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孤高ノ少女

新たに一人、加わります。

翌朝、目を覚ますとお助け屋さんはいなかった。

彼の寝床と化した窓辺には、几帳面に畳まれた薄い掛け布団が置いてある。

ぼやける視界を覚まそうと、目を擦りながら窓辺に近づく。

白いメモ用紙らしきものが布団の上に乗っていた。

「………?」

拾い上げてみると、綺麗な達筆の文字が並んであった。

"ちょっと出かけてきます。護衛はしっかりやるので心配は無用です。"

右下にはご丁寧に"お助け屋"とまで書いてある。

何用かは知らないが、学校には来てくれるのだろう。

護衛はしっかりやるそうだから。


私はいつもそうしているように、布団を畳み、顔を洗い、朝食をとる。

昨日はスムーズにいかなかった事を流れるようにこなし、7:30きっかりに玄関を出た。

夏陽が眩しい。

そろそろ日焼け止めクリームを購入した方がいいかもしれない。

そんなことを思いながら、一人、学校への道を黙々と歩いた。



「あれっ、今日はいつも通り早いね。」

守屋くんが今日初めて私に声をかけたのは、そんな言葉だった。

彼はいつも授業開始5分前に教室に入ってくる。

もし途中で何か起こったら、絶対遅刻してしまうだろうと思う時間帯だ。昨日は私の方が彼よりも遅くに来るという珍事が起こったけれど。


「おはよう守屋くん。

今日は、何も起こらなかったから…。」

多分、傍らにお助け屋さんの影がないことで感づいたのだろう。

「ああ…なるほどね。」

苦笑を浮かべて言う。

私が自分の席に座ると、

「あの人は?」

「用事があるみたいで、今は外出中。」

「ふーん。そっか。」

間もなくして、先生が前の扉から入ってきた。

生徒たちは弾かれたように友人との談話をやめ、自分たちの席に座る。

男性教師の大声が、授業の開始を告げた。

つい、と一瞬だけ扉の方を見てみたが、誰かが扉を開ける気配はなく、数ミリの隙間もなくしっかりと閉まっている。

お助け屋さんがもし来ても、教室に入れるかどうかあやしいところだ。

さてはて大丈夫なんだろうか……?



気がつけば、既に4時間目が終わろうとしていた。

時間の合間にある10分休憩も含め、お助け屋さんは一度も顔を見せていない。

もしかしたら

もう帰っては来ないのかもしれないな、と思い始めたりもしたが、だったら置き手紙などしないだろうと考え直した。

ついに4時間目終了の鐘が鳴った。生徒たちは一斉に机の上を片し始め、昼食の支度に取り掛かる。

それぞれの思うように、机を友人たちと合わせてゆく。

私は友人を持っていないため、特に移動しない。

生憎今日は飲み物を切らしていたので、わざわざ購買まで出向かなければいけないが。

紅のがまぐちを右手に、私は教室を出た。


購買までの道のりはそこそこ遠い。

私の教室は3階の東側、一番端に位置するため、1書いて西側の購買店へは2階下がって、更に西へ歩かなければならない。

食事の時間が削られる上に、300、400円でパンやら弁当を買うより自らの手で作ってしまった方が財布に優しいため、普段はほとんど利用していない。


「―――――?」


入口付近がやたらと混んでいる。

そこを通らないと品やレジがあるところへ行くことができないというのに…。


「ちょっと――…

何なのあいつら。」

「なんか、恐そーな人達いて中入りにくくなってるんだって。」

「誰か注意してきてよ―」

「無理無理っ!!あいつら超怖ぇって有名じゃん!」

人込みの間から入口を見ると、なるほど、髪をニワトリか何かのように逆立てた男子生徒が3人ほどたむろしている。

結構恐面のようだ。

そんな3人が入口前に立ってペチャクチャと話しているため、他の生徒たちの出入りの邪魔になっているのだ。

周りを気にしない奴ほど迷惑な人間はいない。呆れて息を吐く。

この場合、購買のレジ打ちの人あたりが出てきて注意をするところだが、見たところ今日のレジ打ちは大人しそうな女性で、あまり期待できない。周囲を見回しても勇敢そうな人物は見受けられない。

