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死にたがり

長いでっす(´∀`*)/

黒田くんに関してはこの章で決着が着きます。

よろしくお願いします。



ものすごい量の汗をぼたぼたて零し、今だに短い呼吸を繰り返している。

とても苦しそうだ。

その横には先程殴られた黒田くんが横たわっている。

突然の乱入者に、彼も戸惑って自分を庇えなかったのだろう。

まともに食らったらしく、しばらく立ち上がれそうもない。


「まったく…何やって……っ!!」


ゲホゲホと咳込む。

まさか、学校中を探し回ってくれたのか…

戸惑いながら、恐る恐る背中に手を伸ばす。

ぽんぽん、

叩いてみる。少しでも呼吸が落ち着くように。

特別意識したわけじゃないけど、何時かの明け方にお助け屋さんがこうやって私の背を摩ってくれたことを思い出した。

不思議と、澄んだ気持ちになった。



「……ありがとう。」


だからだろうか。

水が溢れて零れるみたいに、その言葉が口から滑り落ちたのは。


「はっ……………え?」


もう一度、今度はちゃんと聞こえるよう、

「守屋くんありがとう。心配かけて、ごめんなさい。」

動きを止め、一時だけびっくりしたみたいな顔をした。

その後は、体の力を抜いてふっと軽く笑った。

「本当だよ!俺、もう駄目かと思ったんだかんね!?」

手の甲で額の汗を拭う。

スカートをはらって立ち上がった望月さんに目を向ける。

「望月!頑張ってくれてありがとな。怪我とかしてないか?」 「……なんであんたに礼言われなきゃなんないわけ?ったく……わけわかんない」

そりゃそうだろう。

黒田くんが見えないとなると、全く意味不明な現象なのだ。

見える人には存在するが、見えない人には存在しない。

これ、誰の受け売りだったかな。

つまり、望月璃子が気分を悪くするのもご最もだということ。

眉間に深く皺を寄せ、守屋くんを睨む。

そのままスタスタと横を通り過ぎる。


ガチャリ。

ドアノブを回す音。守屋くんはその音に弾かれるように言った。

「望月っ、俺ら幼なじみだろ!何でもいーから話せよ。じゃなきゃ…よくわかんないけど、すっげー嫌なんだよ」

上手く言葉が出てこなくて、じれったい。それが伝わってくる。

望月さんは長い睫毛を何度かしばたかせた。一瞬だけ、きょとんと力を抜いた自然の顔になって、私は初めてしかめっ面以外の顔を見た気がした。

ただし、本当に一瞬のことであったのだが。

彼女は去った。

守屋くんに対する言葉はなかった。

気のせいかもしれない。

けれど私は、彼女の口元がわずかに言葉を口にしようとしてやめたように思えてならない。

彼女は守屋くんに何か言いかけたはずだった。しかしどういうわけか、彼女はそれを口にしなかった。

私がいるせいであるならば、大変申し訳ないことだ。


別に痛むわけではなかったのだが、私はうっすらと赤い跡の付いた自分の右手に、無害の左手をやる。

赤い跡は、望月璃子が必死で私を掴んでいてくれたから付いたものだ。直に消えるだろう。

何もなかったかのように。

「―――大丈夫?」

心配になって守屋くんに問う。少しだけ寂しそうに笑って、大丈夫、と。

「"嫌い"とは言われてないし!」

無理して笑うのは心持ち痛々しく感じられたが、その言葉は紛れも無く本心からくるものなのだろう。力強く響いた。

「ところで、どうしよっか。こいつ」

殴られた黒田くんは、こちらを鋭い目で睨みつつも、大人しく半身を起こした状態でいた。

ゆっくりと、恨めしそうに唸る。

「………んだよ。あと少しだったってのに…………!!」

守屋くんが黒田くんに歩み寄る。そうして自らも、相手に合わせて地べたに座った。

「峰岸さん殺してどうするつもりだったんだ?それから…どうして還らない?それとも還れないのか?」

あぁ、やっぱり守屋くんは守屋くんだ。拳で言うことを聞かせるより、こうやって目線を合わせて話をするやり方の方があっている。黒田くんは舌打ちしたそうな表情だったけれど、やがて諦めたのか、重たげな口を開いた。 「峰岸小羽の命を奪えば、何でも願いが叶う……そう聞いた。

