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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第三十八話




「どうでしたか、今回は」

「うぅん。もう……意味分かりません」

「ははっ、疲れましたか」

「ちょっと。普段使わない頭を使った気がします…」


 面会の後は、恒例の密会が始まる。

 平内に誘われ、落ち着いた雰囲気の居酒屋の個室へと出向いた船崎は、ストレス発散の意も込めて冷えたビールを流し込む。

 なぜ、ここまで心が荒れたのか。

 おそらくは、落胆。

 実は善人で、殺人もした仕方のない理由があったのでは。同情の余地があるのでは。と、田村の倫理観に期待していたのが、崩れさってしまったせいだ。


 彼女は、正真正銘の殺人鬼である。


 とっくに、人としての心を失っている。良心の欠片もない。壊れたロボットよりも非情で、冷酷で、空虚だ。

 なのに……嫌いには、なりきれない。変に、過去の悲惨さを調べてしまったからだろう。


「可哀想……」

「田村雪乃が?」

「うん」


 ずっと、孤独だったんじゃないかな。――口には出さずとも、想像しては胸を痛める。

 あの、無邪気にも見える子供っぽい価値観は、正してくれる大人がいなかったからじゃないか。叩かれて、痛い思いをしてばかりの人生を歩む中で、痛みが麻痺して狂ってしまったんじゃないか。


 それは、だめなことなんだよ。


 あんな敵視した言い方でなく、そうやって優しく伝えてあげればよかったかもしれない。その方が、分かってくれたかも。

 また期待しては、そんな自分に気が付いて呆れる。どうせ裏切られるというのに。情の深さは、時として毒だ。


「……ねぇ、平内さん」

「ん?」

「男女平等について、どう思いますか?」


 ふと。


 田村がこだわっていた思想について、考えてみたくなった。

 一歩として、身近な大人に聞く。平内は特に、法律を専門として扱う人間だ。また違った視点から、意見を貰いたかった。

 肝心の船崎はというと、仕事関係で必要な情報として、取り入れてはいた。だが、それだけだ。

 身近なものではなく、遠くの、ネット上だけでヒートアップしてるものだとたいして興味もなかった。周りの人との会話で、話題にも出ない。

 あからさまに、見下されたこともあまり。経験としては少ない。


「なんだ、急に。男女平等?」

「はい。気になって……」

「女性がそういう話するの、珍しいね」

「え?」

「ほら、小難しい話とか、興味ないでしょ。女性は。堅苦しいの、苦手でしょ」


 ――少ない?


 ほんとに?


「そんなこと、ありませんよ」

「そう?」

「はい。女性だって、考えてますよ。けっこう」

「ま、関心を持つのはいいことだよな。賢い女性は、魅力的だよ」


 なんだろう。


 船崎の中に、蝕むような仄暗さが射した。


「男女平等……か。生物学的に、難しいんじゃないかな。法律的にも」

「やっぱり……?」

「うん。男と女で、役割も違うでしょ」

「役割、ですか」

「女性の方が家事とか得意だし……男は、働くしか脳がないから」


 平内の発言に、間違いはない。実際、女である船崎は家事炊事に長けている。おかげで、ひとり暮らしも難なく馴染めた。

 しかし、この違和感はなんだろう?

 首をひねるも、浮かんでこない。ただ、急に回ったアルコールのせいか、胃が重い。


「変に平等を目指すより、何事も役割分担。適材適所。やっぱり俺は、女性には家庭に入ってもらいたいし」

「そう、ですよね」


 思想は、同じ。

 田村の行きすぎた平等を否定した手前、自然と船崎が目指すのは男女“不”平等となった。つまりは、現状維持。

 世界は、それでも回っている。うまい具合に、事は運んでいるのだ。

 なのにどうしてか、残る疑念。

 具合が悪くなりそうだと、退席ついでに帰ることにした船崎は、住んでいる家ではなく実家へと足を運んだ。無性に、両親に会いたくなったからだ。

 都内にある一軒家。電車に揺られ、数十分。駅からは徒歩10分圏内。見慣れた街中を進む。


「ただいまー……」


 家族に配られている合鍵を使い、縋る思いで玄関の扉を開けた。


「え!なに。なになに、あんた。連絡もなしに」

「ママ〜、会いたかったよ〜」


 音に反応してリビングから顔を出した母へ、甘えた仕草で歩み寄る。何歳になっても、子供気分は抜けない。

 父も仕事から帰宅していて、ふたりでリビングに行くとソファでくつろいでいた彼は目を点にして、幽霊でも見たかのような顔をする。


「おいおい、どうした。なんだなんだ。突然帰ってきて。何かあったのか」

「んーん。会いたくなっただけ」

「ははは!そうか。お母さん、お茶を出してあげなさい」


 違和感は、ここでも。


 ――あれ?


「どうだ、仕事は」

「まあまあ。それなりに」

「うまく行ってないんなら、早く嫁に入りなさい。お父さんみたいな人捕まえれば、将来安泰よ?ね、あなた」

「そうだぞ。女は養われてナンボ!男は養ってナンボだからな」


 ――気のせいか。


 男女の性差があっても、両親は仲が良い。お互いを想い、大切にし、尊重して、尊敬もしている。

 本来の、在り方な気がする。船崎は、安堵していた。

 押し付けるのではなく、蔑むでもなく、手を取り合えば自然とこうなる。どちらかがどちらかの性別を見下すことなくいれば、性別関係なく平和にいられるはずなのだ、

 田村の凶暴かつ横暴なやり方でなくとも、そのことを世間に広めていけば、いずれは――書きたい記事の内容が決まったところで、物思いに耽るのも程々に家族団らんの時を楽しんだ。

 

 そして、夜。


 自室にて、筆を走らせた。


『男女平等でなくても、世界は回る。だから無理に目指さなくていい。相手の気持ちに寄り添えば、全ては解決する』


 と、人生で初めて強いメッセージ性を込めて、ネット記事に価値観を落とした。


 


 



 


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