Letter For Santa@斎藤さや
気温が氷点下となることも増えてきた12月のとある日、様々な人が行き交うレンガ造りの店の商店街の外れの路地裏に、四人の子供達がいた。着ている衣服は茶色とも黒ともつかない色に変色していて、身体も痩せ細っていた。
その中でも、よく目を凝らすと上質な服を着ていて、元は裕福な家庭にいたことが想像できる少女はエリカという名で呼ばれていた。
エリカよりも一回り小さい少年はリドゥ、リドゥの弟のようにいつも近くにいる少年はリョウ。そしてまだ大分幼い女の子はジアンと呼ばれていた。もっとも彼らの名を知る者は、時々出る売れ残りの食べ物をくれる数名の店の人だけで、大半は四人を商売の邪魔をする迷惑な子供としか認識していないようだった。
そんな中、まだ舌っ足らずなジアンが問いかけた。
「ねえリョウおにいちゃん、そろそろクリスマスだよね?」
「そうだね、ジアン。でも今年からはパーティーもプレゼントも無いんだよ。孤児院にいた時とは違うんだから」
「そうなの?」
それを聞いたジアンはがっかりして俯いてしまったが、突然何かを思い付き、目を輝かせながらまた言った。
「でもサンタさんは来るよね?」
「ジアン、サンタなんていないんだ。だからクリスマスのことはもう忘れないか?」
「リドゥ、サンタさんはいるよぉ。ね、エリカ?」
「サンタが来たっていってる友達はいたけど私の所には来てない……」
既にジアンは泣きそうな顔をしている。慌ててリドゥは訂正した。
「あー分かったよ、俺が間違ってた。サンタはいるよな。おいリョウまでそんな顔するなよ」
同年代の子供よりは大人しいが、まだリョウもジアンとは殆ど歳が変わらない子供なのだ。サンタの存在を信じて疑ったことは無かったのだろう。
ジアンはというと、さっきまでの悲壮感が何処へ行ったのかという程満面の笑みに早変わり。
「あのね、ジアンね、サンタさんにお願いしたい物があるんだ。良い子にしてたからプレゼントもらえるよね?」
「オレは良い子じゃないからダメか」
リョウは途端に元気を無くし、萎れた。するとジアンは、
「リョウおにいちゃんも良い子だよ」
と髪が伸びた頭を撫でていた。
その様子を見てリドゥは立ち上がった。
「ちょっと話がある、リョウこっちに来い」
「リドゥおにいちゃん達どこ行くの?」
「ジアンはエリカと待ってて。俺達すぐ戻るよ」
リョウはリドゥに引っ張られて、路地裏の奥へと連れて行かれた。
二人まで声が聞こえないところまで来ると、リドゥは声を荒げて言った。
「ジアンの目の前だから言ったけどな、サンタなんていないんだよ。俺見たんだ、シスターが俺の枕元にプレゼントを置いたところを。だからお前も、ジアンに期待させないであげてくれ」
リドゥのいつになく恐い形相に、リョウは萎縮した。
「サンタさんはいないのか……。でも俺このまま黙っているのは辛いよ。せめてオレらでどうにか出来るプレゼントだったらあげたい」
「そりゃあ俺だってジアンには辛い思いばかりさせてるし、出来ることならあげたいさ。でも俺達今日を生きるだけで精一杯だろ? 食べ物を買う金すら無いし」
「そんなことはオレだって分かってるよ」
「分かってるならクリスマスなんて忘れろ。リョウも男だろ?」
一方エリカとジアンは話をしながら待っていた。
「エリカはどんなクリスマスだったの?」
「クリスマスは教会に行ってお祈りして、いつもより少し豪華な料理を食べるんだ」
「ジアンも同じだよ。温かいスープと鳥さんのお肉食べるの」
「そうそう、七面鳥が好きだった。そうだ、クリスマスになる前なんだけど、サンタに手紙書くんだ。ジアンも書いたことある?」
「ジアン達字書けないからおてがみ書けないんだ。サンタさんにおてがみってことは、エリカはサンタさんのお家知ってるの?」