家族のところに帰りたかったから。殺すだけでいいなら僕にだってできるからね。

本人霊感あって触れるし、抵抗しないし、簡単だと思ったんだけどなぁ」

冷たく笑う黒田くんを、守屋くんも私もなんとも言えない顔で見ていた。

守屋くんはきっと、彼の言葉の意味がよくわからなかっただろうし、私だって自分にそんな力があるなんて知らない。前に、お助け屋さんが"私を喰うと力が強まる"と言っていたけれど。

何でも願い事を叶える、なんてのは初耳だ。多分、それは――



「迷子の霊体さんよ、そりゃあ嘘です。小羽ちゃんにそんな力は、ない。」

―――底冷えする、声。

氷結した月の一断片。

眩しい光の中、真っ黒な影が太陽を遮る。

よくよく見ると、それは影でなく、宙に広がる着物の袖。

深い朱の椿が異常なほどに目に焼き付いた。


お助け屋さんは薄い唇をにぃっ、と吊り上げて笑う。

カラン、コロン。

朱色の花緒が付いた下駄が、コンクリートの地面を軽やかに叩いた。一体どこから飛んできたのだろうか。

「まぁーったく、下にいたのはあんたのお仲間さんかい?おかげで大分、骨折れましたよー」

やんわり言って、銀色の瞳をつい、と黒田くんの方へ向ける。

肌に纏わり付く、この温い風と、お助け屋さんの瞳は非常に不似合いだった。

お助け屋さんはあまりに冷えすぎていたのだ。

「別に、仲間じゃない。勝手にあいつらが盛り上がってただけ」

ほーぅ、と老人みたいな相槌。

細い体を揺らしながら、黒田くんへ近づく。

突如、手を振り上げた。

びくついて目を瞑る黒田くんと、着物の袖からあらわになったガリガリの手首。

まさか叩くつもりかと、目を見開いた。が、


わっしゃ。


「―――――――はっ?」

わっしゃわっしゃ。

お助け屋さんは、振り上げた右手を黒田くんの頭に向かって下ろし、髪を掻き混ぜ始めた。

先程の、間の抜けた声は黒田くんのものだ。私だって内心そう思った。

何がしたいのだこの人は、と。

「はっはっはっ。随分と口の悪い餓鬼ですねぇ。彼等が私を引き止めてる隙に、小羽ちゃんを殺るって計画だったんでしょう?

まぁ、この通り失敗してるわけですが」くく、と忍び笑いを隠さない。

喧嘩を売っているのではないんだろうが、傍から見れば完全に馬鹿にしている。現に黒田くんの表情に、そのことは表れている。

「やめろっ。なんなんだ、お前!」

眉間に皺が寄っている。

うっとおしそうにお助け屋さんの手を払いのけた。 「何、って――"お助け屋"ですヨ。ご存知ないですか?」

おどけて言ってみせるが今更効果はない。

「知らない。ただ、噂になってる。厄介なのが来たって」 「はは、厄介者扱いとは酷い。私は、あなた方を還してるだけだっていうのに」黒田くんの目の色が変わった。

探るような目で、問う。

「僕らをかえす?」

「ええ。お困りの方を在るべき所に還す、お手伝い。

それが私の仕事です。

あー、そうですねぇ。

"あなた"も、その対象かな。」

細い人差し指を、ぴしりと黒田くんに向けた。

黒田くんは一瞬、動け無くなってしまったかのように身を固くした。

お助け屋さんの指から、特別な何かが出ているわけじゃないのに、場が、刻が、止まった。


ただただ響くは、淡々とした"声"。

「お仲間さんは、みーんな空に還りました。残るはあなただけです。あなただって、何時までもこの世界に孤独でいたくはないでしょう」私は、そして守屋くんは、じっと見つめるようにしてお助け屋さんの声を聞いていた。

空では大きな大きな雲が流れてきたみたいで、下界に陰を与える。眩しかったから丁度いいと思った。

「…僕は、別に空に還りたいんじゃない!」

噛み付くように吠える。

双方の瞳はなんとも悔しそうで、苦しそう。

私を落とそうとした時と同じで。

「――と、言うと?」

すとん。

お助け屋さんから"表情"と言えるものが全て滑り落ち、無表情になる。雰囲気で、彼は黒田くんの言おうとしていることなど分かり切っているのだとわかった。

わかっている上でなお、黒田くん自身の口から答えを聞きだそうとしているのだ。

「父さんや母さん、姉さん…それから山口に滝沢、中野――…、

あいつらのとこに、帰りたい。

帰りたいんだよ……!!

