小羽と璃子
友達じゃない。
ましてや好かれてもいない。だけど、
彼女は道路寄りに置かれた公園のベンチにたった一人で座っていた。
ここの公園は殺風景であり、たしかブランコとタイヤの遊具くらいしかなかったように思う。
暗くてそのどちらも確認できなかった。
一つだけある電灯は、頼りなさげな明かりを望月さんの上に降り注いでいる。
制服のままの私と違い、彼女はどうやら私服らしかった。
ピンクのパーカーを羽織り、まるで人目を避けているかのようにフードを深く被っている。夜の雰囲気がそうさせるのか、彼女は学校で会うときと比べて大人しかった。
私が彼女の隣に腰を下ろすのを許すくらいに。
お助け屋さんは気を回して、私たちから離れたところに行ってくれた。
普段無神経に振る舞うのに、時々表れるこの気遣いはなんなのだろう。
「こんな時間に、こんな所で…何かあったの、望月さん」
ふん、とそっぽを向いてしまう。
どれだけ私は嫌われているんだろう。
「あんたに関係ない。ってか、あんたこそ、んな時間に制服のままで何やってるわけ。
優等生ヅラして、補導されに来たの?」
「いや、そういうわけではないけど…。
ついさっきまでバイトしてたから」
「あっそ、」
素っ気ない返事をしたきり、彼女は黙り込むと決めたのか、無言になる。
しばらく自分の爪先を眺めていると、ふと思い出す。
「屋上でのこと…ありがとう」
返事はなかった。
彼女はひたすら、俯いているだけで。
「望月さんが腕、掴んでくれなかったら、あそこから落ちてた。
跡形もなくぐちゃぐちゃになって、多分死んでた。
だから、改めてお礼」
"死んでた"
こうして口に出すと、なんて軽い言葉なのだろう。
あの時彼女が掴んで話さなかった私の身体は、あんなに重たそうだったのに。
過去と言うには新し過ぎる記憶。
思い出していると、彼女が口を開いた。
「………あんたなんか嫌いだ」
言葉は今までのものとなんら変わりがなかった。
だが、声色が静かで、掠れていた。
空っぽの胸中から、無理矢理声を引き出すみたいに。
「うん。そうだね」
遠くで虫の鳴き声がする。濃密な温い夏の夜は、やはり賑やかだ。
いつの頃だったのかは忘れたが、ある時を境に私は苦手になった。
「…私も、キライ。ねぇ、どうして助けたの」
自分の声が、どれほど残酷なことを言っているのかは、一応理解している。
命の恩人に言うべきことではないということだって、わかっている。
わかっている。
だから、こんなに痛い。
ただ、彼女は明らかに辛そうにしているから。
そして自惚れでなければ、私が原因の一つだろうから。
私にでもできることは、胸中のわだかまりを少しでも吐き出させてあげること。そのためには、私自身も傷つかなくては。
「大丈夫だよ」「わかるよ」。簡単に言えてしまう言葉では、相手を遠ざけるも同じこと。
生憎、彼女は既に私を嫌っているので、私がいくら最低なことを言っても、まあ、大丈夫かな。
「死んだほうがいい。
そう思うでしょう?
"私なんか、死んだほうがいい"」
ピンク色のフードがピクリと動く。
彼女は静かに立ち上がった。
不思議に思って見上げたが、真っ黒な影に覆われて表情がわからない。唇のグロスが、なまめかしく輝くだけ。
――――――パァンッッ
発砲音かと思った。
高く、大きく、
夜の公園に響く。
しばらく私の耳に余韻を残した。
何秒かの時差があって、ようやく頬に熱を感じる。
望月さんは私をぶったのだ。
「望月さん、痛いよ」
彼女は叩いた右手をすぐポケットに突っ込んでしまったけれど、その手が細かく震えていることはわかっていた。
「なんで、」
浅い呼吸。
低く唸る声。
おそらく青ざめて立っているだろう、望月璃子。
夏だというのに、彼女は体を縮こまらせ、寒そうにしている。
少しやり過ぎたかもしれない。
「なんで、って―」
私もつられて立ち上がる。そうすることで、ようやく目が合った。
弱々しく揺れる、泣きそうな瞳。
ふぅ、と息を吐く。
「望月さんが叩いたから」
「ちがう!」
とうとう睨まれてしまった。これ以上惚けたら殺されそうだ。もう一度、ゆっくり息を吐く。
「―泣いてるの。"私があんなこと言ったせいだ"って」
一歩、望月さんに近づく。
嫌がって一歩下がろうとする彼女の腕を強引に掴む。
逃げないで。聞いて。
そして、できることなら信じてほしい。
私のコトバ。
私のことは、もっと嫌いになって構わないから。
掴んだ手にぐっと力を込める。
「黒髪で色白、左の目元に泣きぼくろ。
望月梢。
望月さんのお姉さん。
合ってるかな」
望月さんの顔が、悔しそうに歪んだ。
他人と自分には近づけない距離があって、私たちはいつも少しだけ怖い。
"ここまでなら大丈夫?"
"ここから先はだめ?"
って。




