昼ヤスミ〜談話〜
お昼休みのちょっとしたお喋り、といった感じです。
更新、大変遅くなりました…。読んでくださっている方、すみません。
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聞けば、ずっと中庭で黒猫とじゃれ合っていたのだと言う。
黒猫とは、昨日、私が3階から落ちた際、心配して来てくれた守屋くんと助けてくれたお助け屋さんが話しているときに寄ってきた猫である。
黒猫には霊的な力が備わっているとはよく耳にするが、それにしても懐かれたものだ。
私が、「一緒に食べていい?」と聞いてきた守屋くんと弁当を広げている時、お助け屋さんは腕の中に黒猫を抱いてやって来た。
意気揚々として。
「おやおや!二人で昼食とは仲のよろしいことで。
ちゃーんと、お話なさったんですねぇ、小羽ちゃん♪」
にぃ、と口の端を妖しく上げると、色褪せた茶の前髪の間から
ナイフみたいな銀色の瞳が守屋くんの方を見据えた。暫くそのままじっと見ているかと思えば、忍ぶように笑い始める。
「くくくっ…"大切な友達"ですかぁ。そりゃあよかった。まぁモーリーくん、頑張ってくださいな。小羽ちゃんは、なっかなか手強いですからねぇ。」
…たしかに私を友人として接するのは難しいだろうな、と思っていると、守屋くんは顔を赤く染めて「え!?なんで知って…っ!!?」などと言っている。
そういえば、お助け屋さんが人の心を読めるということを、まだ彼に話していなかった。
言うのが遅くなったのをすまなく思いながらそれを説明すると、ますます赤くなる。
こんなに驚かせてしまうとは、思ってなかった。
「うぁー………っサイアク……。」
頭を抱えて言うものだから、お助け屋さんが大笑いする。その震動にびっくりしたのか、腕の中の黒猫が首をソワソワ動かしたりしている。
「ふはっはっは。まあ、急がないことですね。お前さん、知ってるかもしれないですが、小羽ちゃんそーとー鈍いのでね。
はっきり言わんと伝わりませんよ――。」
すごく意地悪に笑って守屋くんの背中をバシバシ叩く。一方守屋くんは嫌そうに顔をしかめながら「うるさい!!」と言って反抗している。
「あの……」
両者が私を見る。
私は疑問をどっちにとも言わず投げ掛けた。
「私、そんなに鈍いんでしょうか。」
二人して顔を見合わせ、ほぼ同時に吹き出す。何事だ。
「はははっ!!!や、ごめん峰岸さん。気にしなくていいよ。別に鈍いとこが悪いんじゃなくて。
うん、気にしないで!
峰岸さんのそういうとこ、好き!」
「はぁ、そりゃどうも…」
さりげなく、"鈍い"と肯定されたことに多少の異議を唱えながらも、礼を言う。そして、止まっていた箸を再び動かし始める。
今朝、少し焦がしてしまった卵焼きを口に入れる。
暫くお助け屋さんと守屋くんは二人で何かを話しているみたいだったけれど、微妙に声を潜めていたために、何を話しているのかは全然わからなかった。黙々と一人で食べるのに専念した。
卵焼きは、見た目ほどひどい味ではないな、などと思っていると、どうやら話は終わったらしい。
守屋くんも箸を握る。お助け屋さんは黒猫に夢中だ。
「そういえばさ、峰岸さんは昨日なんで落ちたの?
