僅かな熱
しばらくぶりの更新です。
色々と私情が忙しく…
とりあえず、夕凪編(?)終了です。
辺りがすっかり薄暗く沈んで、最後のお客を見送った私は、店長に知らせに部屋向かう。
そして静かに引き戸を開けた。
寝ているのを起こすのはなんとも悪い気がしたが、どうしようもない。声もかけずに勝手に帰るわけにもいかないのだから。
「店長、」
一言声をかけると、店長はリスみたいな目をゆっくりゆっくり開けて、私を見て微笑んだ。
傍らの時計を見ている。
あんまりガン見をするのは悪いと思い、その辺を適当に見回していると、やけに視線を感じた。
ちら、と店長を見る。
まじまじと私を見つめている……
……どういう反応をすればいいんだろう……?
何も言えず、店長が口を開くのだけを切に願った。
「……あっ、そっか!もう閉店時間か――。
お疲れ様っ!!峰岸ちゃん♪ほんと助かっちゃった。」
見を起こし、花が咲くように満面の笑みを浮かべて言う。
いつも通りの、幼く人懐っこい笑顔だった。
「…あ、いいえ。ここで働かせてもらっているので、当然です。それで今日一日働いて思ったんですが、私を週7で働かせてください。」
「―――――えっ!!?」
目を丸くして驚く店長。
勝手過ぎただろうか。
それとも迷惑だったろうか。不安になりながらも続ける。 「やっぱり、一人で全部熟すのはどうかと思います。無茶です。
今日だって積もりに積もった疲労が原因なのではないですか?
店長が頼りないから言ってるんじゃありません。
私が、大丈夫ではないのに大丈夫と言う店長を見ているのが嫌なんです。」
"気を遣わせてしまっている"
そう感じでしまうから。
ぐるりと回れば結局自分のため。
案外私も自分勝手なものだ。背後でお助け屋さんがクスクス笑うのが聞こえる。いまいちこの人の笑い所は掴めない。
「―――――っか……!!
店長はなぜか下を向き、肩を震わせている。
どうしたんですか、と言おうとして身を乗り出す。
「も―――!峰岸ちゃん可愛い――っ!!"嫌なんです"って!!
可愛すぎよ――!
でもね、ほんとそうまでしてくれなくていいの。
学校があるのに、今度は峰岸ちゃんの方が倒れちゃうでしょ?
アルバイトさん募集するし!大丈夫!!」いきなり抱き着かれたのには、流石にびっくりした。ピンクがかったフワフワのボブヘアーが頬に当たってくすぐったい。
「…いや、でもすぐに来てくれるわけじゃありませんし。せめてその間だけでも働かせてください。
もし、バイト代を気にしていらっしゃるのならどうかお気になさらず。
心配しないでください。
一生懸命、頑張って働きますから。」
引く気は毛頭ない。
今日一日働いて、大変さに気づいて、それでもなお、店長を一人で働かせるというのは、いくらなんでも人として無理だった。
無視できることではない。
「う―――ん…そうねぇ。確かに私も、そうしてくれると嬉しいんだけどね。
本当に頼んで大丈夫?」
「問題ありません。」
「無理しない?」
「おそらく。」
「限界になる前に、ちゃんと私に言ってくれる?」
「……へ…?」
「言ってくれるわねっ?」
「あ、はい…」
諦めたように笑って、店長は「わかったわ」と頷いた。
「ただし!!週7はだーめ!週4でお願いね。
土日はどっちも空いてる?」
「はい、特に用事はありません。…別に週7で問題ないですが…」そう言うと、店長は唇を尖らせて
「だめ!絶対体壊すもの。
それに峰岸ちゃん、知ってた?」
悪戯っ子の悪巧みが上手くいった時のように、にっこり満足げに笑う。
「夕凪は、水曜はお休みだし、実はね、峰岸ちゃんに働いてもらってる曜日は、平日ではよく混むの。
だから他は私一人で十分足りるわ。
だから月木土日の週4、どれくらいになるかわからないけど、よろしくお願いします!!」
「はい、頑張ります。」
あんまりにも、
店長が嬉しそうに笑うから、私も口元に少し力を入れる。店長に「笑って」と言われたあの時から、一応どうすれば笑っているように見えるのかを研究している。だから多分、ちょっとは大丈夫…と思う。
「はっはっは。固いっすよ、小羽ちゃん。顔、かたいかたい!」
隣で豪快に、隠しもせず笑う。
恨めしく思いつつ無視する。
「では店長、私はそろそろ帰りますが、何かできることなら言ってください。
夕飯とか…もし良ければ作ります。」
2階の別室にある台所に行こうとするのを、店長の「待って、大丈夫だから」に止められる。
幾度か催促したが完全に断られた。
「心配しないで。熱だって戻ったし!自分でできるわ。
それより、いくら夏でも暗がりは危ないんだから、くれぐれも注意して帰るのよ?」
渋々店長の言う通りにすることにして、頷く。
「わかりました。帰ります。
あ、一応厨房とかテーブルとか掃除はしたので特に片付ける必要はありません。
今日はゆっくり休んでください。それから…あの、店長、」 「うん?なに、峰岸ちゃん。」
もぞもぞとポケットから例の物を取り出す。
「余計なことかもしれませんが、これ、食べてくれませんか…?
