アンハッピークリスマス!@子猫 夏
ゴーン……。除夜の鐘を聞きながら、俺はひたすら去年の事――特に、クリスマスの日を忘れようとしていた。忘れろ忘れろ。除夜の鐘って、確かそういうやつだ。去年の悪いことは、全部去年に忘れるのだ。
寺と、鐘を機械的につくお坊さんを見て、俺――葛木翔は、手を擦り合わせて必死に願っていたのだった。
もうあんなクリスマスなんて、経験したくない!
別に俺は、素敵なクリスマスを過ごそうとか、友達と約束あるとか、彼女がいるとかは無かった――今まで付き合った事なんてねーよ、悪いか。
ただ、いつも通り平凡な日々を、クリスマスなど気にせず、セールをしている電気屋を巡ってゲームを買い漁れれば良かった。家に帰って、自室でゲーム三昧で良かった。
しかし今年は、なんだか先輩とのコンパとかなんとかで、金が飛んで行った。人付き合いって金がかかるんだなあ。引きこもりが増えてる原因って、これじゃないの?
俺はゲームが欲しい。しかし金が無い。そこから導き出されるのは――バイト。
街をぶらついていた時に、たまたま目に入ったチラシ、そこに載っていたのが「自給千円」。力仕事ならこの自給が普通だとか兄貴が言っていたが、これは単なる店のバイト。接客業だ。
いっつも笑って、客を捌いて千円――軽いな、とか思って気軽に面接を受けたのが間違いだった。
「〇〇大学……理由が、金が無い? 体力アリ、と……。ああいいよ、採用」
店長に、履歴書を流し読みされ、さらっと採用された。面接の意味ねーじゃねーかよ。
「これから頼むよ、葛木君」
「は、はあ……よろしく、お願いします?」
そこは「これからよろしく」じゃないだろうか。なんでにっこりして、頼むとか言ってきてんだろう――ちょっと疑問に思った。
……そこで、「ぼ、僕今日でやめる!」とか言っておけば良かった――と言っても、後の祭り。
「あー! 新しく入って来た、ええと、葛木翔君だよね? よろしくねー!」
店に入った途端、ぱっと花開くような笑顔の女の子が歓迎してくれた。思わず硬直してしまったのも、仕方がないと思う。顔が赤くなったかとかは知らん。
「よ……よろしく」
「これからクリスマスシーズンだしー、ちょぉっと忙しくなるけど、ガンバローね!」
葛木君入ってくれて、大助かりだよ。そう言ってからからと笑い、彼女は「そうだ!」とぽんと手を打った。
「私の名前教えてなかったね。私は亜矢! 貫野亜矢だよ!」
「あ、うん。よろしく、貫野さん」
あれー引いてる? ドン引き? と寂しそうに言いつつ、彼女の顔は笑顔のままだ。可愛い、けど俺はこういうタイプに好かれない人間なのだ。けっ。
「……貫野。電話来てるから取って!」
他のバイトの人が、慌てたように貫野さんに言った。貫野さんはぱたぱたと受話器に駆けていき、明るい声で「はい、ガトウ=ミズノでっす!」と電話を取った。
改めて、店内を見渡す。電話口で盛んに話す貫野さん、クリームをしぼってケーキの飾り付けをするバイト、箱にケーキを詰めるバイト、オーブンの様子をじっと睨みつけているバイト――全員、女子だった。店長は男子なのに。ハーレムかこの野郎。
そしてバイトとして、ここに立つ男子、約一名――つまり、俺。
友達できなさそうだわー。それが俺の最初の感想だった。あ、違うか? 一番に思ったのは「貫野さん可愛い」だな。
友達ができないどころじゃなかった。そんなことを気にしていられる身分ではない。
「葛木君、このケーキを六番へ持っていってね」
「了解」
「葛木、電話取って」
「ちょい待って下さい」
「翔君、これとこれとー……はいっ、これ。よろしくね!」
「わ、分かった」
「かっつらぎー、疲れたからお菓子取ってこい」
「最後の誰だてめえか!?」
これこそ、社畜。奴隷。人権など、無い。そして店長にあげるはずのお菓子だが、俺が全て頂こう。
「かつらぎいいいい!? 俺の分のチョコは!?」
「自分で取ってください!」
「葛木」
冷静を通り越して、冷酷な声が。
「電話、何コール目だと思ってる……?」
「すすすすすみませぇん!」
「謝ってる暇があったらすぐ行けえええ! そしてお客様に謝れええええ!」
恐れと焦燥と――マイナス感情が合わさって、ガニ股になりながら俺は受話器へと駆け寄った。
「お、終わったあああ……」
何かが終わったら、また新しい仕事、言いつけが。そんな状態で八時間、昼飯なんて食う暇は無かった。腹が背中にピットリとくっついて、そのまんま穴が空きそうだ……大学生の胃袋なめんなよ。
八時間ぶりに座ったイスは、もはや天国の様だった。ああ、my godよ!
