第2話 撃てと言われた夜
第2話 撃てと言われた夜
夜の港湾道路は、昼とは別の顔を持つ。
街灯に照らされたアスファルトは鈍く光り、遠くから聞こえるのは波の音と、コンテナ同士が擦れる金属音だけだった。
黒瀬悠希――ファルコンは、ハンドルを握りながら前方を見据えている。
助手席には大張大吾巡査。
後部座席には川山キリコ(かわやまきりこ)巡査。
車内は静かだったが、張りつめた緊張が空気を満たしていた。
「……警察が、表で動けない案件ってのは」
大張が、硬い声で切り出す。
「正直、あまり気持ちのいいものではありません」
「でしょうね」
川山はシートに背を預け、窓の外を眺めたまま答える。
「合法書類、正規ルート、責任の所在が宙ぶらりん。
上が動くと、誰かの首が飛ぶやつ」
「川山」
「事実でしょ」
大張は言葉に詰まり、前を向き直った。
ファルコンは口を挟まない。
だが、その沈黙は二人を無言で制していた。
「……俺たちは支援役です」
大張が改めて言う。
「現場判断は、黒瀬さんに委ねられています」
「任される側としては、ありがたくない」
川山が軽く笑う。
「警察って肩書き、こういう時は重たいだけ」
「それでも必要だ」
ファルコンが短く言った。
「判断を間違えた時、止める人間がいる」
川山は一瞬だけ、バックミラー越しにファルコンを見る。
「……あんた、自覚ないでしょ。
それ、自分が止められる側だってこと」
返答はない。
車は速度を落とし、倉庫群の手前で停車した。
「ここから徒歩だ」
ファルコンがドアを開ける。
潮の匂いが、夜気とともに流れ込んできた。
⸻
倉庫街は、異様なほど静かだった。
シャッターの並ぶ通路。
人気はないはずの場所。
――だが。
「……人影?」
大張が足を止めた。
倉庫の前に、少女が立っている。
ブレザーの学生服。
膝丈のスカート。
夜風に揺れる、金髪のロングヘア。
俯いたまま、微動だにしない。
「こんな時間に……?」
川山が周囲を警戒する。
「単独。熱反応、他になし」
大張が一歩前に出る。
「おい、君」
少女は、ゆっくりと顔を上げた。
焦点の合っていない目。
無表情。
年齢は、十代半ば。
「ここは危ない。すぐ離れた方がいい」
その瞬間だった。
少女の右手が、静かに持ち上がる。
掌が、夜空を向く。
「――大張!」
ファルコンの声が飛ぶ。
遅い。
右手が、内側から白く発光した。
次の瞬間、左手が――
一直線に、大張を指した。
「避けろ!」
川山が叫ぶ。
光が放たれる。
直線的な閃光。
空気を裂く音。
大張は本能で地面を蹴った。
外骨格が悲鳴を上げる。
閃光は大張のいた場所を掠め、
背後の車に直撃した。
轟音。
車体が宙を舞い、倉庫の壁に叩きつけられる。
「……っ」
大張は転がりながら起き上がった。
「今の……何だ」
少女は、何事もなかったように腕を下ろす。
表情は、変わらない。
「……来たか」
ファルコンが低く呟く。
川山が歯を食いしばる。
「銃じゃない……」
少女の肩が、小さく震えた。
金髪の隙間から、雫が落ちる。
「……ごめんなさい」
か細い声。
謝罪だった。
「やりたく、ないのに……」
だが。
右手が、再び持ち上がる。
掌の奥で、光が膨張する。
「二発目、来る!」
ファルコンが踏み出す。
「川山、俺を使え!」
川山は迷わなかった。
ファルコンの背を踏み台に跳躍する。
空中で銃を抜く。
照準は、少女から――わずかに外す。
乾いた銃声。
少女の肩が跳ねる。
光が霧散した。
その一瞬。
「今だ!」
大張が踏み込む。
一直線。
腕を取り、腰を落とす。
柔道の型。
少女の身体が宙を舞い、地面へ。
衝撃は最小限。
外骨格が吸収する。
「……制圧」
大張の声は、静かだった。
川山が着地する。
「撃たずに済んだ」
ファルコンは一歩引いた位置から、少女を見る。
押さえられたまま、嗚咽を漏らす少女。
「……大丈夫だ」
低い声。
「もう、撃たなくていい」
涙に濡れた目が、彼を見る。
恐怖と、安堵。
そのどちらも、本物だった。
⸻
ほどなく、暗がりから一人の男が現れる。
「やれやれ……派手だね」
風渡柴胡。
軽い口調とは裏腹に、視線は鋭い。
「想定外の遭遇だけど、処理は上々だね☆」
少女を見る。
「……変異体かな☆」
「しかも、未成年です」
川山が言う。
「戦闘訓練は受けてない。
強制された可能性が高い」
ファルコンが言う
「だろうね」
風渡は頷く。
「保護扱いにしよう☆
記録も、そうするね☆」
ほどなく、サイレンを鳴らさないパトカーが到着する。
少女は後部座席へ。
扉が閉まる直前、一瞬だけこちらを振り返った。
不安と、期待が混ざった目。
ファルコンは、その視線を受け止める。
「……柴胡」
「なにかな☆?」
「少女の家族を調べろ」
一拍。
「人質の可能性がある」
風渡の表情が、わずかに変わる。
「勘がいいね☆」
パトカーは、夜に溶けていった。
⸻
数十分後。
通信が入る。
『家族は無事だ☆』
その言葉が落ちた瞬間。
「……っ」
川山の足が、もつれた。
柱に手をつき、息を吐く。
「よかった……本当に……」
大張が支える。
「無理するな」
『ただし☆』
風渡の声が低くなる。
『家には、別の女がいて、取り逃した☆』
沈黙。
逃げた女。
残された謎。
ファルコンは、夜の倉庫を見渡す。
「……終わってないな」
その言葉だけが、静かに残った。




