クリスマスにサンタから可愛い妹を貰った@なすび【後編】
僕が小鳥に妹との最後の思い出の話をすると、ひきつった笑顔をして、
「死因がシュールすぎるのに話が凄く重たいんですけど……」
と、眉毛をぴくぴくと動かしながら言った。
眉毛も茶色だ。
つまりこれは地毛なのだろうか?
そういや、妹も茶色だったな。
綺麗なブラウンは、周りと違って浮いていたが、周りと違って美しかった。
僕が殺した僕の大好きな妹。
「いや、小鳥が妹の話をしてくれって言うから」
「ここまで重たい話だとは思ってませんでした」
「だね……ははは」
なんでこんな話をしてしまったのだろう?
と僕は後悔する。
今まで誰にも話してなかったのに、どうしてこんな今日出会ったばかりの中学生に話してしまったのだろうか?
僕は自分の行動に意味が分からず、ははは、と乾いた笑い声を出した。
笑えなかったのですぐに止んだが。
「だから僕って実は……人殺しなんだよね。引いた?」
そう、僕は人殺しなのだ。
人を殺したのに、その罪を償うような事はせず、ただ、のうのうと生きてきたのだ。
妹の償いに何をすればいいのか分からず、ただただ、昔妹を殺したという過去だけが僕に纏わりつく。
本来なら、殺してしまった時に反省すべきだったのだ。
なにの、当時の僕は何をしただろうか?
大した罪悪感も感じず、ただ、「怒られるかもしれない」という子供じみた理由で証拠を隠ぺいしたのだ。
子供がやった事とはいえ、それは許される行為ではない。
というか、僕自身が許さない。
でも、僕では僕を裁く事など出来ないし、今になって警察に出頭するのも馬鹿らしい。
何も出来ずに、ただ、のんのんと生きて、フリーターとして細々と生きて、彼女に振られて、資金が底を付き、雪の降る道を傘もささずに進み、空腹により体力が消耗し、倒れたのだ。
それを救ってくれたのは、妹に似た小鳥だった。
僕は、目が覚めたらあの世にいると思っており、そして、目が覚めて初めに目にしたのが、綺麗な茶髪だった。
だから、僕は反射的に、妹の名前を言ってしまったのだろう。
「軽蔑するでしょ?」
僕は自虐するような、自嘲気味な引きつった笑顔で、小鳥を見た。
小鳥は、どう思うだろうか、今の僕を。
助けなければよかったと後悔するだろうか?
人殺しが目の前にいて悲鳴を上げるだろうか?
分からない。
分からない。
分からない。
僕には分からない。
何もかも。
ただ分かるのは、僕はどうしようもない屑だという事だけ。
「軽蔑なんてしませんよ……お兄ちゃん」
「っ…………⁉︎」
小鳥の今の一言で、僕は顔を上に上げる。
そこには、後悔した顔も、絶望した顔も、恐怖に怯えた顔もなく、優しく、可憐な少女の笑みがあった。
そして、その少女……小鳥は、僕を「お兄ちゃん」と呼んで、抱きついてきた。
その瞬間、僕の体に少女の全体重がのしかかり、不思議な事に甘い、懐かしい匂いを感じた。
すぐそこに、美少女の顔がある。
綺麗に整った顔立ち。
くすみ一つない綺麗な肌。
見つめる二つの瞳は綺麗なブラウン色で、祖母と、母親と……妹の目に酷く似ていた。
「だって……お兄ちゃんは妹さんを殺したかった訳じゃないじゃないですか」
と、言う。
どういう訳か、小鳥は僕の事を「お兄ちゃん」と呼んだ。
「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」
妹が僕を呼ぶ時の二人称だ。
それが頭の中で何度も繰り返される。
やまびこのように、頭の中で木霊が起きる。
「妹さんはお兄ちゃんを憎んでなんかないよ」
「どうして……そんな事が分かる……?」
