表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Noisy Toy Present!  作者: なろうサンタクロース協会
Noisy Toy Present!
23/30

アンハッピークリスマス!@子猫 夏




 ゴーン……。除夜の鐘を聞きながら、俺はひたすら去年の事――特に、クリスマスの日を忘れようとしていた。忘れろ忘れろ。除夜の鐘って、確かそういうやつだ。去年の悪いことは、全部去年に忘れるのだ。

 寺と、鐘を機械的につくお坊さんを見て、俺――葛木かつらぎしょうは、手を擦り合わせて必死に願っていたのだった。

 もうあんなクリスマスなんて、経験したくない!


 別に俺は、素敵なクリスマスを過ごそうとか、友達と約束あるとか、彼女がいるとかは無かった――今まで付き合った事なんてねーよ、悪いか。

 ただ、いつも通り平凡な日々を、クリスマスなど気にせず、セールをしている電気屋を巡ってゲームを買い漁れれば良かった。家に帰って、自室でゲーム三昧で良かった。

 しかし今年は、なんだか先輩とのコンパとかなんとかで、金が飛んで行った。人付き合いって金がかかるんだなあ。引きこもりが増えてる原因って、これじゃないの?

 俺はゲームが欲しい。しかし金が無い。そこから導き出されるのは――バイト。

 街をぶらついていた時に、たまたま目に入ったチラシ、そこに載っていたのが「自給千円」。力仕事ならこの自給が普通だとか兄貴が言っていたが、これは単なる店のバイト。接客業だ。

 いっつも笑って、客を捌いて千円――軽いな、とか思って気軽に面接を受けたのが間違いだった。

「〇〇大学……理由が、金が無い? 体力アリ、と……。ああいいよ、採用」

 店長に、履歴書を流し読みされ、さらっと採用された。面接の意味ねーじゃねーかよ。

「これから頼むよ(、、、)、葛木君」

「は、はあ……よろしく、お願いします?」

 そこは「これからよろしく」じゃないだろうか。なんでにっこりして、頼むとか言ってきてんだろう――ちょっと疑問に思った。

 ……そこで、「ぼ、僕今日でやめる!」とか言っておけば良かった――と言っても、後の祭り。


「あー! 新しく入って来た、ええと、葛木翔君だよね? よろしくねー!」

 店に入った途端、ぱっと花開くような笑顔の女の子が歓迎してくれた。思わず硬直してしまったのも、仕方がないと思う。顔が赤くなったかとかは知らん。

「よ……よろしく」

「これからクリスマスシーズンだしー、ちょぉっと忙しくなるけど、ガンバローね!」

 葛木君入ってくれて、大助かりだよ。そう言ってからからと笑い、彼女は「そうだ!」とぽんと手を打った。

「私の名前教えてなかったね。私は亜矢あや! 貫野ぬくの亜矢だよ!」

「あ、うん。よろしく、貫野さん」

 あれー引いてる? ドン引き? と寂しそうに言いつつ、彼女の顔は笑顔のままだ。可愛い、けど俺はこういうタイプに好かれない人間なのだ。けっ。

「……貫野。電話来てるから取って!」

 他のバイトの人が、慌てたように貫野さんに言った。貫野さんはぱたぱたと受話器に駆けていき、明るい声で「はい、ガトウ=ミズノでっす!」と電話を取った。

 改めて、店内を見渡す。電話口で盛んに話す貫野さん、クリームをしぼってケーキの飾り付けをするバイト、箱にケーキを詰めるバイト、オーブンの様子をじっと睨みつけているバイト――全員、女子だった。店長は男子なのに。ハーレムかこの野郎。