空じゃなくて、僕を知っててくれる人がいれところにだ!」悲痛な叫びを上げる黒田くんの肩は、よく見ると小さく震えていた。多分、彼は今、慰めの言葉すら求めてはいないのだと思う。

同情も励ましも、突っ返されてしまうだろう。

なぜなら、彼の悲しみは彼だけのものだから。

誰にも100%理解してあげることなんかできやしないのだ。もちろん、私にも。

だからこの場合、"かける言葉が見つからない"というより、"かける言葉を探さなかった"のだ。

既に、何を言っても無駄だと知っている。


「それはつまり、生き返りたいってことですか?」

「――ああ。」

「無理、ですよ」ぐっと、黒田くんが唇を噛み締める。それを見ているというのに、お助け屋さんは顔色一つ変えず、飄々と言ってのける。

まるで、すごく冷たい人みたいだ。

「わかってないようだから言いますけどね。あなた、ご自分が死んでから幾年経ったとお思いですか?もうだぁーれも、ここの世界には生きちゃいません。

言ってる意味、わかりますよね」目を見開き、息を呑む。

やるせない。口元を歪める。

するとやれやれと言った具合に 「頼みますよー、納得してもらわんとこっちだって後味悪いんですから。あなた、まさか悪霊になりたいわけじゃないですよねぇ?」

銀色の瞳を猫の如く細めた。

夏陽の下、背筋がひやりとした。遠慮気味に守屋くんが口を出す。

「なぁ、どうにかして家族とか友達のとこに帰してやれないのか?なんか…」

「"カワイソウ"ですか。そうですね、そう思うのは当然でしょう。まあまあ、そんな目で睨まんでくださいな。あなたを馬鹿になんてしてませんて。

ただねぇ、無理なんですよ。

どんな綺麗事言ったって、人間ってのは一人で生まれて一人で死んでいく。おや、何か言いたそうですねモーリーくん。

"自分だけの力で生まれてこれたわけじゃない"?ははは、それはご両親を言ってるんですかね。

でも生物的に言えばの話でしょう、それは。

実質的には、あなたはたった一人で母体から生まれた。

私が言っているのは、そういう意味での"一人"です。したがって、死ぬ時も同じなんですよ。心中したって一緒に空に逝けるわけじゃない。

霊魂はあまりに曖昧で危うい、不安定なものだから」口にも出していないことをお助け屋さんに明白に言われて、なんとも気味の悪そうな表情の守屋くんに、お助け屋さんはにぃ、と妖しく笑った。そしてそのまま、横にいる私へと視線を移す。

長い前髪と、深く被った帽子のせいで、瞳は見えなかったが。 「おや――、小羽ちゃんも何か言いたそーですねぇ。どうぞ、言っちゃって言っちゃって」

お助け屋さんは、絶対わかっているはずだ。私が何を言いたそうにしているか。

なのにどうして私に話を振ったのだろう。

黒田くんにそうだったように、わかっている上で私に言わせたいのか…。

今、全員の視線が私へと注がれてしまったので、これは許さざるを得ないなと思った。

「私は、死んだら両親のところに行けるものだと思ってました。

例えば墓石…あれは血縁者はみんな同じところに眠るでしょう?

だから私も、今は違うけれどそうやって一緒になれるんだろうなって」守屋くんが、心なしかはっとした顔になった。説明を加えるべきか迷ったが、このまま話を続けることにした。

「気を悪くしたらごめんなさい。黒田くんの気持ち、なんか分かるなって思った。きっと私も還りたいんだ。あの人たちのところ」

この時私は、一体どんな顔をしていただろう。ただ、胸だけが焼けるように苦しかった。

後ろめたいことは何もないはずなのに、真っ直ぐ彼の方を向いて言えない。胸元ばかりが目に映る。温い風は、やっぱり私には気持ち悪くて。 「……だから?あんた、そう言ってるけど、それって早く死にたいって言ってんの?

僕にはそうしか聞こえないんだけど」

私を貫いてしまいそうなくらいの眼光が浴びせられる。どうしてそんな目で見られるのか、わからない。何が彼をそこまで刺激してしまったのか。そして、どうして私はこうも動揺しているのか。

「ちがう。そういうんじゃない。私は、」

"私は"、なんだ?

