君とサンタクロース@珊瑚
そうだね。言うなれば。
リア充の祭典、ってとこじゃない?
街に溢れかえる聞き慣れた旋律。雪にきらきらと跳ね返る電飾の光。ガラス越しに映る人、人、人。
外はかなり冷たい風が吹いているはずなのに、歩く彼らはとてつもなく暖かそう……もとより、熱い。
「あ゛ーもうっ!」
言葉にならない苛立ちをすべて集約して握った紙コップにぶつければ、歪んだ飲み口は中身の氾濫に耐えきれず間の抜けた音をたててスカートにシミを作った。
「あーあー! なにやってんの!」
「べつにー。ただ単にむしゃくしゃすんの」
黒い制服の一部は寄りいっそう濃さを増し、私をさらに惨めな気分にさせる。
店の中は暖房でくらくらするくらい暑いのに寒そうな顔で冷め切ったココアを啜る友人を一瞥し、念のため尋ねてみた。
「春花、明日の予定は?」
「え? そりゃ決まってるじゃん、彼氏と」
あーそうだったね忘れてたこいつも全人類の敵だったよ。
「美桜奈は?」
聞くな、聞くなよもう。察してくれ。
「直行バイト。明日は忙しいからね」
年に一度の、戦争がやってくる。
クリスマス。
及び、クリスマスイブ。
おそらく世界で最も多くの人が知っているお祭りなのではないかと思う。そして同時に、日本においては最も独り身が痛く感じられる日なのではないかと勝手に思っている。
恋人同士で過ごす習慣なんて、いったいどこのどいつが始めたんだか。イエス様の聖誕祭に申し訳ないと思わないんだろうか。別に私はキリスト教徒じゃないからそこはどうだっていいんだけど。
ざく、ざく、ざく。
春花と別れてひとり踏みしめる雪の冷たさを感じながら、ひとりマフラーに顔をうずめてゆっくりと息を吐き出した。
本当は。
本当は。
柄にもなく前髪を少し撫でて、コートの袖を引っ張って下げてみる。
1人では、少し、寂しすぎる。
「きりーつ、れい」
挨拶もそこそこに消えるクラスメイト。 私も負けじと玄関へダッシュした。
「佐竹」
突然呼ばれて心臓が跳ね上がった。
それは学校ではめったに聞くことのできない、低めの柔らかい音色。
「なに?」
振り返って薄暗い階段の下から見上げると、案の定、彼がこちらを見おろして立っていた。
「今日も、来る?」
とくん。
心臓の音が確かに、一つ。
「行く。間に合わせる」
絞り出した声が届いたかどうかは不安だった。だが彼はにこりと笑顔を見せると、
「じゃあ、待ってる」
と右手の親指をたてた。
「うん」
私も右手を振って、ラスト階段を軽くジャンプ。
完全に彼の死角に消えた瞬間、胸が締め付けられるように熱くなった。
嬉しそうに目を細めたあいつの顔が、なかなか頭から離れなかった。
私がそこで彼を見かけたのは、去年のクリスマスのことだ。
私は毎年恒例の、クリスマスパーティー用ピザ配達にかり出されていた。
家が窯焼きピザ屋をやっているので、歩いて行ける配達区域は店を手伝えるようになったときからの私の担当なのだ。
ど派手な巨大ツリーがあれやこれやと飾り立てられて重そうに突っ立っている駅前のロータリーを、重たい荷物とともに足早に歩く。
雪は昨日のうちに降るだけ降ったらしく、この日はよく晴れた星空が見えていた。
綺麗だ。
肺いっぱいに冷たい空気を吸い込んだ、その時。
「 星屑が ひとつ流れて
涙みたいと 君は言う
賑やかな 街の明かりで
すぐに隠れた 空の雫」
澄みきった歌声が、私を確かに、震わせた。
