cold
璃子の中学生時代に戻ります。
12月のあの日に。
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ピピ――――。
顧問が吹く笛の音が、体育館いっぱいに鳴り響く。
練習中断の合図。
体育館の壁に掛かっている時計で、時刻を確認する。
――11時55分。
お昼休みになるのだろう、と思いながら顧問の元に集まる。
「よし、皆そろったな?今日はもう、練習は終わりにする」
え?
周りと目を合わせ、皆が不思議そうに首を傾げた。
今日は3時までのはずだったのに、何故。
「どうやらこれから雪が更に激しくなるらしい。
この間の時みたいに、バスが止まるかもしれないだろうし、まぁ、とりあえず、家帰って明日の試合に備えろ。じゃ、解散!」ワンテンポ遅れて、はい!と返事をする。
前に整列していた優花が、振り向いてにやりと笑った。
「一応、1時までは体育館は開けておくから、弁当食うなりバス待つなり自由にしろ」最後にそう言って、バスケ部顧問の松尾先生は去って行く。
先週の大雪でバスが止まり、バス通学の生徒が帰路を断たれた。数人であるのならまだ良かったのかもしれないが、生憎この中学では、全校生徒の約半分ほどがバスでの通学だ。あたしも例外ではなく、その日は母親の車で帰宅するしかなかった。そのことに迷惑被った親が多数、学校に苦情の電話をかけたと言う。
多分、松尾先生も二度目は避けたいのだろう。
「りーこっ♪疲れてる?疲れてないよね?
この間オープンしたばっかの喫茶店、すごい人気なんだって。ね、行こ?」とてもいい笑顔で優花が言う。
「―――喫茶店?」
「うん、知らない?りーこちゃん家から歩いてすぐのとこ。
店長さんがすっごい可愛い良い人で、しかもお菓子もランチも美味しいって、地味に評判なの!ねっ、お願い!行こう?」
両手を合わせて上目遣いであたしを見る。
「わーかった!行くよ。ただし誕生日ってことで優花、あんた奢ってよね」
「えー!!まぁ……う〜、わかった!りーこちゃんのために、私っ一肌脱ぎましょう!」
ヤケクソになって立ち上がる優花を見て、あたしは笑った。
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そんなに信じてはいなかったけれど、優花に案内されて行った喫茶店はそれを覆した。
つまり、あたしはその店を気に入った。
どこか懐かしい童謡が流れる店内は、広さこそないものの、穏やかで優しい雰囲気で包まれており、それはどうやら店主の女性のせいでもあるようだ。
童顔で小柄。
花が咲いたような笑顔で話しかけてくれる人だった。元々すぐに誰とでも話せる優花は、帰り際にはもうすっかり彼女と意気投合し、「また来るね、ユイちゃん」と、まるで友達のように接していた。
「うん、またいらっしゃい。今日は冷えると思うから、ちゃーんと暖かくするのよ?
明日の試合頑張って!」
「はい」
自然と口元が綻ぶ。
そうだ、家に帰ったら梢姉にも教えてやろう。
あの人はあたし以上にこういった店が好きだから。それにあの人は勉強し過ぎだ。
テストか何かがあるのかもしれないけど、飯を食う以外は大概部屋に引きこもる。あたしから見たら体に毒だ。冬休みくらい、連れ出さなければ。
「ねっ、気に入った?」
自信満々の笑みを浮かべて、優花が言う。憎たらしくなるほど可愛らしい。
悔しいが、
「まあ………居心地よかったし、美味かったし。
なんか感動した。誘ってくれてありがとね」
言うなり、ガバッと優花が抱き着く。
嬉しくてたまらないといった感じで
「どういたしまして!
お誕生日おめでとう!!」
不満を言おうとした口をつぐみ、自分よりかなり下にある頭にぼそりと呟いた。
「………そりゃどーも」
雪は依然として降り続いている。
音なんかしない。
時折吹く風に身を委ねながら、静かに静かに地上に降り立つ。
また
この喫茶店に来よう。
梢姉を連れて来たら、ユイさんはどんな顔をするだろう。きっとあの優しい笑顔で迎え入れてくれるはずだ。
そうすれば梢姉も
ちょっとは楽しそうな顔をするだろう。
軽く心を踊らせて、あたしは優花と別れた。
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「……あれ、」
鍵穴にキーを差し込み、ぐるりと一回転させる。
普段ならばそれでドアは開くはずだった。
しかし、
――ガチッ。
ドアノブを回しても、確かな手応えが邪魔して開かない。
何故か。それは明らかだ。
最初から、鍵は掛かっていなかった。
おそらく梢姉が帰っているのだろうと直感的に思った。
しかし、それだと妙だ。
梢姉は午後は1時から4時辺りまで塾が入っていたはずなのに。
―――午後1時35分。
梢姉は真面目だ。やると決めたことに対する責任感は人一倍強い。何かなければ、既に普段通り家を出ている時間帯。
首を傾げながら玄関に入った。 「姉ちゃん、帰ってんの?」
少し声を張り上げる。返事はない。
靴を確認しようとしたが、それもない。
とすると鍵を掛け忘れて出かけたのか。
釈然としないまま靴を脱ぎ、リビングで重たいスポーツバックを下ろした。すると、あたしはまた首を傾げなければならなくなった。
――テーブルの真ん中に置かれた、鍵と白い封筒。
銀色の鈴が付いたこれは、梢姉の物で間違いない。
しかし
こんなわかりやすい所に置いて、あの人が忘れるのか。普段であれば絶対有り得ない。あと、この封筒は………?封筒のピンとした角に、心なしか背筋が伸びる。
微かな威圧感。
気のせいだと笑い飛ばし、封筒を開けてみる。
出てきたのは丁寧に三つ折りされた一枚の紙だった。冬のこの季節だからか、微かにひんやりとした手紙。
最初の1行、そして2行を読み、あとはもう貪るように目を走らせた。
―そんな馬鹿な。
嘘だ。
有り得ない。
汗でぐしゃぐしゃになった手紙をそのままに、玄関へ走り出す。
嘘に決まってる。こんなの。
靴も満足にはけないまま、特に深く考えずにあたしは一カ所へ向かう。
何故かあそこしかないと思った。
姉はあそこが好きだから。それにもし、姉にその気があるならば、適当な場所にちがいないのだ。
震える手で、エレベーターの1番上のボタンを押した。
止まらない時間を追いかける。
待って。いかないで。




