第三十五話
張り込み七日目。
毎日のように深夜、あの公園で花恋を待っていた。眠さに耐え兼ねて座ったまま寝たり、心配した近隣住民に声を掛けられ逃げるように退散したりもした。
しかし、ついに花恋は現れなかった。
家庭環境が改善した――なんて、雲を掴むような可能性ははなから捨て、何かあったのではと気を揉む。
「どうしよう…」
このまま会えずに終わったら、また幻滅されてしまうかもしれない。
帰れと怒鳴られた記憶が脳にこびりついていて、あんな思いはしたくない、見限られたくないと萎縮する。
なんとしてでも、約束は叶えないと。面会拒絶されてしまったら、会う術を失くす船崎は焦っていた。肝心の動機を、まだ全然聞き出せていないもどかしさもある。
予定だと、次は二週間後。その間に花恋と接触し、状況によっては児童相談所へ連れて行かなければ。
決心した船崎が向かったのは、近所の小学校だ。この地区だと、ここしかない。
「さよおならー」
「さようならー」
校門前。
元気よく挨拶し、帰っていく子供達の中に、花恋を探す。幼いながらに警戒した、怪訝な眼差しを向けられたが気にしている余裕はない。
「あの……なにか?」
不審に思った教員のひとりが、船崎に声を掛けた。
「あ。えっと……川口花恋さんを、探していて」
「どうしてですか?ご親族の方ですか?」
「い、いえ。私、こういう者でして…」
正直に身分を打ち明け、以前に夜遅く出歩いていたのを見かけ、声を掛けたところ虐待の疑いがありそうで心配で来たと伝えた。
すると、教員は言い渋った後で、
「現在は、保護されています」
簡潔に教えてくれた。
「よかった……」
「詳しいことは話せないのですが、学校側でも虐待の疑いありということで、動いていて」
「そうでしたか。花恋ちゃんは、今もこの学校に?」
「はい。あ、記事にしたりするのは……」
「もちろんです。実は、知人に頼まれたのもあって。記事にするつもりで来たわけではないので、ご安心ください」
無事だと知り、ひと安心で帰路についた。
ただ翌日、念のため軽く調べようとした。が、児童相談所は個人情報保護のため取材拒否。
小学生相手に聞き回るのも常識的でないので、今回は諦めて、報告だけしようと面会の日を待った。
「――ということで、無事に保護されたみたいです」
「ふぅん」
当日。
開口一番に伝えると、田村の反応は予想外に冷たいものであった。
また自分は何か、自覚のないうちにやらかしてしまったかと、目を泳がせる。頭の中は、混乱の嵐だった。
「あ、あの、なにか怒ってますか?」
「……どうして?」
「いや。その。なんと、なく」
「……怒られるような、後ろめたいことをしたの?」
してない。
と、自信を持って答えられなかった。
田村が本当望んでいたことを、船崎は知らないからだ。思考を巡らせても、察することさえできない。
しかし、確実に言えるのは、期待に添えた行動ではなかった。
お願いされたのは、安否確認と保護。船崎は、そのどちらも達成できていない。花恋本人に会って元気な姿を確認したわけではなく、児童相談所への手配も解決したのは学校だ。
つまり、なにひとつとして約束を守っていない。
だから、安堵もせず興味なさげに視線を外したのだろう。
「つ、次は、ちゃんとします」
役立たずだと見捨てられることを恐れ、なんとか。なんとかしないと。その一心で船崎は自ら宣言した。
「何を?」
「約束です。きちんと叶えます」
「……そう」
素っ気ない返事が、胸に刺さる。
内臓が浮くような気持ち悪さに冷や汗を垂らし、もうひとつの約束はなんだったかと記憶を探った。
そうだ、成田山の祇園祭。
そこへ行って、りんご飴を買う。田村には食べさせてやれないが、ふたりで食べた気分で二本買おう。そうしたら、少しは機嫌を直してくれるかもしれない。
本質を、見失っていた。意識の外側で。
「花恋ちゃんの様子を見に行ってくれたお礼に、動機を話そっか」
心の中で半ば忠誠を誓った時、タイミング良く“ご褒美”という形で船崎にとっては喉から手が出るほど欲しかった情報が明け渡される。
警察も、メディアも、弁護士でさえも。
田村にしか持ってない、真の動機。それが分かれば、他と大きく差を作ることができ、キャリアにも影響する。
なにより、また一歩近づける。
田村雪乃という、殺人鬼の真髄に。
「どこから話そうかなぁ〜……」
気まぐれに、迷う。
「あ。船崎さんは、男女平等ってなんだと思う?何を、指してると思う?」
「えっ」
突然の質問に、頭を回そうとするも、真っ白に染まる。
聞いた本人には明確な価値観や意思があるようで、答えが返ってこずとも話は続く。
「そういえば、ニュース……新聞で見たよ」
「?……何を、ですか」
「私の事件以降、通り魔が増えたらしいね。それも、犯人はみーんな女」
「そう、ですね」
最近はすっかり落ち着き、一件も発生していない。しかし、確かに以前は異常なまでに短期間で増えた。
どこか誇らしげに、田村は喉を鳴らす。
もしかしたら、そうなることを見越していたのかもしれない。計算深いのか、直感的なのかがこれまた読めないところだ。
「船崎さんは、知ってる?何件起きたか」
「はい。……過去十年で、二十九件です」
「そうなんだ。男女比は?」
「え。たしか、男性が十五件。女性が十四件です」
「わお。惜しい」
――惜しい?
そこで、ようやく田村は全貌を打ち明けた。
「私にとっての、男女平等はね」
始まりの言葉は、一言。
「数字だよ。数字」
それから、彼女の独白が始まる。
人間の形を残したままの、鬼の独白が。




