で躊躇なくサンタにかぶりついた。


「うわぁ……共食い」

「煩ぇ、これはドーナツだろ」


 マグナスが幸せそうにメロンソーダを音を立てて飲んでいると、どこからか怒声が聞こえてきた。


「喧嘩か?」

「面白そうだ、見に行こうぜ」


 僕の制止を振り切り、マグナスはドーナツとメロンソーダを持ったまま野次馬を器用に押しのけ、進んでいく。僕はもみくちゃにされながらも何とか追いつくことに成功した。が、僕は間抜けっ面をさらす事になる。そこには信じられない光景が広がっていた。


「よぉ、遅かったな」

「…………何、やってんの?」


  何故か喧嘩の原因になったらしいどう見ても不良にしか見えない不良と、赤いコートの青年が山積みにされている。マグナスはその上に腰を下ろして僕を見ていた。


「何って制裁に決まってんだろ? クリスマスイヴくらい仲良くしろっての。他のお客さんの迷惑だろーが」


  そう言って真下の不良の頭をグーで殴った。僕は思わず首をすくめる。絶対痛いよ、あれ。


「おら、目的のモン見つけたからさっさと次行くぞ。ここにはあと二人いるんだから」

「……うん」


 マグナスは僕は赤いコートの青年を担いでさっさと行ってしまう。僕は周りの視線から逃れるように彼の背中を追った。




「二人目発見!!」

「……サンタって何だろう?」

「子供の夢を運ぶ者だ」

「あの人は大人の夢を追いかけてるよね!?」



 僕とマグナスと一人目のサンタ(気絶中)は騒音公害を訴えたくなるようなゲームセンターに来ていた。必死の形相でパチンコと睨み合っている人もいれば、歓喜して踊り出している人もいる。

 そんな中に、画像の中の馬を眺めている例の赤いコートの中年男がいた。


「くそっ……何で当たらねぇんだっ! コイツ壊れてるんじゃねぇか!?」


 そういいながらも、やめられないらしい。この人は賭けにも、心理的にも負けている気がする。じゃんじゃん金を貢いじゃってる感が否めない。


「おーい、そこのオッサン」


 マグナスが声をかける。


「赤コートのオーーッサン」

「何だ、お前。ここはガキが来ていい場合じゃ……ってクレイグ家の悪ガキ次男坊!?」

「チーっす」


 ニへッと笑うマグナスを見て、オジサンサンタ……長いな、オジサンタでいいか……は真っ青になる。何かされた事があるのか、悪い噂でも聞いたのか。


「遊んでないで、仕事しろ仕事」

「まだ時間はあるだろうが!!」


 ギャーギャーやっている二人を遠巻きにし、気絶したままの一番目サンタを近くのベンチに下ろす。すると一番目サンタは「んぅぅぅっ」、と唸りながら目を覚ました。


「ここ……は?」

「ここはデパートのゲームセンターですよ。……それより、大丈夫ですか?」

「え? えぇ、まぁ」


 そう言って若干引き気味にうなずく。もしかして、僕が彼と不良をボコボコにしたと思っていやしまいか?


「僕はハジメと言います。サンタの助っ人を押し付けられた“か弱い”一般人です」


 わざと『か弱い』というところを強調した。すると僕の意を汲み取ってくれたらしく、手を差し出してきた。


「えっと……ボクはサンタ=レリック=フィリー。さっきはありがとう」


 差し出された手を握り返し、僕はマグナスを指で示した。もちろん、あのオジサンタも一緒に。


「あの若い方のサンタが、君を助け……た? んだよ」

「…………彼はクレイグ家のマグナスさんですね。……道理で」


 僕がどういう意味かと尋ねると、「荒っぽい人だと有名なんです」と答えてくれた。しかも、クレイグ家の人間は皆破天荒らしい。サンタ一族の中でも物理的パワーはトップクラスだとか。

 

