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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第八話






 ミラーボールが回る。


 香水、酒、タバコ。種類の違う香りたちが入り混じり、不快と快楽の狭間を惑い漂う。

 声を張らなければ会話もできない騒音の洋楽をBGMに、全員が全員、コップ片手に酔いしれる。音に乗り、小さく踊る者が大半だった。

 狭い空間の隅っこでは、見つめ合い乾杯を交わす女たちもいた。中には、気分の盛り上がりを示すかのように唇同士を合わせる人間も、ちらほら。


 新宿二丁目。


 いわゆるLGBTと括られる人間達の、憩いの場。


「お姉さん……かわいいね」

「え!?」


 数少ない、出会いの場でもある。


 取材に訪れた船崎も、“女に口説かれる”という人生初の経験を済ませたところだ。

 もちろん丁重にお断り。しかし、悪い気はしなかった。

 この街では、同性を誘うことが当たり前なんだろう。あちらこちらでナンパ紛いな会話を見かける。無事に成功し、腰を抱きながら退店するふたり組もいた。

 ここは、男子禁制の立ち飲み形式のバー。雰囲気は小規模なクラブのようで、奥側には一段高い小さなステージのようなものも存在する。

 客は、女性のみ。ただ、男性と見間違えるほど短髪でボーイッシュな格好の女性も多く見られた。


「君、タチネコどっち?」

「た……たちねこ?」

「うん。……あ!もしかして、こういうとこ初めて?最近自覚した感じ?」


 あけすけな質問に戸惑い、怖気づく。なんとなく、住む世界が違う気がして居心地が悪い。

 ――もっと下調べしてから来るんだった。

 用語的なものがあるだなんて露知らず。関東圏内のレズビアンなら、一度は訪れたことがあるだろうという憶測のみで考えなしに来たことをさっそく後悔した。


「ごめんねぇ、こいつ常識なくてさ。普通は初対面でセクとか聞かんから。怖がんないでね」

  

 それも、気さくな女性の登場により、救われる。 


「見ない顔だね。はじめましてかな?」

「あ……はい」

「楽しんでいってね」


 ナンパ女を半ば無理やり引き剥がして去ろうとした女性の服を、咄嗟に掴んだ。

 根拠のない直感で、彼女こそ取材対象に相応しい気がしたからだ。


「ん?なに?」

「っあ、あの!お聞きしたいことがあって」

「あー……いいよ。ここうるさいから、外行く?」


 手慣れた仕草で肩を抱かれ、騒がしい店内を抜ける。

 道路に出てすぐ女性は胸ポケットから紙タバコを取り出し、咥える。堂々と喫煙していいのかと焦るが、もしかしたらこの街の常識なのかもと口を噤んだ。

 ジリジリ燃えていく灰は、アスファルトの上に舞う。


「……で。話って?」

「あ。えっと……田村雪乃さんについて、お伺いしたく」

「ははっ。なーんだ、ナンパじゃなかったのかぁ」


 期待しちゃったよ、と笑いながら肩を落とした。憂さ晴らしのように吸い込んだ煙は、体内へ深く潜ってまた顔を出す。


「田村って……あれでしょ?この間、逮捕された。通り魔殺人鬼の」

「は、はい」

「あなたは記者かなんか?ノンケなのに、よくここまで来ようと思ったね。執念深いわぁ……」


 呆れと感心。両方をぶつけられ、心の置き場をなくす。どこか探るように見てきた相手は、苦笑して瞼を下ろした。


「残念ながら、あたしはなーんにも知らないよ」


 そして、直感は誤りだったと悟る。


「ただー……よくイベントやってる会場が、この近くにあってね。そこでDJしたこともあるっぽいから、そこの運営さんは知ってるんじゃないかな」

「DJ?」

「うん。数年前に、一回だけ。たまたま行ったらステージに立ってたの」


 だから見覚えがあり、テレビで見た姿と重なった時は驚いたと話した。

 証言を頼りに、さっそく行ってみようとお礼を伝えて歩き出す。


「待って」


 今度は、船崎が引き止められる。


「二丁目について他にも知りたいことあったら……連絡して。これでもけっこう、顔広い方だからさ」


 見せられたのはインスタの画面で、繋がりが持てるのはありがたいと連絡先として交換した。

 女性の名前は、タケチ。アカウント名しか分からないため、本名は不明。アカウントも本垢ではなく、界隈専用のものなんだろう。覗いてみたところ、二丁目での投稿ばかりだった。

 田村雪乃が実際にここへ来ていたという事実だけで大きな収穫だが、知見を広めることに損はない。

 改めてお礼を伝え、目的のビルへ足早に向かう。

 その日もイベントが開催されていたようで、店前に立てられた看板には水着姿の女性が華やかに映っていた。どうやら、水着で入ると安くなるらしい。

 船崎は当然のように私服なため、値引きなんかを気にせず入る。


「年確お願いしまぁーす」


 受付にて年齢確認とバンドを渡され、奥へ進む。扉を抜けるとすぐ会場で、ステージのライトだけか輝く暗さの中、それぞれが思い思いに過ごしていた。

 水着イベントだけあって、露出度が高い。女性の肌色に囲まれる異次元な空間に身を縮めながらも、目だけは鋭く周囲を観察する。

 ひとまず、店員に声を掛けよう。――思い立ったが吉日、ドリンクを頼むフリをして店員のひとりに声を掛けた。


「え?代表?……知り合いですか?」

「い、いえ。そういうわけでは…」

「何が目的ですか」


 しかし、不審がられたためそそくさと退散。ますます怪しい人物に思われそうだが、ただでさえアウェイな環境。心が耐えられず外へ飛び出した。


「――あぁ。戻ってきたんだ」


 そして結局、先程の女性――タケチを頼ることになる。






 




 


 


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