よくよく考えてみたら、冷静な峰岸さんがそういう行動に出たのって、よっぽどの理由があってのことじゃん。望月にとんでもないこと言われたんじゃ…?」ああ、そういえば守屋くんは現場に居なかったんだっけ。
素早く頭の中を整理し、話の筋道を立てる。
うん、どうにかまとまってきた。
私は一通りの流れを説明し、守屋くんはそれを頷きながらきく。
ペンダントの捜索を頼まれた件、望月璃子が私を嫌っていること、彼女がペンダントを落とそうとしたこと。主にそんなことを話した。大筋はわかってくれただろうと思う。
期待通り、守屋くんはきき返すことなく話をわかってくれ、同時にペンダントがいつかの屋敷で見つけたものだということも、言わずともわかってくれたので助かった。
「ああ!あの青いキレーな石のやつか!たしかに大事なものに違いないけどさ、やっぱ峰岸さんて凄いよ。俺、そこまでできないと思う。」
「いや、そんなことは…」
私は、守屋くんの方が凄いと思うのだが。
それを言うと、話が前に進まないことはわかっていたので敢えて口にしない。
「んで、ペンダントはいつ返すの?今週中だっけ、女の子との約束は。」
「うん。だから明日行ってみようと思ってる。」
「そっか」と守屋くんがにこやかに顔を緩ませる。
「喜ぶね、その子。それにしても峰岸さん、いつ、何時に、とかキッチリ決めなかったんだね?」
「………!」
時間…………
しまった。
「え、どうしたの?峰岸さん?顔、めっちゃ恐いんですけ、ど……
……あ!もしや無意識?」
あんな小さな子を、ここ一週間ずっと待たせていたかもしれないという可能性を今更ながら思いつく。
何も考えず、無意識にそんな約束をするなんて。
抜けすぎだ。汚点だった。その上名前すら聞いていない。本当に、馬鹿。
「ちょっ、ちょっと峰岸さん、大丈夫だから。…多分。自分を追い詰めてる様が存分に顔に出ててなんか恐いよ…」
引き攣った表情で、必死に慰めて(?)くれたおかげで私の"恐い顔"は収まったようだが、さて、どうしたものか…
「まあ、さ。とりあえず待ってりゃいいじゃん。
俺も付き合うよ。」
「そんな、」
あてもなく、もしかしたら来ないかもしれない待ち人を何時間も待つだけの用事に、これこそ他人――じゃなかった、"友達"を巻き込むわけにはいかない。
私だったら絶対付き合いたくない。それとも、こういうことでも相手を気遣って付き合うのが友達間の"普通"なのだろうか…。
そうだとしたら、友達ってすごく大変なものだ。
ぷ、と守屋くんが吹き出す。
「わ、ゴメン!峰岸さん、いちいち悩んでると顔に出るもんだから。大丈夫!"友達"の義務とかじゃないんだ。俺が付き合いたいだけだから!」
顔に出る……
「…全然つまらないと思うんだけど、それでもいいならよろしくお願いします。」
「いーよ!じゃ、学校から直接そこ行こっか。」
「うん、そうする。」
話が一段落すると、私はお助け屋さんがいつの間にか気配を消しているのに気づいた。
辺りを見回す。
……いた。
教室の隅。窓際の空席。
そこの机に乗って、軽く目を閉じている。
7月になってから、ほとんど空くことが多くなったその席は、望月璃子に与えられたものだった。
今日も姿が見えない。
高校は義務教育じゃない。大体の人は最低高校まで通っているが、別に来たくなければ来なくてもいいのだ。"高校に通うこと"。それは個人の自由なのだから。
だから、休みすぎれば当然――…
「退学、危ないんだってさ。」
はっとして守屋くんを見る。困ったように笑う。 「先生と望月がさ、話してるの聞こえたんだよね。授業出席数が足りないって。これ以上休むと進級できないどころか退学だ、って。」 「――――そう。」
なんとなく、そうだろうとは思っていた。
私だけではなく、きっとこのクラスの人は少なからず思っていることだと思う。口にはださないけれど。
「守屋くんは、彼女と友達なのかな。」
「う――ん…。
幼なじみ、ではあるんだけどね。高校入ってから全く喋んなくなったしなぁ。ん?いや、もしかしたら中3からかな…