「ところで、フィリーはどうして仕事をサボろうと?」

「え? そんな事ないですよ?」

「じゃあ、何でこんなところに?」

「迷子になっちゃったんです……」

「サンタがデパート如きで迷子って……大丈夫なのか」


 二人で世間話をしていると、険しい表情の二人がやって来た。そしてマグナスは開口一番「お前賭けは得意か?」と詰め寄ってくる。


「お金を賭けない賭けなら……そこそこ」

「よっし、決まりだ」


 そう言うなり、マグナスに首根っこを掴んでさっきの競馬ゲームの前まで訳もわからぬまま引きずられていった。フィリーもそれに従ってついてくる。

 マグナスは僕を椅子へ座らせ、

「どの馬が好きだ?」と耳元で囁いた。


「この賭けに勝たねぇと、あのオッサンを連れて行けねぇんだ。ま、好きに選べよ」

「どのって……」


 と僕は画面を見上げる。右隣の席では、真剣な面持ちでオジサンタが見極めようとしていた。僕の左ではフィリーが「お馬さんいっぱいですねぇ~」なんて場違いな事を言っている。

 次々と馬が流れて行く中、僕はある一頭の馬に目を引かれ、思わず声を上げた。


「あの子! あの茶色い子!!」

「八番レッドノエールか。よっしゃいくぜ!!」


 競馬というものがなんなのかイマイチわからない僕は、直感だけで選ぶ。マグナスは僕の直感を信じて八番を選択した。あとは運任せ。

 僕らが固唾を飲んでレースが始まるのを待つ中、オジサンタが声をかけてきた。


「お前らは運がねぇな。お前らが選んだ馬は今回一番人気の無い馬だぜ?」


 その言葉に、僕は青くなる。マグナスはオジサンタをキッと睨んだ。


「まだ始まっちゃいねぇだろが。見てろよ、ぜってーに負けねぇんだからな!!」

「ふんっ! 勝つのはこの私だ。経験の差が出るのだよ、経験の」


 ゲートが開き、レースが始まる。僕らが予想したレッドノエールはいきなり最後尾になった。対するオジサンタが選んだ三番インパクトクリームは良いポジションにいる。このままだと、僕らは負けてしまう。思わず握っている拳に力が入る。


「行け八番! 行けぇぇぇっ!!」

「そのまま突っきれインパクト!!」

「お二方、頑張ってくださーい」


 三人のサンタがそれぞれの応援をする。実に個性的な応援だ。

 そんな中、レースが終盤にさしかかる。相変わらず八番は遅く、三番はじわじわと先頭に追いつき始めている。残り、五百メートル。


「これで私の勝ちだ!!」

「くっそぉぉぉっ!! 粘れよ粘ってくれぇぇぇぇっ!!」

「ハジメさん。馬も転ぶ事ってあるんですか?」

「……さっさぁ?」




 その後、勝負はあっさりと片がついた。いわゆる番狂わせ、と言うやつだ。僕がついていたのか、オジサンタがついていなかったのか……。とにかく、僕らはサンタを回収する事に成功した。



 その後機嫌が良くなったマグナスと機嫌が悪くなったオジサンタ、そして僕とフィリーはデパートの食品売り場に行った。マグナスは試食しまくる。と言うか、試食しかしていない。おい、試食じゃなくてサンタを探せよ。


「そのふぇんひひふひゃほ(その辺にいるだろ)」


 役立たずめ、と思いながら、周りを見回してみる。サンタ帽を被った店員さんと、買い物客で溢れかえっている。不意に服が引っ張られる感じがしたので振り向けば、僕の服の裾を掴んで目をキラキラさせているフィリーがいた。眩しい……眩しすぎる。


「ハジメさん。ボクあの美味しそうなの食べたいです」


 そう言って指差したところには、『クリスマスジェラート』という看板が立っている。その前には行列ができているため、味は悪くないんだろう。でも、真冬にアイスですか?