「分かるよ……だって」
「だって……?」
小鳥は、何かを言いかけて、止めた。
自称サンタクロースは、何かを確信したような笑顔で、僕を見つめる。
「ねぇ……慰めてあげましょうか?」
「僕を?」
「うん」
「どうやって?」
「私はサンタクロースですよ」
「だから?」
「可哀そうな人には、クリスマスぐらい夢を見せてあげないと」
「夢なのか? これは?」
「半分は夢で、半分は、現実です」
意味が分からない。
だけど、僕に抱きついて、全体重を乗せている小鳥の目は、本気だった。
「処女ぐらい上げます」
「大人舐めんな」
「私はサンタクロースですので、正装ですけどコスプレプレイも出来ますよ」
「そういう慰めじゃなくて……」
「女子高生なので、制服ですけどコスプレ出来ます」
それはずいぶんと魅力的だ。
ってそうじゃなくて、女子高生だったのか小鳥。
てっきり中学生かと、ってそうでもなく……。
「大人をからかうなよ」
そう言って、僕は、抱きついている小鳥を降ろす。
しかし、小鳥はそれであきらめるような事はしなかった。
「私は本気ですよ」
「本気なの?」
「ええ」
小鳥は言う。
「お兄ちゃん」
と。
それは、随分と懐かしい響きだった。
なぜ、この少女は僕をお兄ちゃんと呼ぶのだろうか?
僕が小鳥に「妹に似てる」なんて言ったからだろうか?
それとも、少女は兄が欲しかったのだろうか?
分からない。
ただ……僕の男としての本能は、しっかりと機能し、中学生のような女子高生に、見事に発情していた。
電車の中で感じた、あの感覚に。
そして、僕は思いだしたように、視線を少女の下半身に向ける。
ハーフパンツに、紫と白の横縞ニーソックス。
パンツとソックスの間の絶対領域、たった数センチしか見えていない太ももが、異常なまでに官能的に感じた。
「じゃあさ……サンタクロースさん、一つお願いしてもいいかな?」
「ええ、いいですよ……お兄ちゃん」
小鳥は相変わらず、意味も分からず僕の事を「お兄ちゃん」と呼ぶ。
妹にしか呼ばれなかった名称を使う。
そして、僕は、その、妹に似た少女に、誘惑に負け、慰めを受ける。
「そのソックス……脱がしていい?」
「足フェチなんですか? お兄ちゃんは?」
「そうなんだよ。その絶対領域がエロすぎて、もう死んでも死にきれない、いや、その足を自由にしていいなら死んでもいいと思っているんだよ」
「じゃあ……いいよ」
小鳥はそういう。
何をどう思ったのか、今日出会ったばかりの男にこんな事を要求されているのに、それをあっさりと許可する。
痴女なのだろうか? それとも……僕に気があるのだろうか?
でも、僕の煩悩によって埋め尽くされた脳味噌では、その答えを導き出す事は不可能だった。
煩悩が打ち消される大晦日は来週だ。
つまり、クリスマス・イヴという年末は、一年間煩悩が溜まり、一番欲求不満な時期という事だ。
屁理屈だけど。
僕は、もう自分が抑える事が出来ず、小鳥の太ももに手をやって、ニーソックスを脱がそうとする。
触り心地の良い感触が、僕の手のひらに伝わる。
小鳥の綺麗な太ももが、どんどん露わになっていく。
白く、ほどよく肉のついた、綺麗な生足。
思い出したように小鳥の顔を見て見ると、顔を真っ赤にしていた。
そして、僕の視線に気づき、僕と目が合う。
でも、さっきとは違い、俯くような事はせず、「いいよ」と笑った。
その顔がまた官能的で、可愛らしく、僕の欲望はもう抑えられなくなっていた。
ソックスを全て脱がすと、綺麗な生足が全て見える。
上からは「はぁ、はぁ」という荒い少女の息遣いが聞こえる。
小鳥も興奮しているのだろうか?
