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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第三十九話





 船崎が、田村の逆張りをしたいあまり短絡的な判断を下してしまったと気付いたのは、


『男女平等が必要ない?何言ってんだ、この記者。頭湧いてんのか』

『世の中、そんな綺麗事だけで回らねえよ。世間知らずが』

『これ書いたの、どうせ女だろ?まじ現実見えてねえ』

『思いやりで世界が平和になってるなら、戦争なんか起きないですけど』

『こっちが寄り添っても、男の方から見下してくるんですよね〜。これ以上、どう寄り添えばいいんですか?』

『最近は男尊女卑じゃなくて、女尊男卑。甘くしたらもっと女が図に乗るから、寄り添うとかむりですwww』


 反発の声が、多く上がったからだ。


 起きて通知を確認した船崎は、小さな炎上を起こしていることに青ざめた。まさか、自分の発言が誰かの逆鱗に触れてしまうなんて。

 慌てて消したものの、逆効果。逃げたと追いかけ回し、担当した別の記事やSNSを特定され、DMでまで罵倒された。

 耐えきれず、全ての通知をオフにした。


「うーん……ひどいな」


 気が滅入りそうな時、頼ったのは平内だ。


「考えなしに、やっちゃって……」

「たどしても、許されることじゃない。それに、おかしなことは何も言ってないですよ」


 弁護士の彼は、必要なら開示請求して訴えてやりましょうと元気づける。船崎のためなら、採算度外視で力になるとも約束した。

 頼りになるありがたい存在に感謝し、あまりに酷い、もはや記事とは関係のない誹謗中傷をしてくるアカウントに対しては法に則った厳粛に対処をするとコメントした。

 そのおかげか、しばしの静寂が訪れる。しかし、ぽつりぽつりと粘着してくるしつこさは残った。


「大丈夫ですよ。俺がいるから」

「はい……ありがとうございます」

「そうだ。息抜きに、ご飯でもどうですか。酒でも飲みませんか。奢りますよ」


 “奢る”――田村の思想に触れてから、どうにも違和感がある言葉だ。

 なんだか上から目線な気がしてしまうし、これまで当たり前のこととして享受してきた自分にも嫌悪する。


「いえ、奢りは……自分で払います」

「はは。自立してるところも、素晴らしいね」


 ぽん、と。頭に置かれた手の感触は大きく、男性の逞しさを遺憾なく発揮している。好きな人なら嬉しいが、そうでもない人だと途端に嫌なのはどうしてだろう。

 平内が嫌いなわけではない。好みに刺さらないのだ。

 船崎はこれまで、無意識的に雄としての強さを持つ男性と、好んで交際していた。いわゆる筋肉質で、ジムに通って鍛えているような。身長も高く、外見ではなくかっこいい人が好きだった。