 そしてバイトとして、ここに立つ男子、約一名――つまり、俺。

 友達できなさそうだわー。それが俺の最初の感想だった。あ、違うか? 一番に思ったのは「貫野さん可愛い」だな。


 友達ができないどころじゃなかった。そんなことを気にしていられる身分ではない。

「葛木君、このケーキを六番へ持っていってね」

「了解」

「葛木、電話取って」

「ちょい待って下さい」

「翔君、これとこれとー……はいっ、これ。よろしくね!」

「わ、分かった」

「かっつらぎー、疲れたからお菓子取ってこい」

「最後の誰だてめえか!?」

 これこそ、社畜。奴隷。人権など、無い。そして店長にあげるはずのお菓子だが、俺が全て頂こう。

「かつらぎいいいい!? 俺の分のチョコは!?」

「自分で取ってください!」

「葛木」

 冷静を通り越して、冷酷な声が。

「電話、何コール目だと思ってる……?」

「すすすすすみませぇん!」

「謝ってる暇があったらすぐ行けえええ! そしてお客様に謝れええええ!」

 恐れと焦燥と――マイナス感情が合わさって、ガニ股になりながら俺は受話器へと駆け寄った。


「お、終わったあああ……」

 何かが終わったら、また新しい仕事、言いつけが。そんな状態で八時間、昼飯なんて食う暇は無かった。腹が背中にピットリとくっついて、そのまんま穴が空きそうだ……大学生の胃袋なめんなよ。

 八時間ぶりに座ったイスは、もはや天国の様だった。ああ、my god(いす)よ!

「翔君、お疲れ様!」

 貫野さんの笑顔は、精神安定剤だ……一番俺をこき使ってたのは、この子だけどな!

「お疲れ……」

 もう声も出ない。水分補給しないと、人間死んじゃうと思うな、僕。

 ぞろぞろと出ていく、貫野さん含むバイト陣。

「さて、俺も帰るか……」

 やっとこさ、腰を上げた俺は、何故か店長に服をがっしと掴まれている。

「……なんでしょうか店長」

「……これから、俺一人で片づけなんだ」

「はあ」

 そのまま、無視して帰ろうとした。この店長の事だし、必死に追いすがってくるかと思いきや。

「うう……いいよ、かつらぎが手伝ってくれないなら、暗ーい店の中で、一人皿を洗ってるからさああ……」

 まるで亡霊の様に立ち上がり、ゆらゆらと台所に向かった。

 よしラッキー、俺は帰れる。と、思ったのに。

「……手伝いますか」

「え?」

 ああ、口が勝手に動く。何なんだ、本当に。いっつもおせっかい焼いて、一番後悔してんのは自分なのに。

「だから、手伝いますよ店長」

 店長が目に涙を滲ませて、飛びついて来た。

「うわああああんありがとおおおおおう! いっつも暗いとこで、寂しかったんだよう……」

「分かった分かったから離れろ店長」

 男に抱きつかれるとか、誰得だし。少なくとも俺は嫌だ。


 次の日。

「寝不足、疲労、筋肉痛……ってとこかしら? 何していたのよ、葛木君」

 入学して初めて、保健室の世話になった。大学生になってまで、保健室の世話になるとは恥ずかしい。しかし、そうでもしないと、俺は死ぬ。

 一時限目に、貧血で倒れた。

 二時限目。全部寝た。

 三時限目は、チョークを持ちあげられなかった。

 四時限目を受けずに、ここに来た。無理。イスに座るだけで、腰とか、太ももがキリキリと痛むんだよう……。

 まさか、ただのケーキ屋アルバイトでこんなことになろうとは。高校時代の陸部よりキツイ。

「はは……。とりあえず俺、もう授業無いんで。これから用事あるし、帰りますね」

「気を付けてね」

 真顔、真剣な保健医。真摯な姿勢と、ある部分の豊富さで男子に大人気である。スタイル抜群なのは置いておいて、凄く心配してくれたので、ありがたかった。

 そう、この世には優しい人もいるのだ。


 そう思っていた時期もありました、ええ。

「私は! バタークリームが嫌いなの!」

「ええ、ですからこちらのカスタードを……」

「なんで値段が高いの!? 同じ値段にしなさいよ!」

 ばんばん。机――じゃなかった、カウンターを手のひらで何回も叩く女性は、確かに俺を心配してくれた保健医だ。

「カスタードの方が、作るの大変だったりするんですよ~。ごめんなさい、値段はこれ以上下げちゃうと赤字なのですよ~」

 貫野さんが、するりとやり取りに入って仲裁しようとするんだけど、彼女の耳には入っていない。

「何あなた……若いからって調子に乗るんじゃないわよ」

 ギラ!と擬音語がつきそうなほど貫野さんを睨む保健医。俺はひたすら、彼女の視界に自分が入らないようにしていた。

 だってばれたらマズそうじゃん?