その綺麗な太ももを、十秒ほどたっぷりねっとり撫で回し、性器は今までにないぐらいに固くなっていた。
まだ触っていない太ももの裏側を触ると、
「あっ、ひゃうっ」
と甲高い声が聞こえる。
どうやら小鳥が発した音らしい。
顔を真っ赤にした美少女は、実に可愛らしい声を上げる。
その声も僕を興奮させるには十分な効果を持っており、元カノと一緒に寝た時以上の興奮を感じた。
小鳥の目は、とろんと垂れており、唇の先からは光に反射して存在を主張する唾液が見えた。
僕は人差し指を小鳥の口元に当て、小鳥から出てきた涎を拭き取り、小鳥の口の中に戻す。
もちろん僕の指も小鳥の口の中に入っている。
熱い。
人差し指に異常なまでの熱を感じる。
それが小鳥の体内だからだろう。
そのまま口に突っ込んだ指をぐるぐると回し、小鳥の口内の唾液をかき混ぜる。
反対側の手はもちろん、小鳥の太ももを撫で回すのを忘れない。
小鳥は「あんっ……ああっ!」と舌を上手く動かせず声にならない音を発する。
最後に僕は少女の太ももに顔を近づけ舌で少女の肌を舐ーーーー。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑩幼稚園のクリスマスパーティに出てくるサンタクロースは園長先生。
✝
ねっとりとした、今までにない興奮を感じ、僕の意識は別の世界に飛んで行ったように途絶えた。
目が覚めると、そこは真っ白な天井だった。
「あれ? ここは?」
僕は、小鳥遊小鳥という妹に似た少女と、一緒にトークを繰り広げ、太ももを撫で回し、最後に…………。
いや、そんな事より、僕は気付くと知らない部屋にいた。
白い天井、白いカーテン、白い床、白いベッド、白いシーツ。
横には、僕にはよく分からない白い機械。
さっきまでいたあの木造建築アパートの面影が全く感じることが出来ない空間。
でも、ここがどこかは理解出来た。
全部真っ白な汚れない空間。
故に、少しでも汚れるとその汚れが目立つ、少女の処女膜のような、「まだ」、汚れていない空間。
そう、病室だ。
何処かの病院の病室の一つなのだろう。
そして、ここが何処の病院なのかも理解出来た。
僕の住んでいる部屋から一番近いところにある病院だ。
カーテンの奥から見える窓の風景から推理して、ここがその病院だという事は間違いないだろう。
ふと横を見ると、枕元にボタンが置いてあるのを発見した。
ナースコールと書いてあったから、押せばいいんだろう。
僕は躊躇なくそのボタンを押す。
暫くすると、汚れのない白衣を着た男性が部屋に入ってくる。
不思議な事に手には扇子を持っており、白衣と扇子というなんとも締まらない組み合わせだった。
彼はドクターだと思われる。
「やぁ……目が覚めましたか」
ドクターはそう言った。
どうやら僕は、雪道で倒れていた所を、偶然通りかかった人に発見され、救急車を呼ばれてこの病院に運び込まれたらしい。
……と、いう事は、あの、小鳥遊小鳥という少女との、あの夜の出来事は、夢だった……のだろうか?
今現在、十二月二十五日の、午前十一時。
クリスマスだ。
どうやら僕は、半日以上に渡り、長い、濃い、幸せな夢を見ていたらしい。
僕はドクターに、僕を発見して救急車を呼んでくれた人は誰ですか?
