進め
大変遅くなりました
また書かせていただきますので温かく見守ってくださると嬉しいです(>_<)
よろしくお願いします!!
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「見えるってことは、成仏、してないんだよな?」
「まぁ…そうなるね」
「じゃ、どーしたら成仏するんだよ」
そう言う望月さんは、目に見えて疲れ切っていた。私たちはあれから再びベンチに座り直し、ほんのしばらく沈黙が続いた後、望月さんから口を開いたのだ。
親しげな感じではなかったけど、特別反抗的でもない。
無駄な力が入ってない声だった。
「え。わからない」
「は?あんた、見えんでしょ?そーゆーのってできるもんじゃないの。お祓いとか」
「残念ながらそれは無理。触れたり、話したりはできるよ。けど、他は何もできない」
「ふーん」
口を閉ざす。
なんていうか、不思議であった。
「―信じるんだね、こういう話」てっきり嫌な顔されて、今度こそ公園から出て行かれるかもと覚悟を決めていたのだ。
しかし彼女はすんなり私の言葉を信じたように見える。
「なに、嘘なわけ?」
「まさか」
慌てて首を横に振る。
「勘違いすんな。別にあんたを信用してるんじゃないよ。ユキが―――いや、あんたがさっき言ったこと、その通りだったから」
ユキ…?
友人かなにかの名前だろうか。多分あの"雪"ではないだろう。
多少気になるが、そのことを今問うと、なんだか水を差すみたいだったのでやめておいた。
「目つきとか、鼻辺り、望月さんと似てるよね」
当たり障りのないことを言ったはずだったのだが、
盛大に顔をしかめられてしまった。
「似てねーし。むしろ、あんたに似てんだよ。見た目も、中身も」
似てる…のかなぁ。
なんとも言えずにいると
「――で、あんたさ、どこまでわかってんの?」
先程から質問が続いている。決して話し上手でない私にとってはこの上なく助かるところだ。
受け身の態勢は、能動的より遥かに楽だから。 「先程言ったこと。お姉さんの容姿、名前、それから、最後にあなたに言った言葉。…それくらい」
本当はもう一つ大事なことがあったのだが、今言うことではないので口をつぐんだ。
「ココにいるって……?」
「うん。他に行き場がないみたい」
身体を無くし、魂だけになってしまった者は、とても不安定である。
フラフラと漂うばかり。
大抵の者は流されるまま、導かれるままに空へ還る。つまり、成仏というやつだ。
しかし全てが全て、上手くいくわけではないようで、こうして現世に留まり続ける人がいる。
還れない人がいる。
望月さんの傍らには、いつもお姉さんの存在があった。
「最後の言葉、覚えてる?」
答えは明らかだった。
私は優しくない。
遠回しに彼女に過去を思い出させる。
おそらく、彼女にとってかなり辛かったであろう、過去の記憶を。「――"私なんか死んだ方がいい。
璃子もそう思ってるんでしょう?"って」
望月梢の言葉。
妹に、あんな責めるようなことを言ってしまった。
傷つけた。
そう言って泣く彼女の姿をふと思い出す。黒田くんのように嘲笑ったり、ましてや声を荒げたり感情的になる人ではなく、ただただ静かに涙を流し続けていた。
たしかに、喜怒哀楽が容易に表へ出ないという点で私と望月梢は似ているのかもしれなかった。
「覚えてるに決まってる。あたしの目の前で落ちてったんだから。
知ってんだろ?
飛び下り自殺だ」
「……うん」
望月さんの傍ら、彼女が静かにしたを向く。
細くて長い髪が音も無く肩からこぼれ落ちる。
望月さんは決して、それに気づくことはない。
「クソ姉貴」
吐き捨てるように言う望月さんは、
それを無言で聞いているお姉さんは、
それぞれ何を思い、何に苦しんで、悲しんでいるのだろう。
そして第三者である私は、本当にこれ以上足を踏み入れてもいいものなのか。
また一瞬躊躇う。
足がすくむ。
しかしだからと言って素通りする気にはどうしてもなれない。
「お姉さんが嫌い…?」
「大嫌いだよ、あんなやつ。何でもかんでも手に入れたくせして、あたしがいい子だとか吐かして死にやがった。本っ当、頭の良い奴の考えてることなんて理解できない」
複雑に歪む笑い顔。
妙に虚しく響く理由に、彼女は気づかない。
ふ、と口から空気が洩れた。
「なにが可笑しい?」
ドスを利かせ、脅すようにこちらを睨む。長い睫毛が頬に大きな陰を落としていた。
指摘され、ようやく私は笑っていたことに気づく。
「気に障ったのなら謝る。ごめんなさい。
なんだか、望月さんの言ってることとやってることが矛盾してるから…つい」
彼女の片眉がピクリと動く。聞き捨てならない、といった顔である。
まぁ、故意にこうなるよう仕向けたのだが。
「…どーいうこと……?」「本当に、わからないのかな。多分、望月さん、わかってはいると思うんだけど」
