守屋くん。
守屋くんと小羽の対話メインです。
よろしくお願いします。
「守屋くん。」
こういうとき何と言うべきなのか分からず、次の言葉が出ない。
お助け屋さんが言ったように、私を心配して来てくれたのだろうか。
守屋くんは私の目の前まで走ってくると、肩を上下させながら言った。
「……隣の、クラスから戻ってきたら…峰岸さんが落ちたって聞いて……
それで、走ってきたんだけど………」
顔が強張っている。
いつもニコニコと愛想が良いだけに、今の顔は初めて見る。彼の真っ直ぐな視線がなんだか痛い。
「ごめんなさい。大袈裟なことになってしまって…」
「何言ってんだよ!!!
全ッ然大袈裟じゃないじゃん!!!!」
「…………!?」
いきなり大声を出すものだから、びっくりした。
「3階から落ちたらフツー助かんない。死んだかと思ったじゃん!」
膝に手をついて、はぁー、と息を吐く。
びっくりしたまま言葉を発しない私を不審に思ったのか、覗き込む。
本当、こういう時ってどうすればいいのだろう。
何を言うのが正しいのだろう。
そんな中、お助け屋さんは私たちから少し距離を置いたところで、くく、と押し込めるような笑い声をあげている。 「何が可笑しいんだよ。
そこの、着物の人。」
むっとした表情になって、守屋くんが言う。
「ははは、これは失礼しました。いやね、お前さんずっとニコニコしてたもんだから、あんまり感情を表に出さんよーな人だと思ってまして。
意外に思ったことすぐ顔に出る方だったんですねぇ。」
それには私も同感だ。
守屋くんは愛想が良くて、いつもニコニコしてるから周りにも煙たがられないで人気者なのだと、そう思っていた。
だけれど、周囲の人が彼に寄ってくるのは、彼が誰にでも心を開いて接していたからだ。
手放しで接してくれる人に悪い気はしないはずだから。
「?ふーん…?それで、えっと……峰岸さんが無事なのって、あなたのおかげ―ですか?」
「ん―――、ま、そゆことになるんじゃない?」
お助け屋さんはしゃがみ込んで、寄ってきた黒猫を撫で回しながら答えた。
生き物でも、猫には触れるんだな。
「…ありがとうございました!!」
「「――――へ?」」
いきなり頭を深々と下げる守屋くんに、お助け屋さんと私は二人して目を丸くした。猫がお助け屋さんの手から、スルリと抜ける。
「俺…は、助けられなかった…から。
―――友達のくせに、なんまできなかった。
だから、ありがとうございました。」なかなか顔を上げようとしない守屋くんを、暫くじぃっと見ていたお助け屋さんは、くすくすと笑って肩をつついた。
細長い棒きれに見える指。それが守屋くんに難無く触れる。
「ほれほれ、もー、顔上げなさんな。
お前さんの気持ち、ちゃあんと受け止めましたから。…それにしても、ねぇ…」
ちろりと私に目を向ける。何だろうと思っていると、
「まぁーったくねぇ…
助けた小羽ちゃんからじゃなくて、そのオトモダチから感謝されるとは思いませんでしたよ。」
大変可笑しそうに笑った。守屋くんは苦笑いを浮かべる。
「……そういえば、そうでしたね。すみません。
忘れてました。
私を助けてくださって、ありがとうございます。
今後は迷惑のかからないようにします。」
「ははは。そりゃ、どーいたしまして―。」
再び黒猫を追いかけ、抱き上げながらお助け屋さんは返事をした。
ふっと目を向けると、守屋くんはどこか不満げな顔で、じっと地面を睨んでいるように見えた。
* * * * * * * *
「教室、多分大変なことになってるから戻ろ。」
そう言ったのは守屋くんで、私は今、そんな守屋くんの後ろをついていくようにして教室に向かっている。
お助け屋さんはと言うと、黒猫がかなりお気に召したらしく、私が外に出てくるまで遊ぶと言って待っている。
それにしても…
「守屋くん、もしかして
怒ってるの?」
お助け屋さんと別れて、校舎に入った辺りから一言もしゃべらず、黙々と階段に足をかけていく守屋くんに、私は声をかけずにはいられなかった。
明らかにいつもと様子が違うし、なんだか纏っている雰囲気がピリピリしている気がする。
いつでも笑っている彼を、私はあまり理解できないけれど、黙り続ける彼も、これはこれで何と言うか…
気味が悪い。忙しく動いていた足が止まり、私は守屋くんの背中にぶつかった。
沈黙。
わぁーとか、キャーとかの声が上の階から膨張して聞こえる。
鮮明すぎるほどに、はっきりと。
「怒ってるよ。ものすごく。」
ひどく静かな声で答える。背中は向かれたまま。
「どうして?守屋くんが怒る必要、ある?」
私の声も、静かに空気中に溶け込んで聞こえた。
「窓から落ちたのは私の不注意だった。悪いのは私だから、守屋くんが気兼ねることは一つもないんだよ。でも、私の行動で気に障る点があったのなら、それは、ごめんなさい。」
正直、どうしたら良いのか全くわからなかった。
一つ一つ、言葉をゆっくり選びながら繋ぐしか術がなけて。
「そうじゃないんだよ。
謝ってほしいんじゃなくってさ。…あー、うまく言えないや。ごめん。
今の忘れていいよ。
ってか、忘れて。」
そう言って、やっと振り返って私を見てくれた。
その時守屋くんは笑っていたのだけれど、なんだか私は、その顔を
ずっと忘れない気がした。
「教室、行こっか。」
どうしてなのかな。
「――うん。」
ねぇ、守屋くん。
どうして、
そんな風にわらうの。
* * * * * * * *
教室に入ると、やはり大騒ぎになっており、私は自分のしてしまったことの大きさに責任を感じないわけにはいかなかった。
事実、守屋くんがいなかったら、あの場は収まらなかったことだろう。
「ねぇっ、峰岸さん、下にいなくない?!」
「え!?嘘だろ!!?
