女の子とペンダント
最初の方で、小羽が何故逃げていたか、の理由が明らかになります。
よろしくお願いします。
「は……?カラオケ…?」
「うん、カラオケ行かない?このクラスの奴らばっかだし、みんな峰岸さんと仲良くなりたいんだって。」
放課後、鞄に教科書を詰め込んでいると、守屋くんに肩を叩かれた。
そして、以上の誘いがかかったのだ。
「おやっ?」
お助け屋さんは物珍しそうに守屋くんをジロジロと眺め、終いには髪の毛をツンツン引っ張って遊んでいる。…やめていただきたい。
「なんで突然……」
「お願い!なんなら飲み物奢るからさ。女子もいるし、行こうよ。」
カラッと晴れた夏の空みたいに笑う。
そんな爽やかな顔で言われましても、行きたくないんですが…。
しかし、こうまで必死に邪心なくお願いされると逆に断ることが非常に悪いことのように思えてくる。
心の中が黒いモヤで埋め尽くされた。
葛藤が始まったのだ。
カラオケボックス…となると、入った瞬間そこは密室も同然だ。
もしヤツが来れば、逃げ場がなくなる。それはかなりマズイ。
では、はっきり断ろうか…?
いや、無理だ。
そこまでの度胸は生憎持ち合わせていない。
親切で誘ってくれたのに、なんだか悪い。
しょうがない…。
「えっと、途中いきなり抜けてもいいなら…」
「まじ!?ありがと!大丈夫、全然大丈夫!
よかった―。すっぱり断られると思ってたんだよね。じゃ、早速で悪いけど今から出られる?
峰岸さん、場所わかんないよね?」
「はあ。」
「よし、それじゃあ一緒に行こうよ。案内する。」
「お……願いします…。」
赤いショルダーバッグをしょい始める。
つられて私もチョコレート色の鞄をいそいそと肩に掛ける。
「他のお仲間さんたちは……」
小柄な私より少し上の方にある守屋くんの頭を見上げて尋ねる。
「ああ、あいつらは先行って部屋取りしてるよ。
大部屋取る!って走ってった。」
ははは、と笑う。
そうか。だからいないのか。
ホッとしたような、不安なように複雑な心境で、私は守屋くんに連れられ、カラオケボックスまでの道のりを歩いた。
* * * * * * * *
あとから聞いたことだ。
この時点で、私はヤツらに付き纏われていたらしい。
そういえば
妙にお助け屋さんが静かにしているなと思ったが、それにしても、
何か一言言ってくれれば良いものを。
「だって、面白くない、デショ?」
口の端を嫌な感じに吊り上げて、怪しく笑った。
守屋くんとはえらい違いだ。
そんなことを思ったのも、ずっとずっと後。
全てが終わってからのことだった。
* * * * * * * *
現在の時刻、PM6:37。
辺りは薄暗くなりつつあり、生温い風邪が頬を撫でる。風を感じているということは、外にいるのだとご理解頂けると思う。
では、今私は家路を歩いているのか?
そういうわけじゃない。
そうであれば、よかったと思う。心の底から思う。
――カラオケの後、肝試ししようと言った馬鹿は、一体誰だ……?
