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その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


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第三十四話






「お疲れさまでした」


 田村との初会合を終え、船崎は平内と食事を交わしていた。平内からの誘いに応じた形だ。

 場所は東京駅からほど近いカフェ。どうせ女性はこういうのが好きだろうという慢心が見えたが、事実嫌いではないので喜んで受けた。

 今回、田村と繋げてくれた恩のある相手でもある。失礼はないようにと、気を引き締める。


「どうでしたか。初対面は」

「なんというか……その。不思議な人でした」

「ははっ。そうですか」


 対して平内の方は、気の抜けた笑顔を見せる。大きな正念場を迎え、ひと息つきたいのかもしれない。


「あの人は、自由な人ですから。たまに困りますよ」

「大変そうです……ただでさえ、世間が注目してる事件ですし」

「そうなんですよね。下手できないから、ここ一年ずっと気を張りっぱなしで…」

「今日は、ぜひゆっくりしてください」


 アルコールのない乾杯を交わして、ひと時の安らぎを楽しんだ。

 平内の中でかなりの好感触であったのか、その後も面会関係なく誘われるようになる。積極的に時間を作ることはしなかったものの、空いていれば会った。

 田村には内緒の密会は、何回か続いた。


「僕達、プライベートで会うのはもう5回目ですね」

「え?」


 船崎の中では、あくまでも仕事の延長線上。田村のことがなければ、関わってもいない相手だ。

 しかし、相手は違ったらしい。ある日、笑顔で喜ばれて戸惑った。


「そろそろ……どうですか。デートとか」

「あー……あ。はは」


 そういう感じだったのか、と。苦く笑いながら、頷きも断りもせず濁す。まるで男女の雰囲気を感じてなかったのは、気のせいじゃない。

 下心をひた隠しにされていたのが、不信に繋がる。そうならそうと、はじめに言ってくれればいいものを。

 すぐには、切り換えられない。心の準備が必要であることは、やんわり伝えた。


「もちろんです。いつまででも、待ちます」


 平内は、余裕のある男だった。だからだろうか、口説かれて悪い気はしなかった。職業的にも、外見的にも、なかなかレベルも高い。

 記者としての仕事もこなしつつ恋愛ができるなら、した方がいい。ここ数年は打ち込みすぎて私生活を疎かにしていたと反省して、目の前の男性に意識を向けることにした。

 その間にも、田村との面会は続く。


 二回目は、一ヶ月後に行われた。


「お久しぶりです」

「来たね。船崎ちゃん」


 前回の恐怖も薄れた頃で、なおかつ田村の機嫌も良かったことから、初回よりもだいぶ打ち解けた雰囲気がふたりの中には漂っていた。


「それで……動機の、男女平等っていうのは?」

「あぁ〜。その前にさ、お願いしたいことがあるの」

「お願い?」

「うん。ふたつ」


 なんだろう?と、身構える。ピースサインのようにニ本立てられた指を視界に、奥にある表情を覗いた。

 機嫌は良さそうだ。なら、変なことではないのかもしれない。


「君、花恋ちゃんって知ってる?」

「あ……はい」


 一番最初に出会った、逮捕前の田村と唯一関わりを持っていた少女――川口花恋。

 未だ、他の人は辿り着けていない。当たり前だ、深夜の公園にいる小学生が、まさか殺人鬼と繋がりがあるだなんて誰が分かるのだろうか。

 それに、彼女が声を掛けてくれたのは、船崎が女性だったから。男性記者には怯えて、影に隠れるか逃げてしまうだろう。

 故に、関係者でその名前を知っている人間は田村と船崎のふたりだけ。


「挨拶もなくいなくなっちゃったから、心配でね。様子を見てきてほしいの」

「花恋ちゃんの、ですか」

「うん」


 意外だ。

 赤の他人だというのに、そこまで気に掛けるなんて。


