すきだよ
小羽と守屋くんの対話の回です。
「おっはよ!!」
教室に入ると、すごく明るい挨拶をされ、一瞬かなり驚いた。
「おはよう守屋くん。
今日早いんだね。」
いつも、この時間にはいないはずだけれど…
不思議に思いながら、隣の席へ腰を下ろす。
「うん。ちょっとね。」
言い方が多少気になったが、言いたくないことを無理に言わせることもないと思い、「そう。」とだけ返した。
「あ。」
ふと、昨日のことを尋ねてみようかと思った。
今聞かなかったら、守屋くんのことだ、他の人達に囲まれて私の入る隙がなくなるだろう。
おそらく、話すなら今しかない。
そのうえいつの間にか
お助け屋さんは姿を消している。話を聞かれるのは心持ち落ち着かないため、都合がいい。
「?峰岸さん、どうかした?」
顔を覗き込んできた守屋くんの目を見て、
「守屋くん、話したいことがあるんだけど、いいかな。」
数秒間動きを止め、それから体をこっちに向けて座り直してくれた。
「うん、なに?」
「―――昨日、どうしてあんな顔したの?」
虚を突かれたように目を丸くする。言葉がたりなかったかも。
「私がここから落ちて、生きてるって分かって、守屋くん、怒ってると言ったでしょう?
それに、そのあと私が謝ったら"ちがう"って。
謝ってほしいんじゃないって。それで、守屋くんは最後に笑ったよね。
――ちがうのだったら申し訳ないんだけど…その、ちょっと泣きそうだったのが気になって……。
私、他人のこと無意識に傷つけているそうなので、今後の改善に活かそうかと………。」
そこまで言うと、守屋くんは落ち着きなく目をあちこちに動かし、照れ臭そうにぼそり、と
「あ――…それ、かぁ…。そんなゎ気にしなくてよかったのに。」 「いや、そうはいかないよ。私が人間として欠落したものがあるということは、重々承知してるの。
それでもこんな風に私と向き合って話をしてくれる優しい人を、私は傷つけるわけにはいかない。」
守屋くんの目がとても意外そうに開かれ、顔が赤く染まってゆく。
「な!やっ!?優しくないし!!全ッ然そんなんじゃないって!!!!」
両手を全力で左右にブンブン振る。
「優しい、よ。守屋くんは。すごくいい人だ。
私のような人間にも、気兼ねなく話しかけてくれたし、友達になろうと言ってくれた。私にはとても、できることではないから。」
そう言うと、守屋くんは頭をかき、変な顔をした。何か、言ってはいけないことを口にしてしまったのだろうか、私は。
「――――――ごめん。私、いつも間違うね。また守屋くんにそんな顔をさせてしまった。でも情けないことにわからない。だから言ってほしい。正直に、私のことどう思っているのか。」
"傷つけている"
お助け屋さんが言った言葉が、ひどく頭の中で響く。友達を作らず、一人で平気であるていうことは、自分以外の誰かを、安易に傷つけて良いってことじゃないはずだ。
傷つけたくないな。
こんな良い人を。
守屋くんの顔は、キョトン顔から、突然くしゃりとした笑顔になった。
「ふははっ!!峰岸さんって、けっこード直球なんだ?すげー意外!」
ひとしきり笑うと、唖然としていた私を見て真顔になる。逃げない、瞳。
「じゃあ、俺も直球で言うよ。」
意を決したみたいな空気感。自然と背筋が伸びる。
「俺、峰岸さんのこと好きだよ。」
はっきりとした口調で、主語、述語、目的語がしっかり揃った文を。
「最初は、なんかクラスで浮いてるな―って思って目が留まったんだよね。
顔も頭もいいくせに、誰とも交わろうとしなう人だなって。それがまた目立つってゆーか、謎で。
で、席替えで隣になって、やった!って思ったんだ。……どうしても友達になりたい。そう、ずっと思ってたんだよ。」
あぁ、守屋くんはこんなことを思ってたんだ。
知らなかったんだな、私はなにも。
彼の口から次々と出てくる言葉たちは、意外なことばかりだった。 「峰岸さんはさっき、"話しかけてくれた"とか、"友達になろうって言ってくれた"とか言ったけど、俺は元から"してあげる"感覚で峰岸さんに接したつもりはないよ。
話しかけたのも、友達になろうって言ったのも、全部俺がそうしたかっただけだし。」
「え…そうだったの?」
ははっと小さく苦笑し、 「そう。全部自分のため!今だから言っちゃうけどさ、もし峰岸さんが"やだ"って言ったとしても、無理矢理にでも友達になるつもりだった。」
「――!」
私の反応を見て、また苦笑する。今度は私に向けてではなく、自分に向けての苦笑だった。
「ごめん。あの時頷いたの、峰岸さんの本心じゃないこと知ってたのに知らんふりして…」
―あの時とは、多分お助け屋さんが私の頭を無理矢理頷かせた時のことだろう。 「そんな…謝らないで…」
確かにあの時、できれば断りたいと思っていた。
だって、あの時は――
「…てっきり、私みたいな人間をほっとけないから、お情けで話しかけてきたもんだと……」言葉を濁すと、「え!?」と、大きな声を出す。
「何だそれ!俺基本、自分のことだけでいっぱいいっぱいな奴だよ!?