「無視」するのが一番楽だし、安全な道だけれど…左手首の茶ベルトの時計をちらりと見る。

私は、昼食はじっくり、ゆっくり味わって食べたい派だ。このままだと、その時間を確保することはできない。と、すると。

私は人混みを掻き分けてゆく。


「そこの人、ちょっとどいてもらっていいですか。」


ざわついていたはずの周囲が、一気に静かになる。

恐面の3人――と思っていたが、その中に一人。

私が今までいた位置からはまったく見えなかった、すらりとした体型の女生徒がいた。つまり、入口付近にいたのは4人だった。


「――――は?」

必要以上にスカートを短くしている彼女は、155センチの私を上から見下ろす。つけ睫毛で目が重そうだ、と思った。

「周りが見えていないようだったから言うけど、そこにいられると出入りの妨げ。喋ってるだけなら違うところでお願いできる?」

化粧で飾った目を真っ直ぐ見上げ、彼女に言った。

クラス章を見て、同じ1年生だと分かったので、敬語は不用だと判断した。

「なに、あんた。」私を睨んだまま、茶色くカールされた髪を指ですく。よく見たら、手の爪までもコテコテに飾っていてすごいことになっていた。金がかかってそうだな。

「ま―ぁまぁ、そんな睨んでんなよぉ、リコ。」

「そーだよ、この子めっちゃ可愛いしさぁ、カワイソーじゃん。」

脇から2、3年の男子生徒が彼女にからむ。

彼女はリコという名らしい。

「うっさい。あたし、こーゆー子キライなんだよね。いかにも真面目って感じで。」

言いつつも、私から決して目を逸らそうとしない。

キライなら無理に視界にいれてくれなくていいのに。それより、今は早くどいてくれないだろうか。

「キライならそれでいい。とにかく、そこを空けてくれないかな。」

少しの苛立ちを感じ取られないように言ったつもりだけど、どうだろう。

伝わってしまったかも。

だって彼女の顔がより怒りを含んだのだ。

無理矢理私を押しのけ、彼女は皮肉たっぷりと言わんばかりに、

「本っ当、友達いなそうだよね。」

嘲笑う。

心の深く、もっともっと深くで呻くみたいに。

?ねぇ、それは私だけに向けた言葉……?

後方に歩いていく彼女。

振り返って、彼女に呟く。

「"いなそう"じゃない。

"いない"よ。でもそれはお互い様でしょう?」

茶髪の頭が一瞬ビクリ、と震えた。

そんな気がした。

ちなみについさっき気づいたが、この人、私と同じクラスだ。1-Aのクラス章が見えたのだ。彼女たちが立ち去った後、私は購買でペットボトルのお茶を買って、教室に戻った。

500ミリリットル105円というのは、はたして高いのか、安いのか。

微かに考えてた。



「あっ!!!峰岸さん!

大丈夫だったの!!?」

教室に戻ると、第一声に守屋くんの声が飛んできた。人懐っこい笑顔でなく、真顔だった。

「なんか、大変だったんだって?!購買にいた奴が電話してきてさ。

"お前のクラスの美人が修羅場だ"って。」

「そうなんだ。」

電話をそのようなことに使う人がいるのか。

というか、修羅場……?

「邪魔になってた奴らに注意したらしいじゃん…感謝してるって言ってたけど…」

相変わらず表情が硬いまま守屋くんは言う。

助かった人がいたのならよかった。

「ほんとスゲーよなぁ。

だってあの"望月璃子(モチヅキ リコ)"の集団だろ?

俺らだってこえーもん!!」

守屋くんの隣から口々に男子たちが言う。

彼女の名前は望月璃子というらしいと分かった。

数学の公式は簡単に覚えるのに、どうして私は人の顔と名前をなかなか覚えられないのだろう。"興味がないから"非常に的確な答えがすぐに浮かんだけど、人間として、あまりに哀しい答えである。

すると、守屋くんが神妙な顔付きで、

「なにか、されなかったの?一人で注意して。

望月、結構気が荒いからし、あっちだって複数人だったんでしょ?」 「"あんたみたいな奴、キライ"と言われた。

でも、それだけ。

睨んでたけど、手は出して来なかった。」

「……そっか!

なら、よかったよ!」

よかったのかはわからないが、そんな人であるのならきっと私は運がいいのだな。

自分の席について、弁当の包みを広げる。

ダシ巻き卵に箸をさす。

それを口に入れ、ゆっくり噛み締める。

少し、味が薄かったかもしれない。今度は多めにダシを入れてみよう。



"望月 璃子"


その存在はもう、私には関係ない。

購買での出来事は、終わったこととして考えていた。―――私だけは。


"終わったこと"