「あら、まぁ…」
私の目の前にそびえ立つボロ屋敷を、面白くてたまらないといった感じで見上げるお助け屋さん。
くすんだ麻紐で結われた髪が風で踊っている。
くくくっ、と忍び笑い。
「最近の高校生っつーのは、遊び帰りに肝試しなんかするんですかい?」
それは私だって知りたい。そんな高校生の習慣など知らない。
「一応、言っときますけどね。」
ボロ屋敷の方だけを見て言う。
不快感を煽る無数の笑い声がザァァッという葉音に交じって聞こえた。
「けっこ――危ないかも。」
悪寒より遥かに物質的な何かが、足元からはい上がってくる。
私はそれを見もせずに振り払う。
ギギギィ。
そんな鳴き声が聞こえたかもしれない。
「すみません…護衛、してくださいますか。」
周囲に人がいないことを確認して、声を出す。
向こうの屋敷の門側で、
守屋くんが皆を何やら仕切る声と、ざわめきが聞こえている。「怖いねぇ」「本当に出そう。」
"出ますよ"
と思いながら、見えない人には何も存在しない。
「護衛?言われんでもわかっとりますよ。
そーゆー約束でしょう。」
口角を吊り上げるみたいな笑み。
ザザザァァァァアッ――
不吉な大風。
木々と葉のひしめき合い。
揺れる、青紫。
着物の菖蒲が夢のように舞う。
風に吹かれる彼は不思議で、怪しくて、艶めかしく、かつ非常に美しく見えた。
ただし、それは何とも表現し難い危うさと背中合わせの美であった。
「峰岸さ―ん!」
走り寄って来る守屋くんは、申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめん。カラオケ行くとしか言ってなかったのに。やめようって言ったんだけど、結局やる方向になっちゃって。
12人いるから2人ずつ5分置きに屋敷の1階を回って戻って来ようってことになったんだ。
で、俺余っちゃったから峰岸さんと組むことでいい?」
「ああ…はい。わかりました。」
守屋くんがこういう組分けで余るはずないということくらい、私にだって分かる。彼なりの心遣いだろう。私には友人と呼べる者がいないのだから。これで帰ると言ってしまったら申し訳なさすぎるな、と改めて肝試しに臨む気合いを入れた。
(あ。)
ふいに思い付く。
ここに来てしまったのだから、あの用事も済ませてしまいたい。
「それって、一昨日やろうとしてた用事ですかね。」
「……!」
そんなことまで分かるのか。本当に私のことはまる見えなんだ、とやはり少しの不快感。
隣に守屋くんがいるため、声は出せないことを確認する。
(……まぁ、そうですけど。用があるのは、たしか1階の左から2番目の部屋です。)
比較的端っこの部屋だ。
窓が割れている。 「ちょっと意外だなぁ。
小羽ちゃんが他人から依頼されて、しかも引き受けるなんてねぇ。」
にやにやと笑ってこっちを見てくるを無視することにして
(たしかに、私にしては考えられない行動ですね。
道端に座り込んで泣く子供に近づいて、頼みを聞いてあげるなんて。)
何日か前のことを思い出してみる。
学校からの帰り道。
図書委員の仕事が長引いたせいで、いつもより1時間ほど下校が遅くなった。走ってバイト先へ向かっていた私の視界にその子供はいたのだ。
時刻はもうすぐ5時。
子供はどう見ても小学校低学年ほどの女の子。
そんな子供がぽつり、と一人。
道の端っこで膝を抱えてしゃくりをあげている。
自然と足は止まった。
周囲を見回しても、夕日に照らされる通りには
私と女の子以外の人影は見あたらない。
この子供が泣いている責任を全て私が抱えているという錯覚に陥る。
「ひっ……く……」
電信柱の巨大な陰が、女の子に襲い掛かろうとしている。
気づけばその背中を右手で摩っていた。
びくり、と警戒するみたいに小さな体が大きく震えた。
「――?」
くりくりとした丸い2つの瞳が真っすぐにこちらを見上げる。
「あー……えっと、私は別に変質者ではありません。だから…安心、して。
どうしたのか、気になっただけ……なので。」
黒く濡れた瞳をおどおど動かす。
初めて会う人に背中を摩られて、やはりびっくりしただろう。しかも、子供相手に私も挙動不審が過ぎる。ここはもう、身を引くか……
「…………ペンダント。」
舌ったらずで鼻詰まりの甘ったるい声で、呟く。
「大事、なのに、とっ盗られちゃって、ぽーんって投げられちゃってっ…う゛ぅ――っ」再び泣き始めた彼女の背を、今度は優しく撫でてやる。…おっかなびっくりだったが。
しゃくり上げながらも、一生懸命話そうとする姿は胸に来るものがあった。
「うん、うん。」
頷いて、先を促す。
他に何を言えばいいのか、分からなかった。
話を聞く、だけ。
すると、かなりのことが分かった。
まず一つは、今日の放課後、この子の宝物であるペンダントをクラスの悪ガキが奪ったのだと言う。
そんなに大事なら、どうして学校になど持っていく。
そう思ったが、口にはしなかった。私もそこまで冷血な人間ではない。
二つ目は、女の子が取り返そうとするのを面白がって、お化けが出ると噂のボロ屋敷まで悪ガキが行ったのだ。
さすがに怒った女の子は、その悪ガキ目掛けて木の棒を投げつけた。
それにキレて、ペンダントを屋敷の割れた窓から中へ投げ入れてしまったらしい。
まあ、よくあると言えばよくある話だが。
「とっ、取りに行きたいんだけど……お化け…とか、ユーレイとか恐くってだめなの……っでも!!早く行かないと失くなっちゃう。―――そんなのやだ…っ。」
顔をくしゃくしゃにして言う女の子はすごく必死で、きっと私は心を奪われたのだ。
「わかった。私が取りに行く。だから泣くのやめて、ね。」
びっくりした顔で見上げられ、思わず目を逸らした。
私でさえ、この時の自分の言葉に驚いたのだからしょうがない。
「ほんとう……?」
「うん。3丁目の屋敷のことでしょう?