どこから聞こえてきたのだろう。目を凝らして声のしたほうを探索すると、この寒い夜に野外でキーボードを弾く青年の姿が目に入った。
うつむきがちに足を動かしていた人が皆、その前で歩みを止める。
吸い込まれるような不思議な感覚に陥ったのは、私だけではないようだった。
「飾られた人混みの中で
行き交う車を見下ろして
寂しいね なんて笑う君を
何も言えずに眺めていた」
仕事途中であることも忘れ、私はふらふらと近くまで寄っていく。
そして、目を疑った。
時々手元を確認するように伏せられる長いまつげと、どこか人々を引きつける黒い瞳。刺すような冷たさを孕んだ風が、漆黒の髪をさらりと揺らす。
「あの日 確かに 見つけた温もり」
その姿が、毎日見かける背中と一致したから。
私を見つけたか、一瞬驚いた表情を見せた彼は間違いなく。
右斜め前でいつもお気に入りのブックカバーに包まれた本を広げる、無口なクラスメイト……
「……松原?」
松原、翔也。
「約束するよ 去年君と
出会った時計台の下で
言葉選びの 苦手な僕が
探したクリスマスプレゼント
白い手紙に 載せて歌うよ
少し恥ずかしいけれど
君の笑顔が好きだから
ずっと そばにいる」
少しおしゃべりを挟み、また歌い、またおしゃべりを挟み……
さながら、どこかのライブ会場に足を運んでいるかのような感覚だった。
「この歌にはね、まだ二番がないんですよ。とある女の子をモチーフに書き始めたんですけど……ちょっと伝わりにくいですよね。え? 好きな子? あ、いやそんなんじゃないですよ! ……あー、そんなわけで、続きはまだ考え中です」
そんな言葉が聞こえたところで、私は慌ててその現場を後にした。
早まる鼓動は落ち着くことを知らず、どんどん拍数をあげていく。
配達を思い出したのもあるけれど、私はなぜか、見てはいけないものを見てしまった、そんな感覚に陥っていた。
「ねえ」
次の日、昨日会ったことをまるで無かったかのように振る舞い続ける彼に痺れを切らし、私は周りに人がいないタイミングを見計らって彼に話しかけた。
西日が照らす教室で、彼は目線をちらりと上げただけ。
私は構わず話し続ける。
「昨日駅前で会ったよね?」
依然として彼は無表情のままだった。ただ、手元の本が急にページをさまよい始めた。
私が昨日の彼の姿に驚いたのには、一応理由がある。
1日に一回声を聞ければいいほう、というくらいの、無口なポーカーフェイス王子。その人気は密かに他学年からも多くの支持を集めるほど、だそうで、なんでもそのクールっぽい雰囲気とミステリアスな空気がいいんだとか。ちなみに松原の笑顔の目撃証言は未だ出てきていない。(我がミーハーな友人春花調べ。基本的に私は他人の外見や噂に興味はない)
そんな人であるから、返事は望めないか、と半ば諦めて席を離れようとしたその時。
不意にため息ともとれるような息を吐いて一瞬だけ悪戯っぽい笑みを浮かべた彼はこう言った。
「絶対、内緒ね?」
瞬間、そこだけの酸素が薄くなったかのように。
突然、私の体の中を、なんとも形容しがたい熱いものが駆け巡った。
「今日もあの場所にいるから。時間あるなら寄ってって」
松原はとん、と優しく本を机に手放すと、カバンを持って教室から出て行った。
しばらく、その言葉を飲み込むまでに時間がかかった。
「……え?」
今、今確かに。
今日も時間あるなら寄ってって、と。
そう言った?
フリーズした思考回路が回りだす。
いいんだろうか。本当にいいんだろうか。
いやその前に。
さっき、笑わなかったか?
