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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第四十三話






 成田山の表参道は、賑やかな声で溢れていた。

 どこもかしこも人の波だが、中でも混み合う中町・幸町界隈は緩い坂になっており、並ぶ人々の顔にもところどころ疲れが見える。

 うなぎ屋からは焼きとタレの香ばしさが漂い、煙突からはおいしさの名残りが煙となり天高く登る。


「ほら。念願のりんご飴」

「わぁ〜……!」


 船崎と平内は、比較的空いていて屋台も立ち並ぶ上町界隈をブラついていた。

 まずは食べ歩きをしてから、総門へ向かおうと。屋台だけでなく、スイーツの名店やちょっとしたお土産屋にも立ち寄る。

 念願のりんご飴も手に入れ、船崎は満足げに着色料で唇を赤く染めた。

 パキッとした甘さに包まれたりんごの酸味がなんともマッチしていて、癖になる食感も相まってシャクシャク食べ進める。


「んふ、おいしい」

「ははっ。そんなに好き?」

「うん」


 赤く汚れた口元を拭ってもらいながら、幸せに微笑む。平内も、愛らしい恋人の姿に、すっかり絆された様子で頬を緩めた。

 ――これで、達成できた。

 船崎が急いだのは、田村の死刑執行が開始される前――命を落としてしまう前に、約束を叶えるためだった。

 なんとしてでも、叶えたかった。たとえ本人に届かなくても、伝わらなくとも。船崎なりの、最後の誠意でありこだわりだ。

 買ったりんご飴を、ふたつ。田村の分も食べ終えた船崎は、お腹いっぱいで膨らんだ下腹部を撫でる。


「ふぅー……普段、こんな一気に食べないから。もうむり」

「ははは。かわいい。ぽっこりお腹だ。妊娠したみたいだな」

「ほんとに赤ちゃんいたら、こんなもんじゃないよ〜…」


 平内も遠慮がちに触って、ふたりで結婚した未来をぼんやり想像した。幸せに違いないと、互いに確信を持つ。

 交際して、まだ一ヶ月も経っていない。プロポーズは早計すぎるかと、内心で平内は盛り上がる恋心を押さえ込んだ。しかし、彼女を逃したら次はない。

 船崎由美は最高の女、運命の相手だと心底陶酔していた。


「じゃあ……並ぼうか」

「うん」


 最大限の愛と尊敬を持って、腰を抱く。エスコートしながら、長い長い列に並んだ。

 本来であれば取らなければならない1メートルの間隔も、この寿司詰め状態では難しいのだろう。後ろから押され、前の人との隙間をなくし、ぎゅうぎゅうに挟まる。


「せ、狭いね」

「人がすごいな……去年、あんな事件があったばかりだというのに」


 危機感のない。


 平内が呆れて吐き捨てた、同じ時。同じ場所。


 船崎は何気ない動作で、スマホを探すような仕草でゴソゴソと鞄を漁る。


 そして、自分の肩を抱き寄せて守る平内の脇へ。


「ごめんなさい」


 光を反射させた鋭利な“それ”を、突き刺した。


「え……?」


 シャツの上から当てられた尖先は繊維をブチ破り、沈んでいく。


 頭が、白く染まった。


 服は、赤く染まる。


「由美……?」


 与えられた痛みと加害を脳が理解するよりも早く、船崎はもう用無しだと言わんばかりに目もくれず、押し退けて歩く。腹にあった冷たさは無くなり、代わりに皮膚が焼ける熱さに襲われた。

 まるで、観光に来た先ほどまでの彼女と同じく、軽やかな足取りで人の間をすり抜けていく。


「いてっ」

「なんだ……?」

「あ?」

「おい…」


 船崎が誰かと衝突するたび、短い驚きの声があちらこちらで目立った。

 刺された本人達も認識できないうちに、深く刺しては浅く抜き、血に濡れて切れ味が鈍くなると刺したままに新しい刃物をポケットから抜いた。田村の失敗を活かした結果だ。切れ味が悪くなると、殺傷能力も低くなる。

 確実に殺すため、刺すだけでなく無防備な首元や腕を切りつけることもした。

 ガクン、と。平内は痛みに耐え兼ねて膝から崩れ落ちる。その頃にはもう、船崎の背中はすっかり見えなくなっていた。

 脇腹を押さえながら倒れ込み、遠くに消えた最愛の恋人へ向かって、虚しく手を伸ばす。視界に入った自分の手は、血にまみれていた。


「ゆ、み」


 止めないと。


 彼女を――あの、殺人鬼を。


「全員……逃げろ!!!通り魔だ!」


 力を振り絞って、叫んだ。


 平内の声を皮切りに、異常事態に意識が向いた全員が、悲鳴を上げる。そこでようやく、体の怪我に気付く男もいた。


 悪魔の再来に、人類は慌てふためくしかできない。


 パニック映画ながら、断末魔と我先にと逃げ回る大衆のせいで、門前は悲惨な状況に陥る。そのせいで、さらに犯行中の船崎由美の行方が追えなくなってしまった。


 平内の一言が、逆に木を森の中へと紛れさせた。


 そんな中、船崎は錯乱して自らぶつかってくる相手を待ち構えて、腹を刺す。喉を刺す。胸を刺す。


 心臓を貫けたら、万々歳。


 血を浴びる彼女の脳内は、ただひとつの純粋な狂気に満ちていた。


「なんで……なんで、だよ。由美…」


 どうして。


 平内の意識は、ブツンと途切れた。そのまま、意識が戻ることはなかった。死因は、後にショック死と診断される。


 彼女を愛した最後の男が、船崎が起こした無差別殺人の第一被害者となる。


 ――11時25分。


 ひと通り刺して疲れたのか、はたまた目的が達成されたからか。


 返り血で赤く色付いた口元を雑に拭い、坂の上で立ち止まったところを駆けつけた警備員、他その場に居合わせた一般人も協力し、確保。


 手には、包丁。田村雪乃を彷彿とさせる――殺害現場までもを真似した、史上最悪の模倣犯として連行された。


 僅か、数分の内に起きた事件だった。


 死亡者数、十二名。


 その全てが、男性であった。




 


 


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