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Noisy Toy Present!  作者: なろうサンタクロース協会
Noisy Toy Present!
4/30

ホワイトチョコの贈り物@芹沢斎

 

 十二月ともなれば、朝はかなり寒くて布団から中々、出られない。

 枕元でピピピと小鳥の甲高い囀りが聞こえてきたけれど、手探りでそれを止めて、もぞもぞと布団の中へ……。

 いけない。いけない。こんなことしてるから、いつもギリギリになっちゃうんだよ。

 勇気を振り絞って、そっと爪先を出してみる。朝の冷気に爪先を包み込まれ、温もりのある布団の中に逆戻り。

 うー、だめだぁ。もうちょっと……ちょっとだけならいいよね。


歩弥(あゆみ)ー、起きてるかー! 二度寝してっと、遅刻するぞー」

 早朝から元気な声が、窓を通じて室内に響いた。

 小鳥の囀りとは比べ物にならない、絶対的な効果があるモーニングコール。

 歩弥は飛び起きて、窓へ足を向けた。 カーテンをシャッと開け、続いて窓を開ける。

 外の空気は当然、部屋よりも凍えるほど冷たい。頬がヒリヒリする。

都筑(つづき)、朝から声大きいよー」

 寒さに身体を震わせながら、眠たい目を擦る。

 歩弥の視線の先には、既に制服に着替え完了の都筑が隣家の二階、自室の窓枠に手を掛けて立っていた。

「俺が声かけないと起きないだろ。ほら、早く支度しろよ」

「はーい。……あ、いつもありがとね。都筑」

「おう」

 窓とカーテンを閉め、歩弥は覚悟を決めて、バッとパジャマを脱ぐ。少しでも熱を逃がしたくなくて、急いで制服に着替えた。

 これが、水野歩弥(みずのあゆみ)溝上都筑(みぞかみつづき)のいつもの光景だ。




「ごめん、待たせた?」

 朝食を済ませ、高校に行く準備を整えた歩弥は、玄関を出た。

 隣家の門前には、先ほど自分を二度寝という魔の誘いから救い出してくれた

都筑が待っていてくれた。

「さっき、出たばっか。行こっか」

「うん」

 歩弥と都筑は、所謂幼馴染みだ。その付き合いは幼稚園の時からで、歴史は長い。たまに喧嘩もするが、それなりに仲良くやっている。

 変わらない、ふたりの関係は歩弥にとって自然で当たり前で、でも大切なものだ。

「そういえば、母さんが張り切ってた。今年もやるんだと、ホームパーティー」

「毎年恒例だもんね。水野家と溝上家合同クリスマスイベント! うちのお母さんたちも楽しみにしてるみたい」

「帰ってから、準備に付き合わされるこっちは、大変だっての」

「一年に一度なんだし、そう言わずにさ」

 通学路を歩きながら、歩弥は両手に息を吹き掛ける。吐く息は氷のように白い。

「あれ、手袋どうした?」

「それが、落としちゃったみたいで……」

「ったく、なにやってんだよ。ほら」

 仕方ないなという表情をしながらも、都筑は自分がしていた手袋を外して歩弥に差し出す。

「え、いいよ。都筑が寒いでしょ」

「俺は、平気。霜焼けになったら大変だろ。ほら、しとけよ」

「……ありがと」

 歩弥は素直に、都筑の好意に甘えることにした。

 学校に到着すると、これもまたいつもの光景。

 昇降口前に、人だかりができていた。

安曇野(あずみの)先輩だよ!」

「あー、はいはい。行ってこい」

「うん」

 安曇野渉(あずみのわたる)。歩弥たち先輩であり、モデルをこなす学校一の人気者だ。

「おはようございます。安曇野先輩」

「おはよ、水野」

 爽やかな渉の笑顔に、歩弥の心臓はきゅうっとなる。

 この笑顔だけで、今日も頑張れるよ!