「大体、いっつもこの店はね……」

 小言が始まる、ガトウ=ミズノ。誰も彼女を止めないので、俺は店の奥でふんぞり返っている店長に、ほっといていいのか聞いた。

「別に、いいんじゃないかな? 常連さんだしね」

 文句ばっかり言うくせに、常連なのか……。女の心理がさっぱり読めない。


 日曜は、バイトが一日中入る。俺は、「午前のみで勘弁してください」と言ったのに、強制だ。ブラック企業ってこの事だろ。

 日曜の朝に店に入ってみると、店長がやたら素敵な笑顔で俺の肩を叩く。

「いやあ、いつもカツラギ君には感謝しておるよ」

「いきなりなんですか」

「ホンットーに。君がいなかったら、今年は大変だったからね」

 慈母の表情だ。本当なら安心する笑顔だが、今は単なる「嫌な予感発生機」と化している。

「ところで、クリスマスケーキの配達を始めるよ」

 店長は、これが言いたかっただけだ。俺はがっくりと肩を落とした。

「またこき使われるんですか」

「いやだなあ、こき使うんじゃないって。……頼りにしてるよ?」

 あくどい笑みだ、全くなんてことをしてくれやがる!

 バイクの免許を持っていた事も災いし、俺が全てのケーキ(約千個)を運ぶ事に。……いやちげえだろ、なんで俺が千個も運ばなきゃいけない。他のバイトと店長は、仕事がひと段落してのんびり茶を飲んでいると言うのに!

 ……俺、後で時給上げてもらえるように交渉しよう。

 これが、クリスマス()の出来事。

 クリスマス()で、配達するケーキは千個。当日は言わずもがな。

「い……いちまんこ……?」

「よろしくね。夜十時までだから、余裕でしょ?」

 ついカタコトになるのも、仕方ないと言える。

 ……余裕? 一万個なんて、一日で配れるかよ!


 一軒家のドア鈴を鳴らすと――今時珍しく、ひもを引くと鈴が鳴る形――、一人のおばあさんがゆっくりとやって来た。

「あらあら、ご苦労様です」

「メリークリスマス。お待たせしました」

「クリスマスねえ。今年も素敵なケーキなのね、ありがとう。これを、孫がずっと楽しみにしていてねえ……」

 老婆、語る、一時間。

 ぉい!

「……あら、長話しちゃったわ、つき合わせてごめんなさいね。配達、頑張って」

「ありがとうございます」と言う俺の顔は、多分引き攣ってた。

 ……一時間を、返せ!


 マンションの三階、玄関ドアを何度も叩く。

「はあい! 何度もドア叩くんじゃないわよ……!」

 出てきたのは、

「え……っと、お待たせしました、ケーキです」

「うん……? これ、先っぽが潰れてるじゃない! 大事に運ばなかったのね、サイッテー」

 代金を俺の掌に叩きつけ、ドアを怒らせて閉じた人は、

 保健医だった。

「おわちゃー……」

 まあ、常連さんだしね。頼むよね、ケーキ。難癖をつけられるとは、思わなかった。

 丸いケーキの先っぽって、どこだよ。


 旅館のおかみさんにお願いして、客室へと案内してもらう。

「失礼します、ケーキをお届けに参りました」

「ありが――」

「ケーキ!? やっと来たあ!」

 母親の制止を振り切って、俺の元――ケーキめがけて走った男の子が、箱を奪い取り、中身を見る。

「え~……ショートケーキ、食べたい~! なんで一つしかないの~」

「いろんなケーキを試そうって、言ったでしょ。あんたは妹にじゃんけんで負けたんだから」

「やーだやーだ、ショートケーキじゃなきゃ食べない~」

 貫野さんを意識した笑顔。その裏で、俺は思わず毒づいた。

 だったら食べんな!

 がきんちょの母が、困った様に笑っている。

「ごめんなさい……。ガトウさん、もう一個ショートケーキを、今からお願いできるかしら。今日中ならいつでもいいから」

「かしこまりました」

 笑顔、笑顔!

「えー、今すぐ食べたい! 後からなんて、嫌だ!」

「こ」――このくそガキめ。

 やっべえ、言いそうになった。流石にお客様に向かってそれはヤバイ……俺の命が。先輩バイトが俺をぶち殺しに来るに決まってら。

「こら! 文句ばっか言わないの! ……ごめんなさいねえ」

 大丈夫ですと返して、さっさと退散した。あのくそガキめ、覚えてろよ!


