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会談1

 エントランスの中央に、住人代表と上杉方の武将、藤堂佐内が、丸いローテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

 住人代表のメンバーは、野田元、下里秀康、草野勇治、綾部正悟である。他の住人は、エントランスに散らばっている椅子やテーブルに腰掛けて、交渉の行く末を固唾をのんで見守っている。

 外は、すっかり戦の前の静寂を取り戻していた。

 本陣はまだ川の向こうに鎮座していたが、500人の兵士たちが整然と並んでマンションの四方を固めている。その近くでは人側たちが、せっせと穴を掘っていた。穴のすぐ傍には、ラクダのこぶのように、掘り出した土の山とその穴にに埋める死体の山が並んでいる。

 藤堂は、前建ての無い質素な兜を脱いで膝の上に置いた。

 露わになったその顔は、頭頂部をそった月代以外は現代の我々と何ら変わりはない。輪郭は細面、顔は鼻筋が通り目は程よく切れ長で精悍な印象を与えた。年の頃は30歳前後であろうか。

「拙者、難波田憲重が家中で、武者頭の藤堂佐内と申す」

 そう言って会釈をした彼の声は、戦のためか元からなのか少し枯れていた。

「えーと、我々は皆この建物の住人で、私はここの理事をやっております、野田元と申します」

 珍しく緊張気味の野田元に続いて、他の3人の代表も挨拶をした。その度に、藤堂は丁寧に会釈を返した。その恭しい振る舞いを見て、住人たちは一様に胸を撫で下ろした。

「さぁ、これからは腹を割って話をしたいと思うが、如何かな」

 そう言って、後ろに立っている兵士に兜を預けた。

 彼の後ろには、従者らしき兵士が2人と、槍を待った護衛の兵士が3人立っている。護衛の兵士は、穂先が天井に当たらないように槍を斜めにして持っていた。また、他の兵士や人足には、会談が終わるまで1階に入って来ないように言い渡してあった。

 勿論、住人たちも、腹を割って話すことに異論はなかった。

「所で各々方、何処から来られた。それと、この石の城どうやって一晩で造られた」

 彼は洋服が珍しいのか、目の前にいる野田をじろじろ見ながら質問した。

 住人代表の3人は一様に下里を見た。周りで見ていた住人たちの視線も、彼に注がれている。やはり、このような時に上手く説明してくれるのは、下里しかいないと誰もが思った。

 住人たちの期待を一身に背負った彼は、気負うことなく、少しだけ身を乗り出して答え始めた。

「私、下里と申します。まず、何処から来たかという事ですが、それは未来です」

 余にも直接的な説明に、綾部は、彼らが理解できるかどうか心配であった。

「みらい、とは、明国の近くか、それとも天竺辺りか」

 藤堂は、首を捻りながらも目は下里を見据えている。

「いえ、500年先の日本です」

 そう言って下里も、藤堂の目を見据えた。

「貴様、我らを愚弄する気か」

 突然、後ろに控えていた従者の1人が刀の柄に手を掛けた。住人たちの中から小さな悲鳴が上がり、綾部は思わず中腰になった。その時、藤堂が手を横に出して彼の動きを制した。従者は、しぶしぶ抜きかけた刀を鞘におさめ、憮然とした面持ちで腕組みをした。

「下里殿、先程、腹を割ってとは申したが、戯言は困る」

 藤堂はまだ、冷静さを保っている。

「戯言ではありません。我々にも、如何してこうなったのかは分かりませんが」

 そこまで言ったところで下里は、綾部から懐中電灯を受け取って藤堂に見せながら

「分かって貰えるかどうか分かりませんが、これがその証拠の1つです」

 そう言うと、懐中電灯を天井に向けてスイッチを入れた。

 日が昇り、外は明るくなっていたが建物の中は少し薄暗かった。そこに、光の柱が立った。

「これは懐中電灯と言って、500年後の行燈のような物です」

「触っても大丈夫か」

 藤堂は、光の柱を指差した。後ろに立っている従者や護衛の兵士も、住人たちの方に目を光らせながらも、ちらちらと懐中電灯の方を気にしている。

「大丈夫です、この通り」

 そう言って下里は、光に手をかざして見せた。それを見た藤堂は、恐る恐る手をかざしてみた。そして安全だと分かると、懐中電灯を手にとって瞬きもせずにライトの中を見つめている。

