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泉龍寺2

行商人が去った後、住人たちはまず、太陽の高さから時間を推測して、皆で時計を合わせた。

 その後、持参した鍋でお湯を沸かすためと、夜間、暖をとるために、寺の敷地内に落ちている枯枝や落ち葉を掻き集めた。

 お湯を沸かすのは、レトルト食品を温めるためである。水は近くに池があるのが見える。僅か50メートルはどの距離である、理由を話せば兵士たちもダメとは言わない筈である。

 それにしても少ない、みすぼらしい無人の寺であっても、敷地内は村人によって綺麗に掃き清められているため、余り枝葉が落ちていないのだ。

 生垣から手を伸ばして外の落ち葉を集めてみたが、それでも精々50センチ程の山にしかならない。この量では、何とかお湯は沸かせても、暖をとることは不可能である。

「畜生、いざとなりゃ、この阿弥陀堂に火つけるしかねぇな」

 野田が、敷地の外に向かって大声で叫んだ。数人の兵士が、何事かとこちらを見ている。中には威圧するように睨んでいる者もいる。

「とても、俺たちの事を守ってくれてるようには見えねぇな」

「まぁまぁ大将、落ち着いて下さい。しばらく休んだら、水汲みと寺の外の落ち穂拾いのお許しを貰いに行きましょう」

 そう言って下里は、衣類やレトルト食品が満杯に入った自分のバックに腰かけた。

 野田は、観音堂の近くに居る家族のもとへ歩いて行ったかと思うと、丸く膨れ上がったリュックサックを抱えて戻ってきた。

「おい、一杯やろうや」

 そう言って、リュックの中から5合瓶の”いいちこ”を取り出した。そして、野田を中心に、寺の敷地の中に男たちの輪ができた。

 さらに野田は、リュックの中から紙コップを取り出して、みんなに配った後、焼酎を注いで回った。

「とりあえず、乾杯しますか」

 酒が行き渡った所で、そう言って野田が音頭をとった。

ほっとしたのか、乾杯の唱和の後、男たちの中から笑いが起こった。

「しかし、我々は何が原因でタイムスリップしたんですかね」

 安堵したのもつかの間、綾部のこの一言で男たちは一瞬にして現実の世界に引き戻された。

 皆がため息をついて下を向く中、下里が語り始めた。

「私が考えるに、落雷が原因だと思います」

「そう言えば、その後、体が動かなくなりましたよね」

 綾部が、遠い昔の事を思い出すように、目を細めながら言うと、多くの住人が頷いた。

「もしかしたら、SF小説によく出てくる時空の裂け目が、落雷によってA棟の近くにできたのではないでしょうか」

「実際、今迄にタイムスリップが科学的に証明された事例はあるんですか」

 橘が、煙草に火をつけながら下里に聞いた。

「私は、物理学は門外漢ですから詳しくは無いんですが、友人に物理学者がいまして、確か彼の話だとそういう事例は無いと言っていましたね」

「でも我々は、実際にこうやってタイムスリップした」

 草野がじっと地面を見つめながら、呟くように言った。

「人類初ってか」

 野田がそう言った後、綾部の肩をぴしゃりと叩いた。

「じゃぁ、人類初の快挙を祝してもう一回乾杯しますか」

 酔った綾部が悪乗りして、祝杯の音頭をとった。

「かんぱーい」

 皆、一斉に紙コップを頭上に掲げた。そして、一斉に笑いが起こった。

「これは余談になりますが、私の大学にこういう話があります」

 そう言って下里は、昔を懐かしむように、マンションのある南の方角を見つめた。現代であればその方角には、彼が教鞭をとる明修大学が有るはずだった。

「戦時中、明修大学の敷地には最先端の軍事兵器を研究開発する、登戸研究所と言う施設が在ったそうです。731部隊で有名な毒ガスなんかも研究していたようですが、一説によると、瞬間移動の研究も行われていたそうなんです」

「瞬間移動ですか」

 興味があるのか、野田が身を乗り出して来た。

「はい、恐らく軍部としては、敵の陣中に瞬間移動して攻撃したり、戦局が不利な部隊を撤退させたりと、そんな事を考えていたのではないでしょうか」

「どの位、研究は進んでいたんですか」

「はい、ここから先は、大学職員や学生の間で語り継がれてきた、都市伝説みたいなものなので信憑性には疑問が残るんですが」

 そう前置きして、下里はさらに続けた。

「なんでも、瞬間移動は成功したらしいんです」

「おぉ~」

 男たちの間から小さなどよめきが起きた。信憑性は無くても、暇つぶしの物語としては面白そうだったからだ。

「ただ、移動する場所がコントロールできなかったそうです。たとえば、ある者は、多摩川の中に移動して溺れそうになったり、またある物は、丹沢の山の中に移動して遭難しかけたりと」

「結構、近場に移動しましたね」

 一同から笑いが起きた。しかし、下里は、真剣な表情のままさらに続けた。

「それでも、見つかった人はまだましでした。中には何処に移動したか全く分からない人が何人もいだそうです」

「それこそ、勝ちゃんの話じゃないけど大騒ぎになったんでしょうね」

 野田が、下里の紙コップに焼酎を注ぎながら言った。

「ところが、当時、登戸研究所の中で起こった事は、研究内容ははもちろん全てが国家のトップシークレットだったんですね。ですから、たとえ実験で行方不明者が出たとしても、世間はおろか家族にすら報告されなかったそうです」

「時代が違うとはいえ、ひどい話ですね」

 綾部が、空になった紙コップの中を覗きながら言った。それを見た野田が、残り僅かとなったいいちこを綾部に放り投げた。

「ただ、この話には、面白い後日談があるんですよ」

 そう言って、下里はさらに続けた。

「実は、行方不明になった彼らの多くは、場所を移動したのではなく、時空を移動していた。そして、過去に入った彼らは、現代の知識を生かして革命を起こした。つまり、歴史的転換期に出現する天才、源義経や織田信長は、実は彼らだったという話です」

「じゃぁ、俺たちも戦国自衛隊みたいに天下を狙うか」

 野田が綾部の肩に肘を乗せながら言った。

「俺は嫌ですよ、戦なんて。まだ死にたくないですからね」

 綾部は野田の肘を払い除けた。

 その時、馬の嘶きとともに、1人の騎兵と十人の歩兵が寺に近ずいて来た。住人たちが見張りの交代かと思って見ていると、馬から降りた兵士が、近寄って来た見張りの兵士に、1通の書状を手渡した。

 見張りの兵士は、その書状を開いて内容を確認すると

「おい」

 と言った後、手招きをして他の見張りに合図を送った。すると、あちこちの木陰から、次々と見張りの兵士が湧いてくるように集まってきた。

 その後、見張りの兵士たちは去って行った。そして、今到着した兵士の中から2名が寺の中に入ってきた。

「これから、おめぇらの住処に連れていくだで付いて来い」

 住民たちの前に来た兵士の一人が、ぶっきら棒にそう言い放った。そして、もう一人の兵士が

「移動する時は縦1列になって歩くこと、それと、私語は一切禁止だ。もしそれが守れんような奴は」

 そう言って、腰に差した刀を鞘から少し抜いて、また勢い良く戻した後

「良いな、よく覚えておけ」

 そう啖呵を切った。

 兵士のその態度に、不安になったり憤慨したりした住民たちではあったが、この時代に身寄りのない彼らは、兵士の言う事に従うしかなかった。

 寺を出た住人たちは、複雑な感情を抱きながら寡黙な行進を続けた。

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