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第十話 夜の空を舞う者

第十話 夜の空を舞う者


通信が入ったのは、日付が変わる直前だった。


黒瀬は社内の執務室で、一人書類を眺めていた。

内容は頭に入っていない。

ただペンを持ち、紙をめくっているだけだった。


端末が震える。


表示された名前を見て、黒瀬は小さく息を吐いた。


「……警察、か」


通話を受ける。


『社長、出動要請です』


烏丸の声には切迫感があった。


「内容は」


『湾岸寄りの旧工業地帯。

 違法薬物と銃器の中継地点になっています』


「反社の類か?」


『表に出ているのは、違います』


一瞬、間があった。


『――今回の実行役が、未成年ばかりです』


黒瀬の表情が変わる。


『ホームレス、家出、外国籍、身寄りなし。

 金と寝床を餌に使われている』


「……人質か」


『従わなければ、命を取られるでしょう』


黒瀬は、椅子から立ち上がった。


「警察は」


『踏み込めば、彼らが“捨て駒”として殺される可能性が高いとのことです』


黒瀬は答えない。

だが、すでに装備のことを考えていた。


「……死人は出すな、という条件か」


『おっしゃる通りです』


「やるしかないな」


通話が切れる。


黒瀬は、地下へ向かった。



夜の工業地帯は、音がない。


錆びた配管。

崩れかけた倉庫。

遠くで鳴る、船の警笛。


黒瀬は屋上から静かに降り立った。


外骨格は最低出力。

目立つ装備は、すべて排除している。


倉庫の中から、声が漏れていた。


「……マジで、これ運ぶだけでいいんだよな?」


若い声。

震えている。


「余計なことすんな。

 言われた通りにしろ」


別の声。

こちらは年上だが、命令する側ではない。


黒瀬は、壁越しに状況を把握する。


中にいるのは七人。

全員、二十歳未満。


銃を持たされているが、

引き金に指をかけている者はいない。


(……脅されてるな)


黒瀬は、天井の梁に移動した。


次の瞬間。


照明が落ちる。


「え?」


「停電か!?」


暗闇。


だが、完全ではない。

非常灯が、ぼんやりと床を照らす。


黒瀬は、音もなく地面に降りた。


一人目。

背後から、関節を極めて床に伏せる。


「痛っ……!」


二人目。

銃を叩き落とし、鳩尾に一撃。


「ぐっ……」


混乱が広がる。


「誰だ!?」


「警察か!?」


黒瀬は、声を張らない。


低く、しかしはっきりと言う。


「――違う」


全員が、動きを止めた。


「俺は、お前たちを捕まえに来たんじゃない」


沈黙。


「ここから出る道を作りに来た」


一人の少年が、叫ぶ。


「嘘だ!

 逃げたら、殺される!」


黒瀬は、その少年を見る。


「……誰に」


「……元締めに」


「顔は?」


「……知らない」


それが答えだった。


黒瀬は、拳を下ろした。


「なら、ここにいる限り、ずっと使われる」


誰も反論できない。


「外に警察はいない。

 今夜は、俺だけだ」


ざわめき。


「選べ。

 ここで終わらせるか、

 次もまた、誰かの命を運ぶか」


少年の手が、震えていた。


やがて、銃を落とす音が響く。


一人、また一人。


最後に、年上の青年が膝をついた。


「……助けてくれ」


黒瀬は、うなずいた。


「それでいい」



夜明け前。


警察が、静かに現場を押さえる。


少年たちは、毛布に包まれていた。


泣いている者もいる。

呆然としている者もいる。


黒瀬は、少し離れた場所で、それを見ていた。


『……死人なし』


通信越しの声が、安堵を含む。


「条件は守った」


『ああ☆

 ……助かったよ☆』


黒瀬は、空を見上げた。


まだ暗い。


(これが、俺の仕事だ)