「うーん、知らないんだけど、サンタさんへって書けば手紙は届くらしいんだ」
「そうなんだ! ジアンもサンタさんにおてがみ書いてみたい」
そこへリドゥとリョウが帰ってきた。リョウはさっき以上に小さくなっている。
「おにいちゃん達お帰り」
「楽しそうだったな。何の話してたんだ?」
「クリスマスだよ。それでジアンね、サンタさんにおてがみ書いてみたいんだ」
リドゥは舌打ちをしながらエリカをキッと睨んだ。
「ジアンは手紙書きたいの?」
「うん。でも字書けないから、エリカに書いてもらう」
「でも便箋が
「ジアン、リョウおにいちゃんに任せてよ」
リョウはやけに自信がありそうな口ぶりで言った。そして、
「ちょっと出掛けてくるね」
と言い残して表の方へ出ていった。リョウを合図に他の三人も散っていった。
日が落ちてからは、単独だと何が起きるか分からないので四人は再び路地裏に集まることになっている。しかし、いつもなら揃って互いに戦利品の食料を出している頃になってもリョウは姿を現さなかった。
「リョウおにいちゃん遅いね」
「あいつまた何かしでかしてるのか?」
「私探してくるよ」
エリカが小走りで行きかけた時、リョウの姿を見つけた。片手に薄い茶色の物を持っていた。
「リョウ、何かあったの?」
「ちょっと時間かかっちゃった。心配させてごめん」
「本当に何も無かったんだな?」
「う、うん」
リョウの声が少し震えている気がした。しばらくの沈黙の後、リョウは手に持っているものを出した。
「それよりさ、これ見てよ」
エリカが見た薄い茶色の物は羊皮紙だった。
「リョウおにいちゃん、これ何?」
ジアンが指差したのは先の長い羽だ。
「これとこの黒いので字が書けるらしい」
「こんな高いものを、一体どこで手に入れたの?」
エリカは驚きで目を丸くしている。
「まさかまた盗ってきたのか?もうしないと誓ったじゃないか」
リドゥはため息をつき、声を荒げた。
「……拾っただけだよ」
リョウは誰とも目を合わさず、消えそうな声で答えた。
「これがおてがみなのね!
エリカ、サンタさんにおてがみ書いてぇ」
気まずい雰囲気を打ち破るかのように、ジアンははしゃいでいる。
「えっ? あ、うん」
エリカは戸惑ったが、結局顔をしかめているリドゥを尻目に、リョウが持っている物一式を受け取る。手元が見えるようになるべく明るい場所を探した。店から漏れる明かりを頼りに書いていく。
「ジアンは何が欲しいの?」
「えっとね、お人形さんが欲しいの。夜怖くないように一緒に寝てほしいから」
「そっか。ジアン怖かったんだね」
「いつもじゃないよ!時々ね心臓がドキドキしちゃうの。おうちにいたときはこんなこと無かったのにぃ」
おうちとは孤児院のことなんだろうか、思い出してしまったようで目が赤くなってきている。エリカは頭を撫でた。ジアンは小さくビクッと震えた。
リドゥがジアンに寄っていき、
「頼りなくてごめんな」
と呟いた。
元々ジアンとリョウ、リドゥが暮らしていた孤児院には、三人と同じように親の顔すら知ら無いような子供が何人もいた。それでも、みんなやシスターに囲まれてそれなりに幸せな生活は送れていた。
その日常が一変したのは、忘れもしない雨の強い日だった。いつも静かなはずの孤児院に、突如何人かの怒鳴り声が響いた。シスター達が慌てて声の元へ走り、残された子供達は事態が分からず恐怖でパニックに陥り、泣き叫んだり震え出したりする子が続出した。
「やめてください」
と懇願するシスター長の声が、段々と子供達の方に近づいてきた。
「お金なら渡しますので、どうか子供達は……」