「遠回しな言い方すんな。はっきり言えよ」
苛立ちが伝わってくるような視線を受け止めて、口から出たのは答えではなく、逆に問い。
質問に質問で返すなと、昔誰かに注意された気がするが、はたして誰だったか。
「もう一度きくね。
どうして嫌いな私を―落ちそうな私を助けたの?どうして、お姉さんに似ている私を助けたの?」
苦い顔で唇を噛む。ほら、やっぱりわかっているでしょう。
望月梢が微かに顔を上げる。
「望月さんは私じゃなくて、私と重ねて見ているお姉さんを助けたかったんじゃないのかな。
お姉さんを助けられなかった自分が、悪いと思っているから」微かな風が吹く。
私は自分の右腕を摩った。
「ねぇ、望月さん」
夏のせいなのか、喉が渇くて喋りづらい。
「学校に来て。いい子や優等生でいる必要もないから、学校に来て」
彼女が驚いたようにこちらを見る。私の言葉で望月さんがそのような反応を示したことに、安堵する。
私みたいな非力な声でも届くのだ。
「余計なお世話だ、って叱ってくれていいよ。本来他人が口出していいことじゃないはずだから。
でも、このままじゃあなたは退学になる。それでいいの?」
言いながらも不安だった。特別な友人でもない、むしろ嫌われている私が言うべきなのか。
仕草や声が、嫌な雰囲気を出していないか。ちゃんと耳に届いているか。私は今でさえ、自分が嫌いでしょうがないけれど、ちゃんと人が好きか。
多分、好きなんだ。
好きなはずなんだ。
「そんなの言われる筋合いない。たとえ今あたしが何言ったとしても、あんたにはわかんないんだろーけど」
“あなたにはわからない”そう彼女に言ったことを思いだして、出かかった「そんなことない」を飲み込んだ。急いで代わりの言葉を探す。けれど、矛盾しない言葉は一つしかないことに気づく。素直に言うことが、おそらく一番筋が通っているのだ。
「そうだね。私にはわからない。友人でもないのだから。
そもそも他人の時点で全く違う人間なんだから、無理もないかもね」
夜が濃くなる。
今は一体何時だろうか。
9時を回っているかもしれない。
「でも、」
息苦しいのを我慢して、彼女と向き合ってみたかった。
「退学してどうするの?学校に縛られないで、自由になって、そこには何があるだろう。
今以上にあなたは辛くなるだけだ」
「辛くなんか、」
「嘘」
「は?」
不愉快に歪む口元を、私は思いの外冷静に見ていた。
「そんなの嘘だよ。私の手を掴んだ時、苦しそうだった。あの冬の日に縛られてるのは、お姉さんだけじゃない」
「――るっさい!!」
肩を震わせ、私に向かって吠えた。体いっぱいを使って、私を非難する。
「偉そうに言うな!!見えるからなんだよ!?
嫌いだって言ってんじゃん!あんたに関係ないんだよ!!なのになんで、こんな、
頭突っ込んでくんだよ!」
か細い明かりの下、彼女の目が赤く潤むのがはっきりわかった。
「…親も先生も、あたしのこととっくに諦めてんだ。別に期待して欲しいわけじゃないけどね。出来の良い姉がわけわかんない理由で勝手に死んで、何もない妹が生きてて、皆はっきり言わないけどがっかりしてるよ。自殺したのがあたしだったらよかったって、心のどっかで思ってる」自嘲を口に浮かべる。
笑いたくなどないだろうその口は、あまりに不自然に引き攣った。
“そんなことない”は意味を成さない。
「高校行ったら何か変わるかもって、だからちょっと偏差値高いココ入ったけどさ、やっぱ全っ然変わんない。母親はあの日から壊れたままだし、父親があたしに向ける無関心も、何も変わらない!」
私を睨みつけながら放たれる言葉に、正直どうすべきかわからなかった。
「なんで?!なんで死んだ!!?誰にも、何も言わずに屋上上がって自殺して!
思い詰めてたなら吐き出しゃあよかったんだ。
優等生でいるのが辛かったんなら、不良にでもなればよかったんだ。なんでよりにもよって死ぬことなんか選んだんだ!?
ふざけんなよ、くそ姉貴!!」
怒りとやるせなさと。大嫌いだという私の前で、次々と吐き出す。
彼女の姉は、見ていられなくなったのか、細く白い腕で妹を包み込んだ。
望月さんには見えていないけれど。それでも。
* * * *
全てを吐き出し切った頃には、彼女はもうドロドロに疲れていた。
望月梢がふいに私を見た。―ああ。
「……お姉さんのこと、知りたい?望月さん」
ふっと、彼女の息が一瞬止まる気配。目が合う。
「知りたい、でしょう?」「…………あぁ」
途切れそうな声で頷く。
私は本当に卑怯だ。頭を使うことしか能がない。守屋くんみたいにはとてもできない。
だから、彼女が全てを吐き出し切るまで何度も畳み掛けた。遠回しに誘導したのだ。
ふぅっ、とゆっくり息を吐く。
そして強い思いを持って、息を吸い込んだ。
止まってしまった時間よ、もう一度、
その針を進ませろ。
望月姉妹、完結に向かいます