英雄でもない。

正義でもない。


ただ――

壊れる前の人生を、

ぎりぎりで引き戻す。


それだけだ。


夜明け前の警察署は、いつも少しだけ静かだ。

事件は一区切りついたが、書類と疲労だけが残っている。


会議室の蛍光灯が白く唸り、金属製の机に影を落とす。


「……以上が、昨夜の事案報告です」


大張巡査が、背筋を伸ばしたまま報告を終えた。

筋肉で張った肩が、制服をぎりぎりまで引き延ばしている。


「対象グループは全員確保。

 強要されていた未成年者六名、全員無事」


「で、その“原因”は?」


川山巡査が、資料をめくりながら言う。

感情の起伏を感じさせない、乾いた声。


大張は一瞬、視線を落とした。


「……我々が踏み込む前に、

 すでに制圧されていました」


沈黙。


川山が鼻で笑う。


「夜の鳥さん、流石ですね」


「言い方☆」


軽い声が割り込んだ。


「もうちょっとこう……

 ロマンを感じてあげてよ☆」


風渡警部補だった。


紙コップのコーヒーを片手に、椅子を引いて座る。

語尾は相変わらず軽いが、目だけは冴えている。


「黒瀬の活躍には目を見張るものがあるね☆」


川山がちらりと風渡を見る。


「……あんた、あっさり名前出しますね」


「ここではいいでしょ☆」


風渡は肩をすくめる。


「この部屋にいる三人は、

 ファルコンの正体を知ってる側なんだから」


大張も、川山も否定しない。


彼らは知っている。

黒瀬悠希――

昼は巨大企業の社長、夜はファルコン。


そして、

背中を並べて戦ったという事実を。


「……正直に言うと」


川山が口を開く。


「最初は信用してませんでした。

 法の外で動く人間なんて、

 いずれこちらに牙を剥くと思ってた」


「わかる☆」


風渡は即座にうなずく。


「俺も初対面は『この人、危険すぎる』って思った☆」


大張が、低い声で言う。


「ですが……」


一拍、置く。


「彼は一度も、

 我々の判断を無視したことがありません」


「むしろ」


川山が続ける。


「私たちが間に合わない場所を、

 黙って塞いでくれてる」


風渡は、コーヒーを飲み干した。


「黒瀬はね☆

 自分を正義だと思ってないんだ☆」


「では、何だと?」


大張が問う。


「“必要悪”ですらなく......☆」


風渡は少し考えてから言った。


「……ただの、夜勤かな☆」


川山が眉をひそめる。


「夜勤?」


「昼間の社会が見ないようにしてる場所を、

 黙って片付ける仕事☆」


風渡は机を軽く叩く。


「今回の件もそう。

 脅されて犯罪に協力させられてた若者たち――

 警察が踏み込める頃には、

 何人か人生終わってたかもしれない☆」


大張の拳が、無意識に握られる。


「黒瀬は、そこを潰した」


「証拠も、被害も、最小限で」


川山が呟く。


「……ヒーロー気取りじゃないのが、余計に厄介」


「うん☆」


風渡は笑った。


「だから信頼できるのさ☆」


椅子から立ち上がり、背伸びをする。


「俺たちは表を守る。

 あいつは裏を引き受ける」


振り返って、二人を見る。


「その線引きだけは、

 絶対に越えない男だよ☆」


大張は、静かにうなずいた。


「……だから我々は、

 共闘できる」


川山は、少しだけ口角を上げる。


「借りを作りすぎてる気もしますけどね」


「返さなくていい☆」


風渡はドアノブに手をかけた。


「――夜が明けるまで、

 あいつが無事なら、それでいい☆」


扉が閉まる。


会議室に残った二人は、しばらく黙っていた。


やがて川山が言う。


「……ファルコンって存在、

 この街に必要なんでしょうね」


大張は、窓の外を見た。


少しずつ、空が白み始めている。


「ええ」


低く、確かな声で。


「夜を越えるために」

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