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喫茶夕凪

長いこと放置してしまい、読んで下さっている方々…すみませんでした。

今回は久しぶりに夕凪のお話です。…ここの店長、実は結構いい歳だったり。


翌日は休日だったため、制服に着替える必要もなく、私はショートパンツにTシャツという、あまり面白みのない恰好で家を出た。

向かう先は、喫茶夕凪。

前にも言ったが、私のバイトは月・木だけのはずである。

それが何故、今日出向くことになったのか。

それは今朝かかってきた一本の電話が原因だ。

どんな内容なのかというと、

"風邪を引いた。熱が下がらない。他に当てにできる人がいない。だから助けて"

簡単にまとめるとこんな感じだ。

ちなみに店長からのお電話であった。

特に用があるわけでもなく、その上追加の給料を出してくれると言うので了解した。

「店長さん、風邪ですか。大丈夫かねぇ。」

気のない風に、数歩後ろを歩くお助け屋さん。振り向いて見ると、夏の日差しにも負けない、黄金色の袖を優雅に揺らしてみせる。

菊か何かの花が描いてある。

「独身のようですし、色々キツイと思います。

薬は市販のを飲まれたとか。食事は、立つのが辛くてまだのようです。」

一応、家にあった清涼飲水を持ってきた。

あとは適当に食材でも使って粥程度なら作れるだろうから、それを食べさせた方がいいだろう。できれは薬は食後が好ましかったが、仕方ない。

「話は変わりますが、最近霊とかの類をあまり見ないのですが、何かご存知ですか。」

ここのところ、フワフワと漂う力の弱いモノばかりしか目にしていない。

平和は良いことだが、心持ち落ち着かない。

以前は一日置きくらいに腕を捕まれそうになったり、追い掛けられたりしていたから。

もしや、この男のせいだろうかと思ったのだ。

「ふふ〜♪あたり。

小羽ちゃんに会ってから、何度か派手に動いたからね。彼等の情報網、意外と出回るの早いんで多分、それが原因でしょう。

今は集まって、作戦会議ってとこかな――」

それはまた…今後がコワイ。

微塵もそうは思っていないだろうこの男は、軽やかに、高らかに口笛を吹き鳴らす。

歌名は忘れたが、幼い頃によく聞いた童謡のメロディー。

「あ―――、後はアレかな。小羽ちゃんが気づかないとこで闇討ちしてるせいじゃないかなぁ――」

「ああ、そうですか。

……………ヤミウチ?」

何か物騒な単語が聞こえた気がしたが、あえて聞こえなかったことにして、私は歩を進める。


――コロラン、コロラン


気の抜けるカウベルの音は相変わらずだ。

扉を開くと、店長がカウンターで突っ伏しているのが見えた。

カウベルに気づいて、ゆっくり面を上げる。

顔はひどく高揚しており、目は虚ろ。

とにかく病人の顔だった。

「ああぁ……ごめんなさいね、せっかくのお休みなのに。」

途切れそうに、苦しそうに紡がれる言葉。

「気になさらず。

こんなところにいたらダメです。布団に寝てください。開店は10時からですよね?あと2時間ほど……

店長、私が作れるものはサンドイッチ系統のものと、菓子系だけです。

カレーやソースのストックありますか?」

店長を2階の和室へ連れていく。

喫茶夕凪は、店長の家でもあるのだ。

「えぇ、いくらかは…。

でも、今日休日だし、すぐ足りなくなるわ。

いっそのこと、今日だけお菓子限定"夕凪"にしちゃいましょう!!」

賢明な判断である。目をとろん、とさせ、まるで小さなウサギか何かのような可愛らしい姿だけれど、こういう時の判断の早さにおいては私などより大人であると感じる。

「わかりました。では、外にそのようなことを書いて出しておきます。

……大丈夫ですか。」

ぐほぐほと苦しそうに咳き込む店長に言う。

「う、大、丈…夫……」

「喉、痛いでしょう。

ポカリ飲みますか?」

「………のみたい」

コップについだポカリを差し出すと、すぐに受け取り一気に飲み干す。

よほど苦しかったのだろう。あっという間にコップは空になった。 「薬は飲まれたんですよね?本当は食後に飲んだ方が良いのですが、今からでも何かお腹に入れた方がいいかと…。

お粥、食べられますか?