 下里は畳み掛けるように、上着の胸ポケットから携帯電話を取り出して藤堂に見せた。

「これは携帯電話と言って、遠くの人と話ができる機械です」

 藤堂は、懐中電灯をテーブルの上に置くと、それを受け取りながら

「遠くとは、1里(約300メートル)位か、それとも10里でも大丈夫なのか」

 と下里に聞いた。

「はい、10里でも大丈夫ですよ。異国の人とも話ができます」

「明や天竺でもか」

「はい」

 藤堂の前にいる4人が、一斉に頷いた。他の住人たちは、藤堂の驚いた表情を見て、お互いに顔を見合せながら笑っている。

「どうすれば話せるのか」

 この未知の道具を持て余した彼は、首を捻りながら、それを下里に手渡した。ただ、懐中電灯を見た時よりは、遥かに目が輝いている。実は、密かにこれを戦に利用できないかと考えていた。

 下里は、二つ折りになった携帯電話を開き、藤堂に見せながら説明を始めた。

「携帯電話には、1つ1つに番号が付いています」

 野田や綾部も、自分の携帯電話を取り出した。

「我々は、これをほぼ1人1台持っています」

「子供でもか」

「いえ、さすがに子供は全員とはいきませんが、16歳以上では、ほぼ全員と言っていいでしょう」

 今度は、周りで見ていた住人たちも、それぞれ携帯電話を取り出して藤堂に見せた。その行動には、この会談が、少しでも良い方向に進んでほしいとの願いが込められていた。

 彼らの気持ちが通じたのか、藤堂は、住人たちに向かって一礼した。そして、正面に向き直って、説明の続きを促すように下里の目を見つめた。それを受けて下里も、住人たちに会釈をした後、携帯電話のプッシュボタンを指差しながら話を続けた。

「話が途中になりましたが、先程話しました携帯電話1台1台に割り当てられた番号を、このボタンで打ち込むんですね、そうすると、その打ち込んだ番号の携帯電話に繋がります。そしてお互いに話ができるようになります」

 下里は、まるで子供に話しかけるように、懇切丁寧に説明した。

「実際にやってみてくれぬか」

 藤堂が身を乗り出してきた。

「いや実は、この時代では使えないんです」

 下里が申し訳なさそうに言うと、先程まで生き生きとしていた彼の顔は急に曇り始めた。

「何故じゃ」

 期待を裏切られたためか、それとも疑っているのか語気が荒くなっている。話し合いが始まってからの短い間にも、彼の表情は極端に変化した。それは、最初に見せた恭しい態度の裏に、自分ではコントロールできない程の、激しい気性が潜んでいる証であった。

下里は、携帯電話の通じる仕組みを噛み砕いて説明したが、藤堂の表情が晴れることはなかった。それを見た野田が、話題を変える意味で逆に藤堂に質問した。

「所で今、何年の何月何日なんですか」

「享禄3年(1530年)1月7日でござるが」

 藤堂は、憮然として答えた。

「北条家の当主は今、誰ですか」

 野田のその質問を聞いて、藤堂の表情がより一層厳しくなった。彼は、怒りを含んだ眼差しで虚空を睨むと、僅かに震える唇から絞り出すような声で話し始めた。

「北条とは笑止千万。氏綱めは、朝興様が納める国を盗んだ上に、それを正当化するため得手勝手に北条を名乗っておる。盗人猛々しいとはこの事よ」

 彼の言っている事は、あながち間違いではなかった。後北条氏は元々、伊勢という姓であった。下克上の象徴とされる北条早雲の存命中の名は、伊勢宗瑞である。

 2代目の氏綱も当初は伊勢を名乗っていたが、大永3年(1523年)頃に北条に改姓している。理由は、藤堂が主張するように、相模の国の支配権を正当化するため、鎌倉時代の相模国の守護で執権の北条氏の威光を借りたものと言われている。

「その伊勢氏綱は、どの辺りまで侵略して来ているんですか」

 下里は、藤堂を刺激しないように、慎重に言葉を選びながら質問した。藤堂は怒りを抑え、ここ数年の状況を話してくれた。

 それによると、上杉方は、何とか多摩川で伊勢氏綱の北進を食い止めようとしたが、味方の裏切りなどもあり、残念ながら江戸を始め多摩川の北側を取られてしまった。

 しかし、ここ数年は、修理大夫様の獅子奮迅の活躍もあり、多摩川中流域の世田谷郷から駒井郷では、彼らを駆逐することに成功した。駒井郷での事は、先程、お主らが見ていた通りである、という事であった。

「所でお主ら、先の時代から来たと言っておったが、ならば、これから先の我らの行く末も知っておるであろう」

 藤堂の表情は相変わらず厳しい。

「いえ、歴史については、そのー、恥ずかしながら余り詳しくないもんですから」

 歴史学者の下里が、咄嗟にごまかした。正直に、北条が関東の覇者になる、などと言える雰囲気ではなかった。

「他の者はどうじゃ」

 そう言いながら、彼は前にいる綾部たちを睨みつけた。もう、最初に対面した時の、恭しさは微塵も感じられなかった。

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