 人気者の渉が歩弥の名前を覚えてくれているのには、ちゃんと理由がある。ふたりは同じ図書委員で、昼休みや放課後、何度か一緒に当番したことがあるからだ。

 歩弥は渉に会釈すると、昇降口で上履きに履き替えて教室へ向かった。

「おはよー」

「おはよう」

 歩弥は、すれ違うクラスメイトたちと挨拶を交わす。

 自席へつく前に、

「都筑、手袋ありがとね」

 借りたままだったと、手袋を都筑に返す。

 家が隣なら、クラスも同じで席は後ろ。どこまで、縁は深いのだろう。

「あー、それ持ってていいよ。寒いだろ」

「でも……」

「いいから。な?」

「うん」

「おっはよー!」

『痛っ!』

 バンッと歩弥たちの背中を勢いよく叩いて挨拶してきたのは、松樹千佐(まつきちさ)だ。

 歩弥とは高校生になってからの友達で、自然と都筑とも仲が良い。

「ごめん、ごめん。ちょっと、力入りすぎちゃった。安曇野先輩、今日も大人気だねー。下、まだ人だかりできてるよ」

「こいつは、その人だかりに参加してたな」

「だって、安曇野先輩、かっこいいもん」

「まあねー。確かに先輩、かっこいいし優しいから。そこが、女子に人気なわけだわ」

「そういう松樹は、興味なさそうだよな」

「すべての女子が安曇野先輩好きだったら、人類崩壊の危機ってもんだよ」

 チッチッチッと人差し指を振って、至極当然というように千佐は言った。

 チャイムが鳴って、廊下に出ていた生徒たちも教室に入って来る。ほどなくして、担任が扉を開けて教室内に。

 一日の始まりを告げた――。

 



 放課後、歩弥と千佐は隣町にあるショッピングモールを訪れていた。

「どれにしよっかなー。これもいいな。あ、こっちも良さそう。ね、どっちがいいかな?」

 両手に持ったマフラーを見比べて、千佐に意見を乞う。

 歩弥が持っているのはメンズもののマフラーだ。

「左手のストライプのやつが、似合いそう」

「そうだよね! うん、こっちにしよう」

 自分でも納得して、レジに持っていく。

 会計を済ませ、クリスマス仕様にプレゼント包装してもらって、千佐の所に戻った。

「ありがと。付き合ってくれて」

「いえいえ。歩弥の恋愛成就の為ならいくらでも」

「え……誰と誰の?」

「歩弥と溝上くんに決まってるじゃない」

「ちがっ……! 都筑のことは、好きは好きだけど、恋愛のじゃないから」

 パタパタと手を振って、全力否定。

「じゃ、安曇野先輩?」

「それも違うってば。先輩はかっこいいけど憧れの存在。都筑は大事な幼馴染み。ね。お茶でもして帰ろうよ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ」

 納得できていない千佐を引っ張るようにして、カフェに向かった。

 



 翌日の昼休み。

 今日は久しぶりに、安曇野先輩と図書委員当番。

 あの横顔眺めてるだけで、幸せなんだよね。

 図書室の扉を開ける。ここの空気は好きだ。独特な静けさが室内を包んでいる。この雰囲気に少し緊張もするが、それもまた心地いい。

「よろしく。水野」

「よろしくお願いします」

 カウンターの椅子に腰掛け、挨拶を交わす。

「水野と当番、久しぶりだな。あ、この本オススメ。面白いよ」

「ファンタジーですか。好きなんです。早速、借りますね」

 渉とは本の趣味も合う。当番が一緒になった時、互いに面白と感じた本について語る。こんな時でもないと、話せないのが残念なくらいだ。当然、場所が場所なだけに、遠慮がちになってしまうけれど。