 しかし、今はどうだ。


 心にしこりが出来たせいか、はたまた平内が正反対の頭脳派な見た目をしているからか。船崎の心臓がときめくことはない。

 お世話にはなっているため、食事には付き合う。

 打算的なところで言えば、自分を好いてくれている上に社会的地位も信用も年収も――


「……ごめんなさい」


 嫌気が、さす。


 大人になるにつれ、男性をステータスでしか判断できないことが増えた。自分の変化に意識が向いたら、なんだか罪悪感が湧いて断ってしまった。


「そっか……今は、つらいか」

「うん」

「俺はいつでも……食事じゃなくても、付き合うから」

「あ……」


 平内の発言をきっかけに、船崎の脳裏にはひとつ。


「それなら、お祭りに行きませんか?」

「お祭り?」

「はい。成田山の、祇園祭」


 田村との、約束。


 理解し合えなかった今も、帳消しにはならずに使命として宿っている。

 デートのお誘いかと勘違いした平内は、舞い上がる内心を押さえ込み、余裕ある笑顔で承諾する。男として、あまりはしゃぐところを見せたくなかった。

 好きな人の前でかっこつけるためクールを装うも、船崎と別れてからはウキウキした足取りで帰り道を歩いた。


「男女、平等……」


 一方で船崎は、深く深く沈んでいた。


 気分が、というよりは、思考が。


「男尊女卑とか、女尊男卑とか……そういうのやめてどっちも尊敬すれば、どっちも尊いものだと思えばいいって意味だったんだけどなぁ」


 伝わらなかったことが、悲しい。


 ――私の意見は、誰も傷付けていないはずだ。


 しかし、ネットの人達は簡単に傷付けてきた。バカ女と嘲笑い、全否定し、踏み潰す。生きていて、あんなにも他人からの悪意に晒される経験をするなんて。


「私が悪いの?」


 男女平等が、そんなに大事なの?


 意地にも近い怒りで、もう一度ひとりで目を通した。相変わらず、攻撃性の高い文字の羅列が精神をズタボロに刺してくる。

 だけども、読み込めば読み込むほど、これらは単なる批判ではなく男女が不平等であるが故の悲痛な叫びだという気付きが、顔を出した。

 男尊女卑という四字熟語が蔓延るほどに、男性ばかりが優遇されてきた時代がある。目を逸らせない事実だ。

 長く続いた優位性が傾き、今度は女性が優遇され始める時代へ突入しかけている。とはいえ、まだまだ過度期にもならない入り口。未だ女性蔑視の声は消えない。


 女の多くは、性的消費されることに苦しんできた。


 その上、家事に育児に、社会進出への抑圧を経て飛び出した先には、過労の連続。働きながら子供を産み育てるのが当たり前。共働きであるにも関わらず、家事負担は圧倒的に女性が多い。

 男性に協力を求めたところで「同じだけ稼いでから言え」や「男だって大変なんだ」と聞く耳を持ってもらえず、文句ばかり言うヒステリック女として扱われる。


 ネットの中には、女性から見る理不尽が詰まっていた。


 フェミニストの始まりは、奴隷達による“人権宣言”からだという。

 ひと昔前の話、女性には人権がなかった。比喩でもなんでもなく、人間扱いされていなかった過去がある。現代でも、一部分を切り取ればとてもじゃないが人権があるとは言えない。

 女性が平等を望むのも、分かる気がした。少なくとも船崎は、記されている訴えのほとんどに共感できた。


 男性にも、男性のつらさがあった。


 本来であれば家事や育児に向いた性格、仕事で成果を出すよりも家族の笑顔を見るのが幸せという家庭的な男性もまた、人間扱いされないケースは多い。

総じて枠内へ納められ、稼いだ男こそが正義とされるからだ。そこから外れた者は後ろ指をさされ笑われる。ひどい時には陰湿ないじめに晒されることもある程だ。彼らもまた、人権がないと言っていい。

 婚活市場では給料や職業で選別され、結婚後もATMとして馬車馬のように働かされる日々。お金だけが男性の価値であり、人間性なんかは評価されなかったり、金のためと割り切って絞れるだけ搾り取られる。

 強者男性にとっては勝ち組な世界だが、弱者男性は何も手に入れることができず、その上“男なんだから”と苦行を押し付けられ鬱憤だけが溜まる。それなのに、泣くことさえも許されない。


 一部の男性が平等を願うことにも、深く共感した。


「……正しかったのかも」


 田村雪乃は。


 確かに、やり方は良くなかった。本人も、そこは認めている。けど、そうでもしないと世の中は変えられない切羽詰まった思いがあったんだろう。


 彼女は、本気で世界を変えようとしていただけだった。


 面会はまだ、予定されている。田村本人が、希望してくれているからだ。


「謝ろ……」


 次に会う、その日に備え、船崎は整理を始めた。思考も、心も、他にも準備を進めていく。


 季節は、初夏。


 外では、雨粒が騒がしく梅雨の訪れを知らせていた。





 


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