「翔君、お疲れ様!」
貫野さんの笑顔は、精神安定剤だ……一番俺をこき使ってたのは、この子だけどな!
「お疲れ……」
もう声も出ない。水分補給しないと、人間死んじゃうと思うな、僕。
ぞろぞろと出ていく、貫野さん含むバイト陣。
「さて、俺も帰るか……」
やっとこさ、腰を上げた俺は、何故か店長に服をがっしと掴まれている。
「……なんでしょうか店長」
「……これから、俺一人で片づけなんだ」
「はあ」
そのまま、無視して帰ろうとした。この店長の事だし、必死に追いすがってくるかと思いきや。
「うう……いいよ、かつらぎが手伝ってくれないなら、暗ーい店の中で、一人皿を洗ってるからさああ……」
まるで亡霊の様に立ち上がり、ゆらゆらと台所に向かった。
よしラッキー、俺は帰れる。と、思ったのに。
「……手伝いますか」
「え?」
ああ、口が勝手に動く。何なんだ、本当に。いっつもおせっかい焼いて、一番後悔してんのは自分なのに。
「だから、手伝いますよ店長」
店長が目に涙を滲ませて、飛びついて来た。
「うわああああんありがとおおおおおう! いっつも暗いとこで、寂しかったんだよう……」
「分かった分かったから離れろ店長」
男に抱きつかれるとか、誰得だし。少なくとも俺は嫌だ。
次の日。
「寝不足、疲労、筋肉痛……ってとこかしら? 何していたのよ、葛木君」
入学して初めて、保健室の世話になった。大学生になってまで、保健室の世話になるとは恥ずかしい。しかし、そうでもしないと、俺は死ぬ。
一時限目に、貧血で倒れた。
二時限目。全部寝た。
三時限目は、チョークを持ちあげられなかった。
四時限目を受けずに、ここに来た。無理。イスに座るだけで、腰とか、太ももがキリキリと痛むんだよう……。
まさか、ただのケーキ屋アルバイトでこんなことになろうとは。高校時代の陸部よりキツイ。
「はは……。とりあえず俺、もう授業無いんで。これから用事あるし、帰りますね」
「気を付けてね」
真顔、真剣な保健医。真摯な姿勢と、ある部分の豊富さで男子に大人気である。スタイル抜群なのは置いておいて、凄く心配してくれたので、ありがたかった。
そう、この世には優しい人もいるのだ。
そう思っていた時期もありました、ええ。
「私は! バタークリームが嫌いなの!」
「ええ、ですからこちらのカスタードを……」
「なんで値段が高いの!? 同じ値段にしなさいよ!」
ばんばん。机――じゃなかった、カウンターを手のひらで何回も叩く女性は、確かに俺を心配してくれた保健医だ。
「カスタードの方が、作るの大変だったりするんですよ~。ごめんなさい、値段はこれ以上下げちゃうと赤字なのですよ~」
貫野さんが、するりとやり取りに入って仲裁しようとするんだけど、彼女の耳には入っていない。
「何あなた……若いからって調子に乗るんじゃないわよ」
ギラ!と擬音語がつきそうなほど貫野さんを睨む保健医。俺はひたすら、彼女の視界に自分が入らないようにしていた。
だってばれたらマズそうじゃん?
