菓子と飴細工@狐々原朱逆
大きな商店街の、細っこい道を進んで行ったその先。赤と緑の単調色に彩られた風景とは切り離されたかのような、いつもがあった。
真っ白く塗られた木製扉と透明硝子のウィンドウ。そこに並べられているのは今とは全く無関係の______砂糖菓子と飴細工だ。
.゜。☆。゜.
キィ……と微かな軋みと共に、あまり暖かくない風が吹いた。どうやらあちらのほうが気圧が高いらしい。ほんの気持ち程度。
「いらっしゃい」なんて気の効いた言葉も無く、カウンターに突っ伏す人物が店員であることは確定的だ。聞くまでもない。というか接客しろ。
一番に目入ったのは彼のあまりにだらけた姿であるが、ふと視線を上げてみれば、
色とりどりの甘さに取り囲まれていた。
赤い色をした、まん丸の飴玉。
デフォルメされた、黄緑色の小鳥。
それを飼う、半透明な青い檻。
一枚一枚丁寧に織り込まれた、薄桃色の薔薇の花。
それを支える器はツルツルと真っ白く輝いている。
私は知らず知らずと目が輝き、覗き込むようにしてそれらを見つめた。
そこには何か物語があるかのようで、それらは自分を語りたがっているように感じられて、とても美しいと感じた。
「お客、それ一応商品なので髪の毛に注意して物色するならするでしないなら帰っていただきます」
「それ、お客に言うことですか? まあ、髪は気をつけますが」
「…………」
「……ふん」
そう、そうだ。小さな小さな世界を形作る砂糖菓子の物語は始まったばかりだ。
大輪の華を咲かせた、薄桃色の薔薇。それはいつか散り行き____
「お客に食べらて溶けることでしょう」
「ちょっと人の妄想に口出ししないでよ」
「はいはい。どうぞごゆっくり」
「むぐ……」
緑の飴の、透明な羽を広げ……小鳥は大空へと飛び立つ。きっと太陽を目指し____
「熱演で溶けて誰かの靴を汚すのでしょうね」
「汚すなぁ⁉︎ っていうかあんた人の思考詠むなよ⁉︎」
「敬語外れてますよー、お客ー」
「誰のせいだお前のせいだ」
「わかってるなら聞かないでいただけます? めんどくさいんで」
「ふにぃー!」
「……買わないなら帰ってくださいませ?」
「買うし! この鳥かごごと買っちゃうし」
「じゃあ、×××××円になりまーす。お買い上げありあとしたー。またのご来店なんていらないんでさっさと帰れやお客ー」
「高⁉︎ いや高い! 学生の財布にとても強烈なインパクト与えて去っていくパターンかこれは」
「かわんならさっさと出てけやドゥアフォー」
「イントネーションおかしいって」
「ドゥアーフィー」
「最早誰だおまえ」
「にほーんじんですー」
なんか無駄に脱力した。
取りあえず一番最初に目に入った赤い飴玉を購入。光にかざせばキラキラと光っている。まあ、綺麗。
硝子瓶いっぱいに、同色の甘さが入れられていくのを黙って見ていた。オレンジ色に調節された明かりのせいか、否か。慣れた手つきでリボンを巻き紙袋に詰める指先に見とれてしまった。
無言が続く中、差し出された取ってを反射的に受け取った。
出てけと目が語っている。
私は客だが?
「ねぇ、君が此処の作ってるわけじゃないよね」
不意に言葉が溢れだす。心を詠む不思議な彼だが、なんとなく安心出来る雰囲気があると感じるのは何故だろうか。私が彼に心許してしまったのか? それとも甘い香りのせいか。
彼はいぶかしげな顔をして傾げた。手と頭を両方ともに。
「此処の作ってるのは全部僕だが?」
「うおぇ⁉︎ あんた幾つやぅ」
「奇声発するな耳障りだ。そして27だ」
「うわーお、十歳上とかみーえーなーいー」
「十歳下とか嘘じゃねぇ? 僕より年上だと思ったわ」
「あんたぴっちぴっちした若鮎のごときこのお肌を見てそれいうかっ」
「僕にはびっちびちなビッチ肌にしか見えんがな」
「ビッチ肌ってなんだし、ビッチ肌ってなんだし!」
「二回言うな聞こえてる」
「うぎーっむかつく」
「こっちのセリフ盗むな窃盗罪で訴えんぞ」
「そんなの通用しませーん」
「…………あ、もしもし。飴屋ですけど。はい、はい。実はウチのモノを盗んだ女が____」
「すっとぷすとっぷ! やめろ冤罪だ」
にやり、と笑って画面をみしてくる。飛びつくようにしてそれを奪い取り見るが……猫と目があった。真っ白な子猫ちゃん。もふもふわふわで可愛らしい抱きしめたい。
「え?」
「こんな短時間で警察に連絡なんて出来るわけないだーろ」
「掛けたことないし分かんないよ」
「さーて此処で問題です。ででーん。警察の番号は?」
「え、数字三文字」
「……おい」
「……むぐ」
どうせ一生使わない番号覚えたって意味ないじゃないか。
使う時は…… まあ、周りの人に助けを求めればなんとかなるような気がしなくもない。そんなものだ。多分。
「あー、見たいなら今すぐつくってやってもいいけどなー。どーすっかなー」
「ホント⁉︎ やた。じゃあうさぎつくってうさぎ」
「お前どんだけフレンドリーなんだ」
「そっちは私が客だということを忘れはいないか?」
「…………はっ」
「おい」
彼は溶けるようにして消えた。後ろにあった水色の扉が音もなく開いている。私はなぜだろうと首をかしげることもなく、吸い込まれるようにしてその部屋の中に入った。
そこはやはり、カラフルな空間で。そこには相変わらず、彼が待っていた。手にはなんだかよくわからない金属の物体を持って。
冷たくひんやりとした鉄板に透明の飴を流し込む。綺麗な円形となったそれに、手のそれを打ち付けては上へと伸ばしていく。一つの芸術にも似たそれら一連の動きに私は引き込まれた。足されていく緑、赤、黄。うさぎの足元に広がっていく小さな小さな世界は、生たように呼吸をした。
緑色の草を踏みしめ、高く高く伸び上がるようにして大地を跳ね回る白うさぎ。命の最期を咲き誇る黄色の花。太陽のように赤く紅く明く、燃え上がる瞳は本物よりも美しい飴細工。
鋭い金属音の末、その生き物は生まれた。大地を然りと踏みしめるその脚は、生きている。踊る彼は。
ちいさな透明色の世界を胸に抱いて、緑と赤に彩られた世界に再び来ていた。
なんだか、言いたいことを言えなかったようなもどかしい、感情が________この胸の内の全てを侵食する。




