第六話 逃げ場のない屋上で
第六話 逃げ場のない屋上で
放課後の会社の特訓場は、外光が差し込む広い空間だった。
白い床と壁に囲まれ、中央には軽量のターゲットパネルや、浮遊用の小型台座が並んでいる。
麗華は制服のまま立ち、手のひらに小さな光の球を浮かべていた。
烏丸は、彼女の少し離れた場所に立ち、静かに観察している。
「麗華さん、まずは基礎です」
「はい」
麗華は手のひらを水平に保ち、光を小さく回転させた。
「光を意識して、位置を微調整してください。手の動きに追随することを最優先に」
光はふわりと浮き、まるで生き物のように手のひらから離れそうになった。
麗華は小さく息をつき、手首の角度を変えて光を回転させる。
軽く息を吸うと、光が前方に押し出される。
「よし、次は移動しながら操作してみましょう」
烏丸の声に従い、麗華は前進しつつ、光の軌道を変える。
光は空中で小さく弧を描き、床や壁に触れずに安定して浮かんだ。
「手首の微調整だけでここまで変わる。感覚を覚えてください」
「……はい」
次のステップとして、ターゲットパネルに光を当てる練習が始まった。
「まずは『ぶつける』という意識だけで構いません」
麗華は手のひらの光を集め、ターゲットに向けて押し出した。
光はパネルに触れると小さく跳ね返り、振動を床に伝える。
「よし。次は軌道の変化です」
「軌道?」
「はい。光を一直線にぶつけるだけでなく、弧を描かせたり、跳ね返すことも意識してください」
麗華は手のひらの光を左右に動かし、少し強めに押す。
光は跳ねるように飛び、ターゲットに軽く当たり、次の台座に移った。
「……なるほど」
「感覚を覚えてください。意識を手の動きと光の反応に集中させること」
ここで烏丸は少し距離を詰める。
「麗華さん、質問です。どうして光をぶつけるときに、『壊す』という目的で放っているのですか?」
「え……その、だって……その方が強そうだから……」
小さな声で答える麗華の手のひらの光は、揺れながらも安定していた。
「なるほど。感情や目的が光の性質に影響しているのですね」
「はい……」
烏丸は頷くと、次の指示を出す。
「では、次は目的を変えてみましょう。『守る』『照らす』『軽く押す』……意識を変えた時、光の動きがどう変わるかを体感してください」
麗華は少し目を細め、手のひらの光を回転させる。
「……守る?」
「はい。ターゲットを包み込むようなイメージで」
麗華は光を球状に膨らませ、ターゲットを包むように操作した。
光は柔らかく広がり、触れたターゲットに衝撃はなく、ただ包むだけだった。
「うん、感覚が少し違います」
「では今度は、光を弾くように、跳ね返す意識で放ってみてください」
麗華は手のひらを軽く振り、光をターゲットにぶつけると、光は跳ねて床に小さく反射した。
「よし、次は連続操作です」
麗華は両手に光を浮かべ、小さな球を複数同時に操作する。
手の動きに合わせて光が左右に揺れ、前後に跳ね、ターゲットパネルに次々と当たる。
烏丸は静かに観察し、時折指先で光の軌道を示すだけだった。
「良いです。次は感情の影響を意識して」
「感情の影響?」
「はい。光は放つ人の意識や気持ちによって強弱が変わります」
麗華は一度息を整え、強く光を押し出すつもりで、心の中で『守る』と念じながら放った。
光は力強く前方に飛び、ターゲットに当たる瞬間、小さな光の衝撃を伴った。
「……あっ」
光の動きの変化に、麗華は少し驚いた。
「感情を意識することで、光の強度を微調整できます。次は言葉に置き換えてみましょう」
「言葉?」
「はい。『ぶつける』『守る』『押す』『照らす』――意識を言葉に変換すると、操作の幅が広がります」
麗華は手のひらで光を回しながら、ひとつずつ意識を言葉に置き換えて試す。
「ぶつける……押す……守る……照らす……」
光は言葉に応じて、弾むように、包むように、光線の形を変える。