急に緊張する。ドキドキする。顔が真っ赤に熱くなる。
思えば、かなり単純な話だ。
その無口さと笑顔のギャップに、あっという間にやられたんだと思う。
その日から、私は滅多に行かなかった駅前付近に足繁く通うようになった。
近くの喫茶店の窓際を確保し、ギリギリまで課題を消化。私服でシンセを抱えた彼のセッティングが終わった頃を見計らって外に出て、歌を聞く。
見つかるとお互いバツが悪いし恥ずかしいので私は彼の死角になるところから聞くことにしていた。が、薄々彼は私が聞きに来ていることに気がついているようだった。
雨の日は、お休み。
ちなみに、テスト期間も真面目にお休み。
そんな日は家の手伝いをしながら、もう耳について離れない彼の作った歌を口ずさんで気を紛らわす。
気付けば、それが私の日常になっていた。
『今日も、来る?』
あんなことを聞かれたのは、初めてだ。
いやむしろ、1対1で話したこと自体が去年のクリスマス以来初めてかもしれない。
『じゃあ、待ってる』
そんなことを、言われたら。
いやいや、妄想癖もここまで来ると自分が恐ろしい。止めておこう。
「ただいまー! 今日のシフトは四番でいいんだっけ?」
家に着くと速攻で従業員の制服に着替え奥の厨房にいた母に尋ねる。
「おかえりー。今日はクリスマスイブだからラストまでいてくれなきゃ困るんだけど」
「あ、ごめんそれは無理だわ」
「なんで」
「ちょっと用事。クリスマスイブだから」
母は一瞬、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情になった。
三秒ほど固まった後、ゆっくりと顔中を口にする勢いでにやけだした母上は
「ついにあんたも……やっとそう言える相手が出来たのね……!」
なんか色々勘違いしている。ある意味で間違ってはないけどさ。
「そんなんじゃなくて。小学校の時行ってたピアノ教室のクリスマスコンサートなの」
「なになに、男の子? 女の子?」
「何をクリスマスに期待してるのさ。後輩達みんなの、だよ」
「ちぇっ。つまんないのー」
しらっと大嘘をつく私に対して、まるで子供のように頬を膨らましている母を横目に配達準備を始めた。
「根岸さんちとー、藤原さんちとー、あ、吉池さんちの分も持てる?」
「うん。帰り見てきたけど今年は雪そんな残ってないし自転車で行くから大丈夫」
「ほんとにー? じゃあ姫城さんちのもお願いしちゃお」
最後にウィンドブレーカーを着込み、準備万端で家を出た。
「いってらっしゃい。転けないでね? 転けても品物だけは守ってね?」
「分かってますー!」
冷え切った空気が思わず深呼吸をさせる。暗くなり始めた空に向かって、私は自転車を漕ぎ出した。
「すみませーん……お待たせしましたー…………」
「あー美桜奈ちゃん! 毎年ありがとう」
「いえ、とんでもない」
「おいくらですか?」
「えっとー……三千百五十円ですね」
「はい、じゃあちょうどね」
「ありがとうございます」
一番近いところからまわり、ラストの姫城さんのところまでいいペースで来られた。
「ゆあちゃんはあれですか、彼氏さんのところですか?」
「ふふふ、今日じゃなくて明日行くみたいよ」
娘さんが中学生だったのを思い出してさらっと聞いてみたら、ここにも全人類の敵が。まあゆあちゃん可愛いししょうがないかな。
「じゃあ、よいクリスマスを!」
「ええ。美桜奈ちゃんもね」
失礼します、と一礼し、勢いよく自転車に飛び乗った。
あとはとっとと家に帰って着替えて、歌を聞きに行くだけだ。
星がすでに瞬き始めていた。風はいっそう冷たく重くなり、それとは対照的に各家々の明かりが街に華やぎを与えている。
「星屑が ひとつ流れて……」
去年書きかけだといっていたあの歌は、完成したのだろうか。
彼のイメージした女の子とは、どんな人なのだろうか。
唐突に、とある疑問が頭をもたげる。
「一体、あいつはどういう女の子が好みで……」
思わず漏れた独り言に自分で「気持ち悪いわ」と突っ込みを入れ、「だいたい私に好きな人なんていないでしょ」と呟いてみた。
が。
「ごめん、嘘」
どうして。
素直に言えないんだろう。
この一年、考えればいくらでもチャンスはあった。
二年生でも同じクラスになったし、班が一緒だったこともあるし、修学旅行では連絡着かないと困るからという理由でメアドやケータイ番号を交換する機会があったりもした。結局一度もメールは送られてこないし、送ったこともないけれど。もちろん電話をかけたこともない。
