第五話
田村がドラッグストアで働いていた期間は、半年。
百咲の話を頼りに出向いたものの、すでに十年以上経過していたせいか、当時を知る人間はおらず。そうでなくても取材拒否。途方に暮れ、船崎は飲み物だけを購入し店を後にした。
「うぅーん……どうしようかな」
時刻はまだ正午過ぎ。ホテルに戻るには早く、かと言って次の手がかりとなる情報は途絶えた。
クーラーを効かせた車内で、冷えた緑茶を飲みながらメモ帳を開く。一度、これまでに得た情報を整理しよう。
・田村雪乃は、活発な少女だった。
・しかし、思春期になり周囲との距離が生まれ、中学前半で非行に走る。
・中学2年生で謎の休学期間があり、復帰するもすぐ不登校に。それまで行っていた非行をぱったりやめ、姿を見せなくなった。
「……やっぱり、この期間に何かあったはず」
“空白の10ヶ月”――書いた文字を赤いインクでぐるぐると囲む。あたかも重要そうで、怪しい期間。
ここで、田村雪乃の人格が歪む出来事が起きたと考えるのが自然だ。
川口花恋に不妊を匂わせていたことからも、子供に関することで間違いない。ある種の確信を持って向かったのは、渡辺勝次の家だ。
「雪乃さんの、ご両親について伺いたいのですが……」
「あぁ……利子さんね。女手ひとつで、よく頑張ってたよ」
――家庭環境が悪かったのは、シングルマザーの影響?
ひとつ、新たな情報が追加された。メモに殴り書きをする。
「けど、途中から再婚してな。だいぶ、楽になったんじゃねえか」
「再婚?」
「元職場で出会った、管理職の男だべよ。紹介されたことあるけど、男気があって良いやつだったよ」
「名前は……?」
「田村――なんだっけな。竜司だったっけか」
田村竜司。
渡辺の話によると、母親の利子と竜司が再婚したのは約二十年前。雪乃が小学四年生の頃だ。
親戚付き合いもしっかり参加するタイプだったという竜司は人当たりもよく、頼れる存在でもあった。利子に対しても溺愛している様子だったと、渡辺は当時を振り返り懐かしげに微笑んだ。
職業も安定していて、金銭面で困窮していたわけでもなかった。姉や兄の啓介とは折り合いがつかず、たびたび親子喧嘩に発展していた話は耳に入ってきたそう。
「基本的には、仲が良かったんじゃないか?」
「何か……虐待とか」
「ないない!ありえねえべ。そんなん、聞いたこともねえよ」
あー、でも。と、渡辺が思い出したように声を出す。
「一回だけ、児童相談所のやつが家に来たって」
「それは、なぜ……?」
「ほら、次女の雪乃ちゃんが、みすぼらしいから。なんかの時、痣も見つかったとかで」
結果的に、確証を得られず。虐待の容疑が晴れたわけではないものの、問題はないと判断されたそうだ。
再婚に、虐待容疑。ますます竜司という男の存在が怪しく思えてくるが、
「死んだよ」
本人は、すでに死去。
「ちなみに……死因は」
「あんまり、大きな声で言えねえんだけど。……自殺だよ、自殺」
「自殺……?」
「あぁ。離婚後に、飛び降りたんだよ」
時期は、十数年前。雪乃が十代後半の頃。
――十代後半は、ちょうどドラッグストアで働いていた時期と被る。
突然、地元から居なくなったのは再婚相手の死が関係ある?そもそも、なぜ仲睦まじかったふたりが離婚した?
疑問が尽きることはなく、どれだけ思案したところで答え合わせは難しいため、一旦は取材に集中した。
「その。どうして、竜司さんと利子さんは離婚を……?」
「そんなん、さすがに聞けねえべな」
「ですよね……」
「ただ、噂によるとどっちかが不倫したとか、しないとかでな。利子さんが出て行ったから、竜司がやらかしたんだべ。男は浮気するもんなのに、あいつも心が狭い」
まだまだ男尊女卑の気が色濃いようで、不倫した男ではなく許せなかった女を責める言葉には苦笑いを浮かべた。
そこから、浮気は本能だ。男は浮気してナンボ、他の女を抱いて一人前だという耳を塞ぎたくなるような常識が並んだ。
苦痛に顔を歪める訳にもいかず、愛想笑いで乗り切る。こんなところ、さっさと去ろう。途中から、船崎の頭には逃避しかなかった。
「ところで。雪乃さんが働いていたドラッグストア……勤めてた人と、知り合いだったりしませんか?」
「あぁ!あそこか。ひとり、いっぺよ。ちょうどいいのが」
「?……どなたでしょうか」
「呼んでやるよ。すぐ、来んべな」
しかし、去るに去れない状況が出来上がる。
千載一遇のチャンスを掴み取るため、しぶしぶ男至上主義な話に付き合った。
渡辺が呼び出したのは、六十代後半の女性――後藤明子。ドラッグストアで長年パートとして勤めていたが、数年前に定年を迎え退職した女性だという。
かれこれ十数年は働いていたというから、田村雪乃についてもパート仲間としてよく知るはずだ、と。
「あの子ね……気に入らなかったのよね」
期待感に高まっていた船崎の心情は、見事に打ち砕かれる。後藤が、雪乃に対しあまり好意的ではなかったからだ。
しかし、穿った視点からだとしても、過去の彼女を深掘りするには必要な人間だ。
「詳しく、お聞かせ願えますか」
挫けることなく、船崎は筆を取る。
そして、雪乃についてまたさらに知見を深めるのだった。