「お持ちしましたー」

「んん……そこ、置いといて」

「君、僕とカノジョの邪魔しないでくれるかな、さっさといなくなってくれ」

「どうも、失礼しましたー」


「お持ちしましたー」

「遅いわよ」

「すみませんー。どうも、失礼しましたー」


「お持ちしましたー」

「にゃあ」

「こら、ミーコ! ……ネコ用は、どれかしら」

「こちらでございますー。ありがとうございましたー」


「お持ちしましたー」

「わん」

「もう、シロったら! ……ごめんなさい、躾なってなくて」

「いえ、大丈夫ですー。どうも失礼しましたー」


「お持ちしましたー」

「……」

「代金、五百六十円でございますー」

「……」

「ありがとうございましたー」


「お持ちしましたー」

「へ? 頼んでないけれど」

「……申し訳ございません、隣でしたー」


「お持ちしましたー」

「……ん。お疲れ、葛木君」

「代金、六百円でございますー」

「あれ? 気付いてないの? 大学の授業、一緒じゃん。この間保健室行ってたけど、ダイジョブ?」

「いえ、大丈夫ですー。ありがとうございましたー」

「聞いてないな、こりゃ……」


 気がついたら、配達が終わっていた。全く記憶にないが、一度店に戻ってショートケーキを提げ、旅館のくそガキにも届けたらしい。俺の腕には、覚えのないひっかき傷や噛み傷が。……猫とかにやられたのか?

 ……記憶が飛ぶって、いよいよ末期か。ヤバイな。

「お疲れ様」

 先輩バイトが珍しくも労ってくれた。

「ありがとうございます……あれ、貫野さんは?」

「彼氏とデートだかで、先帰っちゃったわ」

 ……泣いてなんか、ないよ! 目からの汗をぬぐいながら、

「えーと、もう終わりでいいすか」

「そうね……」

 先輩バイトが店長を振り返ると、店長も優しい笑みを浮かべ……待て、これは死亡フラグだ。

「お疲れ、カツラギ! 今日はゆっくり休んでね!」

「あれ、死亡フラグじゃなかった……」

 そう判断するのは早計。

明日も(、、、)、よろしく!」

「マジか」

 とぼとぼと肩を落とし、自分の携帯を何気なく開く。と、母親からメールが。かなり前に送ってくれたようだ。

『件名:夕ご飯

 本文:今日、帰れそう?遥はデートでいないけど』

「……デートだとおおおお!?」

 先輩バイトが、煩わしそうに手を振った。

「言ったでしょ、貫野はデートだってば」

「いや、それではないんですけど……」

 慌てて返信をする。

『件名:デートって

 本文:遥、彼氏いたのか?』

 携帯を傍に置いているのか、母の返事も早い。

『件名:ほら

 添付:20131225_395270.jpg

 本文:遥の恋人さん。』

 添付写真を恐る恐る見る。……そこに映っていたのは、可愛らしい女の子……。

「嘘おおおおお!?」

「うるさい葛木!」

 怒られたので、控室へ。

『件名:ええええ!?

 本文:ちょっと待てよ、遥って……そういう、性癖なの!?』

『件名:無題

 本文:自分で確かめなさいな。』

 俺は、急いで妹にメールを打つ。

『件名:今すぐ家に!

 本文:かれ……彼女も一緒にだ!』

 俺は恐るべき真実を確かめに……家へと戻る。やめてくれ……そんな……遥が、妹が、そんなやつだなんて……。


 恐るべきことは、起きた。遥が連れているのは、女の子だ。

 近づく影に、恐れおののく……なんで妹にビビらなきゃいけないんだ。親友がホ……同性愛者だと分かった時の衝撃。あれと同じだ。

「……にーちゃん、何してんの?」

 妹の呆れた声が……しっかし、いつ聞いても少年声だ。なぜ妹はこうなったんだろう。

「何してんの……は、こっちのセリフだああああっ!」

 くわっと目を開き、妹に怒鳴ると、隣の彼――彼女――とにかく、妹の恋人がびくっと驚いた。

「なーんで、女の子と一緒なんだッ。夜に二人でどっか出かけるんだッ。危ないだろう!? というか、何で女の子と出かけて、デート(、、、)とか言っちゃってるんだあああ!?」

 言ってる内に、どんどん寂しくなってきた。視線も下がる。なんで……なんで、妹が。

「まさか遥が、その、同性愛者だとは思わなかったよ!」

 そうすると、妹がふっと息を吐いて、やれやれ、と肩を竦める。

「……違うよ?」

「ああああ俺の妹がドンドン変に……って違う? 何が?」

 すると、妹がずい、と恋人の背を押し前に出す。

「俺の彼氏。秋乃だよ」

 あ、良かった彼氏か――ってちょっと待て。目の前にいる子は? よく見てみよう。

 栗色の毛。ぱっちりした目。白い細身のコート。

 極めつけに、ふわっとしたスカート。

「いやいや、兄さんをからかうなよ、遥……。彼氏っていうのは、男の子のことだろうに」

「いや、だから男の

 ん?