「こうすることで、光の操作に迷いがなくなります」
「……なるほど」
「次は少し実戦的に。小型の台座に向けて、光を『弾く』『押す』『守る』を混ぜて放ってみてください」
麗華は息を整え、手のひらの光をターゲットに向ける。
光は前方に跳ね、ターゲットに軽く衝撃を与えつつ、周囲の別の台座に移る。
「……わ、すごい」
「上手くいきましたね。意識の幅が広がった証拠です」
麗華は手のひらで光を回転させ、動かすたびに光が生き物のように躍動する。
「これなら……誰かを守る時も、思い切り使えるかも」
小さく呟き、目に少しだけ希望の光が宿った。
烏丸は静かに頷く。
「その通りです。目的に囚われすぎず、意識と操作を言葉で整理することで、光はさらに自在に動きます」
麗華は息を整え、手のひらの光を最後に宙で跳ねさせて静止させる。
小さな光の球は、まるで彼女自身の意思のように揺れながら、静かに輝き続けた。
「今日の特訓はここまでです」
「はい」
麗華は少し肩の力を抜き、光の球を手のひらに戻す。
「烏丸さん、ありがとうございます……」
「よく頑張りました、麗華さん」
静かな空間の中、光はまだ彼女の手のひらで穏やかに揺れていた。
そして麗華は、少しずつだが、光を自在に扱う自信を手に入れつつあった。
朝の校舎は、柔らかい光に包まれていた。
私立椿原高校は文武両道を掲げ、留学生やアスリート候補の学生多く在籍している。
麗華は特訓で疲労していたが、制服に身を包み、いつも通り登校した。
教室に入ると、机にカバンを置き、背筋を伸ばす。
友人の巴が隣に座り、すぐに気づいた。
「麗華、大丈夫? 顔色悪いよ」
「え、あ……うん、大丈夫」
麗華は小さく笑い、疲れている様子を隠そうとする。
「最近、アルバイト始めたから……」
「なんていうとこ?」
巴が尋ねる。
「ファルコン・ダイナミクスって言うところ」
麗華はこそばゆい気持ちで答える
巴の目が輝く。
「ファルコン・ダイナミクスって、有名企業じゃない!」
麗華は少し顔を赤らめ、誤魔化すようにうなずいた。
「そう、放課後に少しだけ……」
巴は驚きと尊敬の混ざった表情を浮かべる。
「すごいね……でも無理しないでね」
麗華は微笑むだけだった。
内心では特訓の疲労が全身に残っているが、友達には本当のことは言えない。
光を操る訓練をしていること、自身が変異体であること——すべて隠していた。
⸻
授業が進み、午後になる。
太陽が射し込む教室は温もりに満ちており、眠気を誘ってくる。
しかし、その空気を一変させてしまうような事態が起きる。
「――不審者が校内に侵入しました。生徒は速やかに避難してください」
校内放送が突如として響き渡る。
生徒たちはざわめき、教師の指示に従って廊下へ駆け出す。
麗華は心を落ち着ける。
その瞬間、教室内で異変が起きた。
⸻
廊下の端から、鋭い足音と共に侵入者が現れる。
黒い装束に包まれた女。
かつて麗華の家に侵入し、家族を人質にした女だった。
彼女の動きは無駄がなく、糸のような力を帯びた手が、机や椅子を自在に操る。
女の視線が、ぱっと麗華に向く。
「……目的は……私……?」
麗華は咄嗟に理解する。
直感が告げる——狙いは自分だ。
光を手のひらに集めながら、麗華は廊下へと飛び出し、一人駆け抜ける。
⸻
女が不満げに言う
「……やれと言われたのよ。黒い影と能面男に“連れてこい”と」
女は愚痴混じりに呟きながら、不思議な力で廊下の障害物を操作する。
机や椅子を糸で縛り、加速させ、生徒や教員を切りつける。
ただし殺すことは許されていない。
能面男の指示だ——目的は麗華の確保だけだ。
⸻
麗華は光を盾として手のひらから波紋を広げ、飛んでくる障害物を弾く。
「……糸の能力……!?」
廊下の机や椅子が、糸に操られて飛んでくる。
光で弾き、床に落ちる衝撃を分散させる。
「くっ……速い……!」
女はロッカーや掲示板も操り、次々と障害物を投げつける。
