配膳ロボットに告白したら、人間の美少女二人に告白された
「すっ、好きだぁぁぁぁぁっ……!」
思春期の真っ只中にある男子高校生が、自室のベッドで上げる叫び声としては、これ以上ないほどありふれた、そしてこれ以上ないほどガチな絶叫だっただろう。
僕自身がそう思ってる。ちゃんと自覚してる。でもやめられない。
「滅! 滅っ! 好きすぎてっ!」
「……ねえ、陸。お願いだから、その痛すぎる奇行をやめて、今すぐに」
枕に顔をうずめてのたうち回る僕に、絶対零度の声が突き刺さる。
顔を上げると、勉強机の椅子を我が物顔で占領した幼馴染が、ゴミを見るような目でこちらを凝視していた。
それは僕の勉強机だぞ。
「いたんだ、幼馴染」
「いたよ! なんなら挨拶したしっ! あんたが今、突然発狂するまで2人で勉強してたしっ!」
「なら静かにしてほしい。今、僕は集中してたところだ」
「なんで私っ!?」
「幼馴染なら、幼馴染らしく、見守っていてほしい」
「その奇行を間近で耐えろとっ!?」
「失敬な、どこが奇行なんだ! ここは僕の部屋であり、これは僕のベッドだ! なにより、この行動は自家発電なんだ!」
「ひくっ! 間違いなく女子ならひくっ! 吐きそうになるその言動っ!」
うーむ、手厳しい。マシンガンのように舌鋒が返ってくる。
この元気で強気なJKは、僕の幼馴染だ。
名前は「海」。元気や快活を体現したような奴だ。
海が、やれやれと髪をかき上げる。
栗色の髪が、フェイスレイヤーの計算された段差に沿って、さらりと揺れた。
同時に、洗い立ての白いタオルを思わせる、清潔な石鹸の香りが空気に乗って鼻腔をくすぐる。甘すぎない、けれど確実に女の子を感じさせた。
「ホワイトリリー、いいセンスだね。海に似合ってる」
「えっ!? あ……そう、わかった?……って、いきなり話変えんなっ!」
なぜかまた怒られた。
ただ、とても落ち着く香りだったので、それを分析しただけなのに。
海は、陽キャだ。
端正な、という言葉すら生ぬるいほどの眉目秀麗。
受験を控え、ユニフォームを脱いだ今でも、その身体にはスポーツによって研ぎ澄まされた美しさが宿っている。
スクールカーストの上位層めっ!
「でもなんで、わざわざ、学校にいる時にはつけてなかったのに、家で香水つけてきたの?」
「っ!……な、なによ。ちょっと気まぐれで、お姉ちゃんのやつを、ね」
「あと、学校にいるときより、スカートの丈が2cm上がってる。ウエストのゴム、2回折ったろ。わざわざ僕の部屋に来る前に調整したの?」
「――ッ!! 見んなっ!?」
なぜか慌てて、ガタガタと、ゲーミングチェアを軋ませる海。
やめろ、それは僕の椅子だぞ。そして壊れかけているから、暴れないであげて。
「……で、あんた。今日もその『彼女』に会うために行くわけ? ファミレス」
「いくよ、日課みたいなもんだし。海は帰る?」
僕がノートを閉じると、ベッドの上で足をバタつかせていた海が、あからさまに不満そうな顔でこちらを睨んできた。
「……行く。あんたを一人で放流したら、いつ、その無意識の分析癖のせいでファミレスを出禁になるか分かったもんじゃないから」
失敬な。一体僕を何だと思っているんだ。
「じゃあ、勉強が一段落したらきなよ。僕は先に行ってるね」
そう言い残し、僕はベッドから起き上がり、無駄のない動きで部屋のドアに手をかけた。その時だった。。
「はぁ!? ちょっ、まちなさいよっ……って!? きゃ!?」
海が慌てて椅子から立ち上がろうとして、バランスを崩した。
派手な音を立てて倒れ込んでいくゲーミングチェア。かわいそうに、僕の椅子。
――と、思うよりも前に、僕の身体は「分析」を終えて動いていた。
ドタンッ……! と、激しい音が部屋に響く。
けれど、そこに痛みの悲鳴は重ならなかった。
「だいじょうぶか、海」
「……っえ!?」
海の身体は床に叩きつけられる直前、僕の両腕の中にすっぽりと収まっていた。
いわゆる、完璧な形でのお姫様抱っこだ。
「は、はぃ……」
「ぷっ、何で敬語」
至近距離。僕の胸の中に閉じ込められた海が、急にしおらしくなっていた。
海の身体は、驚くほど軽くて、柔らかかった。
「打撲なし。服の乱れも最小限。……ただ、顔が真っ赤」
「~~~~~~っっっ!!!」
彼女の顔が、さらに耳の先まで一瞬で沸騰したように真っ赤に染まっていく。
「ち、違うっ……! 違う、バカりく!!」
「え?」
「え、じゃない! いいから早く下ろしなさいよっ!!」
胸元で、僕の胸を叩く海の小さな拳。
その振動の裏で、彼女の心臓が「トックン、トックン」と、僕の胸にまで響くほどの早鐘を打っていた。
転倒の恐怖でパニックになっているらしい。落ち着くまで待とう。
その後もしばらく、何事かを喚き散らす海と二人でファミレスへ向かった。
『彼女』に会うために。
◇◇◇
放課後のいつものファミレス。
自宅からほど近く、僕たち受験生には適度な気分転換のための憩いの場所だ。
安い、美味い、居心地が良い!