すぐ作ります。」

ややスッキリとした表情でいた店長は、申し訳なさそうに「…お願いします…」と小声で呟く。

普段より数倍、店長が幼く見えた。




「では、そろそろ私は下に戻ります。

もしもの時のために、時々様子を見に来るのでよろしくお願いします。」

「もしもの時って……?」

「………言わずとも、どうかわかってください。」

「…………ハイ。」

なんとお粥を全部平らげた店長は、私が下に下りる際には既に布団に包まっていた。食欲はあるようなので、少し安心する。


「峰岸ちゃん、」


「はい?」


「ごめんね、本当に。」


「謝らないでください。

風邪はしょうがないことです。」


「えっ、と…それだけじゃなくて……

やっぱり、アルバイトさん増やした方がいいかなぁ。こういう時、大変なのは峰岸ちゃんだもん。」

声はしおらしいくせ、優しく微笑んでいる。

何も返せない。

「でも、よかったわ。

峰岸ちゃんがしっかり者で。

今日の夕凪は、峰岸ちゃんに任せた!!がんばれっ。」


「―――はい。」


***********************



ひとつ、わかったことがある。


お昼時のお客様ラッシュが終わり、一息つく。


「一人でこなすって…

とんでもないことだ…。」

思わず独り言を零す。

それくらい大変だったのだ。なんせ息をつく暇がない。正直に言うと、鷹をくくっていた。

どんなに普段混んでいようとも、"今日はお菓子のみ営業"という貼紙を見て、帰る客も少なくはないだろう、と思っていた。

――甘かった。

喫茶夕凪って、こんな人気の店であったか…。

知らなかった。


「おっつかれ―――♪

いやぁ、すごい人でしたねぇ。大丈夫ですか―?

いつもに増して、顔、やつれてますよ――。」

「心配してくださり、ありがとうございます。

――随分楽しそうでしたよね、お助け屋さん。」この男ときたら、そこら辺をフラフラしているかと思えば、オーダーミスやレジ打ちミスの際にはくくくっと忍び笑いを隠さない。

最初のうちは何とも思わないようにしていたが、やはり私も一応人間だ。

少しばかり立腹した。

文句の一つや二つ言いたいところだが、客がたくさんいる手前、不審な行為は禁じなければならなかったので、尚更だ。 「うん。とても楽しかったです。小羽ちゃんがてんてこ舞いになっている姿。」

ははは、と悪びれもしない。怒る気がサーーと音を立てて引いていく感じがした。

「そうですか…。

楽しんでもらえてよかったです…」

文句を言うのは完全に諦める、店長が横になっている部屋の引き戸を極力静かに開けた。

店長の目がこちらへ動く。起こしてしまったか。

「すみません。睡眠の邪魔でしたか?一応、水枕の替えを持ってきたのですが。」

「ありがとー!ちょうど温くなってきたとこだったの―。」

花がぱぁっ、と咲くみたいに可愛らしく笑う。

新しく持ってきたものをタオルに包んでいると、

「大丈夫だった?最近お客さん増えてるから大変だったでしょう?

時々変なお客さんも来るし。」

「はい。大丈夫です。

変なお客さんというのも…特には。」

「くく……、ナンパされてたくせに―。」

横からお助け屋さんが口をはさむ。

…完全に無視する。

「大丈夫でした。全然。

気になさらないでください。」

病人に心配事は毒だと思い、強めに"大丈夫"と言う。 「でも、店長は私が来ない時って、いつもこれだけのお仕事を一人でなさるんですよね。すごいと思いました。」

「そ?ありがと。

慣れればなんてことないのよ。始めはさすがに大変だったけどね。」

ふふふ、と口元に手を添える。咳も治まってきたようだった。

PM1:30から2:00は、お昼休みとしてあるのでまだ余裕はある。

「何故、ここはアルバイトをあまり雇わないのですか?店長の負荷も減るでしょうに。」

「うーん…

それはそうなんだけどね…」

ちょっと困ったように小首を傾げ、微笑む。

しまった、かも。

これは、聞いてはいけないことだったのか。

「あ……えっと、すみません。出過ぎた真似を。

答えなくていいです。」

「えっ?あっ、違うの!