"私は生きたい"。

そうじゃないの?だったら素直に言えばいい。彼の逃げない視線に向かって、堂々と言い放てばいい。

しかし、私の口は力無く閉ざされたまま動こうとしない。

石になったわけでなく、本当に力が入らなかった。

守屋くんが心配そうに覗き込んでくるのにも知らないふりをし、爪先ばかり見た。

「あんたみたいにさ、明らかに意識がそっちに傾いてる人間、本当イライラする。

ろくに人間真っ当してないくせに。なんで僕が死ぬんだって思うよ。少なくともあんたよりはちゃんと生きられる」

言い返せない。

図星、ということになるんだろう、これは。

「おい、もうよせって」眉を軽くしかめて、守屋くんが制してくれているのが見える。

初めて話した時と寸分も違わず、彼は根っからの優しい性分なんだと思う。本当に。



「辛いのですか。」

私にしか聞こえなかったらしいその声。ぼそり。呟かれたお助け屋さんの声。

少しだけ、ほんの少しだけ顔をあげる。

「そんな筈はないんですけれど…」

先の見えない暗がりを、灯も持たずに彷徨っている感じがして。

どうなのだろう。

これを"辛い"と呼ぶのか?

確かに生きているはず。

それなのに、味気無い。

まるで死んでもなお、漂う浮遊霊。

生きている。

でもきっと、私は死んでいるも同然なのだ。

自分の命さえ、尊く感じることができない。

最低な臆病者。


「ちがうよ、峰岸さん」

え、なんで。

不思議な気分だった。

何も声に出してないのに。

そして多分、初めてだったのだ。お助け屋根さん以外で、心を読まれた感じがしたのは。 「俺、あの時、峰岸さんが平気そうに見えたって言っちゃった手前、偉そうに言えないんだけど…怖かったんでしょ?死ぬかもって思った時、泣いた。ちがうかな?」

"あの時"がいつのことか、すぐにはわからなかった。記憶を巡らせて、私が3階から落ちた時のことを言っているのだと気づく。

「守屋くんの前で私、泣いたっけ?」

すると彼の両目がしどろもどろに動く。「あれ、ちがった!?」失敗した、とでも言うように。

「俺の前で、ってわけじゃないけど、目、ちょっと赤かったから」

違ったらごめんね、と言う声が力無く、小さく肩を縮ませる。驚いた。

「すごい。よく見てるね守屋くん」

苦笑して、話を黒田くんのほうへ戻す。 「お前さぁ、本当に死にたいって思って生きてる人いるわけないじゃん。そんなふうに言うの、すっげー失礼だと思うよ」

不敵な笑みを浮かべる。

ただし、相手を見下すというわけじゃない。

「人それぞれ、思うことあるんだし、他人があれだこれだって決め付けるのってちょっと違うんじゃない?まして、ちゃんと生きてるかどうかなんて他と比べるもんじゃないよ。

誰々よりマシだとか、誰以上、誰以下とか。俺自身、そーゆーの嫌いだな」

「…………ちっ」

なんていうか、正論だった。

突っ込み所がない。

失礼かもしれないけど、守屋くんがこういう真面目な話をするのかと、少々意外だ。

くるりと頭の向きを変える。

「なぁ、"お助け屋"…さん。こいつの還るとこって、あんま良いとこじゃないの?家族も友達もいない、寂しいとこなのか?」訝しげにお助け屋さんを見る。

僅かな救いの光を掴み取ろうと必死に手を伸ばしているみたいだ。守屋くんのこれが、ちゃんと"生きている"顔なんだ。

そして、私に欠けているもの。


クス…


空気が微かに振動する。

笑ったのだ。彼が。

薄い唇を三日月にして。 「いいえ。なんたって、生き返るための神聖な場ですから。現世の人々が"天国"と言って崇めるのも納得いきます。温かい光に包まれた、良いところですよ」