海はドリンクバーのコップをいじりながら、ノートを開いている。
難しい顔をしながら、きっと頭の中では、デザートに何を頼むかを考えているはず!
JKはみんな甘い物好き!
「ねえ、りく。この3番の問題なんだけど……」
「あっ、海、この毎年やってる期間限定の『完熟イチゴオレ』好きだったよね。また頼む?」
「……えっ? あ、うん。……覚えて、てくれたんだ」
海が急にトーンを上げて、嬉しそうに答えた。やはり好きだったようだ、甘いものが。
「……一年前もきたよね、帰り道……覚えてる?」
「海っ! きたきた、あの滑らかな制動を見てっ!」
海は何かを言いかけていたようだけど、僕の視線はすでに、通路の先へと釘付けになっていた。
「!? ちょっ……またそれ?」
僕が捉えているのは、通路を静かに滑走する『彼女』――ネコ型の配膳ロボットだ。
ネコ型の配膳ロボット――正確には、自律走行搬送ロボット。
非接触ニーズと、人手不足を解決するために導入された自律走行搬送ロボット。僕にとっては、もっと特別な存在だ。
「みてみて! 上部に搭載されたLiDARセンサーによるリアルタイムのSLAMで、突発的に突き出された人の足をみて、滑らかに減速し自動回避しているんだよ!」
「……始まった。もうやだ……」
たまらないっ! たまらないよっ!
造形美と機能美の融合!
チリン、と電子音が鳴り、ネコ型ロボットが僕たちのボックス席の横でピタリと停止した。トレイにはポテトとパフェ。僕は身を乗り出し、プラスチックの装甲に向けてガチの恋心をぶつける。
「待っていたよ。今日も一段とベアリングの調子が良さそうだ。駆動音からも、君の健やかさが伝わってくる。……本当に麗しいよ」
『料理をお届けに参りましたにゃ。1段目と2段目のトレイから料理をお受け取りくださいにゃ』
「……」
「……っ! 海っ、今の聞いた!?」
「聞こえてたわよ! 店内なんだから!」
「違う、そうじゃない! この美声! 利用者に安心感を与える、柔らかく調律された音色! 語尾の『にゃ』に至るまで、一切の妥協がない……!」
「超解釈キモいっ!! 早く私のポテト取りなさいよ!!」
「尊い……! 声だけじゃない! モニターに映る、この愛らしい目、口、髭……! すべてが完璧だ!」
「感動の対象が多すぎるんだよっ! そしてポテトっ!」
『料理が冷めてしまうにゃ。早く受け取ってほしいにゃ〜。料理が冷めてしまうにゃ』
しまった!?
僕が愛おしそうに筐体を観察し続け、一向にトレイから皿を動かさないため、ロボットの安全プログラムが作動したようだ。
とても申し訳ない。『彼女』にもお店にも、他人様にもご迷惑をかけてしまった。
「なにかございましたかー?」
店内の奥から、店員のお姉さんが小走りで近づいてきた。
「あっ、すみません! いつもこいつの頭のネジが外れてて、本当にすみません!!」
海がマッハの速度で平謝りを始める。僕も誠心誠意、頭を下げる。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
お姉さんは笑って、僕の前で健気に待機している『彼女』へ目を落とした。
「この子、ちゃんとお料理を届けられたんですね。えらい、えらい」
そう言って、モニターの端を指先でそっと撫でる。
「……っ!」
僕は息を呑んだ。
わかっている。この人、わかっているぞ!
ロボットを単なる配膳機械として扱わず、仕事を終えた相棒として労っている!