今日は無理だけど、…今週中になら。
ちゃんと取ってくるから、もう暗いし帰った方がいい。」
手を取って、立たせてやった。幼子特有の甘ったるい体温。
ぷくぷくとした、やや湿り気があるすべすべの手の平。小さい力で握り帰して来る。
「今週の最後の日に、またここで会おう。」
と言うと、とても嬉しくて仕方がないと言うように、ぱぁっと笑って、
「うんっ!ありがとう!!おかーさんがくれたペンダントだから、すごくすごく大事なものだったの。
えっとね、これっくらいの青い石のペンダント。」
小さな右手で直径5センチほどの丸を作って言う。
瞳を濡らしていた涙はすっかり乾いていた。
そうして、女の子はスキップするみたいに帰って行った。
私はその小さな背中から、しばらく目を離すことができなかった。
傍らに、優しそうな女性が寄り添っていたからだ。
「なーるほどねぇ。」
口元に骸骨みたいな手を添え、ほう、と息を吐く。
お助け屋さんは、今の私の回想を丸ごと読んだらしい。
「その女性、死んでますねぇ。十中八九、その子の母親でしょう。」
(やっぱりそうでしたか。 その女性、首に青い石のペンダントを付けていたので、もしかしたらって思ったんです。)
本当に優しそうな人だった。おしとやかな雰囲気の、背中まである長い真っすぐな黒髪。
愛おしそうに女の子を見つめる瞳は、どこか哀しそうで。
「同調しちゃった―?自分自身と、その女の子。」
(親に残された者同士として…ってことですか。
はっきりは分かりません。でもきっと、同調―はあったと思います。少なからず。)
しかし、私にはあの女の子みたいに笑うことはできない。
純粋な輝く瞳で
この世を見ることもできない。
「はいはーいっ!
次、モーリーと峰岸さんね。いってらっしゃーい!」
何人かの女子の歓声で、10分後、私たちは屋敷に足を踏み入れた。
この間来た時よりいくらか明るい。夏になって、日に日に日が延びてきているのを感じ取れた。
「うあー、思ったより中暗いな。懐中電灯持ちたかったら言ってね、峰岸さん。」
そう言って足元をちゃんと照らす。「はい、大丈夫です。気にしないで」ときっぱり言って、屋敷の1階を歩く。
木造の床は歩く度にギィギィ鳴き、次の一歩を踏み出すのがなかなか恐ろしいものがある。
お助け屋さんはと言うと、周囲に集中して職務を真っ当している――と信じたい。
耳を澄ませると、きぬ擦れの音でちゃんと背後にいるらしいことは分かっている。
それにしても、こうも暗いと華やかな着物も闇に溶け込んでしまってよく見えない。
「峰岸さんはさ、こういう所ってどうなの?
やっぱり他の女子みたく、恐くて嫌だったりするのかな?」
「……いや、別に、普通。好きじゃなければ、恐いってこともない。」
「はははっ。そうなんだ?なんか予想通りってゆーか、逞しいな!」吹き出した声は何故かすごく楽しそうである。
私は、変なことを言ったわけではない。このまま黙って歩くのもどうかと思い、面倒くさいが口を動かす。
「逞しくは、ないけれど…。守屋くんはどうなの?