麗華は光を使い、防御し、障害物を弾きながら走る。
光が揺れ、手のひらに集まった力が衝撃を吸収する。
⸻
廊下から階段へ。
麗華は光の制御を最大限に使い、飛んでくる障害物を避ける。
糸の軌道を予測し、床や壁に光を反射させて防御範囲を広げる。
「……屋上まで……行かないと……」
能力が糸状のものであれば屋上という解放された空間であれば搦め手は使えないと考えた。
女は糸で手すりや壁に引っ掛かり、素早く追跡する。
障害物を巧みに使い、進路を封鎖しようとする。
麗華は光を“守る”ために使うことを意識する。
攻撃ではなく防御。
障害物を弾き、進路を確保するための盾として光を展開する。
廊下の端で、飛んでくるロッカーを光で弾き、壁に反射させる。
糸は空中でしなやかに動き、追跡の勢いを保つ。
階段に差し掛かる。
「……気を抜かない……」
一段ずつ踏みしめながら光を手のひらに集中させる。
障害物の衝撃を吸収し、体勢を整えながら上へ上へと駆ける。
⸻
屋上の扉が見えた。
麗華は光を小さく球状に集め、足元の障害物を吹き飛ばす。
飛んでくる椅子や机が弾かれ、屋上への通路が一瞬だけ確保される。
「……ここまで……」
女は糸を伸ばし、屋上の扉に引っ掛ける。
「……逃がさないわよ……」
麗華は光の波紋を広げ、屋上でのスペースを守る。
糸の攻撃を弾き、進路を確保する。
光は攻撃のためだけでなく、防御と移動の補助としても機能している。
障害物を弾き、反射させ、体勢を保つための手段だ。
⸻
屋上に飛び出した二人。
空は青く、高く澄んでいる。
だが、追跡劇は終わらない。
糸の能力を持つ女は、屋上でも自在に攻撃範囲を広げ、麗華を追い詰める。
麗華は光を手のひらに集め、盾として構える。
一歩一歩を慎重に踏みしめ、糸を弾き、避け、反撃の隙を伺う。
「……絶対に……捕まらない……」
光が揺れ、手のひらで波紋のように広がる。
麗華の心は冷静だ。
能力の扱い方、糸の軌道、障害物の予測——すべてを総動員して、逃げ道を確保する。
屋上での直接対決が、今まさに始まろうとしていた。
黒瀬悠希は執務室のデスクで書類を確認していた。
設計図や契約書、報告書が整然と並ぶ。手元の資料に目を通しながら、思考を整理する。
スマートフォンが震えた。画面には風渡の名前。
「……また夜の出動か」
黒瀬は小さく息をつき、通話ボタンを押す。
「どうした、風渡」
低く落ち着いた声で問う。
「黒瀬くん☆。今夜じゃなくて、今だ☆」
「椿原高校で変異体が暴れている☆」
黒瀬の手が止まる。
「……椿原高校?」
脳裏に浮かぶのは大葉麗華の顔。
彼女は確か、この高校の生徒だった。
「……麗華か……!?」
思わず口に出す。
「状況は?」
「詳細はまだだが、校内で異常な光の揺らぎを確認している☆」
「生徒の安全が最優先だ」
黒瀬は立ち上がる。
「わかった……すぐに向かう」
外骨格とパイルバンカーのみを装備する。フル装備は必要ない。
速度と機動性を優先するため、あくまで光の変異体の状況に対応する装備だけを選ぶ。
ヘルメットを被り、外骨格を背負い、パイルバンカーを手に握り直す。
「……麗華、無事でいてくれ!」
つぶやき、深呼吸する。
校舎までは徒歩ではなく、ビル群を縫うように移動する。
黒瀬は外骨格の運動性を極限まで引き出し、パルクールのように屋上を駆け抜ける。
壁を蹴って距離を稼ぎ、手すりに掴まり、次の屋上に飛び移る。
足場は不安定で、時折コンクリートの端に爪先をかけながらバランスをとる。
外骨格が増幅する筋力で、通常の人間なら届かない距離でも楽々と飛び越えられる。
遠くに校舎の屋上が見える。
光の揺らぎがかすかに確認できるが、まだ状況は掴めない。
「……何が起きているんだ」
黒瀬は頭の中で最悪の事態を想定しながら進む。
ビルの屋上から屋上へと渡るたび、体に伝わる衝撃を外骨格が吸収する。
呼吸は落ち着いているが、心拍は高まる。
