第五話 日常と焦燥
第五話 日常と焦燥
数週間が経過していた。
麗華は放課後、烏丸の指導のもと、能力特訓に励んでいる。
両親は無事に退院し、麗華も高校へ復帰していた。
放課後の会社の一室。光の訓練用の空間は広く、天井の高い無機質な部屋だ。
窓からは夕陽が差し込み、光が柔らかく床を照らしていた。
「麗華さん、次は手首の動きに合わせて光の形を変えてみましょう」
烏丸は丁寧な口調で、麗華の肩に手を添え、光の軌跡を手で示す。
麗華は深く息を吸い込み、手のひらに集中する。
柔らかな光が指先から広がる。
光はまるで生きているかのように、手の動きに応じて形を変え、円や弧、球状になった。
「……まだ少し乱れます」
「問題ありません。慣れの問題です。焦らず、手首の感覚と光の重みを同期させてください」
麗華は頷き、再び手を動かす。
光は指先から滑らかに、床をかすめ、壁に沿って曲線を描きながら飛ぶ。
彼女の目に、わずかな達成感が宿る。
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一方、会社の開発部では、黒瀬悠希が徹夜明けで目を赤くしていた。
机の上には、リハビリ支援用マシーンの設計図や制御ソフトのノートパソコン、部品の小箱が散乱している。
「……また動作不良か」
黒瀬は無言でパネルを叩く。
モーターの回転が微妙に狂い、センサーの値が不安定になるたびに、眉を寄せる。
紫苑先輩は隣で腕を組み、疲労困憊の表情ながらも、どこか茶化すように口を開いた。
「社長、ここまで現場に降りる必要あるんですか? いつもは指示だけで十分でしょうに」
「納期が迫っている。直接触れて確認した方が早い」
黒瀬の声は低く、簡潔だ。
だがその瞳には、徹夜明けとは思えぬ鋭い光があった。
「……社長、そこまでやるなら私も手伝いますけど?」
紫苑先輩は半ば呆れ、半ば楽しげに笑う。
黒瀬は軽く頭を振り、手元のマシーンを調整し続ける。
リハビリ支援用マシーンは、人間の腕や足の微妙な動きを補助する装置だ。
センサーで患者の筋力を測定し、モーターで負荷を調整する。
操作を誤れば、患者に危険が及ぶ。
だからこそ、黒瀬は開発の最前線に立っていた。
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麗華の特訓場では、光の軌跡がより複雑になっていた。
烏丸の指導のもと、麗華は手のひらで光を円状に回転させ、速度を変え、浮遊させる。
小さな球体の光が、手から離れ、空中で数秒間静止する。
それはまるで生きた生物のように、麗華の意識に呼応して形を変えた。
「うまく行った……かも」
麗華は小さく呟く。
烏丸は微笑んで頷く。
「素晴らしいです。麗華さん。手の動きと光の感覚が合致してきました」
「でも、まだ不安定です」
「大丈夫です。恐怖心は力の制御を乱します。今のあなたには、慎重さと集中力があります」
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開発部の黒瀬は、机に置かれた制御用パネルを見つめ、唸る。
モーターの調整、センサーのキャリブレーション、制御アルゴリズムの微調整……。
徹夜明けの疲労で思考は鈍くなるが、社長としての責任感が彼を支えていた。
「……これで最後だ」
黒瀬は手元のボタンを押す。
装置が静かに作動し、アームが滑らかに動き、センサー値が安定する。
紫苑先輩は思わず息を呑む。
「……社長、やっぱり現場で直接やった方が早いですね」
黒瀬はわずかに口角を上げ、しかし疲労の色は消えない。
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麗華の光の特訓も終盤に差し掛かっていた。
手のひらから放たれる光は、まるで風のように滑らかに、空中で曲線を描き、床や壁に反射する。
烏丸は静かに観察し、時折アドバイスを加える。
「麗華さん、光の動きが自然になっています。この調子で、対象物を守る意識を少し加えてみましょう」
麗華は小さく頷き、手を差し伸べる。
光は手のひらから飛び出し、空中で球状に広がり、ゆっくりと前方の小さな障害物を包み込む。
その瞬間、麗華は一瞬息を詰める。
光を自分の意思で“守る”ために動かしたことは初めてだった。
「……できた」
「素晴らしいです。麗華さん。意識が光と同期しました」
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夜も更け、会社では黒瀬と紫苑先輩が徹夜作業を終えた。
リハビリ支援マシーンは動作確認に成功し、試験プログラムも安定した。
「……やっと終わった」
黒瀬は深く息を吐き、椅子に体を預ける。
紫苑先輩は笑いながら、頭を振る。
「社長、ほんとアホですね。徹夜続きで現場に出てくるなんて」
「……社長だからな」
黒瀬の声は低く、少しだけ笑みを含んでいた。
部下たちの疲弊と、責任を背負った安堵感が、わずかに彼を柔らかくした。
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麗華も特訓を終え、会社を後にする。
家に戻る途中、夕陽に染まる街並みを歩きながら、彼女は手のひらの光を思い浮かべる。
空中で球状に漂う光、柔らかく手に沿う光、守るために動いた光。
「……私、少しずつだけど、やれるかもしれない」
その思いを胸に、麗華は家の扉を開けた。
両親は笑顔で迎え、久しぶりに家族のぬくもりを感じる。
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会社では、黒瀬が夜空を見上げ、静かに息を吐く。
麗華の特訓は、彼の中で小さな希望の光となっていた。
そして、自分が守るべきもののために、今日も彼は戦い続けるのだと、静かに誓った。