こういうのって好き?」
「んー?」
謎の間が空き、心臓の脈が速まった。
え、私、対話とかあんまり慣れてないけど、今のは普通だったはずだよね?
「俺も、峰岸さんと同じ感じ。好きってわけじゃないし、恐いとも思わないね。俺の見えるものが、俺にとって存在するものなんだし。」
……
意外にしっかりした答えに多少驚く。
それと、変な違和感。
なんだろうか?
「おっ、あとちょっとで突き当たりだ。」
薄闇で、カラッと晴れたみたいな明るい声が灯のように響く。
ふと、一応守屋くんに言っておくべきだと気づく。
「守屋くん、大変申し訳ないのだけど、私探し物をしなければならない部屋があるの。
私のことは構わないでいいので、先に戻ってて下さい。」
顔は暗がりのせいでよく分からないが、きっと、きょとん顔になっているのだろう。雰囲気で分かる。
「えっ?探し物?
だったら俺も手伝うよ。」
「いやいやいや。
私情なのに手伝ってもらうなんて悪すぎる。
守屋くんには全く関係のないことなんだし。」
「遠慮しなくていいよ。
一人で戻るなんてつまんないじゃん。」
「でも、本当、どれくらいかかるか…」
むっ、とした気配。
「言わなきゃ、わかんない?」
……え、怒らせた……?
「女の子一人置いて戻れるかっつってんの。
……わかってよ。」
「へ………」
呆然としている私に、あえて気づかないフリをしたのか、
「おっ、あとちょっとで突き当たりだ。」
薄闇で、カラッと晴れたみたいな明るい声が灯のように響く。
ふと、一応守屋くんに言っておくべきだと気づく。
「守屋くん、大変申し訳ないのだけど、私探し物をしなければならない部屋があるの。
私のことは構わないでいいので、先に戻ってて下さい。」
顔は暗がりのせいでよく分からないが、きっと、きょとん顔になっているのだろう。雰囲気で分かる。
「えっ?探し物?
だったら俺も手伝うよ。」
「いやいやいや。
私情なのに手伝ってもらうなんて悪すぎる。
守屋くんには全く関係のないことなんだし。」
「遠慮しなくていいよ。
一人で戻るなんてつまんないじゃん。」
「でも、本当、どれくらいかかるか…」
むっ、とした気配。
「言わなきゃ、わかんない?」
……え、怒らせた……?
「女の子一人置いて戻れるかっつってんの。
……わかってよ。」
「へ………」
呆然としている私に、あえて気づかないフリをしたのか、 「…どこの部屋?」
と聞いてくる。
訳も分からぬまま、これ以上ややこしくさせる必要もないだろうと思い、
「えっと、ここ…。」奥から2つ目の部屋を指差す。
守屋くんが懐中電灯の明かりを周囲のあちこつに当てて確かめる。
目前には木製の木彫り模様が見事な扉。
残念ながら埃やら蜘蛛の巣やらでくすんでいるが。
ガチャ。
ためらいなく開けられる音。
ドアノブを捻ったのは私ではなく、守屋くんの方だった。
音とほぼ同時に、耳元で囁かれる。
「2歩下がって、小羽ちゃん。」
お助け屋さん……?
