表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その女、通り魔殺人鬼につき。  作者: 小坂あと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/45

第三十三話






 初めて、田村雪乃と面会する日。


 船崎は緊張をごまかすため、気合を入れて服装を選んだ。何かしら頭を働かせていないと、そわそわしてしまう。

 自分だけが選ばれた特別感と、優越感が少し。気分が高まりすぎて、昨日は眠れなかった。

 寝不足のだるさも吹き飛ぶほどの中、いよいよ手続きを経て接見室へと案内された。

 白を貴重とした四角い室内で、ガラス一枚隔て、対面を待つ。


 冷えた銀色のドアノブが、回る。


「……はじめまして」


 現れた虚弱な女は、予想を上回る気さくさで笑いかけてくる。


「初めまして。今日は、よろしくお願いします」

「わぁ。記者っぽいね」


 あくまでも親しくする素振りは見せないぞ、という心意気でメモ帳とペンを取り出したら、浅い拍手をされた。

 向かい側の椅子に座った彼女は、前のめりでにこやかに船崎を見つめる。

 思いもしていなかった。人を殺したというのに悪びれもしない人間が、こんなにも好意的な態度を示してくれるなんて。

 居心地の悪さに肩を縮めながらも、許されている時間は長くても二十分程度。モタモタしている暇はない。


「さっそく、本題なんですが……」

「え〜?少しくらい、雑談しましょうよ。せっかく来てくれたんだし」

「いや、でも……」

「まあまあ。そんなすぐ動機話したら、ね」


 チラリ、と田村は黒目の動きだけで部屋の隅にいる施設職員へ、船崎の視線を誘導させた。

 ここでの会話は、当たり前のように監視・記録されている。

 それと雑談の何が関係あるんだろう?と首を傾げたが、前後の発言から意図に気が付いた。

 船崎が招かれたのは、真の動機を聞き出すため。今回の接見で全てを暴露させてしまったら、二度目はない。田村はあくまでも、船崎との会話を楽しみたい。義務的すぎるのは、避けたいんだろう。

 加えて、心を開く過程も見せておきたい。初対面で包み隠さずペラペラ喋りすぎるのは、深い繋がりがあったのではと勘ぐられてもおかしくないからだ。


「情緒っていうか。そういうの、大事にしたいの」

「……そうですね」


 無言のアイコンタクト。数秒の沈黙を経て、お互い共通認識を持つ。


「まずは、ありがとう」

「え?」

「お姉ちゃんの、赤ちゃんのこと。あれ、本当に嬉しかった。泣いちゃった」


 ――泣く?

 血も涙もないと、信じてやまなかった人物の等身大な感想に、困惑する。まさか、自分の行動がそこまで彼女の感情に影響を与えるとは。船崎にとって、霹靂として轟く。


「それで……約束、覚えてる?」

「あ……」


 おそらく、呼び出した本当の目的である、立花の写真。

 察していた船崎はスマホのデータとしてしっかりと持ってきてはいるが、沙穂の旦那である康平に拒絶されたことを思い返し、渋った。

 失望させるかもしれない。曇った表情へ変わる未来がありありと浮かんで、良心が痛む。


「実は――」


 嘘をつくのも心苦しく、正直に起きたことを話した。


「――なんだ。そんなことかぁ」


 拍子抜けするくらい傷付いた様子もなく聞き入れた田村は、ケラケラ喉を鳴らす。


「そんなん、無視すればいいじゃん」


 そして、罪悪の欠片もなく吐き捨てる。

 やはりどんなに普通な人間を振る舞っていても、人として大切な部分が欠落していた。

 分かりきっていたはずのことに、どうしてか落胆する。

 

「大丈夫。バレないって。ここでの内容は、良くも悪くも非公開だからさ」

「でも……」

「あーじゃあ帰れば?帰れよ。帰れ!」


 突然の大声に驚いて、固まる。職員は背を向けたまま。よほど暴れたりしない限りは、我関せずを貫く方針のようだ。

 これまでの人生で、誰かに遠慮のない怒りをぶつけられることがなかった船崎は、恐怖で動けなくなってしまう。

 家族はもちろん、友人も職場関係も、穏やかな人間に囲まれていたおかげだろう。学生時代は典型的な優等生で、教師にも怒られることはなく、荒々しい恋人を持つこともなかった。


 何よりも、今の今まで友好的だったのに。という、ショックもあった。


「お前もう用無し!他の奴らとは違って私のこと少しは理解してるかな?と思ってたけど、とんだ期待外れだな!これだから女は……何しにきたの?無能記者がよ!」


 ガン、ガンと。何度も壁を蹴る音がする。

 これにはさすがの職員も振り返り、様子を見ていた。しかし、止めるまではしない。

 ふたりの間には、叩いても決して割れることのないガラス板が存在する。故に、船崎が危害を加えられるようなことは起こり得ないのだが……恐怖で、足が竦んだ。

 突然の豹変に、言葉も出ない。怯える船崎に対し、田村はにっこり微笑んだ。


「消えろよ。カス」


 投げられる言葉は、ひどく棘のあるものだった。


「ご、ごめんなさい……」


 訳も分からず、謝る。もはや、写真を見せなかった事が相当な悪行なのかと錯覚してきた。


「謝るくらいなら、写真見せてくれる?」

「え?でも」


 言いかけて、黙る。ここで断ったら、またさっきみたいな攻撃性を向けられるかもしれない。

 ――こわい。

 船崎の体は、命の危機に支配されていた。殺されることはあり得ないはずなのに、だ。

 そのくらいインパクトのある出来事が目の前で繰り広げられ、気が動転していたんだろう。結果的に、スマホの画面に表示させ、見せてしまう。


「わぁ……っかわいいなぁ」


 両手をつけ、張り付くようにして立花と写真越しの初対面を済ませた田村は、ご満悦のようだ。


「お姉ちゃんに似て、きっと美人になる。……ね?船崎さんも、そう思わない?」


 先ほどの不機嫌から一変。今度は、上機嫌で聞いてくる。

 情緒がどうにかなってしまいそうだった船崎は愛想笑いで同調し、頷く。本人は笑っているつもりだったが、その口元は可哀想なくらいに引きつっていた。


「見せてくれたから、動機について話してあげる」

「あ……ありがとう、ございます」

「ただ、全部話すには、今日はもう時間が足りないなぁ」


 計画通り、進む。

 また次回に持ち越された面会。船崎の胸中には、“会いたい”と“怖い”が同居していた。嬉しいはずが、変に心臓がドキドキする。もちろん、良い意味ではない。嫌な動悸だ。

 その日、伝えられた動機は「男女平等のため」だけ。

 しかし、それについては裁判の中でも、別件であるが把握している。ただ、メモには残しておいた。


「じゃあ、またね」

「はい……また」


 こうして、第一次面会は幕を閉じる。


 そして、全ての幕開けでもある。






 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