言い切らない内に扉が開かれ、大きな袋を持った大柄な男達が十何人と入ってきた。逃げ回るものの、子供達は次々と袋に入れられていく。シスターが必死に止めるも、女の力では敵うはずも無かった。
「みんな外へ逃げなさい」
不幸中の幸いに、今の部屋には庭へ出られるドアがあった。ジアンとリョウ、リドゥ、そして後五、六人の子供達は奇跡的に逃げ出す事が出来た。孤児院を出た後はみなバラバラに逃げ、日頃一緒に行動することが多かった三人は、同じ方向へと逃げていった。通りにいる人全てが先程の奴等の仲間に思え、助けをもとめることなど出来なかった。
そして辿り着いたのがこの商店街の外れの路地裏という、人がほぼ来なくて、それでいて食べられる物のある場所だった。まだ5歳のジアンの明るい性格は変わらずで文句も言わなかったことは、彼女が如何に我慢してきたかを示しているだろう。
ジアンが落ち着いてきたら、エリカはジアンの人形のことと、自分の欲しいものを書いた。
「リドゥとリョウはある?」
「無いね」
「オレは……オレも無い」
それを聞いて文章を結び、住所の代わりにこの通りの名を記した。
「サンタさん読んでくれるかな?」
「きっと読んでくれるよ」
それぞれが見つけた食料を分けあって食べ、ボロボロになって捨てられていた布団をかけて、無くさないよう布団の下に手紙をしまった。
――――――――――――
クゲムは今日も手紙の仕分けに追われる日々。もうこの作業も十年以上やっているが、上司から一つ一つ丁寧にやりすぎと注意されてしまうほど、彼の仕事のやり方は丁寧だ。子供達から送られてくるサンタクロース――すなわちクゲムや彼達への手紙を読み、プレゼントを受け取る資格があるかを調べるのだ。子供の一年間の記録がされているリストを参照して名前とプレゼントだけ確認するのが普通だが、彼は手紙の文面を隅まで読みこむほどだ。そして、時々リスト通りにはいかなくなりそうになると、上司のサンタに許可を得ることもあった。ここまで丁寧に仕事を出来る一つの理由は、彼の担当している地区の子供の人数が土地の割に少なく、平均の十分の一以下であることだろう。
さらに彼の、子供に対する並みならぬ思いも理由の一つだろう。もちろんサンタになるためには、子供を愛することが選ばれるひとつの大事な要素ではある。しかし、彼の子供への思いは他のサンタとはまた別のものであった。
彼も昔は家庭を持っていた。彼の妻は物静かな人だった。お互いに深く愛し合い、いつしか子供を授かった。二人は喜び、そして産まれてくる子供との未来について会話することが日課となった。お腹が膨らむにつれて、男だったらこんな名前が良いだとか、女だったら可愛らしい服を編んであげたいだとかいうように、想像は広がっていった。
だが、そんな幸福な日々は長くは続かなかった。彼の妻が腹痛をうったえたので、病院に行ったのだがどうも胎児の発育が遅いということで様子見のために入院になったのだった。ところが腹痛はいっこうに収まらず、胎児への影響を考えると薬も無闇に使えなかった。
その日は清々しいほどの晴天だったことを彼は覚えていた。朝いつものように病床の妻の元へ行くと、妻は腹痛が収まったと泣いていた。悲哀に満ちた顔を見たとき、彼は全てを悟り、そして彼もまた涙を流した。
同じ日の夕方、妻も息をしなくなっていた。
その後の事はあまり詳しく覚えていない。ただ他人に言われるがままに二人を埋葬し、毎日お墓参り行っていたのは確かだった。仕事には到底行ける精神状態ではなかった。
そんな機械的な日々が二年ほど経った頃、サンタクロースという職業への推薦状が届いた。その頃には彼自身は気持ちの整理がついていながらも、行動に移せなかった。サンタクロースへの推薦状なんて、と初めは半信半疑だったが、いざサンタクロースになり仕事をすることになると、妻と子供が背中を押してくれたかのように、気持ちを入れ替えてやる事が出来た。