「食べたい……の?」

「はいっ」


 行きましょう! と楽しそうにしているフィリーにダメだと言えるはずもなく、僕とフィリーは一緒に列んだ。なぜか後ろにオジサンタもいるけど……。


「おじさんも……食べるんですか?」

「なんだ。俺がアイスを食べちゃいけねぇってのか?」

「いや、ちょっと意外だったので」


 列は思っていたのより早く進み、注文するところまで来る。その時には僕の隣にマグナスがいた。どんだけ食い意地張ってるんだよまったく。


「俺はサンタクロースイカ味な」

「ボクはクリスマスツリンゴがいいです」

「じゃ、俺はトナカイチゴ」

「僕は……いいです」


 何というネーミングセンス。大丈夫かここの店長。

 そう思っていたが、フィリーのを味見させてもらい、衝撃を受けた。……美味い。名前はアレだけど、美味い。


「うめぇ~やっぱ冬こそアイスだよなぁ~」


 マグナスは壁にもたれかかり、足を投げ出すようにしてジェラートを食べていた。危ないからやめろ、と注意しようとしたが、その時には遅かった。僕らと同じようにクリスマスジェラートを買ったらしい女性客がその足につまづき、派手に転んだ。彼女のジェラートはキレイな弧を描きながら飛んで行き、ベチャッと着地した。あぁ、もったいない。


「いったぁ……」

「ぷっコイツ超ドジじゃん。ウケる~」

「ちょっ!? マグナス!?」


 謝る事もせず、思いっきり笑っているマグナス。案の定赤いコートを着た女性客は憤慨した。……ちょっと待て。赤いコートだと?


「私のジェラートを返せ!!」

「はぁ? 自分で勝手に転んだんだろ?」

「あんたの足につまづいたんだ!!」

「俺知~らねぇ~」

「貴様ぁっ!! 食らえ、ジェラートの恨みっ!!」

「ハジメ、カモーン!!」

「ちょっ!?」


 どうしたものかと見守っていたが、急にマグナスが僕の服を掴み、女性客との間に引っ張った。

 ゴスッと鈍い音がして、赤コート仲間の拳が僕の腹にめり込む。どうしよう痛すぎて声も出ない。視界は涙で歪み、吐き気がした。


「大丈夫か、ハジメ!!」


 わざとらしく僕を抱きかかえるマグナスに、お前がやったんだろ、と無言で睨みつける。目が笑ってるんだよ、目が。


「すまないっ。私はそっちの不良を殴ろうとっ」


 僕をダウンさせた張本人は予想外の事にうろたえる。ナイスパンチでした、と場違いな事を言いそうになったが「大丈夫ですよ」となぜかフィリーが言った。


「悪くて肋骨が数本イクだけです。運良く気絶もしていないので」


 よくはないよ!? フィリーの天然疑惑が浮上。て言うか、気絶とか肋骨折るとか大丈夫じゃないよね。


「ハジメさんですから、大丈夫です」


 根拠のない自信ってこの事だと思う。僕はただただ呆れるしかない。流石のマグナスも「なんだこいつ」と言う顔でフィリーを見ている。


「そうか……ハジメとやら。すまなかったな。そしてクレイグ家の問題児。貴様は謝らんか!」

「煩いなぁローズのおばs……姉御」

「よし、表に出ろ」


 やはりサンタ仲間だったらしい。女性サンタもいたのか。いてもいいけど僕を挟んで喧嘩するのやめてもらえません? デジャブとかゴメンなんで。



 その後、「このままじゃクリスマスイヴが終わっちまう」という話になり、四人を引き連れ僕の部屋に戻ってきた。僕は四人を玄関から入れさせようと頑張った。が、この個性的すぎるサンタ勢を説得させれるはずもなく、ベランダから侵入されてしまう。サンタよ、常識を学べ。



 コタツにすっぽり入り、五人で緊急会議。


「仕方ない、最終兵器を使う……!」

「最終兵器!?」


 最初から使えよ、とは思うが、まぁいい。僕は次の言葉を待った。


「その名も……サンタホイホイだ!!」

「まんまだったね!?」


 せめてサンタキャッチャーとかサンタゲッターにしない? サンタホイホイってゴキ……人類の敵G様と同じ扱いだよ。


「……はぁ。で、ホイホイはどこにあるの?」

「お前の……お前の中だ!!」


 マグナスはビシッと決めて言う。余計に痛々しい。僕が反応しないのを見て、懐から何やら古そうな紙を取り出し、僕に投げつけた。慌ててそれを空中キャッチし、メモの内容を確かめる。