「大体、いっつもこの店はね……」
小言が始まる、ガトウ=ミズノ。誰も彼女を止めないので、俺は店の奥でふんぞり返っている店長に、ほっといていいのか聞いた。
「別に、いいんじゃないかな? 常連さんだしね」
文句ばっかり言うくせに、常連なのか……。女の心理がさっぱり読めない。
日曜は、バイトが一日中入る。俺は、「午前のみで勘弁してください」と言ったのに、強制だ。ブラック企業ってこの事だろ。
日曜の朝に店に入ってみると、店長がやたら素敵な笑顔で俺の肩を叩く。
「いやあ、いつもカツラギ君には感謝しておるよ」
「いきなりなんですか」
「ホンットーに。君がいなかったら、今年は大変だったからね」
慈母の表情だ。本当なら安心する笑顔だが、今は単なる「嫌な予感発生機」と化している。
「ところで、クリスマスケーキの配達を始めるよ」
店長は、これが言いたかっただけだ。俺はがっくりと肩を落とした。
「またこき使われるんですか」
「いやだなあ、こき使うんじゃないって。……頼りにしてるよ?」
あくどい笑みだ、全くなんてことをしてくれやがる!
バイクの免許を持っていた事も災いし、俺が全てのケーキ(約千個)を運ぶ事に。……いやちげえだろ、なんで俺が千個も運ばなきゃいけない。他のバイトと店長は、仕事がひと段落してのんびり茶を飲んでいると言うのに!
……俺、後で時給上げてもらえるように交渉しよう。
これが、クリスマス前の出来事。
クリスマス前で、配達するケーキは千個。当日は言わずもがな。
「い……いちまんこ……?」
「よろしくね。夜十時までだから、余裕でしょ?」
ついカタコトになるのも、仕方ないと言える。
……余裕? 一万個なんて、一日で配れるかよ!
一軒家のドア鈴を鳴らすと――今時珍しく、ひもを引くと鈴が鳴る形――、一人のおばあさんがゆっくりとやって来た。
「あらあら、ご苦労様です」
「メリークリスマス。お待たせしました」
「クリスマスねえ。今年も素敵なケーキなのね、ありがとう。これを、孫がずっと楽しみにしていてねえ……」
老婆、語る、一時間。
ぉい!
「……あら、長話しちゃったわ、つき合わせてごめんなさいね。配達、頑張って」
「ありがとうございます」と言う俺の顔は、多分引き攣ってた。
……一時間を、返せ!
マンションの三階、玄関ドアを何度も叩く。
「はあい! 何度もドア叩くんじゃないわよ……!」
出てきたのは、
「え……っと、お待たせしました、ケーキです」
「うん……? これ、先っぽが潰れてるじゃない! 大事に運ばなかったのね、サイッテー」
代金を俺の掌に叩きつけ、ドアを怒らせて閉じた人は、
保健医だった。
「おわちゃー……」
まあ、常連さんだしね。頼むよね、ケーキ。難癖をつけられるとは、思わなかった。
丸いケーキの先っぽって、どこだよ。
旅館のおかみさんにお願いして、客室へと案内してもらう。
「失礼します、ケーキをお届けに参りました」
「ありが――」
「ケーキ!? やっと来たあ!」
母親の制止を振り切って、俺の元――ケーキめがけて走った男の子が、箱を奪い取り、中身を見る。
「え~……ショートケーキ、食べたい~! なんで一つしかないの~」
「いろんなケーキを試そうって、言ったでしょ。あんたは妹にじゃんけんで負けたんだから」
「やーだやーだ、ショートケーキじゃなきゃ食べない~」
貫野さんを意識した笑顔。その裏で、俺は思わず毒づいた。
だったら食べんな!
がきんちょの母が、困った様に笑っている。
「ごめんなさい……。ガトウさん、もう一個ショートケーキを、今からお願いできるかしら。今日中ならいつでもいいから」
「かしこまりました」
笑顔、笑顔!
「えー、今すぐ食べたい! 後からなんて、嫌だ!」
「こ」――このくそガキめ。
やっべえ、言いそうになった。流石にお客様に向かってそれはヤバイ……俺の命が。先輩バイトが俺をぶち殺しに来るに決まってら。
「こら! 文句ばっか言わないの! ……ごめんなさいねえ」
大丈夫ですと返して、さっさと退散した。あのくそガキめ、覚えてろよ!
