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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第九話






 数年経った今でも鮮明に覚えているのは、彼女の選曲が独特だったからだ。

 イベントの趣旨にもよるが、特に指定が無ければだいたいのDJは場を熱くさせる曲を選ぶ。ハイテンポな洋楽や流行りの邦楽は必須で、誰もが盛り上がりを意識するだろう。

 そんな中、田村雪乃――当時のDJ名は、確かたむ。彼女へと切り替わった瞬間に場の空気は変わった。

 聞き馴染みのない、暗いクラシック音楽が流れたからだ。

 クラシックを流すDJも、稀にいる。しかし、選ぶのはやはり人気曲やアップテンポなもの。鬱屈とした気分にさせるものを、わざわざクラブという場で選ぶ人間はいないに等しい。


「え……なにこれ」

「怖いんだけど」

「聞いたことある?有名なやつ?」

「いやいや。ないよ、こんなの」


 当然、フロアは困惑で満ちた。

 不思議と落ち着くのは、自分だけだろうか。頭蓋を震わせるガンガンとした騒音よりも、こっちの方が何倍もマシと思える。

 その時だけは、共鳴している気がした。

 ステージ上の彼女は楽しげで、遠くにいても鼻歌が聞こえてきそうなほどの上機嫌で。


「あたしは、好きです。こういうの、大好きです!」


 つい、ステージへ近付いてまで伝えに行った。

 また聞きたい。また、この空間に閉じ込められたい熱望もあった。


「ありがとう!」


 彼女は、眩しいくらいの笑顔で応えた。


「――結局、一回限りで終わったんだけどね」


 その後は一生、待てど暮らせどステージに現れなかった田村が次にタケチの前に姿を見せたのは、ニュース番組。テレビの中。

 

「ビビったよ、マジで。だって憧れの人が殺人鬼って……信じられる?」


 裏切りにも近い、焦燥。船崎には、感情の全てを体感はできない。ただ、痛く共感した。

 強烈な魅力で惹き付けると同時に、突き放しもする。相変わらず掴みどころのない人物で、知れば知るほど深淵の深さに恐怖する。


「今じゃ、ある意味で人気者っすよ」 


 界隈から、犯罪者が生まれた。衝撃は大きく、広まるのも早かった。

 おかげで一部ネット民からは後ろ指差されそうな現状だが、幸か不幸か田村雪乃の情報はほとんど解禁されていない。そのため、まだ被害は出ていない。

 何かにつけてカテゴライズされ、輪の中で問題児が発見されればひとたび、括られて叩かれる昨今。皮肉にも関係が希薄であったが故に、かろうじて差別から守られていた。


「船崎ちゃん……君、記者でしょ」


 疑いを確信へ変えたタケチの眼光は、鋭く光る。


「頼むから、変なこと書かないでよ」


 新たな被害が生まれることを、当事者としての恐れが、危惧に直結していた。

 お前の一文で、下手したら多くの人間が犠牲になるんだぞ、と暗に釘を刺す。最悪、田村雪乃よりも人を殺すことになる。

 船崎は、自分の軽率さを痛感した。興味本位、それから己のキャリアを求めるエゴのみでひた走った結果、自殺者を生んでしまう可能性があることを、まるで考えていなかった。

 気を引き締めて、頷く。

 今のところ、田村雪乃がレズビアン――あるいは、バイセクシャルやトランスジェンダーのいずれかに当てはまることは確定した。

 ここから先は慎重に、記事にしていかなければならない。


「田村さんについて……この界隈についても、もっと知りたいです」

「勉強熱心だねぇ、船崎ちゃんは」

「記者生命がかかってますから…」

「ふぅん。そんなに必死なら、試しに抱かれてみる?」

「えっ」

「手っ取り早いよ〜。女に抱かれるのがさ」


 予期せぬお誘いに、たじろいで身を引いた。

 生まれた隙間を埋めるように前のめりになったタケチの指先が、顎下に入る。

 ――こ、これは、どうするべき?

 知見を広めるためと割り切って受け入れるべきか、そんな気がないからと断るべきか。

 抵抗はあるが、取材のお礼だ。仕方ない、と強く瞼を下ろして、キスの予感に立ち向かった。


「っく……はは。おもろ」


 与えられたのは柔らかく頭を触る感触だけで、覚悟していたものではなく。


「君って、バカ正直だね。ってか、バカ。ウケる」


 何が面白いのか、口元を押さえて笑うタケチは楽しそうで、からかわれたと気付いた時、船崎の体には羞恥が巡った。


「っ……乙女心を返してください」


 せっかくの勇気が無駄になったと腹を立て、叩く素振りだけする。


「あんま……初対面のやつ、信用しちゃだめだよ」

 

 その手を掴み、今度は優しく忠告した。

 こういう、ドキリとする些細な触れ合いや会話の内容は、男女の空気感に近いかもしれない。恋愛に性別は関係ないようで、やはり船崎にはまだ理解が追いつかない。心が望むのは、どう頑張っても男性のみだからだ。

 二丁目の雰囲気も感じられたところで、終電も近付いたため、帰ることに。タケチとは、また後日会う約束をした。


「はぁー……疲れた」


 集合住宅のワンルーム。

 蒸し暑い室内にうんざりして、帰宅早々クーラーのリモコンを操作する。冷房、18℃。国が推奨する28℃なんてやってられない。

 冷えるまではパタパタと服を仰ぎながら、仕事机の上でメモとパソコンを開いた。


「田村雪乃は、田舎生まれ田舎育ちのレズビアン……?」


 不良と引きこもり、どちらも経験した学生時代。これだけでも、かなり珍しい人種と言える。

 おまけにDJを務めたり、飲みに出かけたり。意外と、アクティブで明るい人間だったのかもしれない。かと思えば、逮捕される以前の数年は家からまるで出ておらず、週に一度の買い出しさえ億劫そうな気配があった。

 子供好きだが、子供を生むことはせず、目の前で困っている花恋という少女も救わなかった。

 彼女は、常に二面性を備えている。

 いったい、どんな人生を生きたらそうなるのか。

 やはり、全ては家庭環境に詰まっているに違いない。決めつけて、得た情報をまとめるためペンを取った。

 


 


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