会談2
「きゃー」
その時、住人の間から悲鳴が上がった。その声に驚いている綾部の横を、2階から下りて来た人足の男が1人、裸の人間を負ぶって外へ運び出そうとしていた。良く見ると、背負われている人間には首が付いておらず、その切り口からは血が滴り落ちている。
藤堂が首を振って、何やら後ろの従者の1人に合図を送った。それを受けて従者は、大股で歩き出し、小柄な人足の前に立ちふさがった。
年の頃は40代半ば位であろうが、顔中、髭だらけで小熊のような人足は、従者の怒気に満ちた表情を見ると、急に震えだし、何度も頭を下げた。
しかし、従者の男は表情を変えることなく、刀の柄に手を掛けて、頭を下げ続ける人足の首めがけて切り上げた。
「待ってくれ」
野田が、立ち上がって叫んだ。
刀は人足の首に食いこむ寸前で止まった。
藤堂は腕組みをして、椅子の背もたれに寄り掛かるようにして野田を見上げた。
「これ位で殺すこと無いだろう、藤堂さん」
野田は興奮のあまり、普段、仲間と話す時のような口調になっている。
「軍法に背いたのじゃ、致し方なかろう」
藤堂の口調にも遠慮はない。
「軍法つったって、急きょ決めた事だろう。一生懸命仕事してて、知らなかったかもしれねぇじゃねぇか」
「しかし、お主らも面白いのう」
「何っ」
「先程まで、散々、人をなぶり殺しにしておきながら、いまさら何を言っておるのだ」
矛盾を突き付けられた野田が、返す言葉を見つけられないでいると
「あれとこれとは事情が違います」
横から下里が、助け船を出した。
「どう違うのじゃ」
「あれは専守防衛です」
「どういう意味じゃ」
「それは、攻撃を受けた時のみ、自分たちを守るために戦うという事です。決して、こちらから攻撃する事はありません」
藤堂が腕を組んだまま、ふん、と鼻で笑った。
「成るほど、言葉だけ聞いておると立派に聞こえるが、実際、そういう考え方が受け入れられるとは思えんがのう」
「・・・」
「たとえば、己たちより遥かに大きな敵に攻められた時、他の勢力に合力(協力)を求めねばなるまい。現にお主らは、我々の助勢を受けたお陰で助かったであろう。その合力してもらった相手に、今度、合力を求められた時、お主らが言う、なんと言ったか」
「専守防衛です」
「そう、それが為に合力はできぬ、と申すつもりか」
「・・・」
「そんな都合のよい話が通るわけ無かろう。もしそのような手前勝手な態度をとり続ければ、やがては孤立して滅び去るは必定。それでもお主ら、その存念通せるか」
さすがの下里も、返す言葉を失った。野田は立ったまま、拳を固く握りしめている。
沈黙の中、人足の首に刀を当てていた従者が、おもむろにをれを引き抜き、自らの頭上に振り上げた。
人足は思わず、背負っていた死人をその場に落とし自分もそこえへたり込んだ。そして、観念したのか両手を摺り合せながら、何やら、ぶつぶつと念仏のようなものを唱え始めた。
その時、馬のひずめの音が聞こえて来た。そして、その音が止んだかと思うと、すぐさま砂利をかむ軽快な足音が響いてきた。
「注進、申し上げます」
使番(伝令)が、粉々に壊れて、ぽっかりと口を開けた玄関の前で片膝を付いている。今まさに、目の前で人が切られようとしているにも拘らず、少し下を向いた姿勢で微動だにしない。
それを見た住人たちは
(この時代の人々は、人が殺される事など何とも思っていない)
一様に、そう感じていた。
また、それと同時に、この時代に迷い込んだ自分たちの命も、そこに居る人足同様、粗略に扱われる事を想像して暗い心持になった。
「おい黒崎、もう良い。邪魔だ、放り出せ」
藤堂が、吐き捨てるように言った。
黒崎なる従者は、振り上げていた刀を下して、死体とともに人足を外へ追い出しにかかった。人足は、急き立てられているにも拘らず、住人たちに手を合わせて深々と頭を下げた。そして、死体を引きずって出て行った。
「何じゃ、申せ」
藤堂が、使い番に注進を促した。
「はっ、申し上げます。川向こうに軍勢が現れました。数は、ざっと300」
「小沢城の兵じゃな。まあ、本気では攻めて来ないであろうが、一応、鶴翼の陣を敷いておけ。ただし、いたずらに相手の挑発に乗るなと伝えい」
「はっ。それから、枡形勢を追って行った者どもも呼び戻しますか」
「捨て置け。追撃したと言えば聞こえは良いが、実際には、向かいの村に物取りや人取りに行っただけの事。奴らがどうなろうが、知った事ではないわい」
「はっ」
「以上である」
「はっ、しからば御免」
そう言って、使番はマンションを出て馬に飛び乗った。
藤堂が、腕組みを解いて両手を膝の上に置いた。それから、熱を持った頭を冷やすかのように、大きな深呼吸をした。そして、住人たちをぐるりと見渡した後
「先程は少し言いすぎた様じゃ、許されよ」
そう言って頭を下げた。
それを見た住人たちの間に、一瞬、笑みがこぼれたが、直ぐにまた不安な顔に戻った。また戦になるのか、誰もが十数分前に体験した恐怖を思い出していた。
そこで藤堂は、住人たちに、マンションから安全な場所に避難することを勧めた。当然、彼らもその提案を受け入れた。