と訪ねてみた。
もしかすると、それが小鳥だったという淡い希望を浮かべながら。
しかし、返ってきた答えは曖昧なものだった。
手に持った扇子を、開かずに口に当て、下唇を押し上げる。
「救急車で駆けつけた時には、倒れているあなたしかいなくて、他には誰もいませんでした。だから、仕方なく倒れているあなただけを病院に搬送したみたいです」
そう答えた。
やはり……あれは、夢だったのだろうか。
でも、思考を深く張り巡らせ、記憶を掘り起こすと、うっすらと、まだ残っている。
手のひらに残っている、柔らかい太ももの感触と、人差し指の先にある、熱い唾液の感触が……。
僕は、ドクターに許可を取って、病院を後にした。
外に出る。
昨晩の雪で、綺麗な雪景色が視界に広がっている。
寒いな……。
薄い安物のコートのポケットに両手を突っ込み、僕はアパートに戻った。
サクサクと、雪を踏みしめるたびに心地いい音が響く。
やはり寒い。
アパートに戻ると、そこはいつもと同じ僕の部屋だった。
家賃四万五千円、築四十年の木造建築、小川荘。
部屋に荷物を置き、水道からコップ一杯分の水を飲んでから、二個となりにある、「203号室」の前に行く。
ここは、昨日僕がサンタクロースの少女と一晩一緒にいた部屋。
あれが夢でなければの話なのだが。
僕は、インターフォンを押す。
しかし、中から誰かが出てくる気配はない。
ネームプレートもない。
暫くして、もう一度インターフォンを押す。
しかし、やっぱり返事はない。
ドンドン、と扉をノックする。
だけど、やはり返事はない。
やはり……夢か。
ノックの音が、虚しく霧散した。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑪ネタ切れ……新ネタ募集中
✝
僕は、念には念を入れて、というより、あきらめつかなかったので、大家さんの部屋を訪ね、「203号室」に小鳥遊という少女が部屋を借りているか聞いてみた。
しかし、大家さんは借りてない、と断言した。
僕がしつこく聞き返すので、大家さんは「じゃあ実際に見て見ればいい」と鍵を僕に渡してくれた。
鍵で中に入ってみると、誰もいなかった。
それ所か、誰かが住んでいた形跡もなかった。
昨日、僕がここにいたはずなのに、その形跡は綺麗さっぱり消えている。
まるで元々存在しなかったかのように。
いや、実際に存在しなかったのだろう。
僕は、ようやく諦め、大家さんに鍵を返した。
鍵を返した後は、ふらりふらりと、町を徘徊する。
特に目的地を持たず、ただただ、なんとなく、ぶらりとゾンビのように町を回る。
何も考えずに歩くと、頭の回転がスムーズになるのだ。
そして、ぼーっと足を動かしながら、昨日の出来事を思い出す。
クリスマス・イヴの、魔法のような、夢のような出来事を。
実際に夢だったかもしれない出来事を。
妹に似た茶色い少女に出会い、今まで誰にも話した事のない僕の秘密を打ち明け、白く柔らかい太ももを触らせてもらい、僕は一晩限りの幸せな夢を見れた。
夢から覚めると、そこにはどうしようもない、どうする事も出来ない虚脱感がだけが取り残される。
ブラリブラリと町を徘徊していると、偶然にも、僕がずっと大切にしていた時計を売った質屋の前に来ていた。
そして、僕はある事も思いつく。
いや、思いつく、というより、ゾンビのように歩き回っているうちに、導き出した一つの結論なのだけれど。
彼女の振られ、財産という財産をすべて失い、職を失い、生きる希望も失い、一度死ぬことを望んだ僕は……自殺しようと考えたいた。
僕は、自殺する。
場所は、妹が死んだあの山の中だ。
方法は、まだない……まぁ、着いてから決めればいいさ。
僕は質屋に入り、昨日からずっとコートの中に入っていて、元カノにあげる予定だった櫛を売り、そのお金でタクシーを使い駅に向かい、実家行きの切符を買った。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
午後二時という中途半端な時間帯の車内は、横に長いシートを持て余すぐらいにガランガランで、僕は広々とシートに腰をかけていた。
電車の中を見渡すと、一つのシートに二人程度しか座っていない。
右はじと左はじだけが埋まったシート。
真ん中の倍率は、とても低いらしい。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
あとどれくらいで実家に着くのだろうか?