朝起きて子供達が喜ぶのを想像しながら、幸福に満ちた寝顔のとなりにプレゼントを置いていくのは誇らしくもあった。
けれどもやはり顔を見ずに亡くなった我が子を思い出さずにはいられなかった。
手紙の山が二回りほど小さくなった時、一通の手紙が新たに増えたのをクゲムは目で捕らえた。どうして魔法のように手紙が現れるのかは未だに分からないことのひとつだ。
手にしていた手紙の子を受けとる資格ありとし、新しく増えた手紙を取った。
寒かったのか字が震えて少し読みづらいが、丁寧に書こうとしたことは十分分かった。リストから差出人の名前を見つけると、クゲムは低く唸った。ジアンという子のプレゼントなら問題なく渡せるだろう。家がなかろうが関係無いからだ。しかしエリカという子の願いは難しいかもしれない。
リストに載るマイナスの要素として、当然ながら犯罪がある。窃盗も立派な犯罪だ。しかも一度ではないから尚更だ。それだけならいつもは資格無しとしていただろう。けれどもエリカという子自体はマイナスの要素はほぼ無いに等しく、この手紙が盗んだものという以外は良かった。しかし、このようなパターンは初めてなので、さすがのクゲムでも判断しかねた。
寧ろ欲しいものの方が彼を悩ませているのかもしれない。サンタといえども何でもあげられる訳じゃない。エリカという子が望んでいるものもそのひとつに挙げられる。それでもこの一生懸命な字を見ていると、どうにかしてあげたいと思わされ、クゲムは上司に相談することにした。
「このエリカという子のプレゼント、渡してあげたいのですが、どうすれば良いでしょうか?」
持ってきた手紙とリストを渡すと、読みながら彼も唸っていた。
「クゲム君が渡してあげたいと思う訳は僕にも分かった。しかしこのプレゼントばかりは用意できない。さらに犯罪か。僕だったら資格無しとするね」
「そうですか。御意見ありがとうございます」
「今日はいつもみたいに突っ掛かってはこないのか。まあいい。早く手紙の確認終わらせてしまいなさい」
「はい」
クゲムは持ち場に戻ってから、さっきの手紙の事は忘れて、作業を進めていた。しかし、エリカからの手紙を間違えて未確認の手紙の山の中に入れてしまったため、もう一度出くわすことになった。その時、ひとつ名案が浮かんだのだが、名案というよりも迷案と言えるようなものだった。
結局その日はそれ以降迷案が頭から離れなくなってしまった。
―――――――――――
クリスマスイブは、サンタ達が一年で最も忙しくしている日だろう。ソリの準備や荷物の最終確認など、飛び立つまでにいくつも仕事があるからだ。そして夕方頃になると、各自出発時間に合わせ、膨大な量のプレゼントと共にトナカイに乗り、空を駆けていくのだ。
クゲムは出発時間まで二時間を切っても、未だに悩んでいた。彼のトナカイであるハシューに餌をやっていた時に、ハシューから言われてしまった。
「クゲム様、何か悩んでらっしゃるのですか?」
「やはり君にも分かるかい?」
「もう何年も一緒に過ごしているのですから。私で良ければ聞きますよ」
「ハシューありがとう。実はね……」
一通り話し終えると、ハシューは目を瞑った。
「悩んではいるようですが、クゲム様の中ではもう答えは決まっているんじゃないでしょうか?」
「えっ?」
クゲムは本心から驚いていた。答えを出せないからこそトナカイにまで話を聞いてもらっているのだ。
「だってその服のポケットに封筒が大事そうに入っているじゃないですか。きっとこの後サンタ長様に出すんですよね」
はっとしてポケットに手をかける。白い封筒の角が顔を出していた。