拳に力を入れ、屋上に立つ麗華の影を視認する。
現場はまだ全貌が掴めない。糸のような異能力が動いていることは誰も知らない。
黒瀬は予測を立てつつ、屋上に向かって駆け続ける。
「……来た」
低く呟き、戦闘態勢を整える。
屋上の端、光を宿す麗華の手のひらは微かに震えていた。
目の前には、大葉一家を脅かしたあの女――侵入者が冷たい視線を向け、屋上の中心で身構えている。
「……っ!!」
麗華は右手を高く掲げ、手のひらから白く透き通った光を放つ。
屋上の入口を覆い、侵入者の前進を阻む。
すると頭上から突風が巻き上がる。
「うわっ……!」
麗華の目が見開く。外骨格を纏った黒瀬が、空中から屋上へ降下してきたのだ。
「大丈夫かぁ!!」
「麗華ぁ!!」
黒瀬は声を荒らげている。その存在感は圧倒的で、麗華の胸に力強く響く。
「な、何で……空から……!」
麗華は驚きのあまり、思わず後ろに一歩下がる。
黒瀬は軽く膝を曲げて着地し、安定した姿勢で立つ。
「助けに来た。やるぞ」
その一言で、麗華は小さく頷く。
「……戦うんですね。」
緊張と恐怖が入り混じる。だが、黒瀬の落ち着いた存在が背中を押す。
「そうだ、二人ならできる」
黒瀬の目は決意に満ちている。
麗華は右手の光で屋上の入口を完全に封じ、侵入者の進行を阻む。
左手の光は黒瀬の動きを補助し、攻撃の正確性や威力を底上げする。
「……私も、やるんだ」
小さく息を吸い込み、覚悟を決めた。
黒瀬は拳を握り、蹴りの構えを取る。
敵の動きを観察しつつ、接近戦のチャンスを窺う。
女が一歩踏み出す。
「面倒なことになったわね」
女は冷静だが、麗華の光と黒瀬の気配に一瞬だけ動揺する。
黒瀬は素早く踏み込み、拳を振り上げる。
麗華の左手の光が黒瀬の拳を補助し、威力を増幅させる。
「うっ……!」
女は初めてまともに衝撃を受け、少しよろめく。
麗華は右手の光で屋上の出入口をさらに硬くし、1人として出入りが出来ない状況をつくる
「これなら……!」
少し息を切らしながらも、光を制御する手に力がこもる。
黒瀬は蹴りを放ち、敵の腕を弾き飛ばす。
麗華は左手で黒瀬をサポートし、蹴りの角度と威力を微調整。
二人のコンビネーションが自然に生まれ、屋上の戦場は彼らのペースで回り始める。
「……やれる……」
麗華の瞳に覚悟の光が宿る。
黒瀬は敵を見据え、次の攻撃を読みながら体勢を整える。
屋上の戦場は、光と肉体のコンビネーションで満ちる。
侵入者の動きは制限され、二人は互いに呼吸を合わせて攻防を続ける。
「……ここからだな」
黒瀬が低く呟き、麗華も右手の光に力を込める。
戦闘は、今のところ黒瀬と麗華のペースで進んでいた。
黒瀬の拳と蹴りが侵入者の攻撃を牽制し、麗華の右手の光が屋上の入口を封じる。
左手の光は黒瀬の攻撃を補助し、攻防の連携は完璧に近い。
「……よし、これで……!」
黒瀬は蹴りの連打で侵入者を押し込み、麗華も光で後方を固める。
一瞬、屋上に静寂が訪れた。
優勢に思われたその瞬間――
突然、黒瀬の身体中に激痛が走る。
「……っ!」
思わず声を上げ、足元が揺れる。
振り返ると、侵入者が手早く何かを操作している。
麗華には理解できなかったが、糸のような、鋭利な刃のような異質な力が黒瀬を襲ったのだ。
外骨格の補助があっても、攻撃の範囲と速度に完全には対応できない。
黒瀬の全身に走る痛み――皮膚を裂くような感覚。
「くっ……!」
彼は拳を握りしめ、蹴りで距離を取ろうとするが、痛みが全身に響き、反応が一瞬遅れる。
麗華は右手の光を最大限に広げ、侵入者を取り囲むことで完全に遮断する。
左手の光で黒瀬をサポートしようとするが、彼の全身の損傷があまりにも急激で、補助にも限界がある。
「黒瀬さん……!」
思わず声が震える。
黒瀬は咄嗟に光の揺れを避け、膝をつきながらも視線を麗華に向ける。
「……大丈夫だ、麗華……俺は……まだ動ける」
身体中からの流血、低く、そして辛そうな声。
