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命拾い

「ちょっと待って下さい。私たちの話を聞いて下さい。お願いします」

 下里が、志村の横まで来て深々と頭を下げた。

 すると、事の成り行きを見守っていた兵士の一人が近付いて来て

「おめぇ、なれなれしく、頭に話しかけるんじゃねぇ」

 そう言いながら、下里を突き飛ばした。

 実はこの時代、勝手に目上の者に話しかけるのはご法度であった。むろん、日本史の助教授である下里はその事は良く知っていた。

 しかし、野田を助けたい一心で何時も冷静な彼にしては珍しく、考えるより先に体が動いてしまっていた。

 この事態に、他の9人の兵士が住人たちの周りを取り囲んだ。下里に触発されて、彼らが騒ぎだして収集がつかなくなるのを抑えるために、無言のプレッシャーをかけたのだ。

 住民たちの塊が、じりじりと小さくなっていく。野田と下里は、地面に這いつくばったまま、その様子を心配そうに見ている。

 その時、突然、河原の小屋の中から男が1人、転がるように飛び出してきた。その体からは、湯気のようなものが立っている。

 湯気の男は、兵士を見るや否や、一目散に彼らのもとに飛んで来た。

「助けてくれ、火だ、火が出た」

 男は、半ベソを掻きながら住民たちを取り囲んでいた兵士の一人にすがりついた。

 小屋を見ると、建物の至る所にある隙間から、煙がジワリと染み出ている。

「馬鹿、今それどころじゃねぇ」

 言い寄られた兵士は、素っ気なく突き放した。

「あんな掘立小屋、焼けたらまた立てればよかっぺ。川っぺりなら材料には不自由しねぇ」

 兵士の一人がそう言うと、他の兵士たちの間から冷めた笑いが漏れた。

「おらの家なんかどうでもいいだ、中に皮があるだ」

 男はそう言って、なおも食い下がった。すると、兵士たちの表情が俄かにかき曇った。そして、一斉に志村の方を見た。

 その志村は、刀を振り上げ、野田を睨んだままの状態で兵士たちに指示を出した。

「おい、運び出せ、いや小屋を壊した方が早いな」

 即座に10人の兵士が、板を剥がし柱を蹴倒した。元々、何時倒れてもおかしくないほど粗末な小屋である。解体作業はあっという間には終わった。

 そして、兵士たちは黒煙が飛散するがれきの中から、大量のなめし皮を運び出した。

 どうやら小屋から逃げて来た男は、皮革の製造に従事しているようだ。また、志村たちがをれを必死で守ろうとした所を見ると、皮革の製造の経営母体は駒井郷で、しかも貴重な財源になっているようである。

 無事運び出され、うずたかく積み上げられた皮革を見つめながら男はその場にへたり込んだ。

 日が落ちて、辺りはもう暗くなっている。志村は、かがり火をたくように兵士たちに命じた後、へたり込んでいる男に近付くと、彼の後頭部を足の裏で思い切り蹴飛ばした。

「ぐえっ」

 男は、鈍いうめきを発して前に崩れ落ちた。

「この糞ったれが、もしこれが全部焼けててみろ、おめぇの首一個じゃ済まねぇぞ」

 志村はそう言って、うつ伏せに倒れたままの男の項に刀の鞘の先端をねじ込んだ。

 男が荒い息をするたびに、うつ伏せになったまま背中が盛り上がったりしぼんだりしている。余りにも酷い光景に、住人たちは顔をそむけた。

「おとう」

「どうしただ、おとう」

 突然、二人の若者が、志村と男の傍へ駆け寄ってきた。そして、二人とも土下座をすると、訳も聞かず志村に対してただひたすら許しを請うた。

 しばらくそれを冷めた表情で見下ろしていた志村は、僅かに笑みを漏らした後、鞘を腰に納めた。

 事の成り行きを静かに見守っていた人足たちも、再び柵を造り始めた。

 また、目を多摩川の方にやると、煌々とたかれた篝火の明かりの下、マンションの周りに城壁を造るため無数の人間が蟻のようにうごめいている。

 難波田や藤堂ら首脳陣は、マンションの中に入るらしく、玄関の前には100人ほどの兵士が槍衾を造って人の出入りをシャットアウトしていた。

 住人たちは小屋の前に集められていた。野田の処分は、先程の騒動でうやむやになった。

 火事を出した男とその息子2人は、志村の足元で正座をし、深くうなだれている。

 志村は、おもむろに懐から書状を取り出した。そして、それを広げると、兵士の一人が慌てて松明を持って来た。

 松明の明りに照らしだされは書状は、掟書であった。そして、その内容は以下の通りである。


一、郷の許可なしに柵外出るべからず


一、着る物 南蛮物以外着るべからず


一、自害 以ての外 自害を出したる家 全員 磔の上さらし首


一、死人あらば、エタ頭に申し出るべし


一、欠け落ちあらば、其れと同等の人数を打ち首とする


一、郷の命令は絶対である。従わぬ物は一家全員打ち首、連座で十六歳以上、六十歳以下は男女問わず百   叩きとする


 志村は、その掟書を野太い声で読み上げた後、横でうなだれている男に手渡した。掟書に書いてあるエタ頭とは、この男の事である。

「伝助、今度しくじったら、分かってるな」

 そう言って、志村はエタ頭、伝助の首筋を刀の鞘で2回叩いた。そして、10人の兵士を見はりで残し、馬に跨り去って行った。

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