表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第七話 残る違和感、消えた傷

第七話 残る違和感、消えた傷


病室は、妙に白かった。


消毒の匂いと、機械の低い電子音が、一定の間隔で流れている。

窓の外は昼。だが、時間の流れはここだけ少し遅い。


黒瀬悠希は、天井を見上げたまま、右手をゆっくりと動かした。


指は開く。

握れる。

力も、感覚も、ある。


「……問題ない」


独り言のように呟いて、黒瀬は自分に言い聞かせる。

それでも、右腕の奥に残る、説明しづらい感触が消えない。


“ズレている”

そう表現するしかない違和感。


骨でも、筋でもない。

もっと深いところ――まるで、身体と意識の噛み合いが一拍遅れているような。


黒瀬はそれ以上考えるのをやめた。


考える必要はない。

使えるなら、それでいい。


それが彼の選び方だった。



椿原高校は、事件当日から休校になっている。


公式には「不審者侵入による安全確認のため」。

負傷した教員および生徒に死者はいない。


だが、屋上で何が起きたかを知る者は、ほとんどいない。


知っている者は、ここにいる。



別の病室。


大葉麗華は、ベッドの上で体を起こしていた。

包帯はすでに外され、肌に残るはずだった傷は、どこにも見当たらない。


肩も。

脇腹も。

背中も。


「あれ……?」


看護師が来るたび、少し驚いた顔をする。


「本当に、もう痛みませんか?」


「はい……」


「すごい回復力です」


事実確認だった。


黒瀬はこのことについて端的に説明した


――変異体は、基礎身体能力が常人より高い。

――回復力も例外ではない。

――麗華の場合、その傾向が特に顕著。


医者にはこう言われた。

「後遺症も、傷跡も残らないでしょう」


そう言われたとき、麗華は安心よりも、戸惑いを覚えた。


(……私だけ)


あの屋上で、同じように切り裂かれた。

同じように血を流した。


それなのに。


黒瀬の右腕は、戻った。

戻ったはずなのに――彼は、何も言わない。


「……」


麗華は、シーツの上で手を握りしめた。


自分が最後に放った光。

“殺したい”と、はっきり思ってしまった感情。


そのことが、胸の奥に沈んだままだ。



夕方。


烏丸が、二人の病室をそれぞれ訪れた。


いつも通り、穏やかで、丁寧な物腰。


「お二人とも、ご無事で何よりです」


黒瀬は軽く頷き、

麗華は小さく頭を下げる。


事実確認は淡々と進む。


戦闘の流れ。

侵入者の行動。

黒い稲妻と、消失。


烏丸は、糸の話題にも、黒い影の話題にも踏み込まなかった。

今はまだ、確証がない。


「今回の件は、公式記録では“未解決”です」


「……そうですか」


黒瀬はそれ以上聞かなかった。


烏丸は、最後に麗華を見る。


「回復が早いですね」


「……はい」


「変異体として、非常に健全です」


その言葉に、麗華は少しだけ視線を伏せた。


「……でも」


烏丸は、続きを促さない。

ただ、待つ。


「私、あの時……」


言葉が詰まる。


「光を……壊すためじゃなくて……」


声が震える。


「“許せない”って思って……」


烏丸は、静かに頷いた。


「感情は、能力を増幅させます」


否定もしない。

肯定もしない。


「それが良いか悪いかは、使う人次第です」


麗華は、ゆっくり息を吐いた。



夜。


病院の廊下は静まり返っている。


黒瀬は、右手を見つめていた。


力は入る。

握れる。

殴れる。


だから問題ない。


「……気のせいだ」


そう呟いて、目を閉じる。


一方で、別の病室では、麗華が天井を見つめている。


自分の身体には、何も残っていない。

傷も、痛みも。


それなのに。


心に残ったものだけが、消えない。


(……光は)


照らすだけじゃない。

壊すだけでもない。


“どう使うか”を、問われている。


二人は、同じ夜の下で、違うものを抱えていた。


傷が残った者と。

傷が消えた者。


だが、どちらにも――

次の戦いは、確実に近づいている。


静かに。

確実に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