優勢に見えた戦況が、一瞬で緊迫した局面へと変わった。
侵入者は冷静に微笑む。
「思ったより手ごわい……けれど、こんなものね」
切り裂く力を緩めず、黒瀬を追い詰める。
麗華は恐怖を押し殺し、右手の光をさらに硬く、左手で黒瀬を守るように広げる。
「……絶対、負けない!」
手のひらから光が白く眩く輝き、侵入者の動きを制限する。
黒瀬は痛みをこらえ、屋上のスペースを利用して身を翻す。
「……麗華、任せたぞ……!」
彼の意思は揺るがない。
屋上の戦場は、突如として緊張感に包まれた。
二人のタッグはまだ生きているが、黒瀬の損傷により戦況は不安定になった。
光と肉体、近接戦闘の連携――ここからが本当の勝負となる。
屋上の空気は緊張で張り詰める。
右手で屋上の入口を光で封じ、左手で黒瀬をサポートする麗華。
しかし、侵入者の異質な力は容赦ない。
光の障壁をかいくぐるように、糸状か刃状か分からない攻撃が麗華の胸元をかすめる。
「うっ……!」
思わず声が漏れ、光の制御が一瞬乱れる。
同時に、黒瀬の全身を切り裂く攻撃が再び襲いかかる。
「……っ!」
彼は膝をつきながらも、反撃のタイミングを探す。
しかし痛みで反応が遅れ、攻勢を維持するのがやっとだ。
麗華は右手の光を必死に強め、侵入者の糸状攻撃を弾き返そうとするが、力の向きが微妙に変化している。
攻撃の一部が光をすり抜け、左肩に鋭い痛みが走る。
「……ぐっ……!」
思わず膝をつき、光の制御も乱れ始める。
黒瀬は麗華の左手の光を頼りに、なんとかバランスを取る。
「……麗華、動けるか!」
彼の声は痛みで低く震えるが、諦めてはいない。
「……はい……でも、痛い……!」
麗華も全身に痛みを感じながら、必死に立ち上がる。
右手で光を繰り返し放ち、侵入者の動きを制限しようとする。
左手の光で黒瀬を補助し、二人で少しでも距離を保つ。
侵入者は冷静に微笑む。
「お前たち、思ったより面白いじゃないのさ」
彼女の手が宙を切るたびに、光をまとっている二人に鋭い痛みが走る。
屋上は白い光と黒い影が入り混じり、緊迫の極みに達する。
黒瀬と麗華、二人とも切られたことで一瞬の動揺が生まれるが、互いに視線を交わし、戦う意思を確認する。
「……まだ、終わらせない」
黒瀬が低くつぶやき、痛みに耐えながら前に出る。
「……私も……負けない!」
麗華も右手の光を最大限に広げ、侵入者を封じ続ける。
痛みと恐怖に押し潰されながらも、二人は互いに補い合い、戦いを続ける覚悟を決める。
屋上の戦場は、切り裂かれた痛みと光の防御、そして近接戦闘の連携でさらに緊迫する。
黒瀬も麗華も傷つき、状況は絶対的に不利に見えるが、それでも二人の意志は揺るがない。
屋上での戦いは、光と格闘の連携でなんとか押さえていたものの、侵入者の攻撃は止まらない。
「まだ……行くのか……」
黒瀬は汗と血で濡れた顔を歪めながら、蹴りとパンチで牽制する。
麗華は右手の光で屋上の出口を固め、左手の光で黒瀬を補助する。
しかし、その制御にも限界が見え始めていた。
侵入者は冷静に、しかし確実に動く。
鋭く糸状の力を振るい、屋上に立つ二人に切り込む。
その一撃が黒瀬の右腕に直撃する。
「っ……!」
黒瀬は声を上げ、体が仰け反る。
痛みの感覚と同時に、右腕が完全に切断されたことを理解する。
血が飛び散る。外骨格の補助も、ここまでの切断には全く意味をなさない。
「……くっ……!」
黒瀬は片腕だけでバランスを取りながら、膝をつき、激痛に耐える。
麗華は目の前の光景に息を呑む。
「……黒瀬さん……っ!」
右手の光はまだ出口を固め続けるが、制御が乱れ、光が揺れる。
左手の光で黒瀬を支えようとするが、片腕を失った彼の体勢は安定しない。
侵入者は冷ややかに微笑む。
「ふふ、もういいわね」
女は躊躇なく攻撃を続け、麗華の肩や脚にも切っ先を向ける。
「や、やめて……!」
麗華は光を振り回し、なんとか防御するものの、攻撃の圧力は絶え間ない。