僕は扉の上にある電光掲示板に目をやる。
すると、右から左に文章が流れ込んでくる。
それは、次の停車駅を伝える文章ではなかったのだが…………
『双子座のあなたの今月の運勢。今月は人生でベスト3に入るような不幸が訪れるでしょう。回避する方法はありません。諦めましょう。なお、血液型がO型で二十代前半の男性だった場合、最悪死にます。死相が出てます』
それを見て、「またか……」と声を漏らす。
双子座の僕は、死相が出ているらしい。
死ぬ運命らしい。
昨日電車でこの文章を目にした時は、恐怖で気を失ったのだが、今は、そんな感情は出てこない。
きっと、幸せな夢を見て、僕の中の「死ぬ未練」のような物が全て解消されてしまったからだろう。
あれだけ幸せな思いをしたんだ。
もうこれ以上の贅沢は言わない。
素直に運命に従おうじゃないか。
『死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます死にます』
電光掲示板から、どんどん流れだす「死にます」という文字列。
あまりにも多く流れすぎたのか、モニターから溢れだして、三次元にまでその文字が流れてくる。
空中に浮かぶ「死にます」という文字。
どんどん僕の視界が「死にます」という文字に埋め尽くされていく。
他の乗客はその怪奇現象に気づく様子はない、見えているのは僕だけのようだ。
もう暫くすると、僕の脳みそに直接「死にます」という「声」が聞こえてくる。
男だか女だか判別できない声。
その声のせいで、視界どころか脳内まで「死にます」で埋め尽くされてしまう。
五月蠅いなぁ、知ってるよ。
僕は鬱陶しそうに手で、視界いっぱいに広がる文字列を払った。
しかし、その文字は手をすり抜けて、触れる事は出来ない。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑫作者の去年のクリスマスプレゼント→電子辞書(卑猥な単語ばかり調べていたら先日壊れた)
✝
電車を降りると、視界と脳内に埋め尽くされていた「死にます」ワードと「死にます」コールは収まった。
まるで初めからそんなもの存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消えうせた。
僕は電車に呪われているのだろうか?
それとも電車が呪われているのだろうか?
まぁ、どっちでもいいけどさ。
改札に切符を通して、外に出る。
実家も昨晩雪が降ったようで、路上は雪で埋め尽くされていた。
それも、随分強く降ったらしく、歩くたびに数センチ足が沈む。
歩きづらい事に鬱陶しさを感じながらも、僕は昔の記憶を辿り、妹とよく遊んでいた山へ向かう。
ザクザク。
ザクザク。
一定のペースで、僕の歩調と合わせて鳴り響く音。
僕が雪を踏む音だから、それは当り前か。
当り前を当り前と感じ、大して感動も覚えず、雪を踏み続ける。
三十分も歩き続けると、見覚えのある懐かしい山が見えた。
子供の頃は、目を瞑っていても走り回れるぐらい知りきった山。
僕と妹だけの遊び場。
僕が 妹を 殺した 場所 。
僕は数秒だけ、山の入り口を見つめて、再び歩き出す。
ザクザク、ザクザク。
雪を踏む音が鳴り響く。
思い出したように後ろを振り返ると、そこには僕が歩いた足跡がくっきりと刻まれていた。
綺麗な白い雪道に、スニーカーに着いた泥で、黒く染められた処女雪。
これもまた、白い汚れのない病室と同じで、白くとても美しいのだが、白いが故に、汚れが目立つ。
少女の処女のように、美しいが故に、汚れると、その小さな欠点が大きく目立ってしまうのだ。
だからどうした。
自嘲するようにほんの少し笑ってから、再び山を登る。
たぶん、こっちであってるはずだ。