無口なキャラで通っている松原とはみんなの前ではしゃべりにくい、という言い訳はたしかにできる。
だから今まではそうしてきた。
「でも、それで良かったのかって聞かれたらさ?」
分からない。
電車の車輪がレールをこする音が聞こえはじめ、駅のすぐそばまで来たことを告げる。もう始まっている時間だけど、一回通り越して家に戻らなくては。
スピードを上げ、店についた頃にはもう、七時半を過ぎていた。
「ただいま帰りました!」
返事はない。よほど忙しいのだろう。
バイトのお姉さんたちもせわしく働いている。
「店長、副店長、ただいま帰りました」
一応もう一度父母に声をかけ、上に上がろうとしたその時だった。
「あ、美桜奈ちょっと」
「……なに?」
その声のトーンに危険を感じた。
「あのね、すごくすごく言いにくいんだけど」
「なに」
「もう一軒、急遽の配達……」
「うそでしょ?!」
あれだけ用事があるって言ったじゃない! と大声で抗議したかったが、店内にはお客様もいらしていてそんなことはとうてい出来ない。間違いなくこの時間から配達に出掛けたら彼のライブには間に合わない。
誰か他にいける人、と店内を見回してみたが、もちろんこの忙しい夕食時に手が空いている人などいるはずがなかった。
「……どこ?」
「五丁目の、宮崎さんとこ」
「分かった」
「……行ってくれるの?」
私は小さく息を止めた。
「行かなかったらどうすんの。代わりは誰もいないでしょ? お客さん最優先。飛ばせば間に合うかもしれないから大丈夫。行ってくる」
心に広がるどす黒い何かを必死で押し隠し、無理に笑顔を作った。
ごめんねを何度も繰り返す母には何も言えず、再度「行ってきます」としか言葉が出なかった。
風よりも速いスピードで、喧騒を置き去りに出来るだけ人気のない道を選んで走る。
ピザがひっくり返らないか、それだけには気をつけつつ、息が長距離走の時と同じくらいに上がるまでこぎ続ける。
「大変、お待たせ、いたしましっ……た!」
お陰で到着したときには、髪もひどいことになっていたと思うんだけど。
出てきてくれたのは、中学生くらいのショートカットの女の子だった。
「すみません! 突然頼んでしまったのにこんなに早く届けていただいて!」
随分としっかりしている子だ。おつりがないようにお金もぴったり準備してくれていた。
「はい、ありがとうございました」
「暗いから気をつけてね、お姉ちゃん」
「ハハハ……ありがとう」
「今日はいいことあるよ、お姉ちゃん」
いいこと?
もうすでに台無しのような気がする。
「大丈夫、まだ間に合うよ。早く行きなよ」
「……?」
「ほらほらいいから! 早く行きな!」
追い払うような仕草をした少女は、最後ににやりと笑って自転車にまたがる私を見送った。
「ハッピーメリークリスマス! 幸せが訪れますよーに」
追い立てられるようにして、私は来た道をまた全速力で駆け抜けた。
家に戻っている時間はない。
僅かに口から漏れる息が白く凍って落ちる。
「間に、あっ、た……?」
ケータイで時間を確認すると、ちょうど八時を示すところだった。
探し人はすぐに見つかった。
いつもの場所で、この寒い中、キーボードを叩いて。
ベージュのコートが微かに明るさをもたらしている。クリスマスツリーのライトアップをこれほど有り難く思ったことはない。
「じゃあ、今日はこの辺で……」
といいかけた彼の目が、私の姿をしっかり捉えた。
気がした。
「嘘。待ってる人が来てくれたみたいなので、ラストで一曲歌います」
あたりは少しざわついた。
星空に一つ、聖堂で響いたかのような和音が吸い込まれていった。
「去年、作りかけだったクリスマスの歌をね。最後まで、やっと書けたので。聞いて下さい。『君と、サンタクロース』」
星屑が ひとつ流れて
涙みたいと 君は言う
賑やかな 街の明かりで
すぐに隠れた 空の雫
飾られた人混みの中
行き交う車を見下ろして
寂しいね なんて笑う君を
何も言えずに眺めていた
あの日確かに 見つけた温もり
約束するよ 去年君と
出会った時計台の下で
言葉選びの 苦手な僕が
探したクリスマスプレゼント
白い手紙に 載せて歌おう
ありきたりに聞こえるけれど
君の笑顔が好きだから
ずっとそばにいる
星屑が 一つ流れて
涙みたいと君は言う
鮮やかな 街の明かりが
吸い込んでいく 君の滴
かける言葉 分からないまま
伸ばした右手 届かずに
悲しいね なんて笑う君を