くすんだ茶の髪の間から、銀色を細める。はぁ、と呆れた溜息。

「なんだよ、もう。それって先に言うべきことなんじゃないの」

「あーそうですねぇ。いやぁ、気がつかんで」わざと、か。あからさまにそうとしか思えない。

この人は、一体何を考えているんだろう。

下駄がカラコロと高らかに笑う。細長い黒のシルエットがユラユラと黒田くんに近づく。

「―――と、まぁそゆことっす。還りましょうよ、ね?」

枯れ枝に似たガリガリの手の平をぽん、と黒田くんの頭に乗せた。彼はもうそれを拒まなかった。

「もっかい言いますが、あなたが生きていたあの世界に再び生き返ることはもうできません。

これは絶対です。いいですね」

即答ではなかったが、比較的早く「ああ」と返答した。私には、泣きたいのをひたすら押し殺しているようにしか聞こえなかった。

気の毒だ。

ただその一言に尽きた。

だって、彼は同情なんか欲しがっていない。他に感想を持ってしまったとしたら、おそらくそれは失礼に値する。

ぐっ、と両手に力を込める。

中指の爪が手の平に食い込んだ感触。

それでいい。今は痛みが心地好い。

「じゃ、構えんでいいから、力抜いて。言ったでしょう。

あったかくて良いところだと。

痛いことも辛いことも、寂しいことも全部忘れられます」

唄を詠むような流暢さで、静かに言葉を並べる。白い頬は熱を持たず。

「忘れる………」

その言葉をぽつり、呟く。

瞳の色が哀しい、哀しいと言っている。彼は決して口には出さないだろうけど。

体の輪郭が滲んできた。黒田くんのお腹辺りに、向こう側の景色が透けて見える。


「お前、名前は?」


唐突に、守屋くんが言う。

びっくりして黒田くんは目を見開いた。私も同様だった。

「こうやって出会っちゃったし、話だってした。なのに名前も知らないなんて寂しいだろ。

俺、守屋行人。お前は?」

ほんと、守屋くんは……すごい。一度も笑って見せなかった黒田くんが、最後の最後で声を立てて笑った。

屈託ない、年相応の笑顔だ。

「ははっ!あんた、変な奴だな。本当に住職の息子?全然らしくない。―――柊太だよ。黒田柊太。」

笑いながらも、はっきりと。

「ふぅん、柊太か。覚えとく!」にっ、と、いつも彼が友達にするように、人懐っこい笑み。

守屋くんらしい、別れ方だなと思った。


「――あの!黒田くん。私の名前は―――」

「峰岸小羽でしょ。もう忘れたの?最初にそう呼んだの」

黒田くんのふて腐れたような声に遮られ、全て言い終わらないうちに私の口は閉じた。

「…さっきの、少しは言い過ぎたかも。でもやっぱり、あんた見てるとイライラする。それは全然変わらないから」

守屋くんが苦々しい顔をする。

つくづく、私ってよく人に嫌われるな。好かれているとも思ってなかったけど。

「いえ、もう、黒田くんの言う通りだと思う。私が異常なの。

分かってはいるけど直せなくて。変でごめんなさい」頭を深く下げる。

大袈裟な溜息が聞こえ、「謝ること自体ズレてる」と言われた。

「え…………………」

「守屋、だっけ。お前、こういうのが趣味なわけ?本当に変わってるな」

子馬鹿にする黒田くんに、顔を染めた。口元に左手を押し当て、ひたすら真っ赤だった。

なんだ。

どういうことだ。

あからさまに「なんで!?」という顔をしている。

「うっうるせぇ。いいだろ、別に!!」

黒田くんがそれを見て満足げに笑う。守屋くんに説き伏せられたことを根に持っていたのかもしれない。そのわきで、お助け屋さんがクスクスと隠れて笑っていたのも、私は見逃さなかった。