「お持ちしましたー」
「んん……そこ、置いといて」
「君、僕とカノジョの邪魔しないでくれるかな、さっさといなくなってくれ」
「どうも、失礼しましたー」
「お持ちしましたー」
「遅いわよ」
「すみませんー。どうも、失礼しましたー」
「お持ちしましたー」
「にゃあ」
「こら、ミーコ! ……ネコ用は、どれかしら」
「こちらでございますー。ありがとうございましたー」
「お持ちしましたー」
「わん」
「もう、シロったら! ……ごめんなさい、躾なってなくて」
「いえ、大丈夫ですー。どうも失礼しましたー」
「お持ちしましたー」
「……」
「代金、五百六十円でございますー」
「……」
「ありがとうございましたー」
「お持ちしましたー」
「へ? 頼んでないけれど」
「……申し訳ございません、隣でしたー」
「お持ちしましたー」
「……ん。お疲れ、葛木君」
「代金、六百円でございますー」
「あれ? 気付いてないの? 大学の授業、一緒じゃん。この間保健室行ってたけど、ダイジョブ?」
「いえ、大丈夫ですー。ありがとうございましたー」
「聞いてないな、こりゃ……」
気がついたら、配達が終わっていた。全く記憶にないが、一度店に戻ってショートケーキを提げ、旅館のくそガキにも届けたらしい。俺の腕には、覚えのないひっかき傷や噛み傷が。……猫とかにやられたのか?
……記憶が飛ぶって、いよいよ末期か。ヤバイな。
「お疲れ様」
先輩バイトが珍しくも労ってくれた。
「ありがとうございます……あれ、貫野さんは?」
「彼氏とデートだかで、先帰っちゃったわ」
……泣いてなんか、ないよ! 目からの汗をぬぐいながら、
「えーと、もう終わりでいいすか」
「そうね……」
先輩バイトが店長を振り返ると、店長も優しい笑みを浮かべ……待て、これは死亡フラグだ。
「お疲れ、カツラギ! 今日はゆっくり休んでね!」
「あれ、死亡フラグじゃなかった……」
そう判断するのは早計。
「明日も、よろしく!」
「マジか」
とぼとぼと肩を落とし、自分の携帯を何気なく開く。と、母親からメールが。かなり前に送ってくれたようだ。
『件名:夕ご飯
本文:今日、帰れそう?遥はデートでいないけど』
「……デートだとおおおお!?」
先輩バイトが、煩わしそうに手を振った。
「言ったでしょ、貫野はデートだってば」
「いや、それではないんですけど……」
慌てて返信をする。
『件名:デートって
本文:遥、彼氏いたのか?』
携帯を傍に置いているのか、母の返事も早い。
『件名:ほら
添付:20131225_395270.jpg
本文:遥の恋人さん。』
添付写真を恐る恐る見る。……そこに映っていたのは、可愛らしい女の子……。
「嘘おおおおお!?」
「うるさい葛木!」
怒られたので、控室へ。
『件名:ええええ!?
本文:ちょっと待てよ、遥って……そういう、性癖なの!?』
『件名:無題
本文:自分で確かめなさいな。』
俺は、急いで妹にメールを打つ。
『件名:今すぐ家に!
本文:彼……彼女も一緒にだ!』
俺は恐るべき真実を確かめに……家へと戻る。やめてくれ……そんな……遥が、妹が、そんなやつだなんて……。
恐るべきことは、起きた。遥が連れているのは、女の子だ。
近づく影に、恐れおののく……なんで妹にビビらなきゃいけないんだ。親友がホ……同性愛者だと分かった時の衝撃。あれと同じだ。
「……にーちゃん、何してんの?」
妹の呆れた声が……しっかし、いつ聞いても少年声だ。なぜ妹はこうなったんだろう。
「何してんの……は、こっちのセリフだああああっ!」
くわっと目を開き、妹に怒鳴ると、隣の彼――彼女――とにかく、妹の恋人がびくっと驚いた。
「なーんで、女の子と一緒なんだッ。夜に二人でどっか出かけるんだッ。危ないだろう!? というか、何で女の子と出かけて、デートとか言っちゃってるんだあああ!?」
言ってる内に、どんどん寂しくなってきた。視線も下がる。なんで……なんで、妹が。
「まさか遥が、その、同性愛者だとは思わなかったよ!」
そうすると、妹がふっと息を吐いて、やれやれ、と肩を竦める。
「……違うよ?」
「ああああ俺の妹がドンドン変に……って違う? 何が?」
すると、妹がずい、と恋人の背を押し前に出す。
「俺の彼氏。秋乃だよ」
あ、良かった彼氏か――ってちょっと待て。目の前にいる子は? よく見てみよう。
栗色の毛。ぱっちりした目。白い細身のコート。
極めつけに、ふわっとしたスカート。
「いやいや、兄さんをからかうなよ、遥……。彼氏っていうのは、男の子のことだろうに」
「いや、だから男の娘」
ん?