とにかく話し掛けてもほとんど反応無し。
しまいには"ウザい"って言われたし。」
苦笑する守屋くん。
その時の彼女の態度を思い出して、悲しくなったようでもあり、反面、その態度をとらせてしまった自分を責めるようでもあり。
多分初めてだ。
守屋くんが仲良くできない人の話をするのを聞くのは。
「小学生の時は、普通に仲良かったんだ。これでも。でも、う――ん…友達って言えんのかな―………」
人は変わるものだろう。
今日思っていることが、明日もそうかと言われると、自信がなくなるように。
今の自分は、いつかの自分とは違うのだ。
「…"友達"にも期限があるの?じゃあ、また友達になればいいのでは?」
びっくりした顔をされて、逆にこっちが驚いた。
「え、……?」
「あくまで守屋くんが彼女と親しくなりたいのなら、の話だけれど。
多分、変わることはしょうがないことなんだと思う。変わるのが嫌ならば、何度も、何回でも友達交渉をするしかない。
そうして、また友達になればいいのではないかと……思っただけ。」でしゃばったことを言ったかも。我ながら。
すると、今まで居ることも忘れていたお助け屋さんが私の頭をわし、と掴んで身を乗り出す。大変迷惑である。
「ほっほーう。小羽ちゃん良ーこと言うねぇ!偉い偉ーい♪」
注意する前に手を外された。見ると、妖しく口角を上げている。
「モーリーくん、でしたっけ。私は小羽ちゃんの護衛が仕事ですが、特別に助けてさしあげましょう。
助言します。
このままではあんたは後悔することになる。
茶髪のカノジョ、死にますよ。」
「「………ぇ…?」」
同時に聞き返す。
なんというか、お助け屋さんが望月璃子を知っていたことにも驚きだが、それ以前に……死ぬと言ったか?
「どういう意味だよ、それ。」
「ん――、そこまでは言えねぇなぁ。なんせ私みたいな存在は、あんまし現世に口出ししちゃあいけない。死んだ人間が未練残して霊になるのはマズイでしょう?それと大体同じなんすよ。」
"お助け屋"であっても、なのか。
無言でいる私に目配せし、にぃ、と小さく笑う。
たしかにそうかもしれない。
本来いない存在のせいで未来や運命が変わったら、なんだか不公平だ。
「おーいっ、モーリーくんよぉ。んなシケた面しなさんな。あんたは感情に素直な人だ。
いくら考えたってどーにもならないと、ちゃんとわかってるでしょ。
だ――いじょおぶ。
そんなすぐ、どうにかなるわけじゃない。」
くくっ、と小さく笑った後、蝶の刺繍がしてある袖を翻し、何処かへ行ってしまおうとした。
今日は、白地に紫色の滲み模様の着物だ。
蝶が幾分軽やかな動きをしていて、夕闇を舞う怪しげな風景が浮かんできて不気味でもある。
ただ、派手なのは健在で、銀の装飾糸がチラチラと光って見える。蝶の撒き散らす鱗粉のようである。
一体何着の着物を持っているのだろうか。
「―――お助け屋さん。」教室のドアから身を屈めて出ていくところを、直前で止める。
「うん?」
まずい。
言うことまとめる前に口が動いてしまった。
「あ――…着物なら、数え切れないほど残してくれたんですごい数ありますよ。」
へらっと笑う。―違う。それじゃない。
一瞬お助け屋さんは小首を傾げ「はて?」という顔をしたが、すぐに
「あぁ!なるほどね。
うん。小羽ちゃんも、好きなよーにやりな。いざって時はモーリーくんが助けてくれますからね。」
「わかりました。ありがとうございます。」
ヒラヒラと手を振りながら出て行った。
守屋くんが不思議そうな顔をしているのは言うまでもない。
でも。
今は、言わない。
心配してくれる人だから。言わない。
鐘が鳴る。
周囲が騒がしくなった。
「次、移動教室だ。準備しないと、守屋くん。」
少し笑顔を作って立ち上がる。
「あ、まじだ。わかった。」
慌てて弁当を片し、机から教科書、ノートを探す。
―――言わなければいけない。
彼女に、
言わなければ。
次の話と、"これから"に関して繋がる話でした。
…本当、鈍いっていやですね。




