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多摩川の攻防

 一方、多摩川では本陣が動き出していた。

 黒鹿毛の木曽馬に跨った、鉢巻き姿の難波田憲重を中心に300の兵が川を渡って中州に上陸した。

 それに押し出されるように、鶴翼の陣を敷いていた500の兵が、南の川を渡って小沢勢に襲いかかった。

 しかし数では劣勢でも地の利は小沢勢にあった。上杉勢が動き出すと同時に、彼らはするすると後方の谷戸に逃げ込んで、山の中に消えて行った。

 散々に野次られ罵られた上杉の兵士たちは、ため込んだうっ憤を晴らすべく、と言うよりは、勝ち戦の戦利品に与ろうと、喜び勇んで敵の背中を追いかけて行った。

「引けーっ、そこまでじゃ、引けーっ」

 突然、中州で指揮を執っていた藤堂が、異変にきずいて撤収命令を出した。

 その異変とは、谷戸の谷間に逃げ込んだ小沢の兵が、そこから小沢城に連なる尾根に登って来ないのだ。小沢城に逃げ込むにはこの道が一番近いはずである。

 もしや、谷戸の両脇の山に潜んで、侵入して来た我が軍を挟み討ちにする気なのか。

 もしここで、小競り合いとは言え負けるような事があれば、最初の勝ち戦が台無しになる、そう思った藤堂は、即座に撤収命令を出したのだ。

 使い番からもその命令を伝え聞いた物頭たちは、声をからして兵士たちの突進を引きとめようとした。

物頭とは、百名から、大軍になると千名以上の兵を束ねる指揮官の事である。この軍では、千名足らずの小部隊であるから百人の長と言う事になる。

 その彼らが、どんなに大声で叫んでも、一度火が付いた欲望を、完全に消し去るのは容易ではなかった。兵士の中には、物頭の命令を無視して追撃を続ける者が続出した。

 その時、物頭の一人が馬を飛ばして兵士たちを追い越し、軍勢の先頭に躍り出た。そして、手綱を引いて反転すると、刀を抜いて逆走し始めた。

 血しぶきと共に、先頭集団を形成していた足軽たちの首が次々と飛んだ。十人ほど切った所で兵の動きが完全に止まった。

 呆気に取られて見ていた他の物頭たちが、思い出したように、また撤収を叫び始めた。

 この一人の男の行動は後に、僅かの犠牲で軍全体の敗北を救ったとして、軍の上層部から末端の兵士に至るまで、すべての人々に称賛された。

 撤収が完了して、小沢の兵も去った後、上杉軍は本陣をマンションの中に移した。

「細貝盛直、そちの機転、なかなか見事であったぞ」

 エントランスでは、難波田が、敗北の危機から軍を救った物頭と対面していた。難波田の後ろには藤堂が立っている。

「はっ、恐悦至極に存じます。ただ、足軽たちには可哀そうな事をしました」

 椅子に座っている難波田に対して、25歳の青年将校は片膝をついて床を見つめている。

「なんのなんの、お主のお陰で、その何倍もの命が救われたのじゃ、気にするでない」

「はっ、情け深いお言葉、盛直、心が少し軽くなりました」

「うんうん、誠に殊勝な心がけじゃ。佐内、お主、良い家臣を持ったのう」

 実はこの細貝と言う男、藤堂家の家中の者であった。

 また、藤堂家と難波田家は、寄り親・寄り子の主従関係にあった。

「盛直よ、これからも佐内を助け、上杉家のために励んでくれよ」

 そう言って、一握りの砂金を和紙に包んで手渡した。

 細貝が去った後、今度は、多摩川北岸の村々の名主が入って来た。鎧を着たままの彼らは、難波田の前に横一列に並んで土下座した。

「面を上げよ」

 藤堂のその声を合図に、彼らは床からゆっくりと顔を剥がした。

「今日のそちたちの目覚ましい槍働き、上様に変わって礼を言うぞ」

 難波田にそう言われて、軽く会釈をした彼らの前に、砂金の入った巾着袋が一つずつ勘定方の兵士によって置かれた。細貝が貰った量の5倍はある。

「所で一つ、頼みがある」

 難波田が、両手を両ひざに乗せて身を乗り出して来た。名主たちは、お互いに顔を見合わせた。

「いや、大した事ではない。この城の周りに柵を造りたいのじゃ」

 そう言って彼は、ちらっと斜め後ろに居る藤堂の方を見た。すると、藤堂が一歩前に出て口を開いた。

「人夫は十貫につき一人、それ以上であればなお良し。それから、村の貫高については新たな指出しはまだ故、昔の指出しを参考にさせてもらった」

 それを聞いて、名主たちが色めき立った。

 この時代、城普請や軍役などの人数は、村や郷の貫高(米や麦などの石高をお金に換算したもの)に応じて割り当てられていた。

 城普請の相場は、当時、20貫につき1人である。相場の2倍の要求に名主たちが驚くのも無理はなかった。

「何時までに集めれば」

 名主の一人が恐る恐る聞いた。

「期限は明日の明け六つ(日の出)まで、急を要すること故よろしく頼む」

 そう言って、藤堂が頭を下げた。

 厳しい条件ではあったが、名主たちは彼らの要求を受け入れた。何故なら、今が1年で一番食料が乏しくなる時期だからだ。

 もし、城普請に出れば、食料と手当が支給され、その間、百姓たちは家族を飢えから守ることができる。

 また、名主たちにとっても都合が良かった。

 もし、この要求が農繁期であれば、野良仕事に手が回らなくなった百姓たちが、荒れた田畑を手放して集団で欠落ちする事態にもなりかねない。

 しかし今は、米はもちろん冬麦も作付が終わり農閑期に入っている。軍役にしても普請役にしてもこの時期ならば問題ない。

 早速、名主たちは段取りをつけるためマンションを後にした。

「志村様、少しお待ちを」

 兵士の一人が駒井郷の名主、志村久兵衛を呼びとめた。そして、もう一度エントランスの中に連れ戻した。

 

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