「ハシュー、中身が見えたのかい?」
「いえ、人語を話せて空を飛べるトナカイでも、透視はできません。でもクゲム様の事なら分かりますよ。今年が最後のクリスマスの仕事になるんですね。そういうことなら今年は私も昨年まで以上に精一杯やらせていただきます」
「ハシューごめんな」
クゲムはハシューの身体を何度も撫でた。
「まだ今年の仕事があります。そろそろクゲム様も他の準備をしなくてはならないのでしょう?辛気くさいのは苦手ですから、笑っていましょう。クゲム様は笑顔がお似合いです」
「そうだな、私達が泣いちゃ駄目だ。では一旦戻るが、配達今年もよろしくな」
「ええ、もちろんですとも」
ハシューにソリを付けトナカイ小屋を後にすると、サンタ長のいる部屋まで行った。ノックをし、中から安心するような低い声が返ってきてドアを開ける。
「君は確かクゲムだったかな?もうすぐ出発だろう。どうしたのかね」
クゲムはポケットから白い封筒を取り出しながら答えた。
「突然で申し訳ございませんが、今年のクリスマスをもって、サンタを辞めさせていただきたいのです。理由はこの封筒の中に書きましたので読んでいただきたいのですが」
クゲムから封筒を受け取ったサンタ長は、早速開封して読んだ。暫く沈黙が続き、サンタ長が顔をあげた。その顔は微笑んでいる。
「私に出したということは、君の決意は固いのでしょう。サンタとしては色々と言いたいことががありますが、それは君も承知しているでしょうからあえて言いません。さあ、もう時間でしょうから今年のプレゼント配達に行きなさい」
「サンタ長様ありがとうございます。忙しい中失礼しました。ではいってまいります」
出ていく時に見えた背中は、初めて会ったときよりも自信に溢れている、とサンタ長は思った。
部屋から出て、クゲムは着替えをしに行く。
赤い帽子に赤い服、室内では少々暑いけれど他のサンタも全く同じ格好だ。
手袋までして着替えを済ませたらプレゼントを取りに行く。雪のように真っ白な大袋を三つ持つ。最初の頃は一つずつしか運べなかった事を思い出して顔が綻んだ。
再び外へ出て、ハシューの待つトナカイ小屋まで他のサンタと共に歩く。ソリに荷物を乗せると、クゲムもソリに乗り手綱を持つ。
「ハシュー、準備は整ったよ」
「では出発しましょう」
雪の上を颯爽と走る。走り出して五分ほどすると、ハシューの足は雪面を離れた。
担当地区へと着くと、一軒一軒まわり、枕元にプレゼントを置いていく。喜ぶ瞬間を見たいけれど、サンタは子供が寝ている間にしか現れてはいけないから想像するしかない。仮に見れたとしても、プレゼントの数は膨大なので今度は時間が許さないだろう。
三つあった袋も時計の針が進む毎に小さくなっていき、ついにプレゼントは最後の二つとなった。ハシューの足が地面に着くとクゲムは手綱を手放し、人形を抱えてソリを降りた。そしてハシューの頭を撫でる。
「ここで最後だよ、ハシュー。私がいなくても帰れるよね?」
「えぇ、帰れますが……。クゲム様とはここでお別れなのですね」
ハシューはクゲムの方に顔を近づけた。クゲムはなおも撫で続けている。
「そうなる。今までありがとう。ハシューには仕事について一から教えてもらったし、何より私の親友になってくれて、本当に嬉しかった」
「私もクゲム様に出会ってから、心細かった日々に朝日が指したようでした。例え二度と会うことはなくても、クゲム様の事は命ある限り忘れません」
「もちろん、私もハシューのことは忘れないさ」
「本当はいつまでもこうしていたいのですが、もうここを発たないと夜明けまでに帰れなくなってしまいます。クゲム様どうかお元気で。そして、Merry Christmas」
「Merry Christmas!