何故かもわからず、とりあえず言われた通り2歩下がる。
お助け屋さんの方を見ると、視線は完全に扉の向こう側へと注がれている。
ああ、そういうこと。
――ものの5秒くらいだったと思う。
まず、扉が完全に開くまでが2秒、ヤツが奇声を上げて襲い掛かろうとするまで4秒、そしてたったの1秒くらいでヤツは跡形も無く消されていた。
ということはつまり、お助け屋さんはそのたった1秒でヤツを消したのだ。
今は何もいない空間に向かって、お助け屋さんの細長い指が伸びているため、どうやらその指がヤツに触れて消したと考えられる。
呆然と突っ立ったままの私を不審に思ったのだろう、守屋くんが「大丈夫?」と顔を覗き込んできた。
声が出せず、1回頷いてみせる。
ずんずんと部屋に入っていくと、足元が急に柔らかくなった。
カーペットが敷いてあるらしい。かつて、かなり上質だったものであろうそれは、今ではたっぷりと埃を吸い込みパサパサになっている。
よくよく見渡すと、壁も天井も、今でこそ薄汚れているが、品がある。
以前は結構な金持ちが住んでいたのだろう。
とりあえず今回は、ペンダントを探す理由で来たので、それを実行することが第一だ。
天井や壁を見ていた目を床に集中させる。
守屋くんがそこを懐中電灯で照らしてくれた。
時折「ありそう?」という問いがされるが、なかなか見つからない。
思った以上にこの部屋が広かったせいだ。
どうにか目星を付けようと頭を働かす。
おそらく、ペンダントを投げ入れた窓はあそこで間違いない。
拳1.5コ分窓ガラスが割れている。
そこから小学生の男子がキレてぶん投げたとしても、何メートルもは飛ばないはず。
まあ超人だったら話は別だが。とりあえず今は、超人ではないと仮定しよう。故意的にこの窓からペンダントを入れようとすると、まず間違いなく威力は減る。とすると、せいぜい窓際から1メートル、もしくは1.5メートル以内に落ちる確率が高い。
守屋くんに言って、その範囲を照らしてもらった。
視力は良いので、じっと目を凝らす。
青い石なら、多分明かりが反射する。
結果、ビンゴだった。
「あった。」
見事、窓から1メートル弱の場所にそれは落ちていた。
足早に歩いてさっさと拾う。照らして見ると、宝石だかパワーストーンだかよく分からないけれど、とても綺麗な石だった。
ギリギリ、カーペットの上に落ちたのが幸いして、キズはついていないようだ。
「へー、キレイだね、それ。」
脇から覗き込んで声を弾ませる。同感である。 「ありがとう。
守屋くんのおかげで約束が果たせる。
本当に助かった。」
「約束?ってか、そんな畏まんないでいーよ!俺、何もしてないし!
…じゃ、戻ろっか。」
「うん、ありがとう。」
踵を返し、開け放した扉へ向かって歩こうとした。
「―――――…来るよ。」
肩越しに、恐ろしく低い声一つ。
薄闇に鳴り響く、
水辺の波紋のごとく。
伝染する。
ああ、"コワイ"。
ギギギギギィィィイイッッ
ゆっくりゆっくり、扉は閉まる。逃がすものか、と。
響き渡る断末魔。
終わりなき苦痛に泣き叫んでいるのだろうか。
「あれ、閉まっちゃった!?」
「うん。閉まっちゃった。」
守屋くんが驚いて声を出す。恐くはないようだ。
(大きいのがニ体……いや、三体かもしれない。
あとは小さいけど五、六体…もしくはそれ以上、か…)
とにもかくにも、えらいことになった。
密室となれば苦しいのはこっちの方だ。
逃げるにも逃げられない。
「小羽ちゃんよぉ。」」先程の低い声とは幾分も力の抜けたお助け屋さんの声。
こっちまで力が抜けてしまう。
「私さぁ、疲れるの好きじゃないんだけど。
どうにかならんかね。」
「そんな、私に言われましても…」
「え?何、峰岸さん。」はっ、として口を噤む。
「なんでもない。」
両手を振ってごまかす。
危ない。
(私に言われましても、どうしようもありません。 こういう言い方無責任かもしれませんが、どうにか気合いで頑張ってください。)
「ええぇ―――…」
なんてやる気の無い。
さっきまでの恐いくらいの雰囲気は何処へ。
「そりゃああんた、せいぜい十体くらいだろう、とかお思いのようですけどね、ざっと数えてその倍以上いますからね。」
唇を尖らせて言うお助け屋さんの言葉に思わず息を呑む。
――今なんて………?