「お姉さん……あなたも、わかる人なんですね……!」
「えっ? あ、はい?」
「素晴らしいホスピタリティだ……!」
「おまえの感動ポイント、独特すぎるわ!」
海のツッコミを背に、お姉さんは困ったように笑いながら、ロボットの完了ボタンを押した。
「はい、お仕事おしまい。次もよろしくね」
女性が胸元のインカムに指を添えた。
『ありがとうございましたにゃ』
ロボットが返事をする。
「ふふ。どういたしまして」
彼女は、まるで目の前の相棒と会話をしているように微笑んだ。
お姉さんは、ごく自然にロボットを見送ってから、僕たちに会釈して去っていった。
……なんという人だ。
僕は今、彼女の新たな魅力を発見してしまった。
もちろん、ロボットのほうである。
「海と僕も見習わないとね」
「おまえじゃ!」
また、怒られた。
1時間後。
「……ふぅ、食べた食べた」
「また、会いに来るからね」
「……もうやめとけて」
「ってか、海。食べてばっかりで、勉強してないよね?」
「やけ食いだよっ!」
なんでか知らないけど、めちゃくちゃヒートアップしてらっしゃるご様子。
テイクアウトで購入しておいたデザートを渡しておこう。ご機嫌取り。
◇◇◇
「……で? さっきのネコ型ロボの、今度はどこが最高だったって?」
ファミレスからの帰り道。海は手渡したデザートの袋を大事そうに抱えながらも、まだ口元を尖らせている。
「傾斜15度の坂道における、ジャイロセンサーを駆使した重心制御。あれは至高の――」
「はいはい、至高ね。よくまぁ、あんな配膳ロボットにそこまで熱くなれるわね。……私には、そんな風に熱弁してくれたことないくせに」
「ん? 何か言った、海」
「なんでもないっ! ほら、りくが変な話ばっかりするから、もうすぐ私の家に着いちゃーっ、と……!? きゃ!」
ツッコミに夢中になって、足元の段差を完全に見失った海の身体が大きく傾く。
カバンから、何かが滑り落ちそうになった。側溝の深い、暗い隙間へと向かって。
――ガシッ。
僕の左手が海の肩を支え、同時に、右手が一瞬早くその「落下物」を空中でキャッチしていた。
「……あ。……ありがとうございます」
「ぷっ。また、敬語」
「……う、うん」
怪我はないし、機嫌も直ったみたいだし、よかったよかった。
海の顔が、夕暮れの街灯に照らされて少しだけ赤くなっている。
僕の手のひらに収まったのは、年季の入った、少しくすんだキーホルダーだった。
「これ、まだつけてたんだ」
「……当たり前でしょ。これ、アンタが泥だらけになって見つけてくれたやつだし」
海が、僕の手から愛おしそうにそれを受け取る。
そうだった。
一年前の、あの夜。
みんなの前では「失くしちゃった! でも全然平気!」と笑っていた海が、いつもより少しだけ声を震わせていた。
だから、探した。
夜遅くまで泥だらけになって、ようやく見つけたキーホルダーを玄関先で差し出したとき。
「ホラ、みつけたよ。あまり無理すんな」
海は何も言わず、僕の胸に飛び込んできた。
あのときの涙だけは、今でもよく覚えている。
「……本当に、りくはそういう、無意識に変なことばっかりする」
キーホルダーを握りしめ、海が僕の顔を見上げて、小さく笑った。
「変なこと?」
「そうよ。この超鈍感。……じゃあね、お土産ありがと」
海は小さく手を振って、自分の家の門をくぐっていった。海の足取りが軽い。
軽くディスられた……のか? わからないけど、よきこと、よきこと。
◇◇◇
「あら、どうしましょう。これ、どうやって動かすのかしら……」
海と別れ、一人で自宅への道を歩いていると、道路脇のデジタル掲示板の前で、おばあちゃんが頭を抱えていた。
その隣には、一緒に画面を覗き込んで、困り果てている若い女性の姿。
「すみません、私もこの機種は初めてで……。えっと、この無線認証を……」
女性は私服姿で、髪を少しラフにまとめている。
僕は無意識に、その端末の型番と画面のエラーログを分析していた。
「あ、それ。右下のボタンを長押しすれば直りますよ。近接センサーの誤作動です」
「えっ? ……あ、本当だ! 画面が動いた!」
僕はタッチパネルを操作して、おばあちゃんが探していたバスの運行表を表示させた。
「はい、これで大丈夫です」
「まぁ、助かったわぁ。ありがとう、お兄ちゃん」
「いえ。では」
一礼し、そのまま歩き出そうとした僕の背中に、一緒に困っていた女性の、どこか弾んだ声が追いかけてくる。
「ありがとうございました! ……キミって、本当にそういう『機械』に目がないんですね」
「え?」
彼女の顔を見た。
見覚えがあるような、ないような。
……いや、待て。
あの声。あの笑い方。
どこかで会った気がするのに、どうしても思い出せない。
「またお店にきてくださいね」
「あ……はい」
店?