だって、たしかに落ちたって!」
「なんか、途中で霧みたいに消えたって◯◯ちゃんが…」
「なにそれ――!!えっ、峰岸さん霊感あるとか本当だったわけ?!」
「まあ…有り得なくもないんじゃ…」
「どうしよう……ッ、
先生!?先生呼んだ方がいいの!?」
「わわわ私っ、先生呼んでくるっっ!!!!!」
「私も!!」
……私、そんな噂があったのか。
事実だけど。みえるし。
私が茫然と立ち尽くしていると、守屋くんが
「おーい!皆っ、落ち着けって。峰岸さんならこの通り無事!!」
クラスのほぼ全員の視線が、守屋くんの後ろにいる私へ集中する。
…怖い。
その中に、望月璃子の姿はなかった。数秒間、気まずい沈黙が流れたが、すぐにまた、騒ぎ出す。
気がつくと、周りを囲まれて身動きができなくなっていた。
面倒くさい…。
「ちょっ、本当に峰岸さんなの!?幽霊じゃない!?!?」
「こら、ちゃんと見てみろよ。足あるだろが。」
「あ、本当!!」
「ってか何が起こったの!?フツー3階から落ちたら死ぬんじゃ―」
一気に聞かれても、私の口は一つしかないわけだから、どれから答えるべきかわからなくなっていた。
「だーかーらっ!皆落ち着けよ。峰岸さんは今ちゃんと生きてるし、落ちたけど途中で消えてもないから!フツーの人間に、んなことできるわけないじゃん。
たまたま下歩いてた人に助けてもらったんだって。
ね?峰岸さん。」
「あ…うん。そう。」
とりあえず頷く。
守屋くんが言ったことだし、皆すっかり信じたみたいだった。やはり彼の影響力はすごい。
「なーんだ。つか、峰岸さん生きててよかった〜」
「だな。あ、峰岸さん、もうあいつに関わらない方がいいよ!!あいつ、ただ峰岸さんのことひがんでるだけだし!!」
"あいつ"、の指す人物はすぐにわかった。
望月璃子だ。
「ありがとうございます。大騒ぎさせてしまい、すみませんでした。
助言も、参考にさせてもらうので。」
礼と謝罪の言葉を述べ、私は床に散らばったノートや教科書を拾い上げていく。守屋くんや他の人達も手伝ってくれた。
「はい、これで全部だよね。じゃあ、帰ろっか。」
いつもみたいに人懐っこい顔で笑う。
「うん。」
最後の一冊を受けとって頷く。いないとわかっていたが、いつの間にか望月璃子を探す自分がいるのは確かであった。
守屋くんとの別れ際、彼は急に真顔になって言った。
「あのさ、望月のことだけど、あんまし一対一で向かってかない方がいいよ。」
遠くで蝉が鳴いている。
その音が、もっともっと遠くへ、
「心配…してくれているのかな。」
「当たり前じゃん!友達には死んでほしくない!!」
そっぽを向いて頭をかく守屋くんを見て、ああ、男の子だなって思った。
「わかった。敵視を真っ向から受けないように、善処する。ありがとう。」
にっ、と眩しく笑って、守屋くんは走って私とは別の帰路を走って行った。
その背中が小さくなるまで、私はその場から動けずにいたのだけれど、そばにいたお助け屋さんは黙って待っていてくれた。
「………遅刻、だな。これは。」
左手首の腕時計で時刻を確認する。5時33分。33分の遅刻だ。
「んー?バイトーー?」
またこの人は、こっちの説明をかっ飛ばして聞いてくるのだから、テンポが狂う。少しは慣れたけれど。 「はい。いつも月・木は5時からなんです。
すみませんが、ここから走ってバイト先まで行きます。」
「ほいほい。了ー解ー。」
鞄を持つ手に力を入れて、右足を一歩、勢い良く踏み出した。
この二人には、今後更に喋ってもらおうと思ってます。次話、また一人増える予定です。