黒瀬は片腕の痛みを押し殺し、踏み込みながら敵の視線を封じる。
「……俺は……まだ……戦える!」
その声は、痛みで震えながらも強い意思を示す。
屋上の戦場は、切断の衝撃と痛みに満ちた絶望的な状況となった。
二人とも負傷し、侵入者の圧力は増す。
だが、互いを信じ、光と肉体で連携する意思は揺らがない。
「……絶対……諦めない……!」
麗華の瞳に、恐怖と痛みを越えた覚悟の光が宿る。
黒瀬も、片腕ながら姿勢を立て直し、次の動きを見据える。
屋上は血と光、そして肉体の痛みに満ちた絶望的な戦場となった。
それでも、二人の戦いはまだ終わらない。
血と痛みで張り詰めていた空気。
黒瀬は右腕を失い、膝をつきながらも尚、侵入者を見据えている。
麗華も肩や脚に傷を負い、体力は限界に近い。
しかし、目の前の女を見た瞬間、麗華の胸に新たな感情が湧き上がる。
「……許さない……!」
その声は、恐怖や痛みを超えて怒りに満ちていた。
手のひらから光が弾ける。右手の光はこれまでの防御だけでなく、攻撃として連続して放たれる。
「――っ!」
糸状の力で応戦する侵入者も、次々と飛び出す光の連打に防戦一方となる。
麗華の光はただぶつけるだけではない。
「殺すくらいの覚悟で……!」
その意志は光の威力と速度、量に反映され、屋上を覆う白い閃光は圧倒的だ。
黒瀬は片腕でバランスを取りつつ、麗華の攻撃に合わせて敵の視界を封じるよう左手の光を操作する。
「……麗華……強い……!」
彼の声も痛みに震えているが、驚きと信頼が混じっていた。
侵入者は想定外の威力と物量に後退を余儀なくされる。
「く……何……この力……!」
女は糸を伸ばして椅子やロッカーを投げつけるが、光の防御と連続攻撃の前に思うように前進できない。
麗華は恐怖を振り切り、光の連射を止めない。
右手は攻撃、左手は黒瀬のサポートと防御の補助。
屋上の空間は白い光で覆われ、侵入者の動きを完全に制限する。
「……ここまで……やらせはしない……!」
麗華の言葉には殺意がこもり、光の強さと速度はさらに増す。
侵入者は咄嗟に後方へ飛び、攻撃の糸で屋上の障害物を投げつけて応戦するが、光の物量に押されて防御が精一杯。
黒瀬は痛みをこらえ、片腕だけで敵の動きを封じる。
「……麗華……その調子だ……!」
二人の連携は完璧ではないが、互いの動きに呼応し、屋上での戦況は完全に麗華主導になりつつある。
侵入者は後退しながらも糸を振り回すが、威力・速度・量すべてで麗華の光が勝り、次第に追い詰められていく。
「……これが……私の力……!」
麗華の瞳は怒りに輝き、光は連続して放たれ、侵入者の行動範囲を狭めていく。
屋上に響く衝撃の音――破壊される手すり、跳ね飛ぶ障害物――すべてが、麗華の決意の証だった。
絶望的な状況の中で、二人は互いを信じ、攻撃の意志を貫く。
そして、侵入者は初めて、麗華の本気の力に恐怖を覚えることになる。
屋上は白い光に包まれ、風が巻き上がる。
麗華の右手の光が連続して侵入者に放たれ、左手の光で黒瀬の動きを補助する。
侵入者は糸を振り回して抵抗するが、連続する光の衝撃に押され、後退を余儀なくされていた。
「……これで……終わらせる……!」
麗華の瞳は怒りに燃え、光の威力はますます増す。
屋上の鉄柵や障害物が飛び、白い閃光が閃くたびに、侵入者は身をひねって防御に回る。
黒瀬は片腕の痛みを押し殺し、左手の光で麗華を守りながら接近する。
「……行くぞ」
低くつぶやき、パイルバンカーを手に取る。
これまで温存していた最後の切り札だ。
麗華は光の連射を続け、侵入者の糸の動きを封じる。
「……黒瀬さん……!」
左手の光が彼を補助し、侵入者に接近するための安全な通路を作る。
黒瀬は痛みに耐えながら、地面を蹴り、パイルバンカーを振りかぶる。
「ここで終わらせる……!」
侵入者は咄嗟に糸を飛ばして応戦するが、光の連打で攻撃の軌道が制限され、避けきれない。