……どこの?
その女性が誰なのか、僕は結局最後まで答えを導き出せなかった。
「……やっぱり、面白い子」
彼女は小さく笑い、何事かを呟いたような気がした。
◇◇◇
「きめた! 僕は今から、彼女に告白をする!」
「はぁっ!? ちょっと、待ちなさいよ、りくっ!!」
自宅での勉強中、唐突に立ち上がった僕の後を、海が必死の形相で追いかけてくる。
息を切らせて飛び込んだのは、いつものファミレス。
「ハァハァ……ちょ、あんた……急すぎるって」
息も絶え絶えな海の言葉を待たずに、僕は注文ボタンを押した。
「……相変わらず……」
「とにかく、落ち着こう。海」
「おまえじゃ!」
目の前で烈火のごとく猛る海。最近は赤くなってばかりだ。
待つこと数分。
チリン、と電子音を鳴らして、『彼女(ネコ型配膳ロボット)』が静かに滑り込んできた。
僕はそのプラスチックの筐体の前に膝をつき(お店や他の方のご迷惑にならないように)、魂の熱量をすべて声に乗せた。
「聞いてくれ! 君の美しいSLAM誘導、減速制御、そしてホスピタリティ溢れる美声……そのすべてに僕は心を奪われた! 僕と、付き合ってほしい!」
「はぁ……。もう勝手にしなさいよ。またいつもの平常運転ね……」
後ろで海が、呆れ果てたように深くため息をつく。いつもの奇行。いつもの安心感。
――そう、海も、周囲の誰もが、そう思っていた
『……っ!』
突如、ロボットのスピーカーから、電子音声ではない「本物の人間の女の子の息を呑む音」が響く。
「え?」
「……えっ?」
海と僕が同時に声をあげたその瞬間。
バックヤードの扉が勢いよく開き、インカムをつけたままの店員のお姉さんが、こちらへ猛ダッシュしてきた。
「ちょっと待ってくださいーーーっ!!」
「お、お姉さん?」
「その告白、受けます!!」
「……はい?」
お姉さんは僕の目の前まで来ると、肩を激しく上下させながら、僕の両手をぎゅっと握りしめた。
「私、いつもバックヤードで、この子のカメラ映像や遠隔操作ログを見てたんです! 最初は変な男の子だなって思ってた。でも、画面越しの君の真剣な目とか、この前道端でおばあちゃんを助けてくれた時の優しい姿を見てたら……私、キミのことが気になっちゃった!」
「えっ……。あ、これ、お姉さんが……?」
僕の処理能力が完全にフリーズする。
まさかの「画面越しのガチ恋」という不測の事態。
自律制御じゃなくて? そういうカスタマイズもいけるの?
そんな僕が思考を巡らせている間に、その異常事態にエラーを起こした人物がいた。
「――ちょっと待ったぁっ!!」
横から割り込んできた海が、お姉さんと僕の繋がれた手を力任せに引きはがす。
海の顔は、見たこともないほど真っ赤で、複雑な表情を浮かべていた。
泣いてるの? 怒ってるの?
「なによそれ! ずっと見てたから何よ! こ、こいつは私の幼馴染! スカート丈や香水の変化にだって気づくし――どっ、泥だらけになってキーホルダー探してくれた!」
何のアピール?
「う、海。とりあえず、おちつ――」
「あんたはだまっててっ!!」
押し黙る、僕
「と、とにかく、新参者がいきなり割り込んできて……私はずっと待ってた! ロボットばかりに目が行く朴念仁が気づくのを待ってた!」
「私のりくを奪っていこうとしないでよバカァ!!」
ファミレスの喧騒が、一瞬で消え去った。
周囲の客がスプーンを止め、固唾をのんで僕たちのボックス席を見つめている。
右を見れば、潤んだ瞳で僕の手を求める年上の美人店員さん。
左を見れば、涙をこぼしながら僕の袖を掴む幼馴染。
人生最大のモテ期――なのだろう。
なのに、僕の頭に浮かんだのは、たった一つの疑問だった。
……で、彼女は?