「だぁーかーらー、計24体集まってるんですって―。しかも面倒なのがニ体ほど。」
(私、そこまで多くの数に追い掛けられたことないです。なんで今日に限って……)
いくら多くても7体くらいからしか追い掛けられたことがないのに。
「んー……全部が全部、お前さん目当てで来たヤツじゃないよ。」
思慮深そうに言う綺麗な横顔をじっと見つめる。
(それってどういう――…)
全て言い終わらないうちに、空気がギシギシと軋む。地震なんて起こってもいないのに、部屋が揺れるような感覚が襲う。
四方八方から感じる視線、存在感、そして気味の悪い殺意。
喰う気満々らしい。
ふと、守屋くんが先程から静かなのに気づく。
気持ち悪くなったりしていないといいのだが…
「守屋くん、平気?」
「……うん?ああ!平気平気!!ちょっとビビったけどさ。」
「"どうにかしてくれるんでしょ?"」
聞き流してしまいそうな口調でさらりと言ってのけた。
おそらく、いや、完全にそれは私じゃない、もう一人の方へと向けられていた。
お助け屋さんがにやりと笑う気配がする。
それとほぼ同時に、薄墨の闇の中で不気味な音をたてて蠢く物体が、どこからともなく姿を現していた。 かなりね大きさで、前方に一体、もう一体大きいのは右。
あとの何十体は部屋の四隅からどろり、どろりと沸き上がってくる。
本当にたくさんだ。
「守屋くん。」
ちゃんと聞こえるように、できるだけ大きくはっきり言う。
「見えるんだね。」
「――うん。」
守屋くんも私の方を向き、はっきり答えた。
その後、お助け屋さんに、現れたうちの6体は既に悪霊化しているから祓う、と言われた。
悪霊になったものは、もう救うことができないのだとも。
彼等が天国に行くことはない。地獄の底へ堕ちるだけだ。
ただし、その他の霊たちはどうにかなるかも、とのことだ。
優雅に着物を踊らせて、何かの舞をするみたいに霊に触れていくお助け屋さん。その姿を目で追っていると、状況に影響されず陽気な声で守屋くんが話しかけてきた。
「峰岸さんはいつから見えんのっ?
俺は家柄上、物心ついた時から見えてるよ。」 「あまりはっきりとは覚えてない。
気づいたら見えてた。」
霊たちに注意を払いつつ、会話を続ける。
「あれっ、やっぱ覚えてないか―。
峰岸さん、小っさい頃一度うちに来たじゃん。
おばあちゃんと一緒にさ。」
小首を傾げて考えると、思い当たる節が一つあった。
「桜水寺…あのお寺のこと?」
「あぁよかった!覚えててくれたんだ。あん時俺、同い年の子が来てるって親父から聞いて会いに行った。
んで、その子ってのが峰岸さんだったんだけど。」
「ごめん。全然覚えてない。」
桜水寺は、祖母が私の体質を案じてつれて行ってくれた寺。
当時、確か小学4年生。
やっぱり私は、他人への興味が著しく薄くて、人の顔と名を覚えたりするのが苦手だった。
「そうだよなぁ。
俺が"こんにちは"って声かけても、峰岸さん無言で会釈するだけだったもん。
…うおっと。」
話す途中で青黒い物体が襲い掛かってくるのを、軽く身を翻すことでかわす。
見事だ。
「なんていうか…
ごめんなさい。」
「謝んなくていいよ。
高校生になって峰岸さんに会えて本当嬉しかったし。同士の人、なっかなか見つかんなかったんだよね、俺。」ニコニコ笑いながら、今度は三体を同時に交わす。
人間関係にしても、霊のことにしても、本当器用な人だ。改めて私との違いを感じる。
「それにしても、すごいねあの人。
ただの霊とかじゃないんだ?」
「"お助け屋さん"です。
私の護衛をしてくれ、て……………うわ。」
まずいな、これは。
「へ?どしたの…ってうわっ峰岸さん!?」
いつの間にか、両足首をガッチリ押さえられていることに気づく。
床から這いでてきたらしいそいつは、血の通っていない、言うならば死人の肉片のようにひんやりと冷たくべちゃべちゃとして気分が悪い。
……と言うか……ヤバい。吐く……
背筋を悪寒が駆け抜ける。お腹の中を素手で掻き混ぜられるような吐き気。
喉までせりあがってくる物を必死に押さえる。 「このやろっ!!」
守屋くんが足元の半固体状のヤツを引きはがそうとしてくれているが、剥がしても剥がしても悪夢のように元に戻ってしまう。