たしかに不自然よね。

小羽ちゃんがそう思うの、当然だわ。あのね?」

にこりと笑って、大きな瞳が私に向けられる。

年齢不詳の若々しい輝き。

「昔ね、――って言っても3、4 年前かな。まだお店始めたばかりの頃だったんだけど、やっぱり一人じゃ何もできなくってね。

二人ほどアルバイトさんを雇ったの。

一人はすごく明るい女の子。もう一人は男の子。対照的で、真面目な子だった。二人とも、とっても頑張って働いてくれたのよ―。それはまう、小羽ちゃんくらいね。」

過去の"告白"。

話してくれないものだと思っていた。

ただ、黙って話を聞く。

「どれくらいだったかなぁ。結構仲良くなってきたなって頃。

お店の売上金、猫ばばされちゃったの。」

「…え」

言葉に詰まる。

店長はそのまま穏やかに言葉を続けた。

「6万円、くらいだったかな。うん十万ってわけじゃなかったんだけど、その当時は全然お客入らなかったから、価値的には高額に感じたのよ。

盗ったの、どっちだと思う?」

大きな二つの目が、私に問い掛ける。

店長の言い方でなんとなく予想がつくけれど、口に出すことは憚られた。

何か言うべきかと困っていると、店長は答えを待たずに言った。

多分、最初から答えさせる気はなかったのだと思う。

「真面目な男の子の方だったの。

初めて会った頃は、ほんと笑わない子で。

それでも、三人でいるときは結構笑うようになってきたと思ってたのに。

仲良くなった分と、信頼してた分、すごく悲しかった。

それから女の子の方は、大学受験をきっかけに程なくして辞めて、男の子は帰ってこなかったわ。…当然だけどね。

それきりアルバイトさんは雇わなくなったのよ。」


"人を信じられなくなったから"?

口には出せなかった。

そのかわり、

「では何故、私を雇う気になったんですか?

私も、その人のように裏切るかもしれないでしょう」

できるだけ静かに言う。

なんとなく、店長の目を見ることができなかった。

「そうね。あの件があってから、正直怖くなったわ。その証拠に、峰岸ちゃんしか雇ってないし。

私が峰岸ちゃんを雇う気になったのはね、あなたが小羽ちゃんだったから、かな。」

首を傾げる私を見て、「なーんてね」と言っておどけてみせた。

「正直なところ、一人で何もかもやるのが限界だったの。それで試しに一人、雇ってみることにしたのよ。で、峰岸ちゃんが来たわけ。それにね、」

一旦口を閉じ、「むー」と唇を尖らせる。

店長が拗ねた時の顔だ。

「働き始めての峰岸ちゃん、全っ然迷惑かけてこないんだもん。良くも悪くもぜーんぶ一人でしょい込んで!!そんな子が、お金盗って私を困らせるとか思えなかった。」心なしか、微かに潤んで見える漆黒の瞳。

濡れてゆらゆらと不安定に揺れる。

少なからず、私は動揺した。

「……あ、店長……?」

「一人暮らしって、ほんとうなの?」

震えつつも、発せられたコトバ。

ふと、不思議に思う。

「?あ、はい。

店長に言いましたっけ?」

「ううん、言ってない。

峰岸ちゃんと同じ学校の子に聞いたの。」ああ、なるほど。

店長は人がいいから、よくお客さんと友達のようになる。それでか。

「言わなくても、さして問題ないだろうと思っていたのですが、面接の時点で言うべきでしたか?」

店長の目が、大きく開かれる。私には、それが驚きを示しているのか、それとももっと他の心情から来るものなのか、わからなかった。

「問題があるわけじゃないけど……じゃあ、両親と折り合いが悪くて一人暮らししてるって、本当だったの?」

随分と色んな噂を教えられたのだな、と思った。

さすがに私も、学校中であまり良く思われていないことは何となく気づいているが。

「いえ、両親はいません。私の我が儘で、一人暮らしをさせてもらっているんです。」

「…いない…………?」

「昔、事故で死んだので。」

店長が変に沈まないようにと、声色を明るくしたつもりが、あまり効果はなかった。

眉根を寄せ、今にも泣き出してしまいそうな、顔。

はっ、として言葉を畳み掛ける。

「あ、その…別に今は全然平気ですし。寂しくもありません。

生活費は叔父や叔母が助けてくださっています。

えっと、そんな顔、なさらないでください。」ふと、守屋くんを思い出す。3階から落ちた日のこと。守屋くんの悲しそうな笑顔。

なんだか店長のそれと、ひどく似ている。

「頼りにならなそうに見えるのはわかってるわ。

でもね、私、峰岸ちゃん大好きだから、ちょっとでも力になりたいの。

それは知ってて欲しかったなぁ。」

小さくニコ、と笑う。

弱々しいこと限りない。

何故、笑うの。


"俺、峰岸さんのこと好きだよ"