「それがホイホイのレシピだ。頼んだぜ」


 ……手伝う気も無いのか。マグナスは他のサンタと同じようにサッサとコタツに入ってしまう。


「えぇ、なになに? 『サンタホイホイ in JAPAN』。小麦粉に卵、納豆、イワシ、チョコレート、トリュフ……って何だこれ!?」


 何これマズそう超マズそう。僕は思わず口を元を覆った。サンタはこんなものを食うのか。


「……にっ臭いにつられるのかな」


 僕は真っ白になりかけの頭で冷蔵庫を開ける。小麦粉と卵とチョコレートはある。残念ながら納豆は今朝切らしていた。しかも買い忘れるという失態を犯していたようだ。イワシはない。当たり前だが、トリュフもない。


「参ったな……」


 コンビニは営業中だろうが、納豆とイワシとトリュフがあるとは思えない。特にトリュフ。あったら多分、そのコンビニは一般人向けじゃないはずだ。

 僕はリビングへ行き、事を伝える。するとサンタ勢が顔を見合わせニヤッと笑った。


「特別に、サンタの力を見せてやるよ。フィリー、お前がやれ」

「はいは~い」


 フィリーはモソモソとコタツから手を出し、こすり合わせる。そしてその手をメガホンのようにして、大きく息を吸った。そして……。


「トナカイちゃ~んサンタホイホイの材料持ってきてちょ~だい!!」


 声を張り上げる。ビッグボイスどころじゃない、ラウドボイスだ。小学校のALTが「ブラボー」って褒めてくれそうな感じ。明日苦情が来たらどうしてくれるんだ。謝るのは僕だぞ。


「今のは何なの?」

「トナカイちゃんを呼んだんだよ。カワイイんだよ~」


 どう見ても僕より年上なのに僕より子供っぽい笑みを浮かべているフィリーに、腹の虫が治まってしまう。君の方がカワイイよ……変な意味じゃないけど。

 しばらくすると、サンタ勢が入ってきた窓が叩かれる音がした。鍵を開ければ、ベランダには茶色いコートを着た真っ赤なお鼻の――。


「お届けものでーす!!」


 爽やかな笑みが眩しい細マッチョなお兄さんが大きな箱を抱えて立っていた。


「え……え?」

「お邪魔しまーす!!」


 オロオロしている脇を通り過ぎ、中へ入って行ってしまう。僕はハッと我に返り、窓を閉めた。


「ほら。持って来たぞフィリー」

「ありがとーカイ君」


 そう言ってフィリーは箱を受け取る。

 カイ君……まさか、トナ『カイ』でカイ君なのか? と言うか、トナカイちゃんって言っていたから、てっきりカワイイもふもふな子かと思って……。と言うか、この細マッチョ兄さんのどこにカワイイ要素があるんだ?


「ハジメさん。はいこれ」

「あ、え、ん?」

「材料揃ってるから、作ってね、ホイホイ」


 ホイホイ、と返事してやろうかと思ったが、やめた。くだらなさすぎて白い目で見られるのは必至だ。サッサと作っちゃおう。

 僕は大人しくそれを受け取り、キッチンへ向かう。しかしそこにはマグナスがいた。マグナスが。うん、マグナス。何で冷蔵庫漁ってるのかな?


「人んちの冷蔵庫を勝手に開けるな!!」


 ゴツッと鈍い音がして、マグナスはその場にうずくまった。そして涙ぐんで僕を睨みつけてくる。悪いのは僕じゃない。物色していたマグナスだ。


「なんだよ、見てただけだろ?」

「見るだけならいいってもんじゃないの」


 僕は一応中身の確認をする。牛乳、マヨネーズ、チーズ、作ったばかりのケーキ。うん、全部揃ってる。

  そのまま僕は閉めた。そしてマグナスに説教すべく口を開く……が、次の言葉が出てこなかった。


「なんだよ、人の顔ジロジロ見やがって」

「くっくくくくくく」

「はぁ?」

「顔にクリーム着いてるぅぅぅ!?」


 しっかりと、マグナスの口元に着いている茶色のクリームなぜさっき気が付かなかったのか。僕は再び冷蔵庫を開け、ブッシュドノエルを取り出す。正面からは見えない位置に、溝ができていた。