黒瀬のパイルバンカーが一気に振り下ろされる――強靭な衝撃が屋上に響き、侵入者を直撃する。
「うっ……!」
侵入者は吹き飛ばされ、屋上の端で倒れ込む。
糸が絡まり、もがきながらも動けない。
麗華は力を振り絞り、最後の光を叩き込む。
「……これで……終わりよ!」
右手の光がさらに強く爆発し、侵入者を完全に封じ込める。
黒瀬は膝をつきながらもパイルバンカーを保持したまま、麗華を見やる。
「……大丈夫か?」
疲労と痛みが色濃く残る麗華は、ゆっくりと頷く。
「……はい……黒瀬さん、ありがとうございました……!」
侵入者は完全に無力化され、屋上は静寂に包まれる。
血と光の戦場の中で、二人は互いに立ち上がり、傷を抱えながらも勝利の余韻を感じていた。
黒瀬は片腕を失った痛みを抱えつつ、麗華をそっと庇う。
「……まだ危険は終わっていない。だが、今日はここまでだ」
麗華は光をゆっくり消し、息を整える。
「……はい……でも、私、やっと少し戦える気がしました」
屋上の風が血と光の匂いを運び、静かな午後の光の中で、二人の戦いは一旦幕を下ろした。
傷つき、疲れ果てても、互いを信じる力は確かに残っている。
屋上には、戦闘の痕が鮮明に残る。鉄柵は曲がり、飛ばされた椅子や机が散乱していた。
麗華は息を切らし、光を消す手を握り締めたまま立ち尽くす。
右手にはまだ力が残っているが、体力の限界が間近に迫っている。
黒瀬も片腕を失ったまま、膝をつき、荒い呼吸を繰り返す。
「……麗華……大丈夫か……」
「はい……でも……」
麗華は声を振り絞り、戦況を振り返ろうとしたそのとき、屋上の向こうに目をやる。
女――侵入者が、自らの血で奇妙な模様を描いていた。
赤い線が屋上のコンクリートに這い、意図せぬ文字や印のような形を形成している。
「……な、何を……」
麗華の声は震え、光を再び放とうとするが、体の疲労が限界を告げる。
黒瀬も立ち上がろうとしたが、片腕を失った痛みと全身の打撲で、動きが鈍る。
「……止めろ……!」
二人は必死に前に出ようとするが、屋上の広さも体力も足りず、女の描く血の模様に手が届かない。
その瞬間――突如として黒い稲妻が空を裂き、轟音が屋上を揺るがす。
眩い光と共に、女の姿が一瞬にして消えた。
「……え?」
麗華は目を見開き、黒瀬も天を仰ぐ。
稲妻が去った後、屋上には女の姿はなく、血の模様だけが不気味に残されていた。
「……敵は……退いたのか?」
黒瀬は左手の光を微かに立ち上げ、周囲を警戒する。
「……でも、何か……気になる……」
麗華も疲労で身体が震えながら、血の模様を見つめる。
屋上には二人の荒い呼吸と、血で描かれた不可解な痕だけが残る。
戦闘は終わったが、敵が完全に去ったわけではない――そんな余韻が、二人の胸に重くのしかかった。
「……今日は……これで……終わりに……」
黒瀬は低くつぶやき、麗華も小さく頷いた。
二人は疲労に押し潰されそうになりながらも、互いの存在に少しだけ安堵を覚える。
屋上に残る血の模様が、静かに赤く光を反射する。
敵の不穏な痕跡は、二人に新たな警戒と決意を残した――戦いはまだ終わっていないことを、二人は肌で感じていた。
屋上に残る血の痕と静寂の中、麗華は膝をつき、深く息をついた。
身体は傷だらけで、打撲の痛みや切り傷が全身に走る。
だが、目の前の黒瀬――片腕を失ったまま膝をつく彼を見て、麗華の胸に特訓での教えが甦る。
「……光の力は、思いによって性質が変わる……」
特訓中、烏丸に言われた言葉が耳の奥で響く。
今までは「壊す」という目的で光を放つことしか考えていなかった。
敵を押し返すため、攻撃するためだけの光。
しかし今、目の前の黒瀬が片腕を失い、痛みに苦しむ状況――その瞬間、麗華の中で閃きが生まれた。
「……なら、光を傷に当てれば……治せるかもしれない……」
右手の光を凝縮し、黒瀬の右腕に向ける。
「痛くても……大丈夫……!」