僕は子供の頃の記憶を頼りに、不安定な足取りで山を登っていった。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑬今年は3DSとポケモンが欲しいなサンタさん。
✝
僕の記憶も随分と優秀なようで、大して迷う事なく、昔妹と作った秘密基地に辿りつく事が出来た。
恐らく、最短ルートで辿りつけたはずだ。
驚くべき事に、秘密基地の前には、先客がいた。
白い雪景色に、同化するように白い白衣を身に付け、何も印刷されていない真っ白な扇子を広げた男性が、いた。
僕の記憶が正しければ、それは僕が一晩眠っていた病院に勤めているドクターだ。
ドクターは、僕がここに来ることを予め知っていたかのような余裕そうな顔で、「待ちくたびれたよ」とでも今にも言いそうな態度で、
「やぁ、山道お疲れ様。疲れなかったですか?」
と言った。
開いていた扇子を閉じ、口に当てて下唇を突き上げている。
「あなたは一体……?」
「ん? いや、今日会ったばかりじゃないか。医者だよ医者」
と、フランクに言う。
「医者」だから、何故彼がここにいるのかという説明にはならない。
そして、僕は、ドクターがここにいる事が、かなり不自然に感じた。
いや、僕の住んでいるアパートの近所にある病院にいるドクターが何故ここにいるのか? という不自然さではなく、もっと、今日この人と初めて出会ったばかりでも、この人が医者でなくとも不自然に感じる違和感が……ある。
そう、昨夜この町には大きな雪が降ったのだ。
なのに、ドクターの周辺の雪は、誰かが踏んだ跡が全く存在しない。
四方八方処女雪だ。
正確には、僕が通ってきた道だけは、黒く汚れているのだけれど。
何故、ドクターは足跡を付けずにこの場所までこれたのか?
まさか、昨日からずっとここにいたのだろうか?
違う。
その可能性は一瞬にして論破される。
何故なら、今日の午前中に僕はこの人と出会ったばかりじゃないか。
なら……すこしベタだが双子トリックか?
いやいや、何を言っているんだ僕は、この世界は推理小説の世界じゃないぞ。
でも、ドクターがどうやってここまで来たのかなんて、正直どうでもいい事に気づく。
どうせ僕は今日ここで死ぬんだ。
だったらそんな事知らなくてもなんも困らないではないか。
「僕は、これからここで死ぬ予定なんです」
「へぇ……そう」
ドクターは、興味なさそうに返す。
まるで、僕に用事なんてないかのように。
その割には、顔は僕を待ちわびていたかのような表情をしている。
「じゃあ、餞別だ。これを君にあげよう」
ドクターはそう言い、僕に金属の塊を渡す。
受け取る僕。
予想通り、重たい。
その金属の塊とは、拳銃だ。
僕が妹を殺した時に使った、拳銃。
多分、全く同じやつ。
ドクターはそれを、銃口の部分を持ち、グリップの方を僕に向けて渡した。
ハサミの刃の部分を持って相手に渡すように、丁寧に。
「さっき掘り返しておいたんだよ」
それは嘘だ。
十年も土の中に埋まっていたのに、全く劣化していない。
土の中だけ時が止まっている現象が起きていない限り、そんな事はありえない。
だけど、今僕が手に持っているのはまさしく、妹を打ち抜いた拳銃だ。
不思議な事ばかりが起こる。
だけど、それもどうでもいい事なので、深く考えないでおく。
ドクターの言った事が本当だろうと嘘であろうと、僕には関係ない事だ。
「それから、これもあげよう」
ドクターは、未来のロボットの四次元ポケットのように、白衣から更にもう一つ、金属物質を取り出す。
今度は、見覚えのない物だった。
「これは……」
ドクターから受け取り、それが何なのか観察する。
そして、数秒触り、見て、これが何なのか理解出来た。
「懐中時計のチェーン」
「正解」
だけど、付けるべき時計はない。
もうとっくに質に出してしまったからだ。
これが何の役に立つというのだ?
あれか、拳銃で脳みそを打ち抜くか、チェーンで首を絞めるか、好きな死に方を選ばせてくれているのだろうか?