 チラッとマグナスの方を見れば、しまったと言うような表情をしている。

 僕はそれを無視して食われたところを包丁で切った。かなり短くなったが、まあいい。


「ハジメ……えっと」

「大丈夫。何も言わなくていいよ」


 僕はそのまま食われた方のケーキを皿に乗せて差し出す。


「えっと、マジですまn「死ねっ!!」ぐぶっ!?」


 ――ベチャッ。

 僕は全力でケーキをマグナスの顔面にクリーンヒットさせる。そんなに食いたいならこれでも食ってろ。


「こう見えて僕、パイ投げ得意なんだ」と言いながら皿をグリグリ押し付ける。しかしマグナスも黙ってはいない。片手で僕の腕を掴み、片手で皿を持った。仕方が無いので僕は手を引く。マグナスはその皿をゆっくり下ろした。口の周り以外クリームで隠れている。あの状況でよくそんな事ができたな。


「窒息死する……」


 そう言い、顔面のクリームを手で拭うマグナス。


「殺す気か?」

「反省するんだね」


 僕はマグナスをキッチンから追い出し、ホイホイ作りに専念した。



 一時間後。ホイホイが完成した。同時に僕の料理のレパートリーが広がった。いや、もう作りたくはないんだけど。

 見た目はゴキブリ団子そっくり。色はグロテスクで気持ち悪い。それ以前に臭いがやゔぁい。超やゔぁい。こんなのでサンタが集まって来るのか。


「おーい。完成しひゃよ~」


 ニンニクを軽く凌駕する臭いのため、僕は鼻をつまんでリビングへ運んだ。リビングに入った瞬間、サンタ勢の非難するような視線を集める。おい。僕は悪くないだろ。


「よし。ハジメ。それをサンタ工場へ持っていくぞ」

「サンタ工場……サンタ生産場!?」

「プレゼント生産場だよ!!」


 そう言うなり、マグナスは僕を担ぎ上げる。意外にも力持ちなようだ。気付けば他のサンタも立ち上がってベランダに出て行っていた。


「サンタの連携特殊能力・パートスリーを使う時が来た……!」

「何それ無駄にかっこ良い!」


 捨てきれなかった中二が疼き、少し興奮する。

 次の瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。なにこれ気持ち悪い。


「「「テレポーテーション!」」」


 何やら十色以上の色が混ざり合ったような光景が広がったかと思えば、馬鹿でかい工場の中にいた。


「きっ……キモチワルイ」

「おいおい。ここで吐くなよ」


 ドサッとその場に降ろさせ、僕は冷え冷えの床に寝そべった。寒いキモチワルイ寒いキモチワルイのダブルパンチだ。いやぁキツイ。


「大丈夫か、ハジメ」


 ローズさんが心配そうに僕を軽々と抱き上げた。ありがたいけど、お姫様抱っこってどうだろう。女性にお姫様抱っこさせるとかいろいろ終わるよね。男として終わるよね。


「テレポーテーションは慣れるまで大変だからな」


 初めてで吐くのを我慢できるとは珍しい、と感心しているらしかった。心配しているのか、感心しているのかどちらかにしてくれよ。


「よーし、カイ君。その装置にサンタホイホイをセットしてくれ」

「了解です」


 遠くではマグナス達が何やらやっている。


「しかしこれは……今までにない破壊力を秘めたホイホイだな」とオジサンタ。

「すごいですねぇ~。ハジメさんはお料理上手なんですねぇ」とフィリー。

「料理上手すぎて女が寄り付かねぇんだろうよかわいそうに……ププッ」とマグナス。


 気になる発言が多すぎる。と言うか、僕がいないとツッコミ要員がいないんじゃないのかこれは? サンタはどいつもこいつもボケなのか?

 僕は首だけ動かし、周りを見る。プレゼント……どうやって作っているんだろうか? サンタの魔法というやつだろうか?