状況が飲み込めないため、軽く疎外された気分がして悲しい。


「お助け屋、なんか今なら還れそうだ」


笑っていたお助け屋さんが無言で頷き、彼にガリガリの右手を差し出す。「つかまって、」と。

ちょっとだけ戸惑っていたけれど、彼は素直に従った。

私からしたら、生きている人間となんら変わり無かった黒田くんの身体が、仄かな光と共に粒子状になり始める。

改めて、ああ、彼は霊体だったのだと気づかされる。

どうしようもなく、惜しい気持ちになって

「私、よかったって思ってる。黒田くんと会えてよかった。

殺されるかと思った時はびっくりしたけど……なんていうか…ありがとう……?」黒田くんの瞳が意外そうに開かれた、気がした。

気のせいに思えてしまうくらい、一瞬のものだったけど、たしかに。

そのあと、彼はほとんど俯いてしまって顔はよく見えなかった。私は彼の肩が小さく震えているのを見ただけで。


身体全体が、

ほぼ消えかかっていた。



「峰岸小羽、」


そんな中、フルネームで呼ばれ、はっとしてそちらへ向いた。

不機嫌そうな顔がそこにあった。

ほんの少し口を開いて

ぼそりと一言、私に呟く。




耳にそれが流れ込み、私は思わず体を固めた。

黒田くんの言ったことは、私にそれくらいの影響を与えたのだ。

きっと、彼はこれ程私が衝撃を受けているとは気づいていない。

ましてや守屋くんが気づくわけがない。



「じゃあ、な」


そしてぶっきらぼうに言って、あっという間に光の粒となって宙を舞う。

あんなに強気だった黒田くんが、切なげに還っていく様は不思議に思えてならず、同時に心臓がぎゅっと握られるようだった。

見たまま言うならば、

見事に美しかった。

お助け屋さんの黒い袖が、はたはたと無気力に舞う。

表情はなかった。

「………ちゃんと、あいつは還れたのか?」

淡く悲しさが滲んだ声で尋ねる。2秒くらいの時差があって、返事があった。 「ええ。いやぁ、助かりましたよー。モーリーくんのおかげで、強引に還さずに済みました。

小羽ちゃんのことも、よくぞ助けてくれましたねぇ!」

オーバー過ぎるくらいに声色のテンションを上げる。

「別に褒められるほどのこと、してない。峰岸さんのことだって、助けたのは望月で、俺は見つけただけじゃん。

あんたはあんたで、峰岸さんがどこにいるのかわからないって言うから」

「あれ、私そんなこと言いましたっけ?」

細く白い首を、かたりと傾けて不思議そうに言う。

守屋くんはそれ以上に不思議そうな顔になる。

「言ったでしょ。だから俺、あっちこっち走り回って……」

「ごめんね… 迷惑かけて」今はそれ程じゃなくなったが、守屋くんがここに現れた時の汗の量を思い出して思わず頭を下げる。真夏の日に走り回るのは、きっとすごい労働だった。

頭を下げる私を見て、「えっ、あ、いや…」とうろたえる。

その一連の流れを完全に無視するお助け屋さん。

「ああ!!すみませんねぇモーリーくん。実は、居場所はわかってたんですよ。だけど、なんか不気味な容貌の娘はいるし、他に霊体はいるわで面倒でして。

モーリーくんならうまーく場を収めてくれると信じてました!」

清々しく高笑いをする。

不気味な容貌の娘、って、まさか望月さんのことなのか。

失礼過ぎやしないか。

「――――っ!!?なんだよそれ!

もし手遅れになってたらどうするつもりだったんだ!

お助け屋のくせに、職務放棄すんなっ」

顔を真っ赤にしてお助け屋さんに詰め寄る。

蛍光ペン一本分くらいの身長差がある。

守屋くんが小柄なのではない。

お助け屋さんが長身すぎるのだ。守屋くんに睨まれて、両手をお手上げ、という感じでひらひらさせている。 「ははははは」

棒読みで笑い続ける。

壊れたロボットみたいでもある。

いつの間にか、現場は和やかな雰囲気になっていた。夏の陽射しも心なしか微睡んでいる。


優しげな光は、どうやら私にまでは届かないらしい。それとも、単に私が光を遮断しているのか、そこのところは正直私にもわからない。

胸が、腹が、肺が、

冷たい。重い。

今まで感じなかった重力を一身に受けたかのよう。

辛いんじゃない。

ましてや、悲しいなんてことは、絶対にない。



"気づいてないみたいだから、言うけどさ"


呟かれたコトバ。

彼はもう、見えなくなってしまったけれど。


"あんたと同じように、周りがあんたを嫌ってると思ったら大間違いだ。

バーカ"



どうやらこれは、当分消えそうもない。

とんでもない言葉をくれたものだ、まったく。


"バーカ"と言って語調を荒げて見せたようだけど、バレバレである。

周りがみんな、私を嫌いなわけじゃない、というのをわざと遠回しで言ってくれたのでしょう?



恨んでしまいそうなくらいの青空に問いかける。

多分、聞こえていてもそっぽを向いて答えてくれないだろう。

悪いけれど、ちがうんだよ、黒田くん。

たしかに私は私が嫌いなのかもしれない。

これは反論できないけれど。


それ以前に

私が生きてること。

これ自体、私は許せないんだよ。

ねぇ黒田くん。

こんな私を、あなたは"死にたがり"と言って笑うかな。

この章、文字を打ち込む手が疲れました…

次話もまたお待たせしてしまうかと。(>_<)

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