彼女の意識は攻撃ではなく、癒やすことに集中する。
光は温かく、柔らかく、これまでの破壊の威力とは全く違う性質を帯びる。
左手で黒瀬の体を支えつつ、右手の光を切断面に沿わせるように当てる。
一瞬、光は揺れ、乱れ、まるで意思を確認するかのように黒瀬の傷口に絡む。
「……効く……のかな……」
麗華の声は小さく震える。
しかし、光が切断面に触れた瞬間、微かに血の流れが減り、裂けた肉がゆっくりと元に戻る感覚が伝わってきた。
黒瀬は驚きの声を上げる。
「……麗華……それ……本当に……効いてるのか?」
「……たぶん……! 光の性質は思い次第で変わるんです……だから……」
彼女はさらに集中し、光を細かく制御する。
右腕の切断面から徐々に肉が再生し、皮膚が繋がっていく。
血が徐々に止まり、腕の形状が元に戻る――まるで何事もなかったかのように。
麗華の身体は疲労で震え、傷も痛む。
だが、それでも集中を切らさず、光を持続させる。
「……できる……かもしれない……!」
彼女の決意が光に乗り、黒瀬の右腕を再生させていく。
やがて、右腕の形状は完全に元通りになった。
黒瀬はゆっくりと腕を動かし、力を込めて握り拳を作る。
「…………凄い……麗華……お前……」
驚きと感謝の入り混じった声。
麗華も息を荒くしながら、立ち上がる。
「……無事で……よかった……」
疲労で体が震えているが、胸の奥に達成感と安心が広がる。
屋上には戦いの痕跡と血の模様が残るが、二人の間には静かに安堵の空気が流れた。
黒瀬の右腕は完全に回復し、麗華は光の新たな可能性を実感した――攻撃だけでなく、治癒にも応用できることを。
「……これで……少しは……私も戦える……」
麗華の言葉には、恐怖や痛みを越えた自信が宿っていた。
黒瀬は微かに微笑む。
「……そうだな、麗華……お前の光は、攻撃だけじゃない……守ることもできる……」
屋上の血と光の残骸を前に、二人は静かに息を整える。
戦いは終わった――しかし、光の新たな力と、二人の信頼が、未来への道を開きつつあった。
屋上での戦闘が終わって間もなく、遠くにサイレンの音が響き始めた。
警察と救急車が校舎内を駆け巡り、非常放送と連携して学校内の安全確認を進める。
「……来たか」
黒瀬は片腕を光で回復させた後も、疲労で体を支えるのがやっとだった。
麗華も肩や脚に打撲の痛みを抱え、膝をついたまま息を整えている。
救急隊が屋上に到着し、状況を確認する。
教員や生徒には大きな被害はなく、重症者は戦闘に巻き込まれた二人のみだという。
「こちらで処置を開始します」
救急隊員は手際よく応急処置を施し、ストレッチャーを準備する。
黒瀬は麗華を見やり、かすかに笑った。
「……よくやったな、麗華」
「……黒瀬さんこそ……」
互いに満身創痍でありながらも、自然と称え合う。
救急隊は二人を慎重に担ぎ、屋上から搬送用のリフトへ移す。
光で防御した痕跡は消え、血の跡も警察によって確認されている。
「大丈夫か? 腕は……」
「……はい、もう大丈夫です」
黒瀬も右腕を確認し、少し安堵した表情を浮かべる。
病院に運ばれる途中、救急車の中で二人は疲労と安堵に包まれ、静かに会話を交わす。
「……次はもっと安全に戦えるように、特訓を続けないとな」
「はい……でも、今日は……本当にありがとうございました」
二人の言葉には、戦いを共に乗り越えた信頼と、互いを労う優しさが含まれていた。
救急車が病院に到着し、医療スタッフが二人を受け入れる。
搬送される黒瀬と麗華は、痛みや疲労に耐えながらも、お互いを見つめ合い、安堵の微笑みを交わす。
屋上に残された血の模様は、二人の戦いの痕跡として静かに光を反射する。
だが、戦いを乗り越えた二人には、それを恐怖ではなく、力と経験として刻む余裕が少しだけ生まれていた。
戦闘は終わり、敵は姿を消した。
しかし、光の力と二人の絆は、次の戦いに向けて確かに強くなっていた。




