零れる涙、大切なもの
少し、お助け屋さんの心情も見え隠れ(?)です。
遥か下に見える灰色、
コンクリートの地面。
不運なことに植え込みも木もない。
落ちてゆく体。
風が頬に当たり、痛い。
スピードが上がってゆくのを感じる。
――私は死ぬのか。
右手に握りしめられた冷たい感触。
それは、どうにかつかみ取ったペンダントだ。
どんどん地面が近づいてくる。
そういえば私は、死んだ魂たちの姿を見ることはできるが、彼らがどのようにしてこの世にとどまり続けているのかは知らない。
死んだ私の魂は、
はたして何処へいくのだろう。
「まったく、無茶をする人だ。」
ふいに声がして、私の体は急降下をやめた。
いつの間にか瞑っていた両目をゆっくり開けてみると、ぶわっと目の前に血のような真紅が広がった。よく見ると、それは着物の裾だ。
一瞬、大輪の紅い花が舞い散っているのかとも錯覚させる。
「…お助け屋さん。」
「うん?」
「私が死んだら、どうなりますか。」
右手は、ペンダントを握りしめすぎて白くなっている。
なぜか、そうしていなければいけない気がしたのだ。
「難しいこと聞くねぇ。
さすがのお助け屋さんでも、お教えできません。
まあ、でも。」
途中で言葉を切る。
そして私をゆっくり地面に立たせる。
「行けるんじゃない?
いきたいところ、
還りたいところに。
だから、ね。
だいじょーぶ。」
白くなった私の右手を、
お助け屋さんは両手で包み込む。
やっぱり、あったかくないなぁ。
「そりゃあね。生きてないもん。」
色素の薄い顔に、笑みを浮かべていた。
銀色の瞳を三日月みたいに細めて。
「―――変ですね。
お助け屋さんは、変です。」
おかしな言葉が口をついて出てくる。
言語を知らない、生まれてまもない幼児に戻ったようだった。自分でも意味が分からない。
「ふはははっ。よく言われます。」
声を上げて彼が笑っているのを見、堰を切ったかのように何かが溢れた。
目の前にいるお助け屋さんの顔が、ぼやけてもう見えない。
どうしたというのだろう。
「…ちが、います。
たしかに、たしかにお助け屋さんは変なのですが、違うんです。そういうんじゃないんです。
うまく言えないんですけれど、――どうしてそんな風に、優しい人みたいに笑うんですか。」
あの時――女の子の母親を空に還したときもそうだった。
普段とは全然違う笑い方をする。
同情でも、意図的でもない。心が見えるから?
相手の求めるものが、そういう笑顔だとわかっているから?
いや、どれも違うのだろう。この人は。 「なぁーに言ってんですかぁ。私よか、小羽ちゃんの方が優しいでしょう。
だって、ほら…」
そう言って、お助け屋さんは握っていた私の右手をそっと開く。オレンジ色の夕日の光が、青い石をやんわりと照らす。光を受けたペンダントは、私の右手の上で美しく輝いた。
「自分の身ぃ投げ出してまで、女の子のためを思ったんでしょう?
おかげでコレは無傷で、綺麗に輝いています。」
透き通るような白い彼の頬に、反射した光が青い影を落としている。
「でもねぇ。」石を見ていたため伏せていた目が、言葉と共にひた、と私を見据えた。
銀色の瞳は、逸らすことを許さない。
ふわふわした雰囲気はなく、思わず背筋が伸びる。
「…もう、こういうのはやめてください。
お願いですから。」
その時、結構な力で右手を捕まれていた。
小枝のように細くて長い指が食い込んで、少しばかり痛い。
「その体は他の誰のでもない。"峰岸小羽"だけのものだ。だから、」
言った途端、お助け屋さんはほんの少し顔を歪ませた、気がした。
どうしてだろう。
でも、すぐにお助け屋さんはいつものふわふわした雰囲気に戻っていたので、私はあまり気にしないことにした。
「もっとも――っと、
体、大事にしなきゃだめですよ―。」
ぱっと、私から手をはなす。するとどこからか、誰かの呼ぶ声。
どんどん近づいてくる。
「おや、どーやら心配して来たようですねぇ。
"オトモダチ"が。」
口の端をにぃ、と吊り上げて妖しげに笑う。
また、いつも通りの笑い方。
「ほら。」
長い人差し指を、私の後ろに向かって伸ばした。
振り向くと
顔を青くした守屋くんが全速力で走ってくるのが見えた。
「峰岸さんっ!!!
生きてる!!?」
夏らしい、軽やかな風が吹いた。
涙は風が、何処かへつれていった。
駆け付けた守屋くんに
小羽は。