「先輩、モデルのお仕事どうですか?」

「順調だよ。それなりに面白いし」

「クラスの女子が、先輩が載ってる雑誌見てますよ」

「そうなんだ。な、水野さ。クリスマスって用事ある?」

「え?」

「もし、都合よかったら放課後、一緒に映画でもどうかなって」

「えっと……あの」

 突然のお誘いに、頭の中が真っ白になる。上手く思考が紡げない。

「考えといて。明日、返事くれたらいいからさ」

 そう言い残し、渉は返却された本を棚に戻しに席を立った。

 憧れの先輩からのデート? のお誘い。でも、クリスマスは……。




「いいんじゃねーの。こっちは上手くやっとくから、先輩と映画見てくれば? その代わり、夜のパーティーには間に合うようにしろよ」

 思いがけない都筑の回答に、少し戸惑ってしまう。てっきり、反対されると思っていた。だって、クリスマスは昔からの恒例行事、大切な日だから。

「うん。夕食までには、戻るね。ありがと、都筑」

 そう言いながら、胸中に湧いたモヤモヤがとれないでいた。

 なんだろ。この変な感じ………。

止めて欲しかったのかな。




 クリスマス当日。

 今日は、いつも以上に寒い。

 ピピピと小鳥の囀りのような目覚ましがいつものように鳴り響く。

 歩弥は手を伸ばし、目覚ましを止めた。珍しく、布団から出る。冷気が身体を覆うが、余り気にならない。

 眠れなかった……。

 憧れの先輩と映画に行けるというのに、歩弥の心は晴れない。

歩弥(あゆみ)ー、起きてるかー!」

 いつものように、都筑のモーニングコール。

 ガラガラっと窓を開けて、都筑の顔を見た。彼は、いつもと同じ笑顔を浮かべている。

「おはよー」

「おはよ。二度寝すんなよ。じゃ、また後でな」

「はーい」

 重い気持ちで、歩弥は制服に着替えた。

朝御飯を食べて、学校までの道程を都筑と歩く。

「今年は、歩弥のお母さんがケーキ担当だっけ」

「ブッシュドノエルに挑戦するって言ってた」

「楽しみだな。母さんも朝からはりきってる」

 都筑は普段と変わらない。

 今年は、クリスマスの準備を手伝えないかもしれないのに。今まで、一度も途切れたことがなかったのに――


 


 昼休み。いつもは、お弁当なのだが今日は、朝から母がパーティーの準備で忙しい為学食だ。

「千佐。どうしたらいいかな」

「どしたの?」

「実は昨日、安曇野先輩から映画に誘われちゃって。まだ返事してないんだけど」

 小声で事情を話す。誰かに聞かれるのは、まずい。渉は人気モデルだ。その彼が特定の女の子とデートだなんて知れたら、大騒ぎになってしまう。

 クリスマス限定ランチを食べながら千佐は、

「簡単に考えたら?」

「どっちと一緒にいたいのか……ってこと」

 クリスマス……隣にいて欲しいのは、都筑? それとも安曇野先輩?

「……ありがと、千佐。デザート食べていいよ。図書室行ってくる!」

「はいよ」

 限定ランチ付きのティラミスを千佐にプレゼントして、図書室に急いだ。

 まだ、昼食時間ということもあり、図書室に生徒たちの姿はなかった。

 カウンターにいたのは、渉だけだ。

「水野? 早いな」

「……先輩、ごめんないさい。今日の映画、一緒に行けないです。クリスマスは、家族と……じゃなくて、一緒に過ごしたい人がいるから」

「……そっか。残念だけどしかたないな」

 苦笑する渉に、ペコリと頭を下げて歩弥は図書室を後にした。




「よかったのか? 安曇野先輩からの誘い断って」

 歩弥たちは、息を凍らせながらも庭に出ていた。

 家の中では、両親たちがワイン片手に談笑している。

「いいの。だって、今日一緒にいたいって思うのは、都筑だから」

「え……」

「違うよ! そういうのじゃないからって、あれ否定するのも違うかな。と、とにかく、これ。クリスマスプレゼント!」

「お、おう。俺からも……クリスマスプレゼント」

 包装をほどいてみると、ホワイトチョコ色の手袋があった。

「あったかそう。都筑、大事に使うね」

「俺も。早速、使うわ」

 そう言って、都筑はストライプのマフラーを首に巻いた。

「正直、ホッとした。今年も一緒にクリスマス過ごせて、嬉しいよ」

「わたしも……。来年も一緒に過ごそうね」

 紺色の夜空から、ふわりふわり……雪が舞い降り始める。

 ふたりをつつむクリスマスは、あたたかい。


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