「あなたは一体……?」
流石に不思議な事ばかりだったので、死ぬ前に、この連続する謎を、一つでも解いておきたいと思った。
気になって、死ねるものも死ねやしない。
「ん? 僕かい? 僕は医者だよ、さっきから言っているじゃないか」
「医者なら、こんな所にはいないし、まず拳銃なんてものを持っているはずがない」
「それもそうだ」
ドクターは可笑しそうに笑う。
そして、再び扇子を広げ、真冬だというのに自分の顔を仰いで、こう言った。
「じゃあね、僕はサンタクロースだ」
サンタクロース多すぎだろ。
昨日今日でサンタを二人も見てしまうとは。
「元々サンタクロースの衣装は白一色だったんだよ。だけどね、プレゼントを買うために金を集める為に、人を殺しすぎて、いつの間にか返り血で真っ赤に染まってしまったんだ」
「ブラッディ・サンタ……なんちって」と、何が面白いのか分からないが、面白い事を言ったようで、ドクターは一人で笑っていた。
「さぁ、謎も解決した事だし、死になよ」
「言われなくとも」
僕は、ドクターから貰った拳銃を、こめかみに当てる。
ひんやりと、冷えた金属が素肌の熱を奪う。
引き金に、手をかける。
少し力を入れただけで、僕は死ぬことが出来る。
今、本当にどうでもいい話をするが、もし、もしも僕のこの世界が小説の世界だったとすると、一体何を言いたかった物語なのだろうか? と疑問を感じる。
何を読者に伝えたくて、作者は何を言いたかったのだろうか?
エロい描写がただしたかったのだろうか?
だとすると、エロまでの道のりが長すぎる。
そこに辿りつく前に本を閉じてしまう、いや、最近は電子書籍とかいうのも増えてるから本を閉じる、という言い方が適切かどうかは分からないが。
まぁ、それは置いといて、今は「この世界が小説だったとして、何を伝えたい物語なのか?」という話だ。
正解は、多分こう。
――何も、伝えたくなかったんだろう。
読者なんかには理解させない。
作者にも理解出来ていない。
ただ、なんとなく不思議で、なんとなく気持ち悪く、読み終わったあと、なんだか時間を無駄にしてしまったと、思わせるような物語なのだろう。
だって、これは僕の物語なんだしさ。
雨の中外を歩き、靴の中に雨水が入ってしまったり、蒸し暑くて顔が汗びっしょりで、でもシャワーを浴びる事が出来なかったり、そんな居心地の悪い物語なんだろうきっと。
クリスマスに、恋人のいない、もしくは恋人に振られた可哀そうな人が、電車で家に帰る前に、車内で暇つぶし程度に読むのがお似合いの物語なのだろう。
何も伝えず、何も残さない。
しいて言えば、読み終わった後に残る居心地の悪いドロリとした感覚ぐらいは残るだろう。
そんな訳で、この意味もなく気味の悪い物語はここで終わる。
グッバイ。
僕は引き金を引いた。
耳元で――ダァァァン――という銃声が響く。
妹が、向こうの世界で待っているはずだ。
走馬灯の如く、貫かれる脳みそが、最後に僕に映像を送る。
綺麗な、茶色い髪と瞳をした美しい少女……小鳥遊小鳥。
クォーターであり、異国の血を引いている僕の妹。
二人の姿が重なり、一つになる。
そうか……そういう事か。
人生最後のクリスマスプレゼントは、史上最高に素晴らしい「夢」だったようだ。
薄れる視界の端に、意味ありげに笑うドクターの笑顔が最後に映った。
✝
ここで小話
クリスマスあるある
⑭サンタクロースは実在するよ、僕たちの心の中に。
✝
「久しぶり、お兄ちゃん」
「うん、久しぶり、妹」
「さっそく遊ぼうか」
「そうだね、何して遊ぶ」
「ニーソ脱がし」
「お前は天国で何を覚えたんだよ……」
僕は笑った。
妹も笑った。
「妹」 → 「sister」 → 逆読み → 「retsis」 → 「レットシス」 → 「赤 死す」 → 「『赤』『死』」 → 「『赤い』『死相』」 → 「赤い死相」 → 「あかいしそう」 → 「赤石相」
なんちって。