なんてたちの悪い。
念のため言っておくが、私も私で何もしなかったわけではない。
私なりには頑張ってみた。しかし、それでも私が望むような結果が出なかった。それだけだ。
ついに私も、コイツラに心の臓を喰われて死ぬのかもしれない。
それもまぁ、いい。
そんなに嫌でもない。
意識を手放そうとした、その時だった。
「やだなぁ―もう。
縁起でもないこと思わんでくださいよ。
何のために私がいるか、
わかんないじゃないですか――。」
笑みを含んだ、呑気な声。
その声が、私を再びこの世に引き戻した。
「――――ちょうど、」
どんどん引いてゆく吐き気。強く噛み締めていた口を開いて、声を出す。
「私も思ってたところです。
何のための護衛なんだ、って。」
あんなに重かった両足も、もう軽い。
辺りに細かい光の粒子がキラキラ輝く。
どうやら天界には行けたようだ。よかった。
「はっはっは。
やーっぱしお前さんには敵わんねぇ。
心の臓をあと少しで喰われそうだったのに、"よかった"とは。」
大声で笑うと、すっと私から離れて帽子を深く被り直す。
どうやら次で最後らしい。あちこちで雪のように舞う光を見たから。
守屋くんの「大丈夫っ!?」に答えていると、お助け屋さんはヤツに向かって歩きだしたみたいだった。
カラ、コロ、カラ、
楽しそうな下駄の笑い声。それは暗い所で聞くと、やや恐ろしかったりするのだが。
「こんばんは―。
お助け屋でっす。」
ご丁寧に、自分の身丈を越す大きなカラダをした相手に言う。
触れて天界に還すのではなく、言葉を掛けていく。
「今晩、あなたを助けてみようと思いまして。
よろしいですかね。
このままじゃあ、あんた。行きたいとこ行けないよ。」
お助け屋さんには、
きこえるのだろうか。
こういうカタチで現世に留まってしまった彼等の声が。
私にはきこえない"こえ"が。
「絶対、還しますから。」
細い体が飲み込まれてゆく。
傍らで、守屋くんが息を呑むのがわかった。
ただの黒い物体は
色を白に変え、空中に溶けていく。
儚くて、
美しくて、
目が離せなかった。
「 そっか。 」
呟くほどの小さな声。
微妙に掠れていた。
「あんた、赤子を身ごもってたんだねぇ。」
ほんの一瞬、
あの嫌な笑い方じゃなく、お助け屋さんが微笑む。
優しい人みたいな笑い方。
それに応えたのか、ヤツ、いや、"彼女"はつかの間だったけれど、人の姿を覗かせた。
瞳を涙でいっぱいにしていた気がする。その顔を見て、私は無意識に走っていた。
彼女の方へ。
「その…大丈夫ですよ。」
何を言えばいいのかなんて、分からない。
人の気持ちとか、あまり関係なかったから。でも。
「あなたの娘は、このペンダントを大事にしています。
今はある事情があって私が持っていますが、
あの子は母親のあなたが、きっと大好きです。
だから、その……
どうか心配なさらないでください。」
なんとももどかしかった。
私が言いたいのは、こういうことじゃない。
なのに私は、言葉を知らない。
知らなすぎたのだ。
誰かを励ましたり、
慰めたり…
そんな言葉の術を。
なにも―――…
下を向きたい気分になっている私に、薄れゆく彼女がにっこり微笑む。
微かに
桜色の唇が、言葉を刻んでいく。
「え………?」
何を言っていたかは分からない。
もう一度言って。
聞き返そうとしたけれど、かなわなかった。
ついに迎えが来てしまったようだ。
細かい粒が目の前に広がる。
彼女は還るべきところへ
還っていった。
拳にぎゅっと力を入れ、
瞼を静かに閉じる。
どうか、安らかに。
しばらく黙祷を捧げていると、頭の上に
ぽん、と手の平が乗った。
そのままわしわしと撫でられる。
「――上出来。」
今だ空中を漂う光に照らされるお助け屋さんは、ニィと口端を吊り上げて、わらった。
「"ありがとう"ってさ。」
それを聞いて、私も笑えたのかもしれない。
「あ――…づがれた。
そんじゃ、これにて一件落着ってことで。
戻りましょ――か、お二人さん。」
お助け屋さんの声は、
相変わらずかったるそうであった。
とりあえず、一段落。
次話からちょっとずつ登場人物を増やしていきたいです。