「……いやいや、待って、男の子? この子が?」

 ん?

 混乱しているうちに、その男の子?がおずおずと、

「はじめまして、遥ちゃんのお兄さん。秋乃です」

 少し甲高い、どう考えても女子の声である。しかし、それを言ってしまうと、俺の妹も男子な訳で。でも、上目遣いが女子な訳で。でも……。

 そして、新たな衝撃が。

「遥……『ちゃん』……だと……!?」

 妹の事を……『ちゃん』付け……!? 小学生のころから、「遥君」と呼ばれていた妹を!?

「俺のこと、ちゃん付けするのは、秋乃だけなんだ」

 得意そうに言ってくる妹。まあ……ちゃん付けなんて、女子は絶対しないだろうな……。妹がバレンタインにもらうチョコの数は、俺より多いのだ……!

「ぐ……」

 昔のかなしい出来事に、思わず涙が……いや、これは汗なんだ、たぶん。

「遥ちゃん、学校じゃ女の子に大人気ですけど……。僕、遥ちゃんのこと、大好きなんです」

 じっとこっちを見てくる、妹の彼氏、秋乃さん。「どうか認めてください」と言わんばかりだ。

「……う。でも、こんな弱弱しい男子(?)に、妹は渡せないぞ。もっと男の子らしく! 強く!」

 せめてもと告げると、「遥ちゃんと一緒にいれるなら、頑張る!」と小さな力拳を作っている……本当に、男子?

 よしよし、と頷いている妹を、俺は放っておくつもりはない。

「それと妹!」

 びしっと指さし、

「もっと女の子らしくしろ! 秋乃サンがこれだからって、そのまんまで嫁に行ったり婿迎えたりできると思うなよ!」

「え……俺、このままで」

 やっぱりな、そう言うと思ったんだ!

「母さんにも頼んどいたから! お前は明日から花嫁修業だ!」

「ええ? いらない。俺、嫁にはならない!」

 頑固に首を振る妹。そこへ、思わぬ援護射撃が来た!

「僕も、頑張るからさ……遥ちゃんも、頑張ろう?」

「うぐ……わ、分かった」

 流石に、秋乃さんの言葉はちゃんと効くらしい。よし! これで、なんとかなることを祈ろう。

「ところで……。性格がなよなよしているのはともかく、なんでスカートなんだ?」

 そう聞くと、二人は若干「しょぼーん」とした。……二人とも可愛いな、おい。

「いや、俺と秋乃が普段、学校帰りに一緒に歩いてるとさ」

「制服取り替えっこしてるの? って言われるから……」

「デートの時くらい、普通に歩きたかったんだよな」

 うん。と二人が頷いた。

「……あ、流石に女装の趣味はないですよ、遥ちゃんのお兄さん」

「……全く信用できないんだけど!?」


 母が家から出てきた。なんとなくいい香りがする……夕食の匂いか。そういえば、腹減った……また、配達で昼の時間がなかったからな!

「こんな寒いのに、まだ話してたの? 秋乃ちゃんもいるんだから、家に上げなさいよしょう

 全くもう、と母は俺を悪者扱いだ。でも!

「母さん……俺に、あんな写メを見せてきたのが悪くない!?」

「えー、遥の彼氏の写真を、ちゃんと見せたわよー」

 にやにやした母のメールには、「彼氏」という言葉が出てこなかった。「恋人」とだけあったのだ。

 この悪女め……初めっから、その(からかう)つもりだったな!

 寒いから、と母は妹とその彼女を家に上げた。俺も中に入った――その時、携帯がかすかに震える。

『送信:店長

 件名:明日

 本文:馬車馬のように、働いてもらうよ』

 明日になっても、この不幸は続くらしい。お願いだから、来年まで引きずらないでくれよ!

「バイトから家族まで、最悪の一日……」

 もう、それしか言葉は出ないのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