「どうして……ですか?」

「ん?」

「花恋ちゃんに、そんなに思い入れがあるのかな?って、気になって」

「はは。ないよ」


 じゃあ、どうして?――聞く前に、田村は続ける。


「ただ、子供は守られるべき存在だから。力になってあげたいんだよね」


 子供好きは嘘ではなく、本心であることを悟る。案外、女性らしい母性本能に溢れた人なのかも。と、船崎の中で好感度を上げた。

 同じ女だから、共感できる。子供は無条件で可愛く、守りたくなってしまう気持ちが。


「できたら、児童相談所とか……教えてあげてほしい」

「分かりました」

「……私は、はぐれ者だからさ」


 こんなやつの言うことなんて、警察はきっと信じてくれないから。


 そう呟いて、眉を垂らした。

 初めて、彼女の中の劣等感に触れる。社会的に底辺であるという自認らしく、助けるなんておこがましい気がして当時は見捨ててしまったことを後悔しているようだった。


「幸せになってほしいよ。……あの子は、よく頑張ってるから。私と違って」

「そんな……そんなこと、言わないでください」


 卑屈なようで、素直に他人の幸福を願える謙虚さを持ち合わせた田村に、船崎は首を横に振る。


「あなたも、充分頑張ってます。頑張ってきたはずです」


 誰よりも知っている自負があった。取材を経て、深層にまで到達している気分だった。

 ガラスに手をついてまで励ました船崎を見上げ、瞳を潤ませた田村は、困惑と少しばかりの羞恥を含ませてまつ毛を下げる。

 伏せた視界の先、不健康に細い足が見えた。しかし、生活保護を受けていた頃よりも健康的になり、これでも体重は増えた方だ。


 人を殺したことで、人としての幸福を手に入れた。


 最低限の、衣食住。それすら危うかった精神状態、困窮状態だった田村にとって、今が一番平和である。

 誰にも殴られない、貶されない、蔑まれない。全国的には大炎上して叩かれてはいるが、当の本人に届くことはないため田村には関係ない。


「がんばったのかな……」


 生きるのに必死で、必死すぎてよく分からない。


「はい。よく、がんばりました」


 殺人鬼に向ける言葉にしては甘すぎる発言に、職員は眉をひそめた。ふたりには、見えないが。


「……ありがとう」


 救われた感覚に陥り、柄にもなく心からの謝罪をした。

 どうしてか船崎も胸を打たれ、熱くなった涙腺をごまかすよう微笑んだ。

 ふたりの間には、絆のようなものが芽生え始めていた。


「それで……ふたつめのお願いは?」

「あぁ、そうだ」


 話は願いの続きに戻り、思い出した田村はこれまた複雑な笑顔を浮かべる。


「成田山のね、祇園祭に行ってほしいの」


 彼女が、殺人を実行した場所。


 これにはさすがに、空気が張り詰めた。潜む意図によっては、断らなければならない。


「去年は……自業自得だけど、楽しめなかったから。代わりに、楽しんできてほしい」


 しかし、どうやら警戒する必要はなかったようだ。

 健全な理由にホッと胸を撫で下ろし、そういうことならと了承した。どの道、一度は訪れようと考えていたからちょうどいい。


「ほんとはりんご飴買ってきてって言いたいけど……食べ物はだめなんだって。差し入れできないって」


 実際、全国各地から届く信者からの差し入れも、大半は破棄か返品されている。食べ物のみならず、中にはカメラを仕込んだぬいぐるみなども送られるせいだ。

 受け取れるのは内容が問題ないと判断された手紙や書籍、それから生活必需品。現金も、許されている。


「私の分も、味わっといて。去年は結局、食べられなかったから」


 いつだか叫んでいた「りんご飴を買いに行ったのに」というのは半分は本当だったようで、それだけで済んでいたらかわいかったのに。と、船崎の方が悔いてしまうのだった。

 ふたりは約束を交わし、次に来る時には花恋の近況報告をするということで、その日の面会は終了した。







  


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