私はそう考えていたけれど、彼女―望月璃子はそうではなかったようだ。

それが分かったのは、まさに同日の放課後だった。

担任のHRも終わり、各人が帰り仕度を始めている中、ガシャン、という音と共に望月璃子は1-Aの教室へ入ってきたのだ。

彼女は1-Aの生徒であれけれど、最近では授業すらまともに出席せず、言わば"サボって"いる。ましてやHR終了後に教室に来た。

周囲は沈黙で包まれる。

驚きと恐れの沈黙。冷たくなった空気の中を、彼女は気にも留めずずんずん歩く。

まっすぐ。

私のところへ。


ガァァンッバタンッ


机が蹴りつけられる。

金属の脚の部分が強く床に叩きつけられ、悲鳴を上げた。

とても、嫌な悲鳴を。


「何?」

彼女がすごい形相で睨んできつつも、無言だったので私の方から口を開いた。

しかし、彼女は無言のまま、机に掛かっていた私の鞄を強引に引きはがしたし、それを逆さまにした。

帰り仕度の途中だったため、鞄の口は開いていた。

言うまでもないが、中の物は全て床に吐き出された。

バササッ、カシャンガシャン…ッ

教科書、ノート、弁当袋、ペンケース、本、辞書。

それらが勢い良く床に叩きつけられる音、音。

沈黙の中、ひどく響いた。

「なぁーに、コレ?」

ぶちまけられた私の荷物の中から、望月璃子は長い腕をつい、と伸ばし、何かを拾い上げた。

キラリと美しく光る、青い石。金色の鎖。


「あ。」


思わず出る声。

その反応を見て、望月璃子は楽しそうに笑う。

嫌な笑い方。

しかし、お助け屋さんとは違うそれは、確実に悪意が篭っていた。こちらへ歩みよってくる。片手にペンダントをぶら下げて。

「真面目ちゃんが、何学校に持ってきてんの―?

それとも――、そんなにコレが大事だったり??」


イヤな予感が、する。

同時に心臓の音も速まっていく。

「それ、預かり物だから返してくれないかな。」

淵を黒ではっきりと見せている目を見据える。

刺激をしないよう。

「なーんか必死じゃん。

こんな古臭いモンが大事なんだ―?」

鎖に指を引っ掛けて振り回す。とても軽いものをどうでもよく振り回すみたいに。

そうして私のことをジロジロ上から見下ろす。 「こんなヤツ大事に持ってるくらいなら、新しいの買えば?手伝ってやるからさ。」

そう言って、スタスタと窓際に歩いていく。


「やめて。」

自分でも驚くくらい、低い声が出た。

私は、ペンダントを持って振りかぶろうとしていた彼女の右手を両手で掴んでいた。

"外へ投げられてしまう"そう思ったとき、私の脳裏に膝を抱えて泣く少女と、昨日、微笑みながら光となって消えていったその子の母親が浮かび上がったのだ。

「なんだよ、その目。

はなせよ。

あたしに触んな!」

まだ自由だった左手で、押し飛ばされる。

彼女の力を受け止められるだけの力はなかったので、私は派手に後ろの机に体を強打した。

なんていうか、結構痛い。

「それ、返して。

あなたの言ったように、大事なものなの。

代わりのものがないくらい、大事なの。」

微笑みながら還ったあの人が何を思っていたのか分からないけど、きっと、死んでしまってなお、娘の横にいたいのではないか。

それがたとえ、ペンダントだとしても。

私の自分勝手な想像だと言われてしまえばそれだけのこと。

本当のところは分からない。だけど、大切なものに違いはない。傷モノにするわけにはどうしてもいかないのだ。

「マジうける。こんなもんぐらいで、馬鹿みたい。」笑う、彼女。

なんて軽々しい。

何も知らないくせに、どうして笑う。


「あなたには――…」


私だって"わかる"わけじゃない。

でも、彼女より"分からない"わけじゃないだろう。

だから。



「あなたには、わからない。」





「意味わかんねーよ。」低い彼女の呟きが、教室に響く。

ペンダントを振り回していた手を止めて、形容し難い妙な顔になる。

怒っていると分かるのに、どこかそうではないような。

しかし、次の瞬間、

私は彼女の顔など見てはいられなくなった。


「マジ、うざ。」


その瞬間はあまりに呆気なかった。

スローモーションにすら見えず、ペンダントは彼女の手から滑り落ちてゆく。

気づいた時には、

私の体は教室ではなく

薄ら赤く色付いてきた外にあった。


無意識に、私は窓から身を投げていた。

身を投げた、というのは可笑しな言い方かもしれないが。


夕焼け空のなかを

おちてゆく。

対照的だけど、

どこか似ている。

小羽と璃子、二人はそんな人。

それを少しずつ書いていきたいです(^^)

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