「……いやいや、待って、男の子? この子が?」
ん?
混乱しているうちに、その男の子?がおずおずと、
「はじめまして、遥ちゃんのお兄さん。秋乃です」
少し甲高い、どう考えても女子の声である。しかし、それを言ってしまうと、俺の妹も男子な訳で。でも、上目遣いが女子な訳で。でも……。
そして、新たな衝撃が。
「遥……『ちゃん』……だと……!?」
妹の事を……『ちゃん』付け……!? 小学生のころから、「遥君」と呼ばれていた妹を!?
「俺のこと、ちゃん付けするのは、秋乃だけなんだ」
得意そうに言ってくる妹。まあ……ちゃん付けなんて、女子は絶対しないだろうな……。妹がバレンタインにもらうチョコの数は、俺より多いのだ……!
「ぐ……」
昔のかなしい出来事に、思わず涙が……いや、これは汗なんだ、たぶん。
「遥ちゃん、学校じゃ女の子に大人気ですけど……。僕、遥ちゃんのこと、大好きなんです」
じっとこっちを見てくる、妹の彼氏、秋乃さん。「どうか認めてください」と言わんばかりだ。
「……う。でも、こんな弱弱しい男子(?)に、妹は渡せないぞ。もっと男の子らしく! 強く!」
せめてもと告げると、「遥ちゃんと一緒にいれるなら、頑張る!」と小さな力拳を作っている……本当に、男子?
よしよし、と頷いている妹を、俺は放っておくつもりはない。
「それと妹!」
びしっと指さし、
「もっと女の子らしくしろ! 秋乃サンがこれだからって、そのまんまで嫁に行ったり婿迎えたりできると思うなよ!」
「え……俺、このままで」
やっぱりな、そう言うと思ったんだ!
「母さんにも頼んどいたから! お前は明日から花嫁修業だ!」
「ええ? いらない。俺、嫁にはならない!」
頑固に首を振る妹。そこへ、思わぬ援護射撃が来た!
「僕も、頑張るからさ……遥ちゃんも、頑張ろう?」
「うぐ……わ、分かった」
流石に、秋乃さんの言葉はちゃんと効くらしい。よし! これで、なんとかなることを祈ろう。
「ところで……。性格がなよなよしているのはともかく、なんでスカートなんだ?」
そう聞くと、二人は若干「しょぼーん」とした。……二人とも可愛いな、おい。
「いや、俺と秋乃が普段、学校帰りに一緒に歩いてるとさ」
「制服取り替えっこしてるの? って言われるから……」
「デートの時くらい、普通に歩きたかったんだよな」
うん。と二人が頷いた。
「……あ、流石に女装の趣味はないですよ、遥ちゃんのお兄さん」
「……全く信用できないんだけど!?」
母が家から出てきた。なんとなくいい香りがする……夕食の匂いか。そういえば、腹減った……また、配達で昼の時間がなかったからな!
「こんな寒いのに、まだ話してたの? 秋乃ちゃんもいるんだから、家に上げなさいよ翔」
全くもう、と母は俺を悪者扱いだ。でも!
「母さん……俺に、あんな写メを見せてきたのが悪くない!?」
「えー、遥の彼氏の写真を、ちゃんと見せたわよー」
にやにやした母のメールには、「彼氏」という言葉が出てこなかった。「恋人」とだけあったのだ。
この悪女め……初めっから、そのつもりだったな!
寒いから、と母は妹とその彼女を家に上げた。俺も中に入った――その時、携帯がかすかに震える。
『送信:店長
件名:明日
本文:馬車馬のように、働いてもらうよ』
明日になっても、この不幸は続くらしい。お願いだから、来年まで引きずらないでくれよ!
「バイトから家族まで、最悪の一日……」
もう、それしか言葉は出ないのだった。