クッキーの余りです。」
紙に包んだクッキーはどうにか崩れておらず、綺麗な形のまま残っていた。とりあえずよかった。
味はどうだかわからないが…。
「わぁ!!ありがとー!峰岸ちゃんの作るお菓子すき!
大事に食べるわね。」
にこにこ嬉しそうに受け取る店長。お世辞だろうけど、もらってくれたこと自体、私にとっては結構嬉しかった。
「明日も来た方がいいでしょうか。」
店を出る直前、振り返って尋ねるが店長は笑って首を横に振るだけだった。
「暗いから不審者に気をつけてね。峰岸ちゃんみたいな可愛い子は狙われやすいんだから。
今日はほんとにありがとう。
来週テストあるんでしょ?
頑張って勉強してね。"学年トップの峰岸小羽さん"」 「……よく知ってますね。わかりました。頑張ります。
何かあったら絶対電話してくださいね。さようなら。」
一列し、扉を開ける。
いつものように力の抜けるカウベルの音。
木製の扉が微かに軋んで、ギィ、と閉まった。
外は店長が心配するほど暗くはなっておらず、夏の日の暑さを感じないわけにはいかなかった。
流石に今の時間にもなると多少肌寒いが、空気の湿っぽさというか、騒がしさは確かに夏であることを示している。
ぬるい熱を持つ風。
バイト中は邪魔になるため束ねていた黒髪が、それによってサワサワと心地悪そうに靡く。
一方、6歩ほど前を行く着流し男はというと、気分よさ気に鼻歌など歌っている。
カラコロカラコロと下駄の音までもが楽しそうに笑っているように聞こえる。
眩しいくらい派手な黄金色の着物は、今くらいの時間になると丁度よく華やかさが抑えられていると思う。帽子から少量出ている一束のくすんだ色の髪は靡かない。
足元から伸びるはずの影も、ない。
「空気が淀んできましたねぇ。」
陽気な声が、聞こえる。
下駄の音が止んだので、6歩の差を保ったまま私も足を止めた。
この6歩の差は多分これからも縮まることはない。
「―――?……あぁ、たしかに。暑くなってきたからじゃないでしょうか。」
てっきりこの空気の生暖かさについて言っているものと思って答えたが、どうやら違うらしい。
口端をにぃ、と上げ静かに一度首を振った。
ではどういう意味か。
聞こうとする私を拒否するようなタイミングで、お助け屋さんは止めていた足を再び進ませた。
カラン、コロン、と。
しょうがないので私も歩く。
「……………あ、」
歩きながら、何気なく空を見上げてみる。そうか、たしかに"淀んでいる"。
私は宙に何体もの浮遊物を見たのだった。なんてことはない、襲い掛かって来るほどの力を持たない霊たちを。
一体二体であればいつものことだけれど、十、二十ともなると異常にとれる。
しかし、あくまで彼等は浮遊霊なのだから、さして問題はない。
あまり見すぎると寄ってくるので、サッと目を逸らした。 「気ぃつけてくださいよー、小羽ちゃん。そろそろでっかいのが来そーなんでね。」
「でっかいの、ですか。」
故意か、無意識か、
お助け屋さんは「何が」とは言わなかった。
話の流れからして、多分霊関係なのだろう。
そういえば今日、そういうことについての話をしたっけ。
「わかりました。気をつけます。」
答えるやいなや、たった今すれ違った自転車の少年から不審な視線を頂いてしまった。
はっとして口元に手を当てる。
最近、お助け屋さんが常人には見えないということに忘れがちではないか。
今までを思い返して、心の内が穏やかでなくなる。
お助け屋さんて二人だけになると、いけなかった。
すっかり気を抜いてしまって、こういう所でも会話をしてしまう。だから今のように突如誰かとすれ違ったりする際には対応できなくなるのだ。
くくっ、と
忍び笑い。
お助け屋さんの。
「ほんと、気をつけて。」
陶器のような色白な顔に妖しげな笑いを貼付けて、振り返る。
夏の暑さに酔ったのか、頬が少し熱を持ったように感じた。
あと、胸やけに似て、非なるものも。少しだけ。
次回からもっとスピードアップしようと思います。
(書くのも、話の展開も)
どうぞよろしくお願いします。