頭の中で、守屋くんの言葉が響く。

私を好きだと言った目が、真っすぐだったこともよく覚えている。

しかし、どうして二人とも私に同じことを言うのか。

時計の針が、直に開店時間に差し掛かる。

そろそろ行かなくては。

「気持ち……わからなくてすみません。でも、どうか気を遣わないでください。

店長が頼りにならないわけではないんです。

本当です。…」

ふう、と店長が息をつく。肩の力を抜いたみたいに

「言うと思った!あっ、勘違いしないでね。

別に、峰岸ちゃんに"私を頼りにしてくれ" って強要してるわけじゃないのよ。それだけわかってくれれば、とりあえず良しとします!午後も頑張ってっ!!」

ぱあっと笑い、手を振って送り出してくれる。

泣きそうな顔も、暗い顔も、もうそこには微塵ま無く、呆然とした。

「え………はい。」

間の抜けた返事しか、口を突いて出てこなかった。

こういうのって、"アイソワライ"と言うのだろうか……。少し、違う気がする。なんだ?





「意外でしたねぇー、店長さんのこと。」

店長の寝床を出るやいなや、すぐお助け屋さんが口を開く。ちっともそうは思ってないくせに。

「お助け屋さんに"意外"など、ないのではないですか?たしかに私にとっては初耳で…意外でした。とても。」

厨房にきて、様々な形にかたどったクッキーをオーブンに入れる。

調整ボタンを機械的に押す。ピッピッピッという電子音。

「店長さん、本当に小羽ちゃんのこと大好きなんですねー。」

カラ、コロ…

軽快な下駄音が少し遠ざかっていくのを伝える。

別に追おうともせず、オーブンの前にしゃがみ込んだまま。

「…みんな、私のこと買い被りすぎだと思うんです。私がはたして、大好きだと言われるだけの人間なのか……甚だ疑問です。

お助け屋さん、あなたもそう思っているでしょう?」

カラ、ン。

下駄の音が止んで、水を打ったかのように静かになった。

あ、そうか。

いつも流しているCDの音がないからか。

思い立って、カウンター近くのコンポのスイッチを探す。いまいち機械には不慣れで、誤ってラジカセの取り出し口がカパッと開く。あれ、こっちだったか。

お助け屋さんが口を開いたのは、ちょうど私が再生ボタンを押し当てた瞬間と、あまり差はなかった。私の記憶に間違いがなければ、コンポから"おもちゃのチャチャチャ"が陽気に流れ出す。

「そりゃあねぇ〜。

まあ、私ゃまーだ小羽ちゃんのこと、よくわかってないってのもあるんだと思うんですけどね。

フツーあなたみたいな人間は、ほっとんどの場合虐められるか、引きこもりか、自殺でもしてるんだけどなぁ。」

「そうでしょうね。

私でも不思議です。この性分で生きていけているのが。」

"あなたが小羽ちゃんだったからよ"

どうして私を雇ったのだと聞いた時の、店長の答え。ヤマビコのように頭の端っこで反復する。どうして。どうして?


「面白いねぇ、お前さんは。」

くっくっくっと笑いを押し殺す。全く隠し切れていないけれど。

「面白い、ですか。私は。」

その時、

コロラン、コロランと気の抜ける音。

カウベルの音だ。

お助け屋さんに目配せをして、私は表に出る。

「あ、いらっしゃいませ。」

できる限りの笑顔で、入ってきた二人の男女を迎えた。





「ほんと、おもしろい。

何処まであなたは無自覚なんだか。

さぁて、こっからどう動いていくかな。」


男は黄金色の袖を口元に当て、黒髪の少女に気づかれないようひっそりと笑った。

奥ではクッキーが焼けたようで、ピーーーっと一定の機械音が鳴った。

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