相手のこととか、実はあんま考えてないし!」
周囲に少しずつ、人が増えていく。それでもまだ時間に余裕はある。
「…峰岸さんが落ちたって聞いた時だって、混乱する自分を鎮めようとするだけで。
とにかく外行かなきゃってばっかでさ。
窓から下見ればよかったのかもしれないけど、怖かったんだよね。
生きた心地がしなかった。…なのに、いざ下行ってみりゃ、峰岸さんは平然と立ってるわ、変な着物の男はヘラヘラ笑ってるわで、俺一人馬鹿みたいになってるし!力抜けたよ。」
「―――ごめんなさい。」
ふ、と目を細くして、首を横に振る。「いいよ」って。
「あの時怒ってごめん。
安心したら、感情抑えられなかった。
峰岸さんがいつも通りだったの見て、すごく腹立った。」
首を傾げる。
私がいつも通りだったのが、腹立たしかった…?
「――わかんない?」
困ったように笑って、
「わからない。
だって、やっぱり関係のないことだ。
もしあの時、私が死んでいたとしても、守屋くんには少しも責任はないよ。」
あ…
また、悲しい顔。
どうして。 「関係ない、かぁ―…」
目が遠くを見つめる。
おそらく傷つけた。間違えた……。
「峰岸さんにとっては"関係ない"んだろうけど、俺にとっては"関係ある"んだよ。」
一体どうして?
どこに関係がある?
目で尋ねる。
「俺、峰岸さんみたいに頭良くないから、上手く言えないんだけど、
…俺は峰岸さんに死んでほしくないんだよね。」
ひどくまっすぐな、心の底からの祈りみたいに。
空気中を蔦って、直接胸に流れ込んでくる、この感覚。
昔、たくさん味わったことがあるような。
「死んでほしくない………………?」
小声で返すと、はっきりとした肯定をくれた。
「うん。大切な人だからだよ。だから、生きててよ。」
軽く微笑んで、口を閉じる。私の言葉を待っていてくれる。
守屋くんは自分のこと、優しくないと言っていたけど、そんなことはない。絶対。
「…私がいなくなると、カナシイの?」
「そりゃ悲しいよ!!」
「"私"が、守屋くんは大切だって言うんだ……?」
「そうだよ。」
「――おもしろい人だね、守屋くんは。」
「えぇっ!!?何それ?!」
「利益、不利益を考えずにそういう風に言えるんだから。……でも、感動した。」
「え??」
体を一時停止させて、虚を突かれたみたいな顔をする。
でも、言わせて。 「実は最初…高校生になって初めて守屋くんが話しかけてくれた時、正直鬱陶しいと思った。」
「………」
「偏見していいよ。
一人でいた方がすごく楽なんだ。私。
それはやっぱり、今でも変わらないんだけど、それでも…」
小さく、微かに、くいっと口角を上げて笑う。
いつか、意識しなくても自然に笑えるようになればいい。今はこれが限界だ。
「好きと言ってくれて…
大切だと言ってくれて、嬉しい。
無理にとは言わない。
私なりに努力するから、大切な友達としてやっていきたい…。」
「えっと…大切な"友達"…?」
「あ、嫌ならいいので。
気は遣わないでほしいんだ。守屋くんは私にとって大切な人だと思うから…」
数秒間、茫然としていたけれど、はっとして、いつもの明るい笑顔で大きく頷いてくれた。
「そんな!!嫌なわけ、ないじゃん!俺から友達になってって言ったの、忘れた?
じゃ、改めてよろしく、峰岸さん。」
にこりと笑ったところで、1時間目の英語の先生が入ってきた。
なんとタイミングが良い。守屋くんが体を正面に向き直しながら、最後に一つ、
「峰岸さん、俺のこと嫌いではないんだよね…?」
嫌いだなんて…まさか。
「うん。」
とはっきりと答えると、
「そっか。うん、わかった。」
そう言って、前を向く。
私も正面を向き、教科書やノートを取り出し始める。
――そういえば、お助け屋さんは今、どこで何をしているのだろう。
鈍いって、タチが悪いと思います。。