ハシューも元気で」
ハシューは空へと舞い上がっていったが、クゲムは一度も振り返らなかった。振り返ったら込み上げてくる物を押さえきれそうに無かった。
――――――――――
クリスマスの朝、ジアンは他の誰よりも早く目が覚めた。そして、三人はジアンの歓喜の声で起きることとなった。
「わあ! お人形さんだ、かわいい!」
どうしても人形を買うことができなかったので、ジアンの落ち込む顔は見たくないと思ったリョウだったから、今の言葉に耳を疑った。いつも寝起きの悪いリドゥは、ジアンの寝言とでも思ったのか、二度寝しそうだ。
「ねえリョウおにいちゃん見てよ!これ、サンタさんがくれたお人形さん、かわいいでしょ」
なんと女の子の人形を手にしていたのだ。やっぱりサンタはいるんだとリョウは確信した。
「ジアン、朝からうるさいぞ」
リドゥは目を瞑ったまま叱る。けれどもそんなことでジアンの興奮は収まらなかった。
「お人形さんリドゥおにいちゃんも見て」
寝ぼけ眼のリドゥは目を凝らしてジアンを見た。
「えぇ? ジアン、その人形どうしたんだよ」
「サンタさんがくれたんだよ。だってジアン良い子にしてたもん」
リドゥは腕を組んで考え込んでしまった。「ほら、サンタはいたじゃん」とでも言いたげなリョウの視線が痛い。
「良かったね、ジアン」
「あれ? エリカには来てないの?」
「そうなの……あれ?手紙がある」
エリカの近くに、Merry Christmas,Erika! と書かれた赤と緑の封筒が落ちていた。拾って開けてみるとこんなことが書いてあった。
先日は手紙をありがとう。ジアンちゃんは喜んでくれたかな? エリカちゃんのプレゼントも、もちろん用意してある。四人で××まで来てほしい。
「エリカが欲しかったのはおてがみだったの?」
「ううん、違うよ」
「その手紙ってやつには何て書いてあるの?」
リョウが不思議そうな目を向けてきた。
「四人で××まで来てって書いてある。一緒に来てくれる?」
「エリカ、それは信用できるのか?プレゼントならここに置いていきそうだが……。一体何を頼んだのかい?」
「私が欲しかったものは行けば分かると思う。確かに場所が違うのは気になるけれど」
「信用できないなら俺は行きたくないね」
そして、また寝るとでもいいたそうに目を閉じてしまった。ジアンはリドゥを起こそうと、体を前後に揺すっている。
「リドゥおにいちゃん、いいじゃん一緒に行こうよぉ」
「あ~もう分かったよ。すぐそこだしさっさと行こう」
このままだとジアンが拗ねそうだったので、リドゥは渋々といった様子で立ち上がり、歩き出した。慌てて三人も付いていく。
手紙に書いてある住所にあったのは、一軒の家だった。表札には『クゲム』と書いてある。ノックしてみると直ぐにドアが開き、中からは全身赤と白の服の人――サンタクロースがいた。
「君がエリカちゃんかい? ほら、この通り私がプレゼントだよ」
エリカは信じられないと目を大きく見開いて、目の前のサンタクロースを凝視してしまった。他の三人も驚きを隠せないでいる。
「エ、エリカが欲しかったものってまさかサンタさんなの?」
エリカはゆっくりとかぶりをふ振った。
「う~んとね、ちょっと違う、私はこう書いたの。サンタさんに、私達四人の家族になって欲しいって。私と三人は数ヵ月前に初めて会ったばかりで、一緒に生活はしているけれどとても家族とは言えないでしょ? サンタに家族になってもらえば皆と力を合わせて生きていけるかもと思ったの」
「そして、私達四人を愛して欲しい。そう書いてくれたんだったね。実は色々と事情があってもう私はサンタクロースでは無くてただのおじさんだけれど、それでもいいなら、私を貰ってくれるかな?」
四人はそれぞれ頷く。
「エリカ、リドゥ、リョウ、ジアンありがとう。そうと決まったら、私達は今日から家族だ。外は寒いだろう、さあお家にお入り」
四人は何日振りか分からない暖かい家に入る。クゲムは、四人一人一人を抱き締めた。心の底から徐々に暖まってくるような不思議な感覚に、リドゥはなんとも言えないむず痒さのようなものを感じた。
「そうだ、大事な挨拶を忘れていたよ。エリカ、リドゥ、リョウ、ジアン
Merry Christmas!」
「「「「Merry Christmas!」」」」