「あの、ローズさん。プレゼントってここで作ってるんですか?」

「プレゼントを作れるわけないでしょ! ここは日本の子供達のためのプレゼントを包装する工場よ。プレゼントは買ってるの」

「イメージ……が」


 サンタ達は買ってたのか。だからおもちゃ会社はクリスマスシーズンになるとウッハウハなのね……こうやってお金が回るのね。

 残念で夢のない現実を見て落胆していると、何やら強烈な臭いが漂ってきた。涙が出るほど臭い。


「サンタホイホイ……起動!!」


 マグナスの声と共に臭いが濃くなる。と次の瞬間、工場内は真っ赤になっていた。血じゃない。赤いコートだ。赤コートの集団だ。どうやらホイホイが成功したらしい。うわぁ、サンタがいっぱいいる……。


「よーし、腐れサンタ共!! 逃げ出したら容赦しネェぞ働けゃぁぁぁぁっ!!」


 マグナスの怒声と共にベルトコンベヤーが動きだし、奥から次々とプレゼントボックスが流れてくる。それを茶色い集団がソリに詰め込み、赤い軍団はそれに乗り込む。準備できた者から順に空へ飛んでいった。これは夢か、現実か。夢であって欲しい。ソリが人力車に見えて仕方が無いんだ。


「おいハジメ、俺たちも行こうぜ」


 何時の間にか目の前にいたマグナスが僕の首根っこを掴み、放り投げた。


「ハジメさんさようならぁ」

「またゲーセンで勝負だからな」

「元気でな」


 僕は三人のサンタに見送られ、マグナスと共に街の夜空へ短い旅に出た。




 目覚まし時計の音で、僕は目覚めた。


「あぁ……もう朝か」


 そう思いながら汗で張り付いた服を脱ぎ捨て、カーテンを開け放つ。少し窓を開けてみると、隙間から冷たい風が吹き込んできた。その冷たさに思わず身震いし、ベッドの上にくしゃくしゃにされて丸くなっていた羽毛布団を抱き寄せる。フワッとした感触が心地いい。思わず顔をすり寄せた。平和って素晴らしい。

 僕は目を覚ますために空気の入れ替えをしようと思い、布団を体に巻きつけ立ち上がる。素足のため、フローリングの床が忌々しい。ここにもカーペットを敷くべきか……今度買ってこよう。


 僕はひときわ冷たい窓のカギを人差し指だけで器用に開け、そっと横に押した。窓はスルスル開く。

 ご近所の皆さん。今の僕を見ないで頼むから見ないでっ! もう少し寝ててくださいお願いします!!

 パジャマ姿で布団を抱えている奴を見かけたら、僕だってドン引きだ。

 無駄に気合を入れてベランダに出て外を見れば、銀色になったいつもの風景が広がっていた。すでに朝の日差しが雲の切れ間からこぼれ、つまらない街を照らしている。


「うわぁぁっ……キレイだなぁ」



 しばらくその風景に見とれていたが、自分の腹から猛獣の唸り声のような音が聞こえて来て、夕飯抜きであった事を思い出す。


「とにかく……何か食べないと」


 キッチンへ行く途中、リビングのど真ん中に見慣れない物体を認めた。それは丁寧に包装されている、緑と赤というクリスマスカラーの箱だった。紛う事なき『クリスマスプレゼント』。そしてその脇には一枚のカードが添えられている。

 僕はカードに書かれていた文章を読み、思わずニヤッとした。

 それから躊躇なくプレゼントの包装を丁寧に剥ぎ取る。中から出てきたのは、かなり高そうな銀時計だった。

「サンタって……ストーカー?」


 


 ――ハジメへ


 今回はありがとな。これ報酬だから遠慮なく貰ってくれ。

 

 by サンタ=クレイグ=マグナス




 彼らしいさっぱりとした文章。僕が時計を手に取ると、何かがパサリと落ちる音がした。足元に、一枚の紙切れが落ちている。拾って見てみれば――。




 あ、銀時計の値段分働いてもらうから、向こう十年間のクリスマスイヴに予定は入れるなよ?




「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

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