何も言えずに眺めていた
あの日 確かに感じた温もり
約束しよう 去年君と
出会った時計台の下で
言葉選びの 苦手な僕が
探したクリスマスプレゼント
白い手紙に載せて歌うよ
強がりなのは知ってるけど
君の笑顔が好きだから
ずっと そばにいて
君がくれた物語の
終わりを僕が綴るなら
「幸せ」を贈り物にしよう
もう 泣かないで
約束するよ 去年君と
出会った時計台の下で
言葉選びの 苦手な僕が
探したクリスマスプレゼント
白い手紙に載せて歌うよ
ありきたりに聞こえるけれど
君の笑顔が好きだから
ずっと そばにいて
気づけば、私のウィンドブレーカーの裾は落ちた涙でぐっしょり濡れていた。
「僕が言いたかったことが、ちゃんと伝わったことを願って。残り数時間ですが、素敵なクリスマスイブをお過ごし下さい。松原翔也でした」
人の群れはぽつり、ぽつりと立ち去っていったが、私は動けなかった。いや、動こうとしなかった。彼の残した旋律に、もう少し、浸っていたかった。
「来ないかと思った」
ふいに目の前に、少しかがんだ彼の瞳が映り込んだ。
「ごめん。バイト……」
「知ってる。一回通り過ぎて走ってくの見えた」
「どんだけ目いいの?」
なんて聞けば、松原は苦笑する。
「さあ? でも昔っから、佐竹のことはよく見つけられるんだ」
「なんで?」
「そりゃあれだよ。好きだから」
真っ直ぐに、彼の目が私を捉えて離さない。
「何年も前から、好きだから」
時計の針が、動くのを止めた。
「待って。松原っていつから私の知り合いだっけ」
「そっから?! 酷いなもう。やっぱり覚えてるのは僕だけか」
いつもより彼が饒舌なのは気のせいじゃないと思う。
「学校は違ったけど、ピアノが一緒だったんだよ。小六の時。」
あ。
なんとなく。
かなりなんとなく。
思い出した、気がする。
「あの時から佐竹は、明るくて快活な子で、よく呑気に鼻歌を歌って歩いてるような子でさ」
「それって誉めてるの?」
「……たぶん」
たぶんってなんだ。
「僕は昔から人と話すの得意じゃなかったから。そんな佐竹を見てて、まあちょっと羨ましかったというか、僕もひねくれてたからね……冷めた目で見てたっていうか」
「誉めて無いじゃん!」
盛大に突っ込むと、松原は「まあまあ」とかなんとか言って笑っていた。
「その年のクリスマスにさあ、その日もピアノで。たまたま帰りの時間が被ったから、一緒に帰ることになったんだ。こんなにタイプの合わない人と何話して良いか分かんなくて」
懐かしむように彼は目を細めた。
「そしたら、佐竹がイルミネーション見ながら突然『今日は寂しくないや』って言ったんだ。最初は何を言ってるのかさっぱり分からなかった」
松原は息を吸い込んだ。
「『二人以上で見てたら、寂しくないね』って。『いつもひとりで見るときは、やけに眩しすぎて、一人取り残されたような感覚になっちゃうから。だからほんとは嫌いなの』ってさ。その横顔が、なんか泣き出しそうで」
そんなことも、あったかも知れない。
「何か言いたかったけど、言葉が出なくってさ。『ま! ただの思い過ごしなんだけどねー』とかってごまかして笑った佐竹に、なんにも言えなかった」
松原はおもむろにポケットから折り畳まれたA4の紙を引っ張り出した。
「普段はへらへらしてるけど、本当は寂しがりやさんで、泣き虫で。でも絶対人にはそういうとこ見せないで頑張り続けてて……佐竹の本音を、その時初めて見た気がしたんだ。それで、思った。なんだ、この人、似てるとこあるじゃんって」
彼はそれを広げて私に見せた。
丁寧な字で、先ほどの歌詞が綴られていた。
「本当は、言いたいこと、いっぱいあるんだけど……まとまんなくて。ダメだね」
彼が、笑う。
綺麗な、綺麗な笑顔で。
「何年もかけて色々な言葉を探したけど、やっぱりシンプルなのしか見つからなかった。ごめん」
ふわりと、白い手紙が舞い降りた。
「好きです。美桜奈。大事にするから、寂しいなんて言わないで。ずっと、そばにいて」
私は、今度こそ、涙が止まらなくなった。
「泣かないでよ……僕が泣かせたみたいじゃん」
「間違っ、て、ない、し」
「あーもう! ごめんて! そんなにやだった?」
「違……う」
「じゃあ何、はっきり答えを教えて」
私も、ずっと前から。
「…………っ……好き」
サンタクロースがくれた今年のプレゼントは、どんな高価なものより嬉しい、言葉と気持ちのプレゼントだった。
私が暖かい光の中に、初めて溶け込んだ瞬間だった。