僕は、目の前のネコ型配膳ロボットを見つめた。
◇◇◇
ファミレス中の客が息を呑み、僕がどちらの手を取るのかを見つめている。
究極の二者択一。
なぜか僕は、人類の歴史上、最も贅沢で、最も重い選択を迫られていた。
僕は深呼吸をひとつして――2人の手を、優しく振り払った。
「え……?」
「りく……?」
呆然とする2人をよそに、僕は回れ右をする。
そこでは、完了ボタンを押された『彼女』が、チリンと電子音を鳴らしていた。
『厨房に戻りますにゃ。また呼んでほしいにゃん』
「え……っと、ちょっと思考停止していたけど、2人とも僕の話をきいてくれ!」
僕は去ろうとする流線型の筐体の前に、勢いよくひざまずいた。
「僕が告白しているのは、最初からこの『彼女』だけだーー!!」
「「は?????」」
海とお姉さんの声が見事に共鳴した。
さっきまでの剣呑さが全く感じられないハーモニー。
2人だけじゃない。ファミレスの全店員、全観客、全ての時間が完全にフリーズしているように見えた。
皆さま、お騒がせしてすみません。
「聞いてほしい! 僕はこの可愛らしいフォルムも、精巧なセンサーも、すべてが理想なんだ! この美しく合理的なハードウェアとソフトウェア――そのすべてを、僕は愛している!」
魂の告白。
僕の人生で、最も熱く、最も一貫した、告白。
そして2人に向けて、優しく囁くように伝えよう。みんな、仲良くしよう。
「――だから、争うことなんてないんだよ」
「「だまっとけっ」」
なぜだか怒りに打ち震えている(ように見える)2人。
なぜだか他のお客様も僕に、呆れや怒りを向けていらっしゃるような。
もしもーし、ここは店内ですよー。落ち着いて―。
店内中のヘイトが、僕に向いている。一触即発を感じる。
やばいなぁ、これは。
どうにも僕の理論では収まらないようだ。に、逃げよう。
――その刹那。
『通路を空けてくださいにゃ。通路を空けてくださいにゃ』
いつもの、冷たくシステマチックな電子音声。
僕の横をすり抜け、ロボットは淡々とキッチンへの帰路を歩み始める。
「……あ」
やっぱり、ただの機械なのか。
僕の熱意も、お姉さんの遠隔操作も関係ない。プログラムされたルートをただ実直に走るだけの、鉄の塊。
ファミレスの中に、切なく、どこか哀愁漂う静寂が流れる。
背後からは、海とお姉さんも、完全に冷え切った、可哀想なものを見るような視線が刺さっていた。
けれど、奇跡は、その無常な現実のすぐ先で待っていた。
『彼女』が僕の傍を通り抜ける、まさにその直前。
ガガッ……!
駆動音が不自然に乱れ、ロボットが急停止した。
「……エラー?」
液晶モニターが明滅し、見慣れないログが表示された。
画面にパパパッと羅列されたのは、不規則なエラーログだった。
【 Error: Position Overrun / +20mm 】
「オーバーラン……プラス、20ミリ……?」
僕はその数値を、無意識に脳内で分析していた。
おかしい。この子の最新型LiDARセンサーなら、障害物である僕の手前できっちり停止するルートを演算できたはずだ。
なのに、この子は僕をすり抜ける際、計算上の停止位置よりも、ちょうど『2センチメートル』だけ僕の側に近づきすぎて、緊急停止した。
「え、2センチって……それ、私のスカートの……?」
呆然とした海の呟きが、静かな店内に小――響く。
そうだ。2センチ。
それは数時間前、僕の部屋に来る前に、海がわざわざスカートのウエストを折って作った数字。
女の子が、男の子に「可愛く見せるため」に施す、健気で非合理的な微調整の境界線。
たった20ミリ。
偶然だ。制御誤差にすぎない。
それでも――僕には、それが『彼女』のわがままに見えた。
人間の女の子が、少しでも可愛く見せようとスカートを折るように。
『彼女』も、ほんの少しだけ、僕との距離を縮めたかったのだとしたら。
「……っ!」
画面はすぐにプツンと切れ、ロボットは完全に沈黙した。
ただの偶然だ。
センサーの誤作動による、ただの制御エラーである可能性に過ぎない。
だけど、あの瞬間の海の「2センチ」の涙ぐましい努力と同じように、システムが眠る最後の1秒、彼女が僕に『2センチのワガママ』という名の意志を見せてくれたような気がして。
「……やっぱり」
声に出して言おう、大声で!
「やっぱり、相思相愛じゃないかーーっ!」
「まだ言うかーーーっ!!」
海の鋭いツッコミが飛んできた。物理的に飛んできた。
(了)




